矛盾する2つの性能を両立

 ハプティクスの研究が始まったのは1940年代と歴史は長い。しかし、長らく実現しなかったのには理由がある。相反する2つの性質を同時に実現する必要があったからだ。

 ハプティクスは、物体の感触をセンサーで認識し、それを信号に置き換えて遠隔に伝えることで成り立つ。この際、圧覚・触覚・力覚という3要素を伝達する性能と、自分の手の動きとアームの動きを同期させる性能の2つが必要になる。前者を優先すると同期が遅れ、後者を優先するとアームがチャタリング(機械が微細な振動を起こすこと)して不安定な状態になる。研究者の間では、「両者を同時に実現するのは不可能だ」というのが、長らく通説だった。

聴覚、視覚に次ぐ第3の情報伝達
●ヒトの感覚を伝達する手段の種類
聴覚、視覚に次ぐ第3の情報伝達<br/ >●ヒトの感覚を伝達する手段の種類

 冒頭のポテトチップスをつかむロボットは慶応大学理工学部の大西公平教授らが開発した。力を直接計測するのではなく、加速度を1秒間に1万回測り、独自の計算手法で力を逆算。この方法がきっかけとなり、世界初の触覚ロボットを開発できた。2011年には特許も取得した。

 大西教授が狙うのは、産業用ロボットのイノベーションだ。「人間は対象に触れて硬さや軟らかさを感じ、モノを優しく扱うことができる。今のロボットは触覚がないためそれができないが、痛みを感じることができれば、ロボットはもっともっと賢くなれる」。

 大西教授の実験では、遠隔操作でアームを使ってねじを回し、その動作をロボットに記憶させることで、他の形状のねじでも同じように締めることができた。触覚を持ったことで、より柔軟なロボットが生まれたのだ。

 工場のほか、手術支援や災害現場などでの用途を想定する。「市場規模は50兆円といっても大げさではない」(大西教授)。実用化を狙って、複数の民間企業と共同開発を進めている。

 ハプティクスが活躍する場はロボットだけにとどまらない。より早く市場投入されそうなのが、VR(仮想現実)への応用だ。触感を手元のデバイスに伝えるだけなので、ロボットよりも技術的な難度は低い。仮想空間でそこにモノがあるかのような感触を再現できれば、VRのリアルさはより高まる。

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