ようこそLを継ぐ者がいる教室へ   作:どろどろ

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第七話:異変

 

 須藤くんとの喧嘩イベントを終えてからは、特に大きな災難もなく、僕は順調に四月を終えようとしていた。

 

 特筆すべきことがあるとすれば、四月末に一風変わった主要五科目の小テストがあったことだろうか。

 茶柱先生曰く、今後の指標となるだけで直接の成績には影響しないとのことであり、確かに全体的に簡単な問題ばかりだったな。

 しかし、最後の数問だけは恐ろしく難易度が高かった。高校一年生で習う範囲の知識だけで解けないこともないが、応用の複雑性を考えると、たぶん大学入試レベルの難問だったんじゃないだろうか。無論、手を抜く理由もないし僕は全力で応じさせてもらったが。

 

 本日は四月最終日の休日だ。明日からとうとう五月。

 

「……一カ月過ごしたけど、学校ってこんなものかぁ……」

 

 消臭剤の香りが漂うベッドの上で独り言ちる。

 

 Lの遺言だということで入学したが、とうとう僕は一カ月もかけてLの真意を理解できなかった。こんなに難しい問題に直面しているのは人生初なのかもしれない。

 

 学校に通う意味。

 それは、そこで僕が新たに得られるナニカがあるからだ。

 

 一カ月間学生として生活した。最初こそ新鮮で楽しみもあったが、今では学内のスナックは全て網羅済だし、カフェのメニューも完全制覇した。自発的に1000万ポイントを貯めると決めた目標についてはまだ未達成だが、それを行う気力も消失し始めてきている。

 

 

 有り体に言えば、そう────()()()

 

 

「──学校、やめようかな」

 

 

 勝手に学校をやめて、勝手にLを名乗ればいいだけだ。色んな人が文句を言ってくるだろうが、関係ない。本当に明日にでも退学届けを出してしまおうか。

 

「って、おいおい」

 

 自分の頬を軽くたたく。

 せめて一年は頑張ろうよ、僕。

 

 視線を壁に立てかけてあるカレンダーに持っていく。

 明日から五月だ。

 僕の考えすぎでなければ、そろそろ学校が生徒を振るいにかけてくるだろう。

 そしておそらく、Dクラスはその振るいで真っ先に致命傷を負うことになる。

 現状、その事態を覆せそうな人間はいない。僕も含めて。──だが抗う手段は一応ある。

 

「……」

 

 やはり、僕はあまり目立ちたくはない。

 しかし、別に目立つのが怖いというわけじゃない。必要とあらば僕は僕のために矢面に立つ。今まで目立たないように生活していたのは、単純に他人に興味が持てなかったからというのが大きい。

 

「一応用意しておくか」

 

 僕は重い腰を上げて、明日のための準備を始めた。

 

 

 ◇◆◇

 

 

「なぁ、おまえら今朝ポイント振り込まれてたか?」

 

 教室につくなり、そんな言葉が飛び込んできた。

 

「俺、さっき確認したらポイント振り込まれてなかったんだよな~」

「やっぱりお前もか。俺たちもだよ」

「え、そうなん? みんな同じなのかな」

「みたいだぜ」

 

 会話をしていたのは、池くん・山内くん・須藤くんでおなじみのDクラス3馬鹿トリオである。おなじみというか、僕が勝手に心の中で命名しているだけだが、きっと僕と同じように思っている人は少なくない。

 席位置の関係で、僕はどうしても彼らの傍を通らなくてはならなかった。

 

「あん? おい、瑞生」

 

 斜め後ろから声がかかる。

 須藤くんはあれから、割とフラットに僕へ声をかけてくれるようになっていたが、ありがたく感じたことは正直、全くない。

 

「どうしました、須藤くん?」

 

 僕は席について、振り返りながら応える。

 

「お前はどうよ? 今朝はポイント入ってたか?」

「いいえ。君たちと同じです」

「そうか……じゃー何時になったら振り込まれるんだろうな……?」

 

 須藤くんの考えも尤もだ。

 僕たちの担任である茶柱先生は、ポイントが何時に振り込まれるのか説明してくれなかったし、そのことについて誰も質問しようとはしなかった。

 何時であれ、必ず月の始めに振り込まれるものだと思っていたからだ。

 だが、わざわざ聞かなくても確認するすべはある。

 

「学校管理規則によると、日付を跨いだその瞬間がポイントの支給タイミングだそうですよ。なので、この時間になってもまだ振り込まれていないというのは絶対におかしいです」

「マジ!? ちょ、それどこ情報だよ!?」

 

 池くんが僕の前に移動してくる。

 釣られて山内くんも近づいて来て、斜め後ろの須藤くん席に集まっていた三人の意識が、完全に僕の方に向いた形だ。

 

「ポイント残高などを確認するときなどに使う端末で、学校規則を表示できます。読んでいくと56ページに書いてありますよ。長くなりますがそのまま読み上げると、

 ──『本校運営組織は、生徒各人への生活における選択の自由を公共の福祉に反しない範囲において全力で保障すると共に、国家の最大規約によって規定された日々の健康的な生活について責任を負うものと自覚をもち、その仕組みを支える手段として選択点数を与える場合において、その時分を各月に移行するものであると明確に規定し、これを遵奉すべく最大限の努力義務を課せられているものとここに明示する』──だとか何とか」

「……?」

「……??」

「……どぅーゆーすぴーくニホンゴ~?」

 

 三人揃って、ここまで『きょとん』という表現に似つかわしい表情を浮かべるとは。

 だがまぁ分かる。この学校の校則って難しいんだよな、言い回しが。僕は一応全部頭に入れておいたが、日本国憲法とか読んでる気分になったし、多分普通の高校生なら最初の三行読んだだけで脱落すると思う。きっと、それも学校の意図したことなのだろうが。

 池くんは僕の説明が本当に全く分からなかったらしく、自分の端末を弄って調べ出した。

 

「……って、オイ! これ3000ページ以上ないか!?」

「うっ、嘘だろ! キモッッ! やめろ池、読むな目が腐るぞ!!」

 

 不本意だが、山内くんに同意だな。確かにキモイよこの文章。

 

「その点には僕も同感ですね。無駄に長い上に、文章は難解ですし、内容も割と普通のことしか書いてません。私語禁止とか、暴力禁止とかそんな感じの旨を一万文字以上で説明しています」

「キ、キモ過ぎる……!」

「吐き気がするぜ。もはや暗号だぞ、こりゃ?」

「つーか一番キモイのは、この怪文書を読んだっつー瑞生だよな……」

 

 失敬な。僕はこういう無礼な言動とか逐一覚えちゃうぞ、池くん。

 

「よくもまぁここまで中身のない内容を、難しい言葉で書き連ねられたなぁと、僕は日本語表現の広さに感心していたんですよ。読んでみると本当に暗号を解いている気分になれるので、実はそこそこ楽しかったりします」

「キ、キモ過ぎる……!」

「お前の趣味には吐き気がするぜ……!」

「瑞生お前、ガリ勉って奴か」

 

 ……コイツらぶっ殺すぞマジで。

 心の中で思っていても、口に出さなくなったのは僕の精神的に成長したということだろうか。

 

「あ~、つまり、本当ならもうポイント振り込まれてるはずってことだよな~?」

「その通りです」

「……じゃ振り込まれてないのおかしくね?」

「ですね」

 

 多分振り込まれた額が0ポイントだったというだけだと思うが、学校側の手違いである可能性は否定できない。ドヤ顔で推理披露して万が一外れてたら僕はもう教室に顔を出せなくなってしまうだろう。

 念のため、確認しておこうか。

 

「失礼」

「ん、どこ行くんだ?」

「ちょっと電話です」

 

 須藤くんの声を振り切って廊下に出る。

 端末を操作し、5コールほどで彼女は出た。

 

「──おはようございます。瑞生です」

『はい! おはようございます! 先生! 今朝は良い天気ですね!!』 

 

 椎名さんは普段よりも何段階か高いトーンで話していた。

 

『先生からのお電話なんて初めてですね』

「そういえばそうでしたっけ。急にかけて迷惑でしたか?」

『いえ全然。どういった要件でしょう』

「君に──というか君のクラスに今月分のポイントが振り込まれているか聞きたかったんです。どうですか?」

『あ、実はそのことなんですけどね、何故か4万9000ポイントしか振り込まれていないんです』

「4万9000? 10万ではなく?」

『はい』

 

 やたらキリの悪い数値だな。

 何らかの変動的基準で減らされていることは明らかだ。

 

「君だけじゃなく、Cクラスのメンバー全員がそうなのでは?」

『その通りですけど……どうして知っているんですか?』

「勘です。ではとりあえず、僕に4万ポイントほど送金しておいてくださいね」

『……え゛?』

 

 通話口で滅茶苦茶困惑したような声が聞こえてきた。

 嫌なのは分かるが、こればかりは仕方のないことだ。僕だってポイントは必要なのだ。ならば誰かが犠牲になる以外に方法はない。ごめんな椎名さん。

 

『あの、それはちょっと、先月も8万ポイントも渡しましたし……』

「必要になれば適宜お返ししますし、困ったことがあれば僕が君の助けになりますよ? 安心して僕に譲ってください」

『いやいや、そういう問題ではなくてですね……え? ……いえ、大丈夫です。あの、いや、ちょっと……やめてください……って、あぁ……っ!』

「?」

 

 急に変な声を挙げたかと思うと、椎名さんは数秒沈黙し、突然別の男の声に代わった。

 

『──うちのひよりからカツアゲしようとはな……良い度胸じゃねぇか。名乗れ』

「須藤健と申します。そちらは?」

『名乗る程のモンじゃねぇさ。ただ、あまりうちのクラスメイトを虐めないで貰えるか? 度が過ぎるようなら、こっちも黙っちゃいねぇぜ……なぁ、須藤さんよぉ?』

 

 だってさ、須藤さん。

 どうやら怖い人のようだ。偽名つかっといて良かった。

 

「虐めている認識はありませんでしたが、そう仰るのなら、強請りと誤解されるようなことは今後控えます。申し訳ありませんでした」

『ほォ、ちゃんと謝れる頭は持って、あっ…………す、すみません! 私のクラスメイトが失礼な言動を!』

「いえいえ、悪いのは君ではありませんよ」

 

 悪かったのはタイミングである。

 今度、ちゃんと対面でポイントを縋るとしよう。椎名さんには国際賞級の小説を無料で読ませてあげているんだから、数万円相当分の対価くらいは要求して良いと思うんだ。

 

「また連絡します」

『はい! いつでも待ってます!』

 

 通話を切って、僕は一つ奇妙な違和感を感じた。

 

 ……そういえば、僕はどうしてわざわざ通話しようとしたんだろうか。

 

 Cクラスのポイントがどうなっているかは、メッセージのやり取りで聞けばよかったのに。僕は思考を挟まずノータイムで椎名さんに通話をかけた。

 

 携帯越しでいいから、僕は彼女と直接話したがったのか?

 別に恋愛的な感情ないが、僕なりに椎名さんには友情めいたものを感じている、とか?

 うーん、分からない。

 

 この世に謎はいくらでもあるが、存外、最大の謎は自分自身の言動なのかもしれないな。

 

「何を話していた?」

「……茶柱先生」

 

 先生は手にポスターの筒を握り締めて、教室の扉の前で腕を組んでいた。

 

「ホームルームまであと45秒あります。遅刻ではないので、咎められる筋合いではないですよ」

「ふん、刺々しいな。お前は教師からの雑談にも応じれないのか」

 

 雑談なんて柄ではないだろう。普段から生徒に対して高圧的で、不愛想で、そんな茶柱先生が理由もなく僕に話しかけたりするものか。

 僕は茶柱先生の前を横切り、大人しく教室に入ろうとする。

 すると案の定と言うか、先生は僕の肩を叩いて歩みを止めてきた。

 

「まぁ待て」

「何か?」

「遅かれ早かれ言うことだがな、先週の小テストのことだ。うちのクラスで全科目満点はお前だけだった。学はあると思っていたが、まさかここまでとは思わなかったぞ」

「……あぁ~……」

 

 あの最後の数問だけやたら難しかったテストのことか。

 そりゃそうだ。あんな問題、平均的な進学校の3年生にでも中々解けるものではない。

 

「よく頑張ったな。今後も勉学に励むと良い」

「……褒めた上に、応援ですか?」

「何だ、私が生徒を労ってはいけないのか?」

「いえ、先生らしくないなと……」

「酷い物言いだな。まぁ良い。さっさと入れ。ホームルームを始める」

 

 言われた通りに僕は教室に戻る。

 しかし何故だろうな、すれ違いぎわに先生が零した乾いた笑いが、僕には酷く自嘲ぎみに聞こえた。

 

 


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