ハリー・ポッターと黒い魔法使いの孫   作:あんぱんくん

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視える未来に興味はない。

終着地点を塗り変えてもつまらない。

私が執着しているもの。

それは、いつだって取り返しのつかないモノ(過去)だった。



#010 ムーディの苦悩と禁じられた森

 二年前の話だ。

 

 その日は、月に一度の模擬戦を訓練の内容に含めたお陰で、いつもよりも辛い訓練となった。

 とはいえ、精々が気分を悪くして胃が空っぽになるか、模擬戦で軽傷を負う程度のもの。自分から言わせればまだまだ甘い。

 そんな事を考えながら、訓練終わりにアラスター・ムーディが局長室で溜まった書類の整理をしていると、一人の男が入って来た。

 肩幅が広く、大柄なスキンヘッドの黒人。

 片耳に金のイヤリングをしているエキゾチックな風貌をしている男の名前は、キングズリー・シャックルボルト。

 ムーディが信を置く優秀な闇祓い(オーラー)の一人だ。

 

「どうしたキングズリー、飲みの誘いなら断るぞ。こっちは若手のお前と違ってまだまだ仕事があるのでな」

 

「そんなに時間は取らせないから安心して欲しい。メルムのことだ」

 

「あの馬鹿弟子か。奴が、何かしでかしたか?」

 

「……ムーディ局長。貴方はあの娘をどうするつもりだ? 私は、彼女に訓練を辞めるよう言うべきだと思うのだがね」

 

 またその話か、とムーディは嘆息する。

 骨の髄まで仕事人間で堅物な彼は、ムーディが年端もいかない少女を闇祓いの訓練に参加させていることに、前から異議を唱えていた。

 

「何だ。儂の見込んだ娘が、これしきのおままごとについてこれない愚物だとでも?」

 

 確かに、普通のそこら辺にいる子供ならそうだ。

 泣き叫んで、もう二度とこんな事は御免だと言うだろう。

 何せムーディ自らが主導するこの訓練は、現役闇祓い(オーラー)ですら嘔吐するほどには過酷なものなのだから。

 キングズリーは首を横に振る。

 

「そういう話ではない。率直に言わせて貰えば、貴方はあの可愛らしい娘を怪物に育て上げようとしている。いい加減に真実に目を向けても良い頃合いだろう。貴方が彼女に教えているのは人殺しの方法だ」

 

 苦虫を噛み潰したような顔でそう吐き捨てるキングズリー。

 彼の気持ちも分からないでもない。

 現在、訓練に特別参加させている少女の年齢は僅か八歳。

 まだまだ遊びたい盛りで、それこそ花を摘んでいてもおかしくない年齢だ。

 親と子ほど離れた年齢の彼からすれば、やはり可哀想に思えてくるのだろう。

 

「人殺し、か……」

 

 ムーディは、孤児院で初めてメルム・ヴォーティガン・グリンデルバルドを見た時を思い出す。

 

 自分のせいで、家族を失った少女がどうしているのか? 今は幸せにやっているのだろうか? 

 そんな心の引っかかりを解消するべく、訪れた孤児院は今まで見てきた中でもトップクラスに劣悪な環境下だった。

 イギリスの片田舎にある親から棄てられた子供達の終着駅、ギスギスとした雰囲気。

 誰も彼もが自分は独りだと理解しているのだろう、孤独な顔をしていた。

 そんな掃き溜めの端の端にあるゴミ捨て場、そこに打ち捨てられたように転がるボロ雑巾。

 それがメルムだった。

 

 ────あーあ、幸せになりたいなぁ。この世で、一番。そうすれば誰にも見下されずに済むのに

 

 孤児同士の喧嘩なのか、ボロボロで痣だらけの少女は静かに、声もあげず泣いていた。

 誰にも助けて貰えない、と身に染みて判っていたのだろう。

 子供が唯一縋れるであろう家族も、もはやいない。

 ただ、自分の人生はどうしてこんな事になったのだろう、と。

 独り静かに、壊れていた。

 

(あれは反則だ……あんなものを見てしまっては)

 

 何を恨むでもなく、自分が弱いせいだと受け入れて。

 あんな風に涙を流す子供はそういない。

 その時、ムーディは決めたのだ。

 ただ辛いだけの人生。

 何一つ良いことのなかったあの少女に、生まれてきて良かったと胸を張れる誇りを与えてやろう。

 独りでも生き残る力を授けてやろう。

 そう、思ってしまったのだ。

 

(そんな思い上がりが、儂の間違いだったのかもしれんな)

 

 燃え上がる孤児院、蒼黒の劫炎を纏って背を震わせる少女。

 多少、魔法力の使い方と魔法を教えただけの筈だった。

 しかし生半可な知識が、ヒトには過ぎた天賦の才を暴走させた。

 感情的な少女はそれを上手く扱いきれず、またひとりぼっちになってしまった。

 そうなっては是非もない。

 

「キングズリーよ。たとえ人殺しの方法だろうが、それでも儂はあの子に力の使い方を教えてやらねばならん」

 

 無論、理由はそれだけではない。

 ムクムクとこの才を伸ばしてみたいという欲が出た。

 膨大な魔法力、一を聞いて十を知る利発さ、誰よりも強くなりたいという上昇志向、与えられたモノ以上を求め実行し続ける探究心。

 

 叩けば伸びる、今までの誰よりも。

 

 長年、闇祓い(オーラー)達を育て上げてきた勘がそう囁いていた。

 あの娘ならば未だ自分が見たことのない景色を見せてくれると。

 

「力の使い方、か……恥ずかしながら、私は彼女を怖いと思った。前々から言ってきたことだが、あの娘の訓練への死に物狂いな姿勢は勤勉を通り越している。もはやあれは執着や執念といった類のものだ」

 

 あえて感情を表に出さないようにキングズリーは淡々と話す。

 確かに訓練時のメルムは、ときたま戦場で感じるような濃密な殺気を纏っていることがある。

 小さな子供が発するとは、とても思えない気迫。

 他の闇祓い達が戸惑うのも無理はない。

 

「それに今回の模擬戦で気づいたことだが。模擬戦ですら彼女は死ぬ覚悟で戦っている。確実に相手を殺すべく杖を振るい、見透かしたように防御の全ては紙一重。一歩間違えれば致命傷を負うような攻撃すら、回避を最小限に抑えてその分、相手を多く殺す効率的な戦い方だ。幾ら魔術の才が秀でていようとも、これは中々出来ない」

 

 実戦形式とはいえ、やはり模擬戦。

 どこまでいっても命のやり取りではない。

 だからこそ厳しく訓練された闇祓いですら、どこか気の緩みが出てしまうものだ。

 メルムにはそれがない。

 

「あの娘の頭の中には極限の死の仮定が渦巻いている。そう思えてならないのだ……」

 

 ムーディもキングズリーも、第一次魔法戦争を生き抜いた歴戦の闇祓いだ。

 戦場にて凶悪な死喰い人達と命のやり取りをした経験は、そこらの魔法使いよりも豊富である。

 そして、だからこそ敏感になるのだ。

 あの歳に似つかわしくない獰猛な殺気や効率化された殺し方に。

 

「ムーディ局長は力の使い方を教えると言ったが。私はあの娘が真に力の使い方を知った時、何が起こるのか恐ろしくて堪らない……」

 

 そう言ってキングズリーはぶるり、と背を震わせた。

 ムーディも気づいてはいる。

 メルムの訓練に対する飽くなき向上心、その根底にある感情が決して清らかなものでないことには。

 彼女の瞳の奥では、常に怨嗟の炎が燃え盛っているのを知っている。

 

「あの娘を怪物に育て上げようとしていると先ほどは表現したが、あれは間違いだ。貴方は眠っている怪物を起こそうとしている。制御出来る自信もないのに、だ」

 

「ならばどうする。ここで放逐でもするのか? 大した理由も無いのに? それこそ無責任というものだろうが……不安定な子供がいるのならば、大人が自身の背中を見せてしっかりと正しい道へと導く。お前にも儂はそうやって接してきた筈だ」

 

 諭すようなムーディの声音に、キングズリーは息を詰まらせる。

 数多くの闇祓いを育て上げ、第一次魔法戦争においては捕らえた死喰い人(デスイーター)でアズカバンの半分を埋めたとまで言われるアラスター・ムーディ。

 彼は戦いの過程で家族を殺されたが、決してその復讐に目が眩んで死喰い人を殺し回るような事はしなかった。

 口さがない魔法省の役人は、ムーディのことをキチガイだと陰口を叩くが、同僚である彼らはムーディの事を理性的な魔法使いであると評価している。

 そして、キングズリーもそんな背中を見てきた一人であったのだ。

 

「……分かった。貴方がそこまで言うのならば、私ももうこの話は今後一切しない。時間を取らせてすまなかった」

 

「気にするな。訓練で疲れてるんだろう。しっかりと寝て、くだらんことはとっとと忘れろ。明日も訓練はあるんだからな」

 

 それで会話は終わった。

 ガチャリ……バタン、とキングズリーの退室する音が室内に虚ろに響く。

 仕事も出来るが、こういう物分りが良いのも彼の美点だった。

 軽く目眩がして、ムーディは額に手を当てる。

 

「……儂とて分かっておるわ。自分の育てている魔法使いがどれほど大器なのかは」

 

 目覚めさせてはならない才能であった。

 膨大な魔法力や高い魔法のセンス、貪欲な知識の吸収力。

 それだけなら、ムーディとてこうも頭を抱えたりはしない。

 

 一番の問題は、その生来の気質であろう容赦の無さだった。

 

 恐らくだがメルムは実戦になれば躊躇うことなく相手を殺せる。

 それもまた恐ろしい異才であることに違いない。

 

「あの馬鹿弟子には人の良心が欠けておる」

 

 キングズリーの報告では、闇祓い達からの評価は概ね良いものばかりだ。

 人懐っこく、可愛らしい幼い娘。

 ムーディの秘蔵っ子であることを鼻にもかけず、ひたすらに人の何倍も努力する姿勢は、見る者の心を打つ。

 一方で、メルムは市街にて暴力沙汰を何回か起こしていた。

 

「先月だけでも三件か……世話の焼ける奴だ」

 

 救いなのは、どの件も相手側に非がある事だろうか。

 大体は相手の子供が先にメルム本人を侮辱したり、家族の事を揶揄い、その末の返り討ちだ。

 ここがミソなのだが、喧嘩において彼女は訓練で習得した杖による魔法や魔法力を使ったことは一回もない。

 とはいえ、どれも子供の喧嘩には似つかわしくない内容ばかりだ。

 ある時は背後から拾った石で相手の頭をかち割り、またある時は真っ向から体術を使って相手の手足を捻り折っている。

『十七歳未満の者の周囲での魔法行為を嗅ぎ出す呪文』を意識してのことだろう。

 お陰でメルムの喧嘩沙汰は、何とかムーディ個人が知るだけに留まっており、魔法省では預かり知らないことになっている。

 

「魔法を使わない限り、大事にならずに個人間の喧嘩で済むと理解しておるか。まったく利発というか狡猾というか」

 

 自分に優しくしてくれる者とは非常に親しくする反面、一度敵と認識した者には一切の容赦なく手を下す。

 絶望的なまでに他人に興味が無いのだろう。

 興味のない相手なら幾らでも親切に出来るし、傷つけることも出来る。

 人としてどうかしているとしか言いようがなかった。

 

「それでも儂は……」

 

 見てみたいのだ、あの才の行き着く先を。

 そんな言葉を飲み込んだムーディ。

 彼は、脳裏に浮かんだ馬鹿な考えを振り切るように、再び仕事に没頭するのだった。

 

 

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 クリスマス休暇が終わるとホグワーツには生徒達が戻ってきた。

 人気がなかった寮にも活気が戻り、しばらくは何事もなく日々が過ぎ去る。

 最近、専らの話題はクィディッチだ。

 グリフィンドールのチームが、スリザリンに続いてハッフルパフまで撃破したのである。

 この朗報にグリフィンドール寮は湧き上がり、スリザリン寮は落胆を隠せずにいた。

 クィディッチの寮対抗試合の成績は、寮の得点として加味される。

 ポッターというJOKERを手に入れたグリフィンドール寮は、その勢いに乗って寮杯にまで手が届く所まできていたのだ。

 今日までは、だが。

 

「おーい聞いたぞ? マルフォイの馬鹿共々やられたな」

 

「あー……40点減点喰らったアレだよね。分かってる」

 

 セオドールの呑気な声に応じ、ボクは死んだ魚のような目で大きな砂時計を見上げた。

 この時計は掲示板がわりに寮の得点を記録している。

 スリザリン寮の得点を見ると、ただでさえあまり旗色の良くなかったボクの寮の得点が四十点ほど少なくなっているのが分かった。

 

「深夜に校舎を出歩いたところを先生に見つかっちゃったんだよね……ごめんよ」

 

「別に良いさ。いつも得点を稼いでくれてるし、これで釣り合い取れたようなもんだろ。言い訳もしないしな。まぁそれでも40点はデカいが」

 

 だよね、とボクはため息を吐く。

 別に同じ寮の生徒達に気まずいとか申し訳ないとかは思わない。

 だが、自分の稼いできた点数が一夜にして水の泡となったのは中々心にくるものがあった。

 

「ていうかセオドールの言い方だと、まるで言い訳した馬鹿がいるみたいだけど……マルフォイかな?」

 

「ピンポーン、大正解。なんと驚いたことに、『ハリー・ポッターがドラゴンを連れて天文台の塔に現れる、それを現行犯で捕まえる為だった!』ときた。マクゴナガルも今回ばかりは、聖マンゴにマルフォイを叩き込むか迷っただろうな」

 

 ちなみにそんなボクらの願う、マルフォイにとって最悪の未来が訪れることはなかった。

 その理由は、グリフィンドール寮の得点にある。

 

「一晩でグリフィンドール寮も150の減点かあ」

 

「あぁ。ドラゴンなんて嘘っぱちで、マルフォイに一杯食わせる為にベッドから誘き出したのまでは良かったのにな。仕掛け人が見つかったら本末転倒だ」

 

 現在、学校全体で広まっている噂がある。

 何人かの馬鹿な一年生達と一緒になって、ポッターがスリザリン生を罠に掛けようとして自爆した、という内容だ。

 大体の生徒にとっては青天の霹靂以外の何物でもない。

 しかし真相を知っているボクとしては、話がデカくならなくて本当に良かったとホッとしていたりする。

 

(まぁ先生達も、本当にドラゴンを飼おうなんて考えている危険人物がまさか校内にいるとは思わないだろうしね)

 

 元はといえば、ボクの麗しき友人であるハグリッドの血迷った行動が事の発端である。

 なんと彼は、ドラゴンを飼うという長年の夢を遂に実行に移してしまったのだ。

 しかも数あるドラゴンの中でも、特に凶暴で有名なノルウェー・リッジバック種というお墨付き。

 

 ────メルム! ほーら見ろ! ノーバートはちゃあんとママが分かっとる! ええ子だあ! 今日からここがお前の家だぞぉ! 

 

 ────本気で言ってるの? ここ木造建築だよね。火災保険入ってる? 

 

 幸いにも見せて貰ったドラゴンは、卵から孵ったばかりの状態であり危険ではあるが脅威とまではいかなかった。

 その時に無理矢理でも良いから処分でも放逐でもしたなら、ここまで大事にはならなかっただろう。

 ボクの大きな間違いは、まだハグリッドを良識ある大人だと信じていたことだ。

 まさかドラゴンを飼い続けるなど夢にも思わなかったボクは、出来るだけ早く手放すようにハグリッドに言い含めて、帰ってしまったのだ。

 二週間後に森番の小屋を訪れた時の絶望を、ボクは今も忘れられない。

 

 ────……なんで処分してないの? 

 

 ────処分!? 何を言うちょるかメルム! そんなの可哀想じゃろうが! 

 

 絶句した。言葉にならない感覚は久しぶりだった。

 小屋の外に座り込んでいる大型ボアハウンド犬のファング。

 可哀想に、ファングの尻尾には包帯が巻かれていた。

 ハグリッドの小屋といえば、凄まじい速度で成長したノーバートによって今にも破裂しそうである。

 

 ────どうするつもりなの。こんなに大きくなっちゃって

 

 ────大丈夫。大丈夫だメルムや。ノーバートは優しい子だ……痛ッッ!? ……あーよしよし怖くないからなぁママちゃんでちゅよー

 

 限界だった。

 ブーツを噛まれて、それでも赤ちゃん言葉で怪物に囁く大男にも。遊びに来たのに、寒さに震えながら小屋にすら入れないで窓越しに話している現状にも。

 ボクは思考を放棄することにした。

 

 ────あー……小屋が吹き飛んで、ハグリッドもファングもドラゴンの胃の中に入るまでボクは待った方がいい? 

 

 ────心配するな。もうハリー達が、ルーマニアでドラゴンの研究をしちょるチャーリーに連絡を取った……グズッ……グズッ……ノーバートは奴さんに預けることにした! 

 

 ノーバートとの別れに咽び泣くハグリッド。

 バーン! と尻尾でもぶつけたのか音を立てて震える窓。

 何もかもが正気じゃなかった。

 

 ────……そか。無事に成功するといいね。朗報を期待してるよ

 

 ────んにゃ、お前さんにもやって貰う事がある。そうハーマイオニーが言っちょった

 

 ────……は? なんて? 

 

 そこで聞かされたのが、今回の騒動の原因となった計画だ。

 ドラゴンをポッターの透明マントで隠し、真夜中の天文台の塔にてチャーリー達にこっそり引き渡すという滅茶苦茶な計画。

 

 まず、どうやって小さな家ほどもあるドラゴンを透明マントに隠し、あまつさえ持ち運ぶのか。

 

 そもそも巡回中のフィルチや先生達にバレずに立ち回れるのか。

 

 この件を詳細まで知っており、恐らく妨害してくるであろうマルフォイをどうするのか。

 

 課題は山積みであり、十中八九大失敗する泥舟にボクは目を覆った。

 とはいえ、ボクに課せられた使命は簡単だった。

 それは、巨大な赤ちゃんドラゴンを持ち運べる大きさに縮小する事である。

 

 ────縮め(レデュシオ)! 

 

 ────凄いわね……これ上級生で習う縮小呪文じゃない。もう先取りしているの? 

 

 ────そんな感じかな。ほら行くよハーマイオニー、ポッター。マルフォイは多分大丈夫だと思う。マクゴナガル先生にチクったから。巡回中の先生達もそっちに掛かりっきりで忙しくなるだろうしね

 

 ────メルム、今回ばかりは君がいてくれて本当に助かったよ

 

 そう。マルフォイの馬鹿をマクゴナガル先生にぶつけたまでは酷く順調だった。

 幸いにもポッターの透明マントは、三人全員をすっぽり覆い隠すほど大きいサイズだったし。

 問題となったのは帰りである。

 螺旋階段を降りた先で、フィルチが待ち構えていたのだ。

 

 ────さて、さて、さて。これは困ったことになりましたねぇ

 

 ドラゴンから解放された喜びと、マルフォイにマクゴナガル先生をぶつけられた喜び。

 ハイになっていたポッターとハーマイオニーは、透明マントとボクを置き去りにして滑るように降りたっきり帰ってこなかった。

 ちなみに、フィルチ管理人を密かに手配したのはボクである。

 これだけの騒動にボクを巻き込んでおいて、タダで済ませるわけが無いのだ。

 悪いがスリザリンの寮杯獲得の為にも、彼らにはここで散ってもらう。

 

 ────やれやれ。詰めが甘いよね二人ともさ。駄目だよ、最後まで気を抜いちゃ

 

 ────そうじゃなメルムよ。お主も悪知恵を働かせるなら、もう少し頭を捻らねばの? 

 

 ────……えぇ……なんでぇ……

 

 二度の校則違反は見逃されたが、三度目はならず。

 人を呪わば穴二つ。

 いつも通り突如現れたダンブルドア校長によって、なんとボクは二十点を引かれ、罰則まで賜ったのであった。

 

「そういえばさ。なんでグリフィンドールは150点減点なの? ポッターとグレンジャーで五十点ずつ失点だった筈だけど?」

 

 悲しき回想から戻ったボクは、隣で未だに砂時計を眺めているセオドールに聞く。

 ニヤリと彼は笑った。

 

「ポッター達の四方山話を本気にしたネビル・ロングボトムが夜中に出歩いちまってたのさ。可哀想なネビル坊っちゃんは危険を知らせようと二人を探し、そしてマクゴナガルにとっ捕まった」

 

 五十点減点が三人分、よって百五十点減点。

 なるほど計算が合う。

 それにしても悲惨な話だ。

 真夜中の校内を歩き回るなど、あの怖がりにとっては相当大変だったに違いない。

 おまけにグリフィンドールの得点が最下位に落ちた原因を図らずも担ってしまった。

 昨日の夜、彼はずっと枕に顔を埋めて泣きじゃくっていたに違いない。

 

「メルムも罰則を受けるんだろ? 今回のお題は何かな。前みたいに廊下を雑巾掛け? それともフィルチの部屋でトロフィー洗い? 何にせよ気になるとこじゃないか?」

 

「他人事だと思って……」

 

「だって俺、良い子だもーん」

 

 そんなやり取りから何週間も立ち、試験一週間前を迎えたある日。

 あの事件に関わった人間全員が、罰則の事などすっぽり忘れてしまった頃に、それは知らされた。

 

 

 

 ────処罰は今夜十一時に行う。集合場所は玄関ホール。内容は禁じられた森の探索。詳細は同行する森番のハグリッドから直接聞かれたし

 

 

 

「はぁぁぁぁぁああああああああああああああああッッッ!!??」

 

 所詮、学生の罰則なんてこんなもんか。

 そうシラケていたボクから少し離れた席、そこからこの世の終わりかのような絶叫が聞こえてきたのであった。

 

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

「はぁ……もう十一時か。それじゃ行ってくるよ」

 

 夜十一時、一週間後に迫る試験への対策でミリセントとセオドールの三人で勉強していたボクは、二人に別れを告げた。

 ノートと睨めっこするのに飽きたのか、爆睡するミリセントからは当然の如く返事はない。

 代わりに、耳に羽根ペンを引っ掛けたセオドールが軽口を叩いてきた。

 

「おう。墓には何をお供えすればいい?」

 

「それならまず、骨を拾うところから始めなくっちゃね。くれぐれもマルフォイの骨と間違えないでよ。それとお供え物はファイア・ウィスキーだからね?」

 

「チョイスが渋いねぇ、オッサンかよ」

 

 余計なお世話だ。

 教えた事が七割しか入らない馬鹿の頭を叩くと、ボクは談話室を抜けて玄関ホールへと向かう。

 禁じられた森は行き慣れているので気楽ではあるが、罰則を受けるという事実からくる憂鬱な気分は晴れない。

 それは玄関ホールへ向かう途中、マルフォイの奴に出くわしたことでさらに加速する。

 

「やぁ君も罰則かい? グリンデルバルド」

 

 そういえばボクは、マルフォイが処罰を受けることをすっかり忘れていた。

 彼は、待ち合わせしていた恋人でも見つけたかのように手を挙げて此方へと走ってくる。

 その素早さときたら、まるでボクの傍にガリオン金貨が落ちていたのかと思うほどだった。

 

「仲良しこよしのポッター達と一緒に、ドラゴンを天文台の塔に連れていく最中に見つかったんだろう? いい気味だ。君もこれからは分を弁えるという事を知った方がいい。父上は言っていたよ。君のような不良の生徒がスリザリンを腐らすってさ」

 

 ペラペラとボクの隣で囀るマルフォイ。

 本当に人の気分を逆撫でする天才だ。

 罰則を受ける前でさえなければ、今すぐにでも手足の一本や二本はへし折っている。

 というか、ボクはこの学校に来てから二度ほど彼の事を叩きのめしている筈なのだが、存外に強いメンタルをお持ちらしい。

 

「まだそんな事を言っているのマルフォイ? ボクがポッター達とドラゴンを連れて校内に? 妄想もそこまで行くと狂気だよ」

 

「誤魔化したって無駄だぞ! 僕は見たんだ! 召使いのハグリッドがドラゴンの卵を孵しているところを!」

 

 マルフォイの甲高く叫ぶ声がボクの耳にキンキンと響く。

 どうやらポッターに一杯食わされたと噂されたのが、相当気に食わないらしい。

 ボクは肩を竦めて呆れた風を装った。

 

「夢でも見てたんじゃない? 常識的に考えて有り得ないよ。第一、そのドラゴンは何処に行ったのさ。君の話が本当なら、今頃校舎は大火事になってボク達は何処かに避難する羽目になってるけど?」

 

「ボクはウィーズリーの手紙も見たんだ。ドラゴンはあのウィーズリー兄弟の関係者が引き取ってルーマニアで育てるって」

 

「ふーん、作り話としてはよく出来ているね。けどさ、そんな大きな怪物をどうやって持ち運ぶの? それも先生に見つからずに」

 

 マルフォイがグッと詰まる。

 前にポッター達から聞いた話だと、マルフォイは彼の持っている透明マントの存在を知らない。

 法律違反のドラゴンを引き渡す事実には辿り着いても、そのカラクリを解くことは出来ないのだ。

 

「ポッターにハメられたからって、妄想をさも現実のように話すのは滑稽だよ。それこそ君の父上にでも聞いてみるといいさ。僕の言っている事の方が正しいですよね? って」

 

 勿論、そんなことをすれば彼のお優しい父上は、可愛い愛息子に聖マンゴで脳味噌の検査をお勧めするだろう。

 悔しそうに歯噛みするしかない彼を放って、ボクは早歩きで玄関ホールへと向かう。

 

「あ、いたいた。あれだあれ……って……」

 

 玄関ホールに到着したボクが真っ先に見た光景。

 それは先に到着していたらしいネビルが、フィルチから少し距離を取った場所に座り込んで、メソメソと泣いているというものだった。

 会話相手がフィルチしかいなかった彼は、今日一不幸だったに違いない。

 罰則について、ある事もない事も色々吹き込まれたネビルは相当怯えていた。

 

「やぁ、お久しぶりネビル。今回は災難だったね」

 

 俯いてメソメソしている彼に声を掛けると、ネビルは意外そうな顔をしてボクを仰ぎ見た。

 

「あれメルム? 君も罰則を受けるの?」

 

「そうだよ。ボクも真夜中に校舎を歩き回ってて捕まっちゃってさ。ドジ踏んじゃったよ」

 

「そうなんだ! 僕も同じだよ!」

 

 同族を見つけた、とばかりにネビルは顔をパッと明るくさせる。

 罰則を受ける彼には、同じ寮のポッターやハーマイオニーがいる筈だが、捕まった成り行きもあって内心複雑な気持ちなのだとか。

 まぁ同じ立場なら許せないよね。

 

「よし全員揃ったな。ついて来い」

 

 暫くしてポッターとハーマイオニーも到着し、今夜の生贄が全員揃ったのを確認したフィルチはランプを灯し、先に外を歩き始めた。

 

「規則を破る前に、よーく考えるようになったろうねぇ。どうかね?」

 

 意地の悪い目つきで、後ろをついてくるボク達にそう囁くフィルチ。

 彼には悪いが、規則を破る事への抵抗はあんまりない。

 今回はヘマしたが、次はもっと用心しようと思うだけである。

 そんな不届き者がいるとも知らずに、フィルチはうっとりした口調で語り続ける。

 

「あぁ、そうだとも……私に言わせりゃ、しごいて痛い目を見せるのが一番の薬だよ。昔のような体罰が無くなって、まったく残念だ……手首を括って天井から数日吊るしたもんだ。今でも私の事務所に鎖は取ってあるがね……万一必要になった時に備えて、ピカピカに磨いてあるよぉ……」

 

 そこらの怪談の語り手よりも余程、雰囲気のある話し方だった。

 ネビルだけでなく、マルフォイやポッターの表情まで硬くなっている。

 とはいえ、フィルチの事務所には生徒を吊るす鎖なんか目じゃない程の恐ろしいブツがあるのを知っているボクは、右から左に聞き流していた。

 そうやってフィルチの怪談話を聞きながら何分歩いたのか。

 真っ暗な校庭を一行が横切った時、ふと気になった事があったボクはフィルチへと問いかける。

 

「そういえばフィルチさん」

 

「うん? なんだい、グリンデルバルドのお嬢ちゃん」

 

 まさか此方から会話を振られるとは思ってなかったのだろう、フィルチは不思議そうな顔をする。

 

「アクロマンチュラと出くわした時は、どうすれば良いの?」

 

「……それはハグリッドに聞け」

 

 アクロマンチュラという単語にピクリと眉を動かしたフィルチは、それっきり黙ってしまう。

 他の皆は、ボクが何の事を言っているか分からないと困惑していた。

 当然といえば当然である。

 禁じられた森の奥深くまで踏み入った事がある人間でなければ通じない言葉なのだから。

 

(フレッド&ジョージ先輩も知っていたくらいだ。そりゃあ学校の管理人であるフィルチも入った事があるに決まってるよね)

 

 あの森に住まう怪物蜘蛛(アクロマンチュラ)。小山のように大きい親蜘蛛と馬並みにデカい無数の眷属達。

 面白半分で振ってみた話題だが、意外にも効果は抜群。

 アレに追っかけ回される恐怖はどうやら嫌味な管理人も経験していたらしい。

 

「フィルチか? 急いでくれ。俺はもう出発したい」

 

 行く手から今回の元凶であるハグリッドの特徴的な大声が聞こえてくる。

 彼は、ファングをすぐ後ろに従えてヌゥッと暗闇の中から大股で現れた。

 大きな石弓を持ち、肩に矢筒を背負っている。

 さながらジャングルの奥に住む原住民といった出で立ちに、ポッターが感嘆の声を上げた。

 ボク? 勿論、ドン引きだ。

 巷ではワイルドな男がモテるらしいが、彼は些かワイルド過ぎる。

 

「それじゃあ夜明けに戻って来るよ。こいつらの体の残ってる部分だけ引き取りにねぇ」

 

 フィルチは嫌味たっぷりにそう言うと、城へと帰っていく。

 どうやら道案内人とはここでお別れのようだった。

 ランプが暗闇にゆらゆらと消えていく。

 

「まったくフィルチの奴。散々僕達を脅かして! もう一週間は顔を見たくないよ」

 

「あら、奇遇ねハリー。私もまったく同じことを思っていたわ」

 

 ポッターやハーマイオニーはクソ野郎のお帰りにご満悦である。

 無論、ボクも同じ気持ちだ。

 フィルチと一緒にいた方が楽しいと考える人間の方が少ない。

 それは、彼がいまだに独り身であるという事実によって証明されている。

 とはいえ、二人は重大な勘違いをしている。

 そう。友達のハグリッドと一緒なら禁じられた森の探索もピクニックになると考えているなら大間違いだ。

 

「俺と一緒だからって気を抜くんじゃないぞ二人とも。通常なら俺やファングがおれば、森の連中は手を出してこない。だが、今の森はどこかおかしい。用心しとくに越したことはねぇ。いざという時に自分を守れるのは自分だけだからな」

 

 そう、現在の森は普通じゃない。

 ボクもここ一、二週間の間、休日の日課をこなしていたから分かる。

 何故か知らないが、禁じられた森に住む魔法生物達が殺気立っているのだ。

 まるで何かに怯えるように。

 そんな森の異変を感じ取ったのか、マルフォイが掠れた声でハグリットへと訴えかける。

 

「僕は森に行かない」

 

「ホグワーツに残りたいのなら行かねばならん。悪いことをしたんじゃから、その償いをせにゃならん」

 

 言っていることは、なるほど。ぐうの音も出ない正論だ。

 だが、この場にいるその他被害者四人を前にして、よくそんな言葉が出るものだとボクは内心呆れ返った。

 何せ、ハグリッドがドラゴンを飼おうなどというとち狂った真似さえしなければ、ボクらもこんな夜の森の探索などする必要はなかったのだから。

 

(ハグリッドにはそこの所をよく考えて欲しいね。ボク達はともかくとして、これじゃネビルがあまりにも哀れだ)

 

 その後もマルフォイは、森に行くのは召使いのすることだとか、こんなことを父上が知ったらどうとか言っていたが、糠に釘。

 頑なに正論を吐くハグリッドには勝てない。

 最終的には、心の折れたマルフォイが視線を落とし項垂れることで決着が着く。

 

「よーし。それじゃあ、よーく聞いちょくれ。なんせ俺達が今夜やろうとしていることは危険なんだ。みんな軽はずみなことをしちゃいかん。しばらくは俺について来ちょくれ」

 

 ハグリッドが先頭に立って、森のはずれまでやってきた。

 ランプを高く掲げ、ハグリッドは暗く生い茂った木々の奥へと消えていく細いな曲がりくねった獣道を指さした。

 森の中をのぞき込むと一陣の風がボクの髪を逆立てる。

 

「あそこを見ろ。地面に光ったものが見えるだろう。銀色の物だ。ありゃあ一角獣(ユニコーン)の血でな? 何者かに酷く傷つけられ一角獣(ユニコーン)が、この森の中にいる。今週になって2回目だ。水曜日に最初の死骸を見つけた。みんなでかわいそうなヤツを見つけ出すんだ。助からないなら、苦しまないようにしてやらねばならん」

 

 真っ暗でシーンとした森、木霊するハグリッドの声。

 真夜中の森が生み出す不気味な雰囲気は、ボクでさえ少しゾクッと来るものがある。

 目の前を見れば、ちょうど道が二手に分かれていた。

 全員で一箇所を探すのは非効率だ、とハグリッドはここで二組に分ける事を提案する。

 

「よーし! では二組に分かれて別々の道を行こう。そこら中血だらけだからな。一角獣(ユニコーン)は少なくとも昨日の夜からのたうち回っとる。組み分けに希望はあるか?」

 

「はい! 僕はファングと一緒が良い!」

 

 ファングの長い牙をみて、マルフォイが早口でそう言った。

 ハグリッドは生暖かい目をして何も言わなかったが、ボクは知っている。

 ファングが部屋の隅に出てくるゴキブリにすらビビり倒すほどの見掛け倒しだという事を。

 

「そんじゃハリーとハーマイオニーとメルムは俺と一緒に行こう。ネビルとドラコはファングと一緒に別の道だ。もし一角獣(ユニコーン)を見つけたら緑の光を打ち上げる。困った事があったら赤い光を打ち上げろ。みんなで助けに行く」

 

 じゃ、気をつけてな。

 ネビルとマルフォイとファングという、一ミリも役に立たなそうな地獄のメンツを結成させたハグリッドは、割と気軽にそう告げたのだった。

 

 

 

 

 




なんか多機能フォーム?というヤツにあった文章整形を全部の話に適用させてみました。
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この方がいいよっていう方も言ってくれると嬉しいです!

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