転生チートオリ主が芋ジャージ女を養うまで 作:超熟8枚切り
やる事がない。
やりたい事もない。
海外で土地を転がしてる親のお陰でお金に困ることはない。
二度目の人生だもんで、気まぐれで口を出してソシャゲとかVRとかの関連株や某仮想通貨を買い続けていた結果当然の様に大当たりしたおかげで俺個人の資産も数人分の人生を余裕で買えるくらいにまで膨れたが、その代わりに10代半ばにして既に余生を過ごしている感が半端ない。
我ながら贅沢すぎる悩みだとは思うがしょうがないじゃないか。
生きがいが無さすぎて学校の課題とか仕事みたいな「やりたくないけどやらなきゃいけないこと」ですら羨ましい状態なんだ。
何か趣味を見つけようかとも思ったが、とりあえず数年の海外生活にも飽きてきたので俺だけ最早別荘と化した日本の我が家へと戻ってきた。
居心地の良い日本の平べったい住宅街のなか、菓子折りを持って親交のあったお隣さんの家へ挨拶へ行く。
俺が生まれる前からの付き合いで、一個下の幼馴染がいるが、海外生活ですっかり疎遠になってしまったのが悔やまれる。
インターホンを押すと、相変わらず若々しい奥さんが出迎えてくれた。
家に上がらせてもらって色々と話していると、暫くして娘さんのひとりちゃんがリビングに降りてきた。
一応幼馴染ということになるのだろうか、元々引っ込み思案な子なので、『急にお邪魔して悪かったかなあ』とか『大きくなったなあ』とか思って控えめに声をかけると、
「あっ、うェヒ、どっ、おひ……り、です」
顔を赤くしたり青くしたりとキョドりながら謎の言語を発して逃げた。
—— ぞく、ぞく
……?
何か、変な感覚だ。
腰椎から脳天にかけて、甘い痺れが奔るような。
風邪かな。
後藤家からお暇する際、外から二階を見ると窓からひとりちゃんが覗いていた。
ひらひらと手を振ると、目をギュルンギュルンと踊らせながら顔を逸らされた。
—— ぞく
マジで風邪かもしれん。今日は早く寝よう。
●
見ての通りっていうか、ひとりちゃんはコミュ障だった。重度の。
なので接するのに結構気を使ったけど直ぐに慣れた。
人生経験がガチで違うし、何より前世で陰キャコミュ障の経験もあるので楽勝。
隣の家で俺が一人暮らししてる事に気を使って後藤父母にしょっちゅうお呼ばれされる後藤家のリビングでひとりちゃんと『無』の時間を嗜む。
……少し、仕掛けてみるか。
「…………」
「…………」
「……入り浸ってごめんな」
「ヌァえっ!? いひっ、いえっそんな…… 」
こういうタイプはがっつきすぎるのは論外だが何も喋らなくても気まずさで勝手に爆散するので、ゆっくりと適度に下手に出つつ様子を見るのがベターである。
しかしここで会話が終わると段々と「相手に気を遣わせてしまった」と自己嫌悪に陥って結局は爆散するため気を抜けない。
コミュ障は死亡フラグが多いのだ。
今のはただのジャブ。
下手に出る事で一瞬でも「ちょっと話しやすいかも……?」と惑わすための罠に過ぎない。
「……俺、海外暮らしでさ」
「アッ、はヒ。存じ上げております」
そろそろ狩るか……♠︎
「友達一人もいなくてさあ」
「……!!!!」
ひとりちゃんの目に光が宿る。ちなみにガチで友達はいない。
かかったなアホが! 俺も同類なんだよ!!
「よかったら友達になってくれない?」
「ほァッ!?!? おン、キョっもだち!?」
ひとりちゃんは顔を赤くしてガクガクと振動し、口の端に泡を吹きながら俺の言葉を反芻していた。
やや命の危険を感じる反応だが、断られるような空気ではないのでまあ良いかなって感じだ。
「ァっ、あの、ィヒッ」
「いいよ、ゆっくりで」
「ふっ、ふつつちゅ、ッヒィ、不束者ですが、よっ、よろしくお願いします……」
「うん、よろしく」
ひとりちゃんが深々と頭を下げながら差し出した両手をホッとしながら包んだ。
なんだかんだ言って今世で初めての友達なので普通に嬉しい。
「ウェ、ウェヒッ、へへっ」
変な音を出して握手している手を見つめるひとりちゃんは、顔はかなり崩れているがとても嬉しそうだった。
—— ぞく
ほとんど表情筋を使わない生活に慣れきったせいでうまく笑えずに引き攣った笑み。
可愛らしい四角い二個入りのアメみたいな髪飾り。
押入れで生活してんのかってくらいに香る防虫剤みたいな匂い。
キョドりすぎてドバドバ出てる手汗も直に伝わってきて良い感じに不快だ。
そんなひとりちゃんを見て、俺は。
—— ぞくぞく
かっ、可愛い〜〜〜〜〜〜!!!♡♡
圧倒的最推し、爆誕。
●
【悲報】後藤ひとり、面白過ぎる。
俺に友達がいないのは、今まで向こうでも日本でもほとんど学校に通わずに家庭教師などで英才教育みたいな事をされてきたために、そもそも友達を作る機会が無かったというのが大きい。
当然日本に帰ってきてからは中学3年の始業式から通う事になったのだが、まあ普通に友達は出来た。
俺がひとりと同類な訳ないじゃん(笑)
ある時友達と話しながら下校していると、ちょうど同じく下校中のひとりと鉢合わせた事があり、ひとりはこの世の終わりみたいな顔をしてふらふらと走り去っていった。
友達と別れてひとりを追うと、住宅街のブロック塀に向かって「思い上がってごめんなさい」だの「私はミジンコです」だの訳のわからない事をぶつぶつと呟きながらスライムみたいにとろけていた。
初めてできた俺という友人を取られた〜みたいな感じなのかもしれない。
嫉妬とかじゃなくて普通に落ち込んでるだけだろう。
た〜まんねえわ、こいつ。
あー最高、かわいい。
ひとりより優先する友達とかいる訳ないから安心していいのに、たぶんこいつは言っても信用できないんだろうな。
そして勝手に妄想を繰り広げては勝手に溶けるか爆ぜるか灰になってどこかへ飛んでいくのだ。忙しい奴だな。
ある時は、幼いふたりちゃんの面倒をみる美智代さんが大変だろうと直樹さんとひとりの分のお弁当を作って持っていけば溶けて蒸発し。
ある時は、たまたま鉢合わせた時に一緒にいた俺の友達に話しかけられて爆散。
ある時は、女友達と帰っている所にまた鉢合わせて灰となって消し飛んだ。
後藤ひとりは、陰キャとはかくあるべしという生き様を常に俺に魅せてくれる。
ただしだ。
俺は悪事を働いているつもりはないものの、ひとりを傷つけたくはない。
からかいたいという気持ちは溢れんばかりにあるものの、心に傷を負わせたい訳では無いのだ。
ただしそれを露骨にすると、ひとりはどうせ「私に気を遣ってくれたのかな。気を遣わせちゃうなんて私はなんてカス芋陰キャ女なんだろう……」とか勝手に落ち込むに決まってる。
面倒くっせぇ〜〜♡♡ 最高〜〜〜〜♡♡
俺は他の友人からさりげなく徐々に距離を取る事にした。関係を荒立てない程度にだ。
友人はいなかったもののビジネスの関わりなら腐るほどこなしてきた俺には、この程度の立ち回りは造作もない。
それに、後藤家との時間も取れるので別に悪くない。
そんな面倒くさいミジンコ女のひとりだが、意外なことにギターが得意だ。
「陰キャにしては」とか「年齢にしては」とかじゃなくマジで上手い。
一回聴かせてもらった事があるが、テンポの速いロックを簡単そうに見えるレベルで運指していたので相当な腕前だろうなと思う。
ひとりは「他にする事なかっただけなんだけどね、えへ、えへ」とか言ってたけどそれの何が悪いんだろう。
誰に恥じる事もない武器を持ってるのに。
なまじ金持ちだからわかるのだ。
金で技術は買えないけど、技術は金を生み出してくれる。
ひとりの技術は、趣味の域を超えてそれで飯を食えるレベルに近い。
「弾いてみた動画とか投稿したら上手くいくんじゃん?」って言ったらバイブレーションみたいに振動しながら泡吹いてた。
多分どっかでやってるわこいつ。
でも積極的にチャンネルを探すことはしない。詮索はひとりを傷つける事になるかもしれないし、自然な成り行きで本人に知られずに発見できれば一番面白いんだけどなあ。
そんな後藤ひとりと関わるうちに、俺は自分に三つのルールを課す事にした。
後藤ひとりを一人の(激ウマギャグ)友人として、人間として、趣味として。
その心を傷つけることなく、余す所なく楽しむための掟である。
その一、『イジりはすれど虐めるべからず』
ひとりの陰キャメンタル云々以前に人として当然である。
その二、『彼女が自分の意思を口にした時はなるべく尊重すべし』
同上。
その三、『だが決して甘やかすべからず』
あいつには陰キャでいてほしい。調子に乗って増長して欲しくないのだ。
その三つを守った時、俺は初めて、彼女が俺に向ける卑屈と信頼でドロドロになった視線、感情、行動の全てを心から愉しむことが出来るのだ。
何が言いたいかというと、俺は後藤ひとりという人間を心の底から愛しているということである。
オリ主
転生チートオリ主。芋ジャージ女程度なら百人は養える財力を有する。
結婚すると仕事と炊事と洗濯と掃除に確定申告その他の行政手続きを全てやってくれる。欠点は後藤ひとりとしか結婚する気がない事。
後藤ひとり
背が高くてイケメンで陰キャソウルを有する幼馴染兼初友人が出来て内心イキり散らかしてたら瞬く間に格の違いを見せつけられ無事爆発四散した。