2019年11月8日 00:00
- 11月1日、2日開催(現地時間)
- 会場:Anaheim Convention Center
BlizzCon 2019では、入場口となっているヒルトンホテル横の特設テント前に、「Mei with HongKong」と印刷されたTシャツを配る人、マスクをつけてプラカードを掲げる人が集まり「やはり」という光景が展開されていた。メイは「オーバーウォッチ」に登場するキャラクター。中国出身という設定を持つ彼女は、「ハースストーン」での事件が起きて以来、香港デモの象徴的なキャラクターとして使用されている。
ことの発端は、10月5日に香港の「ハースストーン」プロゲーマーBlitschung氏が大会終了後のインタビューで香港デモに対する支持を表明したことだ。Blizzardはこの行為が、ハースストーングランドマスターズ公式ルール6-1に違反しているとして、賞金のはく奪と1年間の大会参加禁止という処分を下した。この結果に怒ったコミュニティは大炎上、Blizzard社内やアメリカ上院議員までもがTwitterで批判する事態となった。大会をスポンサードしていた三菱自動車台湾支店は、この事態を受けてスポンサーから完全撤退した。
騒ぎは「ハースストーン」だけにとどまらず、10月16日にはニューヨークにある任天堂直営店Nintendo New Yorkで開催される予定だったNintendo Switch版「オーバーウオッチ」の発売イベントが中止され、任天堂が謝罪文を出すという事態に発展した。このイベントのキャンセルが直接「ハースストーン」の問題と絡んでいるかは明らかにされていないが、この問題発生直後からRedditなどの海外掲示板コミュニティの中で、「オーバーウォッチ」のメイを香港デモの象徴にしようという動きがあり、それに関連したイラストや写真が大量に投稿されていたことを不安視したものではないかと憶測されている。
BlizzCon 2019の開催直前に起きたこの事態が、イベントにどういう影響を及ぼすのかは誰もが注視するところだった。冒頭で会場前の抗議活動にやはりと感じたのもそのためだ。予想通り、今年の“帰郷”は波乱含みとなった。BlizzCon 2019には、会場に入る前に空港にあるセキュリティのような金属探知機と手持ち荷物のセキュリティチェックを行なう細長いテントが作られていた。そのテントに入るための入り口付近に、「Mei with HongKong」を始め、香港の自由を主張するプラカードを掲げた一群が陣取った。顔はマスクで多い、中には2014年の香港民主化デモ「雨傘運動」のシンボルとなった雨傘を手にしている人もいる。みな若いアジア系の男女で、会場に向かう人たちに無料のTシャツやチラシをまいていた。
BlizzConはBlizzard Entertainmentが総力を挙げて開催する年に1度のお祭りイベントだ。例年、熾烈なチケット争奪戦が行なわれ、それに勝ち抜いた4万人近いファンが集まり、濃密な時間を共有する。会場は米アナハイムにあるAnaheim Convention Center。サウス、ノースの展示場とアリーナをすべて使ったその規模感は、ひとり東京ゲームショウと言っても遜色ない。開催時間は両日とも朝9時30分から何と夜の10時まで。夜が更けても人が減ることなく、コスプレの集合写真を撮ったり、大量に出店しているケータリングカーの料理を食べたりと2日間の間熱が冷めることがない。
イベントの期間中には、Blizzard Entertainmentがサービスしているゲームの最新情報に関するステージや試遊、同社が開催しているeスポーツ大会のファイナル、コスプレ大会やグッズ販売など様々なアクティビティやファンサービスが行なわれる。こここそがBlizzardファンの魂が集う場所であり、遊びに来ているのではなく、年に一度の帰郷なのだと参加者が身に着けるパスに書かれた「Welcome Home」の文字が示している。
オープニングセレモニーでは新作発表やゲームの最新情報を発表する基調講演が行なわれる。イベントでも最も期待感に満ちた瞬間ではあるが、今年はBlizzard CEOアレン・ブラック氏の苦い顔から始まった。
ブラック氏は、Blizzardが「ハースストーン」での処分をあまりにも性急に決めすぎたこと、そしてそのことに対して声明を出すのが遅すぎて事態を悪化させたことを認めた。そしてBlizzardが自分たちが設定したレベルでユーザーの期待に応えることができていなかったこと、自分たちが目的を見失っていたことを謝罪した。Blitschung氏の処分は1年から半年に短縮された。
日本でもスポーツの政治利用についてはどちらかと言うと否定的な文脈で語られることが多いが、「ハースストーン」コミュニティでもルールに沿った処分は仕方がないという空気もある。ただ、処分の内容があまりにも重すぎるというのが批判の理由だ。Blizzard側にもそうせざるを得ない苦しい理由がある。中国はBlizzardにとって重要な市場だ。さらに中国の大手IT企業であるテンセントはBlizzardの株を5%程度所有する株主でもある。中国のユーザーを怒らせたり、中国政府の意向に反することで、中国という巨大市場を失うリスクも十分にあり得る。
現に、同時期にアメリカのプロバスケットボール団体NBAでは、ヒューストン・ロケッツのゼネラルマネージャー、ダリル・モーリー氏が香港デモを支援するようなメッセージをツイートしたことで中国のNBAファンが大炎上、中国企業がスポンサーを降り、NBAの試合が放送中止になるなど大きな損失を被っている。同じ轍を踏みたくないBlizzardが、中国に忖度したと思えるような処分を下したのも無理からぬ話ではある。だが、結果的にはその処分が多くのユーザーの反発を呼び、最も晴れがましい舞台で謝罪に追い込まれるという事態に発展してしまったことを考えると、当初の判断にはミスがあったと判じざるを得ないだろう。
会場外の抗議活動は夜半にはさすがに少なくなっていたものの、依然としてプラカードを手にしている数人が残っていた。2日目には、前日とは入場場所が変更になっており、デモが占拠している入り口付近を通り過ぎて、途中にある出入口から入るよう導線が変更されていた。また警察が出動しており、デモ隊が警察と話をしている様子も目にした。
ただ、BlizzConの参加者たちはこの一連のデモ活動に対して、筆者が見る限りかなり冷めた反応を返していた。フリーTシャツも受け取っている人は少なく、会場内で着用している人にはほとんど出会わなかった。ネットで沸き起こっている批判を見ると意外にも思えるが、ここへ来ているのはBlizzardとそのゲームが大好きな生え抜きのファンであることを考えれば当然のことかもしれない。
BlizzCon 2019には北米だけではなく、ロシアや中国、日本など世界中のファンが参加している。それだけに、政治的に微妙な話は持ち込まないで欲しいという気持ちも強いだろう。ここはHordeやAllianceやオーバーウォッチのメンツが集まる場所であり、純粋に楽しんでいる人たちにとっては外の世界の事情は雑音でしかないのだろう。
ちなみに今年の「オーバーウォッチ ワールドカップ」ファイナルでは奇しくも中国とアメリカという対決となった。共に応援合戦は激しかったが、中国チームが優位な時にもブーイングのたぐいが一切起こらなかったことからも、Blizzardファン達は政治とゲームを切り離したいという気持ちの表れを感じた。
また、問題の発端となった「ハースストーン 」の国別選手権大会「ハースストーン グランドマスターズ」のグローバルファイナルは、こちらもアメリカ対中国の戦いとなった。こちらは中国のVKLiooon選手が女性として初の栄冠を獲得した。VKLiooon選手のキレのある圧倒的な攻め方は多くの観客を沸かせ、その勝利には惜しみない拍手が贈られていた。
楽しかったが、楽しいだけでは終わらなかった今回のBlizzCon 2019。ゲームコミュニティは全世界の人がリアルタイムに参加する場所であるだけに様々な主張がぶつかり合う可能性を常に秘めている。今回の厳しい処分とそれに続く謝罪は、Blizzardの見通しの甘さが生み出した結果ではあるが、Blizzardほどの会社でも対処しきれなかった難しい問題でもある。eスポーツが盛り上がりを見せる日本でも、今後同様の問題が起きる可能性は十分ありえる。業界やコミュニティなど関係するすべての人が、考えていくべき問題だろう。
©2019 Blizzard Entertainment, Inc.
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