主人公、プチ本気の回
五月分のポイントが振り込まれていないことは、既に教室内で小さな騒ぎになりつつあった。
ホームルームが始まっても喧噪は密やかに続いていく。きっと、こういう部分の小さな積み重ねだったのだろう。
茶柱先生は呆れたように溜息をつくと、
「……お前らは本当に愚かな生徒たちだな」
怒っているのやら悦んでいるのやら、先生は不気味な雰囲気をまとっていた。
先生曰く、ポイントは間違いなく振り込まれており、このクラスだけ忘れられているという可能性は皆無であると。
生徒たちはその発言に疑問符を浮かべるばかりだったが、一人だけ高らかに笑った奴がいた。
「はは、そういうことだねティーチャー。理解できたよ、この謎解きがね」
理解した上で至極他人事のように偉そうな態度を貫く高円寺くんは、どこまでも大物だな。焦ることも憤ることもせず、だからどうしたと言わんばかりに、足を机に乗せている。
「簡単なことさ。私たちDクラスには1ポイントも支給されなかった、ということだよ」
「はぁ? 何でだよ。毎月10万ポイント振り込まれるって……」
「私はそう聞いた覚えはないね。そうだろう?」
高円寺くんは状況に当惑する他生徒を嘲るように、ニマニマと笑っている。
「……先生、振り込まれなかった理由を教えていただけないでしょうか? でなければ僕たちは納得できません」
皆を代表するように、平田くんが挙手した。彼自身が納得できていないというよりも、他生徒を慮ってクラスの疑問を代弁した感じだ。
「遅刻欠席、あわせて104回。授業中の私語や携帯を触った回数391回。その結果、お前たちは振り込まれるはずだった10万ポイントを全て吐き出した。
分かるか? この学校ではクラスの成績が毎月のポイントに反映される、ということだ」
ふむ、減点方式だったのか。
なら一切不足のない完璧なクラスであったのなら、今頃僕らの元には入学時と変わらない額のポイントが支給されていたことになる。
「……先生、僕らはそんな説明を受けた覚えはありません」
「確かに私は振り込まれるポイントのルールを伏せていた。しかし、お前らは小・中学校で習わなかったのか? 遅刻や私語は悪だと。わざわざ説明されなくとも理解できることのはずだ」
「しかし……説明を受けていたのなら、誰も遅刻や私語をしたりしなかったと思います」
「ここは義務教育ではない。当たり前のことを当たり前にこなすのは最低限の社会のルールだ。そうしていれば、少なくともお前らはポイントを0にまで減らすことはなかっただろう。全てはお前らの自業自得、違うか?」
茶柱先生のドギツイ言葉は正論と言えなくもなかった。
平田くんは悔しそうに歯噛みしている。
「……ではせめて、詳しいポイント増減の詳細を教えてください……」
「駄目だ。それはこの学校の決まりで教えられないことになっている。社会も同じだ。お前が社会に出て、企業に入り、詳しい人事の査定内容を教えるか否かは、企業が決めることだ」
「……」
とうとう反駁の余地を失った平田くんは、無念そうに席につく。
続いて茶柱先生は持参した筒から白い厚手の紙を取り出し、黒板に広げる。
そこに書いてある内容は各クラスの成績。
・Dクラス:0
・Cクラス:490
・Bクラス:650
・Aクラス:940
この初期値が1000ポイントだったのだとすると、全てのクラスが軒並み点数を落としていることになる。
しかし、随分と偏ったな。
疑惑は懸念へと代わり、懸念は確信へと近づいていく。
やがて生徒たちにある考えが蔓延し始めたころ、先生は冷徹に真実を叩きつけた。
「段々と理解できてきたようだな。お前たちが、何故Dクラスに選ばれたのか。
──そう、この学校では優秀な生徒たちの順にクラスが分けられている。最も優秀な生徒たちはAクラスへ、最も無能な愚図どもはDクラスへ、といった風にな。欠陥品のお前たちに相応しい結果じゃないか。そして喜べ。Dクラスと言えども、かつてここまでポイントを吐き出した前例はない。一カ月でポイントが底値に達したのはお前たちが初だ」
ほえー、そりゃすっごいや。0ポイントは僕たちが史上初なんだってさ。
「このクラスのポイントは、そのままクラスのランクに反映されている。だがここまで見事に順番通りになるとはな」
「……どういうことですか?」
「仮にの話だが、もしもお前たちが現Aクラスの成績を上回っていたら、お前たちのクラスはDからAに上書きされていたということだ。今後も同じく、下位クラスのクラスポイントが上位クラスを上回れば、クラスのランクは逆転していく」
先生は明確に上位と下位という表現を用いた。
それが意味することは想像に難くない。
「ちなみに、この学校は高い進学率・就職率を誇っているが、この学校が将来を約束するのはAクラスの生徒たちのみ。それ以外の生徒には、この学校は何一つ保障することはない」
新たなカミングアウトに、教室中が沸く。
……個人的な意見を言わせてもらえば、他人から人生の保証をされないのは世の常だ。行きたい学校があれば自力で勉強すればいいし、行きたい企業があれば自力で面接すればいいだけのこと。何一つ騒ぐことじゃないだろう。
それに、進学や就職について生徒の将来を約束できる手段があるとすれば、この国営学校は既得権益の塊であると証明するようなものだ。そんな状態で、本当に優秀な生徒が輩出できるかと言われれば甚だ疑問である。
他人に保証される将来を蹴り、むしろ保証など要らんと言わんばかりに自力で将来を切り開く者たち。
……本当に優秀なのはそういった連中だ。僕は故郷でそういった先輩たちを大勢見てきた。時代を担うのは決まってそういった独走者たちばかりである。
この学校を作った日本政府の展望も底が知れるな。
まぁ、実験的に創設したのだろうから、まだ部外者である僕が評価する段階ではない。それは後の世の学者たちの仕事である。
僕はただ、今ある青春擬きを享受するだけのこと。
──ただし、それとは無関係に、やはり毎月ポイントゼロは痛いな。
「聞いてねぇって、そんなこと……!」
「ふっざけんなよ佐枝ちゃん先生! こんな横暴な話があるか!」
「学校のルールだ。腹を括れ」
「フッ、ティーチャーが言うように、このクラスには愚か者が多いようだねぇ」
怒り心頭で爆発寸前の須藤くん。
必死に食い下がり、見苦しくも抵抗を続ける池くん。
そんな彼らに対して取りつく島もない茶柱先生。
そして、どこ吹く風で嘲笑する高円寺くん。……彼もポイントないのは困ると思うんだけど、その点も冷静なのは凄いな。
「先生ー! 僕からも不満を表明しまーす!」
間延びした声で立ち上がったのは──僕だ。
意外だったのだろう。茶柱先生の眉が吊り上がる。
「……そういえば、先日の小テストの結果開示がまだだったな。見ろ、お前たち。このクラスの者は揃いも揃って酷い点数だった」
言いながら、先生は黒板に追加の紙を張り出した。
Dクラス生徒の名前がずらりと並び、その隣に点数がかかれている。
最上部で燦燦と輝くのは100点の瑞生流世。その下には高円寺六助と幸村輝彦が90点で同率二位に並んでいる。
「唯一満点を取れたのは瑞生だけ。正直言ってその点だけは、素直に評価に値すると思っていた。……そんなお前の見苦しい姿を見たくはなかったぞ」
「見苦しい? 理不尽に抗う姿のどこが見苦しいのでしょうか?」
「ほう、理不尽か。これだけ熱く講釈を垂れてやったのに、何一つ届いていないとは呆れたぞ。理不尽で上等だ。それが社会というものだ。少しは大人になったどうだ」
「旧態依然として窮屈な精神ですね。この学校はブラック企業に適合する奴隷でも作りたいので?」
僕は少々喧嘩腰だったのを感じ取ったのか、茶柱先生は目の色を変える。
「この世には二種類の者がいる。ルールを決める者と、それに従う者。不満を並べるだけならば誰でも出来るが、ルールを作ることが出来るのは限られた権力者だけだ。お前たちはそれに従うか、ルールの外に出るか、二つの選択肢しか選ぶことが出来ない。文句があるのなら、ルールの外に出るといい。誰も止めはしない。その末路に何が待ち受けているかは、私の関知する所ではないがな」
要するに、不満があれば学校を去れと。
強い立場を盾に相手を暴論でねじ伏せるのはさぞ気分がいいのだろうか、茶柱先生は得意気に腕を組む。
「まだ何か言いたそうだな、瑞生?」
「えぇ、まぁ」
確かに僕はルールに従うしかない立場の人間だ。
しかし、そんな人間でも抗議したり悪法に訂正を求める権利はあって然るべきだろう。
反論は無限に思いつく。
……ちょっと、楽しくなってきたな。
日常に退屈だった所だ。これは丁度良い刺激になるかもしれない。
──僕もたまには、本気でレスバに臨むとしよう。
机の中に忍ばせたボイスレコーダーで録音を開始する。
「──ルールやら権力という言葉を多用しているようですが、先生はこの国が法治国家であることはご存じでしょうか?」
「無論だ。何を当たり前のことを言っている」
「罪刑法定主義の原理に基づけば、今回の学校の暴走は到底黙過できるものではありません」
「……小難しい理屈で煙に巻いた所で、学校が敷く大枠のルールが変わるとでも思うのか」
「小難しい? 高校三年生の学習範囲の話です。法律にはいくつか解釈の方法があるとは思いますが、基礎となる定義は教師であれば知っていて然るべきでしょう。ご自身の無知を晒すのが趣味のようですが、見苦しいのでやめて頂きたい」
「何だと? 教師に対して見下げ果てた態度だな」
茶柱先生の表情から余裕がなくなる。
「現状、先生は『生徒に対して毎月10万ポイントが支給される』ということと、『そのポイントはクラスの成績により減少する』ということを明らかにしました。これは言い換えれば、正規の手続きを踏んで入学した人間は、潜在的に10万円相当のポイントを受け取る権利を有しているということになり、それを学校の独断で没収している状態にあります。違いますか?」
「その通りだが、だからどうしたというのだ」
「全寮制なのですから、生徒の私生活すら担う学校には一定の裁量権があるでしょう。しかし、それが生徒への実害に及ぶというのなら話は別です」
「違うな。実害ではない。学校に課せられている義務は、あくまで教育を受けさせる部分に限られている。ポイントの支給は害ではなくむしろ学校からの無償の厚意と思え」
……成程ね。悪くない反論だ。伊達に教師はやっていない、ってことか。
だが、ロンドンやベルリンの検事の言葉はもっと鋭かったぞ。あの時と比べれば、言葉遊びにも足りないな。
「ならば、そこに不平等が生じるのは問題でしょう。同じ入試を突破し、同じ権利を獲得した生徒たちを、学校は意図して差別しています。学内で取得できる財・サービスの量と質を、クラスごとに制限することによって、あなたたちは生徒たちの選択の権利を奪っているのですから。この学校の目的が全て慈善事業とでも仰るのなら話は別ですが、そんなことはありませんよね?」
「優秀な者とそうでない者の間に、選択肢の差が出るのは当然のことだろう。随分とおめでたい環境で育ったようだな、お前は。世の中の仕組みをまるで理解していない」
「話を挿げ替えないでください。誰も社会の話はしていませんよ」
一般論に持ち込まれたら、強引にねじ伏せられてしまう。
ここは一貫して、学校独自のルールから論点をずらしてはならない。
「僕たちには10万ポイントを受け取る権利があった。そして、学校には一定の基準下においてそれを制限する権利があり、学校は権利を行使した。まずこの解釈を確定させる所から始めましょう」
「あー分かった、分かった。そうだな。そう言われてみれば、お前の言っていることも納得できなくはない。最初からそう言え」
最初からそう言っていたつもりなんだけどな。
「……それで? それのどこが問題だというんだ?」
「ですから、罪刑法定主義ですよ。そもそも校則に法的拘束力はありませんが、校則に基づいて罰則を科すことは多くの場合で正当です。しかしながら、それは明文化されている場合に限る。犯罪なければ刑罰なし、法定の刑罰なければ犯罪なし。近代刑法の大原則です。生徒を罰する力を有する校則にも同じことが言えます」
「……ふむふむ。良く弁が立つじゃないか。お前の言うことにも一理あるかもしれないな」
「なので、僕たちが受け取るべき10万ポイントを奪った学校の裁定は、基準をどこにも明記していないため不当であると主張します」
「はて、不当だと? お前は何を言っているんだ。ポイント減少の基準なら開示されていたじゃないか。単に私がお前たちに直接説明しなかっただけでな」
「──」
多くの生徒たちがもう僕と先生の会話に着いてこれていなかった。
平田くんですら、頭を悩ませている様子だ。
完全に理解できている様子なのは、高円寺くんくらいなものだろう。
「ほう、それは興味深いねティーチャー。私の聞く限りではこの舌戦、先ほどまでグレイボーイの方に軍配が上がっていたが、ティーチャーの言っていることが真実ならば状況は逆転する」
「遅刻・欠席・私語といった非行は、全て学校管理規則に記されているものだ。加えて、それらの行為が成績に影響し、生徒に支給されるポイントを左右する事実もな。確認しようとすれば出来たものを、どうして確認せず断言したのだ、お前は?」
茶柱先生が僕を睨みつける。
……ふーん、ちゃんと校則に書いてあったと。先生はそう言っている訳か。
いつの間にか高円寺くんも机から足を降ろして、真剣な眼差しで僕を観察していた。
それどころか、クラス中の希望の視線が僕に集まっている気がする。
「学校管理規則は全て昨晩の内に読みましたが、そういった条文は確認できませんでした」
「お前の見落としだな。疑うのなら今、確認してみろ」
「分かりました」
僕は端末を弄って校則を表示させる。
確か、成績評価についての項目は1507ページからだったな。
一言一句目を通していくと、明らかに昨晩の文章と差異がある。というか、昨晩までなかった文言が追加されている。総ページ数を見てみると100ページ近く増えているし、自動で増えるように設定してあったな。
まさか、今のように、ルールの粗を突く生徒が現れることを見越していたのか。
「……確認できました。昨晩まではなかったはずの文章が追加されている気がするのですが、僕の気のせいでしょうか?」
「そんなバカなことがあるか。校則を無断で書き換えたとでも言いたいのか、お前は。そんなことをすれば、学校の風紀管理に重大な懸念が生まれる。あり得ないことだ」
「そうですね。常識的に考えてあり得ないことです」
言いながら、僕は鞄の中に詰めていた
これは昨晩のうちに印刷しておいた、学校管理規則の全文だ。
茶柱先生の表情が固まり、高円寺くんは愉快そうに肩をすくめる。
「学校が一夜のうちに本来の校則を書き換えるなんてあり得ないことですので、しっかりと確認しましょう」
「待て。何だそれは」
「昨日22時時点での校則の全文です。こんなこともあろうかと、印刷して持ってきていました」
「………………待て、意味が分からん」
学校は確かに対策をしていた。
わざわざ迂遠な表現をこねくり回して、読む者の気力を削ぐような校則を3000ページにも渡って作っていた。普通なら誰も一カ月で読み尽くせない量だ。
しかし万が一にも法的に抗議してきた生徒への対抗手段として、五月に入った時点で校則に必要事項を追加する予防策まで張っていたのだ。
見事だ。
ただ、今回は僕に全て先回りされたようだが。
「もしも昨夜の校則と、現在の校則で違いが見られるようなら、学校の信用に関わる大問題ですよね?」
「……いや、お前がそれを印刷したのが、昨晩であると断定する証拠はない」
まるで文章を照らし合わされると不都合が生じるかのような言い方だ。
実証するまでもなく、これでほぼ確定したな。学校が校則を書き換えていたことが。
「大丈夫です。ちゃんとデータに残してあるので、ダウンロード日時と印刷日時は証明できます」
そう言って、僕は筆箱の筆記用具の隙間からUSBを取り出して見せた。
「ハハハハハ! どうも妙な様子だと思えば、昨晩からそんな仕込みをしていたのかね! グレイボーイ、まさか君にはこの流れが全て読めていたのかい!?」
「君が何を言っているのか、僕にはさっぱりです。高円寺くん」
「なるほどね。見事、見事だ。ここまで一方的な蹂躙劇は見ていて清々しいねぇ。まさしく学校の、いや国家の敗北と言っていいだろう。そして認めよう! その推理力! 情報収集力! 全てこの私にすら比肩している!!」
審判ぶっている高円寺くんは、偉そうに勝負ありの旗を僕に振っている。
しかし、何が蹂躙劇か。
あえて蹂躙と言うならば、それはこの先だろう。
「僕の勝ちですよね? 先生」
「………………勝ち負けなのか。クソガキめ」
「えぇ、勝ち負けですよ。負けるのは大嫌いなので」
僕はピン、と右手の人足し指を立てる。
「これで、僕の1勝です。……ですが、まだポイントを取り戻すまで本当の勝利とは言えません」
「……。…………ま、待て、待て……な、何と言った? と、取り戻、すだと……お前は、まさか、本気で……!?」
「──なので」
立てた人差し指をひっこめる。
この先は、両手の指の数でも足りないな。
僕は少々稚拙な表現で、挑発するように宣戦布告した。
「──僕はこれから、合計1650通りの方法で学校を論破します」
あと、1649。
まだまだ僕のターンは終わらない。
◇◆◇
僕と先生、ひいては学校との舌戦は教室内を逸脱し、その舞台を職員室へと変えていた。
法的、倫理的、社会道徳的な観点からありとあらゆる学校の矛盾と横暴を指摘し、それらを全てポイント奪還の方向で展開する。
最初は茶柱先生とサシで、やがてはBクラスとAクラスの担任の先生も交えて論議を交わしていたのだが、いつの間にやら僕の相手は十名以上にも増えていた。
生徒一人を大勢の教師で取り囲んで……みっともないな。彼らに恥ってものはないのだろうか。僕はこんな大人にならないことを心に誓おう。
「──結局のところ、君の目的は没収された支給ポイントを取り返すこと、というわけだね?」
僕の目の前に着座する坂柳理事長は、額の汗を拭いながら聞いてきた。年よりを虐めてるみたいになるから、理事長先生には最高権力者らしく余裕を崩さないで欲しかったものだが。
「その通りです」
まだ僕は規則を覆すために用意した手札の半分以上を残しているが、既に勝負あったという空気が流れている。
決定打となったのは、僕がちらつかせたボイスレコーダーだろう。
胸ポケットに忍ばせている素振りを見せたため、数人の勘の良い教師が気付いたらしい。ここでの会話と僕が用意した証拠の山を持って学校を裁判にかければ、かなり面倒な結末になるのは明白だ。
立法を盾にかざす学校も、司法の場に引っ張り出されると僕と同じ土俵。
そうなれば、僕は全力でこの学校を崩すことが出来る。
「そろそろこっちの要求吞んでくれませんかね? この学校が違法スレスレの冒険教育をしてるってことは、十分に証明できたと思うんですが。僕としては、学校の内情を国民に暴露して学校と日本政府をぐちゃぐちゃにしてもいんですよ?」
高度育成高等学校はまだ政府の実験段階を逸していない。僕の見解では多くの法的な穴がある。ここの教師たちを全て失業に追い込むことは、不可能ではないだろう。
「君の言いたいことはもう、十分に分かったよ。貴重な指摘の数々だった。私たちも自分たちの運営を顧みる良い機会だったとして捉えようと思う」
「坂柳理事長もこう仰っている。君に真心があるのなら、上着の内側に潜めているモノをこちらに渡してくれないか?」
理事長先生の後ろに立つ、一年Aクラス担任の真嶋先生が僕に手を伸ばした。
「僕の欲しい返答は、僕に対してポイント支給を再開するということです。まだ聞けていません」
「すまないね。残念ながら、個人に対する特別措置は認められないんだ。だが、Dクラスのクラス成績を一先ず白紙に戻すということなら認めてもいいと感じている」
「り、理事長!? と、ということは──!」
一年C組の担当である坂上先生が声を荒げた。
「暫定的に、現DクラスはAクラスに上がることになるだろう。ただ、評価を保留にするという意味での暫定Aクラスだから、そのままクラスポイントを固定する訳にはいかないけどね」
「……えっ、DクラスがAクラスにってことは……」
ち、ちょっと待て!
思った以上の景品を引き当ててしまった気分だ。僕はそこまで望んでいないのだが。
クラス成績0のDクラスが、一日のうちに下剋上するだなんて、あまりにも目立ちすぎる。その立役者が僕だとバレようものなら、多分今後のデメリットの方が大きいんじゃないだろうか……。
「えぇー……仕方ないな。じゃあ結構です」
「「「……え?」」」
「クラスポイント? ってやつはこのままがいいです。僕に対して個人ポイントをどうしても与えられないと言うのなら、現状のままで構いません」
時刻は正午。
約5時間の果てに手にしかけた破格の商品を、僕は手放すことに決めた。
どっちにしろ、僕は1000万ポイントの貯蓄を自分なりの目的としているのだ。遠くない未来、それは達成できるだろうし、たったの10万ポイントを手に入れるために大きすぎるリスクを抱える訳にはいかない。
「……ここまで大掛かりな用意をしておいて、あっさり引き下がっていいのかい?」
理事長先生は僕が机の上に束ねた数千枚の書類の山を見やりながら、ハンカチで頬の汗を拭いた。
骨折り損だが、仕方ないだろう。
一応、僕の“勝ち”っぽいし? 何も受け取らず引き下がるってのも、強キャラっぽくてカッコいいじゃないか。
「暇潰しついでに、お小遣いを稼ごうとしただけです。数日とはいえ、僕も授業サボった事実はありますので。支給額0ポイント、甘んじて受け入れようと思います」
「お前、なら最初からそう言え……! とんだ手間と時間を取らせてくれたな……!」
乱れた髪で茶柱先生が静かに怒鳴る。
遊び過ぎたな。先生の授業に響かなければいいのだが。素直に反省だ。
「ねぇねぇ瑞生くん、君Bクラスの子にならない?」
「はい?」
「君なら大歓迎だよ。私、君みたいに個性的な子は大好きだから」
……大好き……だと……?
一年Bクラス担当の星ノ宮先生が僕に擦り寄ってくる。
僕のことが好きなのか? そういう意味か?
「Bクラスのクラス成績は650。今月は6万5000ポイント分だから、君の目的が個人ポイントなら私のクラスはとっても居心地がいいと思うんだよね」
「クラスの移動……出来るんですか……?」
「ん~……? ……できないっ!」
出来ないんかい。
多分ポイントを使えばクラスは移動できるんだと思うが、先生権限で無料にできたりしないなら、何で誘ってきたんだよ。無償のクラス移動じゃなければ意味がない。
「おい瑞生、本当に良いのか? 一時的にとはいえ、正式にクラスをAクラスに召し上げるチャンスを棒にするのか?」
「生徒の決意に横やりを入れちゃ駄目だよ~、サエちゃん。瑞生くんが良いって言うんだからいーのっ! ね?」
星ノ宮先生に肘で横腹を突かれて、茶柱先生は困ったように引き下がった。
……Aクラスって単語を口にした瞬間、茶柱先生の表情が今までで一番迫真めいたものに変わった気がしたな。クラスを上げることに執着する理由でもあるのだろうか。
謎の匂いがするが、追及するに値する興味はない。
何だかんだ、舌戦では全ての教師を言い負かすことに成功した。これで満足としておこう。
その後僕は、どんな理由があれ午前の授業を欠席したとしてお叱りを受けることとなった。
だが、どうせクラスの成績は0なのだ。これ以上下がることはないだろう。念のため、こっそりと星ノ宮先生に聞いた所、クラス成績にマイナスの値は計上されないということも判明した。茶柱先生と違って、星ノ宮先生は聞いたことをあっさり教えてくれるから、結構好きかもしれない。
僕は全くの憂いなく、その日の授業を全てバックレたのだった。
という訳で本気の屁理屈回でした。
ちょっと難しかったかもしれません…。