【完結】ファイアーエムブレム 烈火の剣~軍師と剣士~ 作:からんBit
それは、ハングとリンディスがお茶とクッキーを楽しみ、そろそろ寝ようかと思っていた矢先のことであった。
ハングは不意に窓の外へと視線を向けた。
「ハング?どうしたの?」
「もう動いたか・・・」
「え?」
ハングは窓の外から視線を一切動かさずに立ち上がった。
「リンディス、エリウッドとヘクトルに声をかけて裏口から外に出るぞ」
「え?どうして?」
「ニノが動いた」
「・・・それって・・・どういう・・・」
「話は後だ!急げ!見失ったら洒落にもならない!」
「う、うん!」
慌てて飛び出ていくリンディス。
そして、ハングもすぐさま後に続く。
ただ、残っていたクッキーを一つ残らず口に放り込むことは忘れなかった。
――――――― ※ ――――――― ※ ―――――――
静かに宿の表口を開けるニノ。
ドアの軋む音一つたてずに扉を開け閉めする技術はさすが【黒い牙】の一員といったところだ。
だが、そんな技術も路地で見張りをしていた人物には無意味だった。
「・・・こんな夜更けにどこへ行く?」
「・・・ジャファル」
彼が来ることは予想していたのか、ニノの驚きは少ない。
そして、ジャファルもニノが今夜あたり抜け出すんじゃないかと思っていた。
「・・・ソーニャの所か?」
「・・・うん」
ニノの母親。
ジャファルは無感動にニノに質問を繰り返す。
「・・・居場所は?」
「山の上のアジトがダメになったらしいから・・・きっともう一つの方にいると思う・・・」
「・・・【水の神殿】か」
川の流れを変えることで水位を調節し、建物そのものを湖の底に隠すこともできる【黒い牙】のアジト。
「・・・やつらには?」
「・・・言ってない。みんな・・・いい人だからウソなんかついてないって分かる。でも・・・あたし、母さんに会って母さんの口から、ほんとのこと聞きたい・・・だから・・・・・・」
ジャファルはため息をつくのをこらえるかのように、言葉を続けた。
「ニノ・・・あの女に、そんな感傷は通用しないぞ・・・」
ソーニャが下した非常な指令を聞いたのはジャファル本人だ。
あの女がニノのことを邪魔だと思っていたのは間違いない。そして、その彼女がニノに対して情の一欠けらでも抱いているか怪しいものだった。
抱いているか怪しいものだった。
そんなジャファルの心の中を読んだかのように、ニノは強い声を放った。
「わかってる!でも、母さんなんだもん!!血のつながった、たった一人の母さんなんだからっっ!!」
ニノに真っ直ぐに睨みつけられ、ジャファルは今度こそため息を吐き出した。
「・・・俺には、理解できん感情だな・・・」
ジャファルはネルガルに拾われた。
そして、暗殺者として育てられた。
だからといって、ネルガルが親だと思ったことはジャファルには皆無だった。
「あ・・・!ごめん・・・違うの・・・」
「・・・気にするな」
そう言ったジャファルの顔にはわずかに苦笑の色が浮かんでいた。
「ほんとに、ごめんね・・・ジャファル」
「・・・一人では行かせん。行くのなら、俺も一緒だ。いいな?」
ジャファルはそれを否定される前に北へと足を向けた。
止めても無駄だという意思の表れだった。
「・・・ジャファル」
それを追うようにニノも足を踏み出し、二人は村の外へと駆け出していく。
ふと静まり返る夜の町。
「・・・・ま、こうなるよな」
建物のかげから顔を出したのはハング達だった。
「なにごとかと思ったけど・・・・・・ニノ・・・」
リンディスはニノ達の去って行った方向を見つめていた。
今すぐにでも追いかけたいのか、何度もハングに意味ありげな視線を送ってくる。
その隣のエリウッドもまた今すぐに駆け出したい様子だった。
「・・・ジャファルが言うように、ソーニャにニノの思いが届くとは思えない。ハング、どうするんだい?」
ハングは後頭部をポリポリとかく。
「・・・さて、どうするか」
そして、ハングが水を向けたのはさっきから黙りこくっているヘクトルだった。
「ヘクトル、お前の意見を聞かせてくれるか?」
「・・・・・・」
沈黙で返すことは許さない。
ハングの目からその台詞を読み取り、ヘクトルは自分の言葉を噛みしめるかのように話し出した。
「・・・俺は、仲間をやったあいつが許せねぇ」
心の底から絞り出されたようなその言葉は悲しみや憎しみが存分に詰まっていた。
「なぁ、ハング。そこまでして・・・わざわざ助けに行くほどあいつの力が必要なのか!?」
ヘクトルの言葉を聞き、ハングは「やっぱりな」とつぶやいた。
「・・・なんだよ。やっぱりって」
「ヘクトル。俺がなんで旅を続けてるか知ってるよな」
「・・・復讐・・・だよな」
「そうさ。俺はネルガルを殺したくて旅をしてきた。『どうしても許せない』その感情だけを糧に日々を生きてきた。それ以外に生きる理由を知らなかったからだ」
「・・・・・・」
「そうさ。俺はそれを強さと信じて疑わなかった。仲間もいらない、親もいらない、失う物の無い強さこそが俺の生きる道だと信じてた・・・でもな・・・強さってそれだけじゃないんだよな」
ハングは思わずリンディスに向きそうになる自分の首を止めた。
「何かを護る強さとか、誰かと歩んでいけるからこそある強さとか・・・そういうのは確かに存在する。俺は本来の【黒い牙】はそんな強さを持っていた連中だと思う」
「あのジャファルってのも、そうだと言いたいのか?」
「わからないさ。でもな、少なくとも今のあいつは・・・ニノを護る為に行動している。それは【竜の門】で会ったあいつとは違う強さだ」
ハングは自分にも言い聞かせるようにそう言った。
それは今の自分にもそのまま当てはまる台詞だった。
ハングは同意を求めるように後ろを振り返った。
それにエリウッドとリンディスが答える。
「そうだね。僕もニノの隣の彼はただの殺人鬼とは思えない」
「・・・それは、私も感じた。風が少し変わってる気がしたわ」
ハングはそう言った二人に小さく頷き、再びヘクトルへと目線を戻す。
「・・・ヘクトル。お前はどうだ?」
そして、ヘクトルはたっぷりと時間を置いて答えた。
「・・・俺にとって、あいつは仲間の仇だ。なにがあってもそれは変わんねーよ」
「じゃあ、二人を見捨てるのか?」
「そうじゃねぇっ!」
自分に言い聞かせるような吠え声。
「・・・・あいつには生き延びてもらうさ」
ハングはその台詞を聞いて、顔をほころばせた。
「生きて・・・やったことを後悔させる!・・・それで、いいんだろ?」
「ヘクトル・・・」
「よく言った」
「おまえらのおかげでふっきれたよ・・・もうごちゃごちゃ言わねぇ・・・・・・悪かったな」
ヘクトルが笑う。屈託の無い良い笑顔だった。
「よし、なら行くぞ!行き先はラガルトとマシューに追わせてる。だけど、出発の前に仲間を集めねぇとな。みんな、別々の宿に泊まってるからな」
ちょうどその時を見計らったかのように、町の中からロウエンが駆けてきた。
ロウエンにはウィルやドルカス達が泊まってる宿に連絡に行かせたのだ。
「ロウエン!すぐに出発の準備を・・・」
「ハング殿・・・大変です!!」
「ん?」
そして、ハングはロウエンに連れられて彼等が泊まっていた宿へと向かった。
「くかぁぁぁ~・・・・」
「うおぉい、酒もってこぉぉい・・・」
ダーツがカウンターで酔いつぶれ、バアトルはまだ飲む気でいる。
姿が見えないと思っていたウィルとギィは店の片隅でぶっ倒れており、ホークアイがそんな二人を担ぎ上げたところだった。
そんな面々の間を介護して回っていたカナスとドルカスはハングが宿に入ってきたのを見て、表情を凍り付かせた。
「・・・・ふぅぅぅぅ・・・」
ハングの口から不気味な呼吸音が漏れる。
「おまえらな・・・」
確かに今日は休暇ということだった。慰安の許可もハングが降ろした。
だが、ここまで羽目を外して良いわけがなかった。
カナスとドルカスが生唾を飲み込む。
だが、結局ハングの怒りは爆発せずに収束した。
「まぁこいつらを放っておくわけにもいかんしな・・・カナスさん、ドルカスさん、後頼みます。ホークアイさんはこっちで戦闘をお願いします」
ホークアイは無言で頷き、ウィルとギィを床にそっと寝かせる。
「投げ捨ててくれてよかったんだかな・・・」
「・・・そうはいかんだろ」
ハングはホークアイを引き連れて外に出ようと背を向ける。
圧力から解放され、カナスとドルカスがホッと一息つく。だが、安心したのも束の間だった。
「俺が帰ってくるまでに、全員が土下座できるようにしておけ」
氷ですら生温い声音でハングがそう言った。
――――――― ※ ――――――― ※ ―――――――
ベルン王都の北部。
険しい渓谷と深い森の狭間に君臨する石造りの建造物。
古き時代に作られた森と水の神を祀る神殿だ。元々は神聖な場所でもあった土地だが、既に役目を終えて久しい。
美しかった壁画は長年の雨風が削り取り、意匠を凝らした装飾は見る影もなくなっている。
この神殿が廃墟と化して随分の時が流れていた。
神事を行うはずだったこの場所も、今となっては闇に蠢く者達の根城である。
「ソーニャ」
静かで感情の無い平坦な声が神殿の最奥から聞こえた。
それに対するのは高慢な気品を随所に滲ませる女性の声。
「フン、気安く人の名を呼ばないで。人形のくせに」
ソーニャは自分の元へと遣わされた【人形】に不躾な視線を向けた。
「・・・それで、話というのは何?」
「エリウッドはまだ生きている。ネルガル様の命令は未だ果たされていない」
「お黙り!!この【モルフ】め!!」
激昂した声が響いた。
「そんなことはわかってるわ。【四牙】が消えたってまだ私がいる・・・エリウッド達は私が始末してやる!」
殺意と怒気、そして渦巻く魔力を滾らせるソーニャ。
目の前でそれを微動だにせず受け止めているのはネルガルの側近であるリムステラであった。
火花を散らせる二人。その場に深く響く男の声が割り込んできた。
「ソーニャ!どこだ、ソーニャ!?」
この神殿の最奥に向かってくるのは【黒い牙】の首領、ブレンダン・リーダス。
「ソーニャよ、話が・・・」
ソーニャの姿を見つけたブレンダン。
だが、その足は最奥の手前で止まった。
「・・・何者だ。そいつは?」
ブレンダンが捉えたのは無表情に佇むリムステラ。
ソーニャがため息を吐き、リムステラは無感動な目をブレンダンに向けていた。
そして、ソーニャが吐き捨てるように言った。
「まぁ、いいわ。そろそろ消えてもらおうと思ってたんだし」
「なに!?」
殺気立つブレンダン。
ソーニャはこの状況を楽しむように笑ってみせた。
「クク・・・今まではあの忌々しい兄弟が邪魔で手出しができなかったけど」
「ソーニャ・・・お前・・・」
手元に愛用の斧を備え、ブレンダンは油断なくその場で構えをとる。
「お前に近づいたのは【黒い牙】を乗っ取る為。周囲を見渡してごらんなさい。昔なじみが一人もいないでしょう?少しずつ、少しずつ取り替えてあげたわ。ククク・・・ネルガル様の作った人形【モルフ】共にね!!」
ソーニャの背後に立つリムステラ。
その容姿を見て、ブレンダンは顔をしかめた。
黒い髪、青白い肌、そして特徴的な金色の瞳。
思い当たる者が多過ぎるくらいだった。
「やはり・・・裏切っていたんだな・・・」
「今頃気づくなんて愚かねブレンダン・リーダス!お前の息子達は最初から私を警戒していたというのに。本当はお前ごときに指一本触れられたくなかったのだけれど・・・全てはネルガル様の為・・・【牙】を手に入れるためだったのよ。ね、もういいわ。消えてちょうだいブレンダン。愛する妻の為にね!!」
突如、ソーニャの周囲に激しい冷気が取り巻いた。冷気は無数の刃と化し、氷の剣戟を形作る。その姿は古の御伽噺に登場する氷の魔女そのものだった。
「ソーニャ・・・貴様っ!!」
ブレンダンが動くより速く、氷の刃が降り注ぐ。無数の刃の雨を受け、一瞬で傷だらけとなったブレンダン。
だが、それでもブレンダンはソーニャに向けて突っ込んだ。
ブレンダンの足や腕や顔や腹に氷刃が次々と突き立てられていく。だが、それすらも無視してブレンダンはソーニャを間合いに捉えた。
そのブレンダンの捨て身の突進に冷徹な笑顔で眺めていたソーニャの顔に焦りが走る。
ソーニャは手を一振りして一際大きな刃を構築。それをブレンダンに向けて叩きつけた。
だが、その時には既にブレンダンは斧を振りかぶっていた。
斧が振られる。氷が地面に突き立つ。
血しぶきが舞った。
そして、膝をついたのはブレンダンであった。
彼の胸部に空いた風穴から血が吹き出す。
床を赤く染めて、【黒い牙】の首領の脳裏に息子達や共に【黒い牙】を作り上げてきた仲間の顔が浮かんでは消えていく。
「ロイド・・・ライナス・・・」
全身が重く、力が抜けていく。
皮膚から伝わる血溜まりの温もりに反比例するように身体から熱が奪われていく。
凍えるような寒さのなか、ブレンダンの口から最期の言葉がこぼれ落ちた。
「愚かな父を・・・許して・・・くれ・・・」
ブレンダンの身体の震えが止まる。それは、彼がもう二度と立ち上がることのできないことを意味していた。
「く・・・」
だが、ソーニャもまた無傷というわけにはいかなかった。
肩口から腹にかけて、斧の一撃が振り切られていた。
傷は比較的浅く、致命傷にまでは至らなかったがソーニャは確かに傷を負った。
「ただでは死なない・・・腐っても【黒い牙】の首領ってわけね・・・」
治癒の術を持たないソーニャは額に浮かぶ脂汗を拭いながら【モルフ】の一人を呼び寄せた。
そんなソーニャには一瞥もくべず、リムステラはブレンダンの身体に近づいた。
「・・・ブレンダン・リーダス。素晴らしい【エーギル】だ。早速ネルガル様にお届けしよう」
手を翳し、何かを吸い取るような動作を行うリムステラ。
杖による応急処置を受けながら、ソーニャは声を張り上げた。
「ブレンダンを始末したのは私だと、ちゃんと伝えるのよ!!・・・っつ!!」
身に走る激痛に身体を強張らせるソーニャ。
そんな彼女をリムステラは感情の無い目で見下ろした。
「負傷したようだな。これからの任務、私が変わるか?」
「馬鹿言わないでちょうだい!お前みたいな作り物に手柄は渡さないわ!」
ソーニャは傷を治療させてる【モルフ】を一度睨みつけ、リムステラへと視線を戻した。
「私は、ネルガル様に選ばれた優れた"人間"なのよ!」
リムステラは返事をしなかった。
ただ、その場から一転した。
瞬きをするまでもなく、リムステラは転移魔法で消えていった。
残されたソーニャは傷の応急処置が終わると同時にその【モルフ】を魔法で八つ裂きにした。
チリとなって消える【モルフ】の残骸で睨みつけ、ソーニャは怨嗟を込めて呟く。
「エリウッド達は私が始末するわ・・・【モルフ】共に渡してなるものか・・・このソーニャが・・・優れた"人間”である私が・・・必ず始末して、ネルガル様に・・・」
そう言ったソーニャの瞳が金色に燃えていた。