転生チートオリ主が芋ジャージ女を養うまで 作:超熟8枚切り
「俺も帰ったらギターヒーローの動画見るよ」
「いいねいいね! もーめっちゃ上手いから後悔しないと思うよ!」
ビクッ。
視界の隅でゴミ箱に入ったピンクのナマモノが揺れる。
何に反応したんやろなあ……。
「いいね。動画見て桜先もやろう、ギター」
「それは絶対に嫌」
「えー」
ギター始めたらバンド誘ってきそうじゃん。
俺はやるんじゃなくて見ていたいの。
「でもギターヒーローさんの動画は良かったよ」
ガタッ。
更にゴミ箱が揺れる。
ハミ出たアホ毛がしおしおになっている。
おやおや。
おやおやおやおや。
ひとりちゃん、そんなに反応しちゃってどうしちゃったんだろうなあ。
「ひとりも知ってる? ギターヒーロー」
「ォえっ!? ぃいやあ、まあ、知、ってるような知らないような……」
いつもの裏返ったような声でしどろもどろになるひとり。
瞳はきょろきょろと跳ねまわり、声は震えて冷や汗がドバドバと出ている。
俺にギターヒーローについて触れてほしくないんだろうなあ……。
——ぞくぞく
「そういえば、その前はどんな話してたの?」
「あぁ、ぼっちがネットにギターの動「わーー! わあーー!! リョウさんの変人!!」えへへ、それ程でも」
山田の言葉をひとりが必死に遮った。
そ、そんなに俺に動画投稿を知られたくないんだぁ……!
「おっ、オッオおおお願いしますお二人ともどうかこの事は零くんにだけは言わないで下さい」
「ちょ、ちょっとぼっちちゃんどうしたの?」
「あー……なるほど」
ひとりのかわいさに打ち震えていると三人でボソボソ内緒話をしてた。
たぶん動画投稿のことを口止めしてるとかそんな感じだろう。
ひとりはゴミ箱から腕を伸ばして二人を引っ掴み、耳打ちしていた。
アリジゴクみてえだ。
だ……駄目だ まだ笑うな……こらえるんだ……
こんな勿体ないところでご馳走を戴く訳がないから心配しなくていいのに。
最高なのは伊地知ちゃんと山ピーにバレて誤魔化しようが無くなったタイミングに俺も居合わせる事なんだけど、まあこれは運の要素が強いので臨機応変に行こう。
その場面を想像するだけで今から楽しみでたまらない。
●
完熟マンゴーちゃんサイコーー!!
うおーー! 結束バンドイェーー!!
こっち見てー! ファンサして♡
バカお前あれは俺のために段ボール揺らしてくれたんだぞこの野郎!!
最前列に陣取ってピンクの結束バンドを巻きまくった腕でペンラを振る。
山ピーに貰った結束バンドのグッズだ。500円×10。
ひねりもクソも無くて最高である。こういうのでいいんだよこういうので。
財布から五千円札を出そうとしたら伊地知ちゃんが山ピーをはたいてタダで結束バンドをもらえた。やったあ。
ついに始まった期待の新人、完熟マンゴーちゃんの初ライブ。
攻めた名前のバンドマンの初ステージなんだか新人Vtuberの初配信なんだかよくわからない字面である。
あーたまんねえ。
あの段ボールかわいすぎる。
世界一かわいい直方体だろこいつ。
緊張でガチガチになってヘッタクソになってるし、こんな状態でしかステージに上がれない自分を情けなく思いつつも「それでも頑張らなきゃ」とか「でも楽しい」とか言いながら運指しているのが段ボール越しにこちらにまで伝わってくる様な演奏だった。
伊地知ちゃんのドラムと山田のベース、マンゴーちゃんのギターからなる結束バンドの演奏に調和はカケラも感じられなかった。
一見マイペースに感じるもののリードしようとする山田のベース、どうにかマンゴーに合わせようとする伊地知ちゃんのドラム、そしてただただテンパって走りすぎたマンゴーちゃんのギターからなるライブはお世辞を込めても酷いとしか言えなかった。
最高に推せる。
そもそも本人の気質からして受動的で周りに流されるマンゴーちゃんの演奏は、合わそうとしてくれる伊地知ちゃんとリードしようとしてくれる山田との板挟みになり混乱した挙句、最早周りの状況なんか頭に入らずに暴走していた。
もうこいつが一番ロックだろ……。
こんなに頑張ってるひとりは見たことがない。
最高に輝いてる。
それもこれも、ひとりをバンドに誘ってくれた伊地知ちゃんと、受け入れてくれた山田をはじめSTARRYのみんなのおかげだ。
もう俺のSTARRY勢への好感度ははち切れている。
これから先もし経営が厳しくなってきたらなんとかするので教えて欲しいレベル。都心のもっと客入りの良い土地を買い取って新しい箱を建ててもいい。
「ありがとうございましたーー!!」
あー面白かった。
結束バンドの出番が終わり、メンバーがそれぞれハケていく。
完熟マンゴーちゃんはキュートな直方体のボディをガタゴトと揺らしつつ、時々機材にぶつかって「ヴッ」とか鳴きながら先ほどリハーサルを行った部屋へと消えていった。
くっそかわいい。
リハ部屋に戻るとグシャグシャになった段ボールの下半分が弾け飛び、上半身がマンゴーちゃん、下半身がひとりの怪物がズタボロになってくずおれていた。
もはや俺の知る後藤ひとりはいない。
ここにいるのは後藤マンゴーである。
はやく完熟ひとりと合体させて元通りにさせねばならない。芸人の名前みてえだ。
ライブがコケたのは伊地知ちゃんも山ピーも全く気にしていないようで、伊地知ちゃんは明るく笑っていた。
情熱が無いから失敗を気にしないのではない。
誰よりもバンドが好きだから、この程度の失敗を笑い飛ばせるのだというような、そんな笑いだった。
山田も伊地知ちゃんも良い娘だ。
二人ともひとりのコミュ障にただ自然体で付き合ってくれている。
そんな二人と友達になれるなら、ひとりにとってこれ以上ない宝物になるだろう。
ただしそれでも尚、ひとりが人と関わるのが怖いと言うなら、残念だが俺は何も言えない。
今日は滅茶苦茶疲れていて冷静になれないかもしれないから、後日もう一度意思を確認するくらいはするかもしれないが、それでダメだったらそこまでだ。
どうすんのかな〜と思っていたら、ひとりは思ったよりずっと悩むそぶりを見せず、「
嬉しいな。
体力と精神力の限界を迎えてさっさとライブハウスを飛び出したひとりを、みんなに挨拶してから追いかける。
帰りの電車で「友達できて良かったな」と言うと、うつらうつらと船を漕ぎながらも、へにゃ、と笑っていた。
は? かわいすぎてムカついてきたな……。
●
ひとりは次の日もちゃんとSTARRYに行くようだったので、下北に向かう電車にひとりが乗り、ドアが閉まる直前に「そういえば友達と予定あったの思い出したから帰るわ^^」と俺だけ降りてひとりを送り出した。
勿論嘘だ。
呆然とした顔のひとりが何かを言う前にドアが閉まり、みるみるうちに顔が崩れていくひとりが下北沢へ出荷されていく。
草。
バンドメンバーじゃない俺がいつまでもべったり付いてる訳にもいかないから仕方ない。
俺自身はどれだけひとりに付き合わされようが構わないが、チームの一員であるのに俺と一緒じゃないと仲間にすら会えないようではあいつのバンド人生に未来は無い。
俺がどうこうという話ではなく、仲間に誠実でないのはいけないという話だ。
そうして自分一人で仲間と向き合わなければ、あいつは自分の成功体験を俺のおかげだとかよく分からない勘違いをして、いつまでたっても自己肯定感が養われないだろう。
それでは駄目なのだ。
自己評価は高めてほしくない。
あいつにはずっと「私なんてカスでダメダメの陰キャ根暗女なんだ……」とか思って奇行に走って欲しい。
だがしかし、自己肯定感は促さなければならない。
自己評価が高くて自己肯定感が低いと内心でイキり散らしながら勝手に挫折して面倒くさい落ち込み方をする。
そういう奴はもし他人からの評価も高いと、周囲の期待とプレッシャーに耐えかねて最悪自殺とかするからマジで駄目。天才が自殺するのってだいたいこれか誹謗中傷か人間関係かって感じだ。
でも自己評価が低くて自己肯定感が高いと、せいぜいふとした時に黒歴史を思い出してのたうち回る程度で、逆の場合みたいに悪い落ち込み方をあんまりしないので最高。
要はあいつには、自分はダメダメの陰キャ女だけど、それでもいいと思っていて欲しいのだ。
俺は俺の思うひとりの面白い姿が見たいのであって心や体に傷を負ってほしい訳ではない。
それに、せっかく出来た友達と打ち解けられた方がひとりも嬉しいに決まってる。
『がんばれ』とロインに打ち込んで、俺は下北のネカフェで時間を潰すために一本後の電車でひとりを追った。
いやだって夜の下北とか普通にクソ危ないから帰る時送ってかないといけないし……。
●
ひとりがSTARRYでバイトするらしい。
誰がそんな酷いことを……。
当然というか伊地知ちゃんに押し切られたようで、あのひとりにバイトをさせるとはやはり伊地知ちゃんは恐ろしい娘である。
鬼! 悪魔! 伊地知ちゃん!
ひとりは伊地知ちゃんになんなら俺もバイトに誘えば? 的な事を言われたらしく、弁当を届けにひとりの部屋を開けたら液状化したひとりにべちょべちょに縋りつかれた。
いややらんが……。
ライブ一回行うのにも勿論のこと機材代やらSTARRYの部屋などの設備代がかかるので、それを賄うためのバイトらしい。
正直俺が全部払ってもいいんだけど、それだとひとりは練習とリハと本番、あとバンドの諸々の打ち合わせでしかSTARRYを訪れる機会が無くなる。そしてひとりの性格上まず間違いなく用のない時はSTARRYに行かない。
完全に趣味ではなく義務である。
いやまあバイトするとなれば当然それも義務なんだけど、STARRYのスタッフさん達の雰囲気を見る感じゆるい職場なので、そこでバイトしてもっとバンドメンバーと仲を深めるってのがいいと思う。
ただし絵に描いたような「アットホームな職場です! スタッフ全員仲が良くてよく遊びに行きます!」みたいな場所でもあるので、それにひとりが耐えられるかどうかだろう。
少なくとも伊地知ちゃんと山田のことは本当に気に入っていて、もっと仲良くなりたいと感じているはずなので、何回か行ってみるだけ行ってみたらいいと思う。
そんな感じの事を言ったら、ひとりはうにょうにょしつつも最終的には頷いた。
なんだかんだ、やりたい事とやらなきゃいけない事を弁えて頑張ろうとしている子だ。
まあ、これを言うと安心して腑抜けるのでひとりには言わないが、もしどうしようもなくなったら俺が金出せばいいし。
ただしこれは客観的に見てもひとりの心象は良いとは言えなくなるので、本当の最終手段だ。
ひとりの成長に感心しながら一緒に登校する。
……仕方ない、明日は一緒にSTARRYについて行ってあげよう。
翌日、ひとりはバイトを風邪で休むために氷風呂に入っていた。
あのさあ…………。
●
「心拍数の低下による心臓発作を始めとする心疾患。手足の麻痺による運動機能の低下、及び溺死」
頭上から滔々と出力される声。
それは先ほど浸かっていた氷水などより、よほど怜悧な力を以てひとりの体を震えさせた。
「ごく低温の水を急に大量に浴びる事による健康上のリスクだ。勿論、お前みたいな運動もろくにせずに日光にも大して当たらない不健康児はそのリスクが非常に高くなる」
これが未だ体に残る寒さ故か、それともかつて感じたことのない恐怖がもたらすモノなのか、ひとりにはわからなかった。
「お前はたった一日の休みを得るために、残りの人生を棒に振るかもしれなかったんだ。わかるか?」
「はひ」
「発作を起こして心臓が停止した場合、運良く助かったとしても脳に血が回らず身体に障害が残るケースだってある」
「はひ」
「もしこれが片足程度だったら、それでも考えたくもないけど、お前の望み通りバイトは休めたかもしれない」
「はひ」
「でももしこれが腕ならお前はギターを………………はぁ、やめだ。十分反省しているみたいだし。……言いすぎたよ、ごめん」
「いえ、ぜんぶわたしがわるいんです」
ひとりは泣いていた。ガチ泣きだった。
スク水に毛布を羽織らされた美少女が、正座で説教されながらガチで泣いていた。
自分の行動の過ちを認めた故の涙であった。
「休みたいなら正直に言っていいんだ。伊地知ちゃんは怒ったりしない。それに、お前に何かあったら伊地知ちゃんと山田も、ひとりの家族もみんな心配するんだ」
「はひ」
ひとりは泣いた。
自分の様な陰キャの事で泣いてくれるような素晴らしい人達がいる事への感謝、そしてそんな人達への途轍もない裏切りを働く事になっていたかもしれない過去の自分に対する悔恨の涙であった。
「勿論俺も心配する。ひとりに一番わかってほしかったのはそこなんだ」
「はひ」
ひとりは心に誓った。
それは幼馴染の言葉によって生まれ、涙によって育まれた、強く美しい覚悟であった。
————バイト休みたいときは大人しく仮病使おう。
桜先 零
面白いより普通に心配が勝った
後藤 ひとり
残念! 今回の件で自己肯定感はダウンだ!