タイトルは思いつきませんでした。優くんお誕生日おめでとうございます!なきんぎょすくい小説です。若干不穏です。本編外の情報はほとんど拾えておりませんのでご理解の上お読みいただけますと幸いです。腐向けではないですが、腐った人間が書いておりますのでご注意ください。
「もうええわ」
勝に対してこのフレーズをぶつけることになるとは思いもしなかった。何故なら、漫才におけるオチの言葉となる「もうええわ」は基本的にはツッコミである勝の口から発することになっているからだ。
「え、」
呆れたように言い放った優の顔を呆然と見つめる勝は、予想外、といった表情を浮かべている。そんな反応をさせてしまった心苦しさから、優は視線を逸らした。
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4月に入ってから、勝は優に対して何処か余所余所しい態度をとるようになった。何かを隠しているような雰囲気を感じ取った優は、それに対して何度か問い掛けたが、勝が応えることはなかった。
勝は元より悩み事やら何やらを一人で抱え込んでしまう性格だ。優がどうしたんだと問い詰めればようやく、渋々といった様子で話し始めてくれる。
しかし、今回に限っては上手くいかなかったのだ。『何でもない』の一点張りで、何一つ優に隠し事を教えてくれない。そうまでして相方の自分に隠したいことなんて、自分もしくはきんぎょすくいに関することでマイナスな問題であるに違いない。そう考えてしまった優は、大事なことを共有しない勝に対して少しずつ苛立ちを覚え始めていた。
それが爆発したのが今だ。今日もまた何も言ってくれない勝に、嫌気がさした。これ以上問い掛けたとて意味が無いのだろうと諦めた瞬間だった。
そして勝から逃げるようにして家を飛び出す、なんてことはできるはずもなく、午後からは二人揃ってのお笑い番組の収録が控えている。最悪の雰囲気のまま、二人は出かけなくてはならなかった。更に最悪なことに今日に限ってマネージャーが車で迎えに来る。つまり一緒に現場に行くということだ。優としても、迎えに来なくていいなどと言ってマネージャーに要らぬ心配や迷惑を掛けたくはない。もうマネージャーはこちらに向かって車を走らせている頃だろう。笑顔を貼りつけて、再び勝と目を合わせた。
「ほな行こか」
予定していた時間より少し早かったが、このまま家にいるよりは外気に当たって気持ちを落ち着かせたい。勝のことは気に留めることなく、玄関に足を伸ばした。
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車内で全くといっていいほど会話がなかったことを、マネージャーは当然不思議に思っただろう。しかし、それに対して何かを問うようなことはしなかった。
不幸中の幸いは、楽屋が事務所ごとに同じで大部屋だったことだ。普段ならば勝にどこにするかと聞き選んだところに並んで場所を取るが、勝に何も聞かずに空いているスペースに荷物を置いた。
他の共演者とコミュニケーションを取ることがそこまで多くない二人は、大人数の楽屋でもネタを考えたりと自分たちの世界にいることが殆どだったが、今日は違う。それを目敏く感じ取ったとある人物がこちらに近寄ってくる。
「なぁ、万歳ってさ~」
当然こちらにも会話が聞こえてくる。彼は同事務所所属の芸人だ。ちなみにコンビで活動しており、優と同じボケ担当だ。自分たちきんぎょすくいと同時期に入社している、所謂同期、ライバル関係と言っても遜色ない存在である。
優は、彼に少し嫉妬していた。彼は自分よりも確実に”笑い”というものへの理解度が高く、芸人になるきっかけが”万歳勝”である自分では勝てないと思っているからだ。勝と気まずい関係になっている今、優の思考は良くない方向に傾き掛けてしまい、それをかき消すように慌てて首を振る。
「契稔くん、今暇やったら向こうでゲームやってるから一緒にやろうや!」
「お、ええですね~、そっち行きます!」
声を掛けてくれた先輩芸人に心の中でお礼を言いながら、優は勝の隣から離れた。
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収録はかなり遅い時間まで続いた。スタジオから戻りふと楽屋の時計を見れば、もう23時を回ろうとしているところだ。まだまだ駆け出しとはいえ、自分もプロだ。収録中はきっとしっかりやれていただろう。
年功序列の厳しい芸人界隈、この中では一番の後輩である自分たちは真っ先に帰ることなく先輩芸人を全て見送ったところで、楽屋には優と勝、そして件のコンビ芸人だけが残った。
「じゃあ俺らも帰りますか!お疲れ~」
「お疲れ様でしたぁ」
「万歳、さっきの約束、よろしくな!」
「うん、また!」
約束、とは。そんなこと問えるはずもなく、彼らがいなくなった楽屋には静けさが訪れた。帰る家は同じ、これ以上こんな状態を続けたいわけではない。優ははぁ、と一つため息をついてから、重い口を開いた。
「……ショウ」
「な、なんや?ユウ」
「話す気ぃになったか?」
「いや、その、それはあの……」
途端にしどろもどろになる勝に、優の口からまた一つため息が溢れた。勝にだって一つや二つ隠したいことがあるかもしれないが、こうも分かりやすいとどうしても気にならずにはいられない。
「じゃあ一個だけ。悪いことか?」
「ち、ちゃう!むしろ……」
そして再び勝は言い淀む。悪いことではない、むしろ良いこと。それならば尚更隠す理由がないように感じられるが、そう簡単にはいかないのが人間の面倒臭いところだ。
「……家、帰ろ!」
「…………」
「丁度いい時間やし、家帰ったら話すから、な?」
「……まぁええけど」
何も言わずにいれば、勝は縋るように優の腕を掴んだ。丁度いい時間とはどういうことなのかいまいち理解できなかったが、家に帰れば話してくれるというなら、優は素直に従う。承諾の言葉に、勝は嬉しそうに笑った。勝の飾り気のない笑顔を見たのは、随分と久しぶりのような気がした。
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タクシーで真っ直ぐ帰宅し、二人してただいま~と言いながら部屋の中に足を踏み入れる。今日はいつもよりも余計に疲れてしまった。お茶でも飲もうか、とキッチンに移動する途中にちらりと背後の勝を見ると、着いてきてはいるものの口を開く様子はなく真剣にスマホを見つめている。まさか、隠し事は女関係か何かか……?と更に良くない想像をし始めたところで、勝は突然勢いよく顔を上げた。
「誕生日おめでとう、ユウ」
「え?」
突然耳に入った言葉に、頭の中で処理が追いつかなかった。動揺が隠せない優に対して、勝は念押しをするように同じフレーズを繰り返した。
「やから、誕生日、おめでとう!」
「あ、ありがとう?」
「……っふは!」
おめでとう、に対して取り敢えずありがとうを返す。その様子が面白かったのか、思わず吹き出した勝は棒立ちの優を通り抜けて冷蔵庫から取り出したお茶を差し出す。優はそのお茶を飲んで落ち着きを取り戻し、少しずつ冷静になっていくのを感じた。
「もー、絶対忘れてると思っとったわ~……ほんまに、何回も問い詰められて困ってたんやで?」
「ん?……あぁ、そういうことやったんか」
「ユウの誕生日プレゼントをユウに相談するなんて嫌やんかぁ」
「そらそうやな」
「ユウもうすぐ誕生日やから悩んでんねん、とも言いたくなかったし。せっかくならサプライズがいいやろ?」
勝の発言を聞き、優はようやくここ最近の勝の言動に合点がいった。勝の悩みの種は優の誕生日に関することであり、何度問い掛けようが口を割らなかったのは、当人に相談するということが自分の中で許せなかったことと、相談を切っ掛けに誕生日であることを自覚させたくなかったからだ。
「誤解が解けたとこで、もっかい言うで?」
勝はにこりといつもの笑顔を浮かべながら、それでいていつもより真剣な声色で告げた。
「お誕生日おめでとう、ユウ。そして、俺と出会ってくれてありがとう」
「ありがとうな、ショウ。何や照れくさいけど、俺こそショウと出会えて良かった。ショウが誕生日のために色々考えてくれとったなんて、俺は最高の幸せもんや」
そう言いながら、優も同じように微笑み返した。勝は優の背中を押して、リビングに移動するように促す。
「もう言ってもうたけど誕生日プレゼントもちゃんと用意してるからな!楽しみにしといてや」
「おー、ほんま楽しみやわぁ。ショウが悩み抜いたプレゼントやもんな?」
「ちょ、ハードル上げるの止めへんか?……あ、それと……」
優に背を向けてプレゼントを取りに行こうとしていた勝は言葉を止めしっかりと間を置くと、くるりと向き直って優の顔を見つめた。
「いつもはユウが俺のこと気にかけてくれるばっかりやけど、俺もちゃんとユウのこと分かってるんやで?」
「いきなり何の話や?そら俺らはコンビやからな、お互い通じ合っとるけど」
「ほな分かってると思うけど、俺にとって一番のボケ担当はユウやからな!」
「……ははっ、おおきに。俺にとってもショウが一番のツッコミ担当や」
とんでもなく分かりやすい勝が相方である優は他人に対して気付かないふりをするのが上手い。しかしそれによって、自分の気持ちに対しても知らないふりができてしまう。そんな優がはっきりと自覚していた同期の彼への感情を、勝も理解していたというのだ。
「……ショウには敵わんなぁ」
そう思っているのはお互い様なのだが、それはまた別の話。