【完結】ファイアーエムブレム 烈火の剣~軍師と剣士~ 作:からんBit
ハングとヘクトルが空けた砦の穴。
そこを敵に通過されれば、中で戦っているエリウッド達が前後から挟撃されてしまう。
ハングは自ら剣を引き抜き、穴の防衛を担当していた。
「イサドラさん!一度引いて治療を!バカ傭兵!前に出過ぎるな、下がれ下がれ!!」
ハングは迫りくる剣を左腕で跳ね上げ、相手の喉笛を剣で突き刺す。剣先で軟骨を砕いた手応えを感じながら、素早く剣を引き抜く。噴き出た返り血を避けるように後退し、飛んできた投げナイフを剣先で切り落とした。
ハングの動きは【黒い牙】の暗殺者を相手にも引けをとらない。リンディスとの長年の訓練はハングの剣技を確実に上昇させていた。
だが、【黒い牙】の中にも手練れはいる。
敵の中から一人の兵士がハングに向けて一気に突進してきた。ハングは敵は迎撃しようと剣を構える。
だが、ハングの剣の間合いの僅か外側から敵が一気に更に加速した。
「なっ!」
攻撃のタイミングを外されたハング。剣の間合いの内側に入り込まれてしまう。
相手の武器は素早く振り切ることに特化した剣。この距離であれば敵の攻撃の方が出が早い。
「くそっ!」
運が良いことに敵の攻撃はハングの左側から迫っていた。
ハングは横凪に振るわれた剣を左腕で強引に防ぐ。だが、防いだ直後にすぐには次の攻撃が迫っていた。
恐ろしい程の剣速だった。
ハングは身体を捻りながら、なんとか次の攻撃を受け流す。
二度目の攻撃もなんとか防ぎ切ったものの、連続攻撃を受けた腕が痺れを感じていた。
「・・・・・・・」
フードを目深に被った敵が困惑している様子が伝わってくる。
今の連続攻撃でハングの腕が千切れ飛ばなかったのが不思議なのだろう。なにせ、ハングの腕は包帯を巻いているだけで、籠手すら巻いていない。その腕が斬撃を二度も受け止めたのだがら、トリックを疑うのは当たり前だったった。
「クソ軍師!大丈夫か!?」
「ああ、なんとかな・・・」
ハングは千切れかけた包帯を確認し、再び構えを取る。
他の敵はレイヴァンが大方片付けており、残る敵は目の前の男だけだ。
「・・・・・・」
だが、不思議なことに敵は急に攻撃を仕掛けてくる気配が消えていた。
一人でここの突破が不可能だと察したのだろうか?
それにしては逃げる様子もない。
ハング達には敵が困惑してくる様子だけが伝わってくる。
「ハング殿!私も再び加勢に・・・ハング殿?」
後方から治療を終えたイサドラが再び参戦してくる。
そのイサドラを見て、敵の様子が更に変化した。
「なっ・・・」
フードの下から驚愕している様子が見える。
そして、それを見てイサドラの方も相手の正体に気づいた。
「あなたは・・・!まさか・・・ハーケン!?」
「えっ!?ハーケンさん!?」
ハングは以前エルバート様に力を貸したときにハーケンと出会っている。
その男がフードを外す。
そこにいたのは、昔より多少老けたものの記憶と大差のないハーケンだった。
ハングの記憶が正しければ、あの時にはイサドラとハーケンの間に婚約騒ぎが持ち上がっていた。
あの後の経過をハングはまだ聞いていないが、追及は後回しになりそうだった。
「イサドラ・・・ハング殿・・・」
「生きていたんですか!?てっきり、全滅したと・・・」
そう言うとハーケンの体に動揺が走り抜けた。
ハングは剣を降ろし、声をかけた。
「ハーケンさん、今はエリウッド様もこちらにいらっしゃいます。力を貸してください」
ハングは説得を試みる。だが、その内心ではハーケンはすぐさまこちらに従ってもらえると思っていた。
そんなハングの考えを切り捨てるかのように、ハーケンは武器を構えた。
「ハーケンさんっ!何をしてるんですか!?」
ハーケンの対応にハングの動きが遅れる。レイヴァンも現状を把握できないせいか剣を構えるのまでに時間を要した。ただ、イサドラだけは今も武器を持つことが出来ずにいた
「主君を守れなかった私に・・・フェレに戻る資格は・・・ありません」
「えっ・・・」
「あの男の魔術によって・・・我々フェレ騎士団は壊滅した。エルバート様が連れ去られるのを私は・・・どうすることもできなかった・・・」
『あの男』
具体的な名前を出さずとも誰が何をしたのかを予想するのは容易だった。
それこそ、ハングはネルガルの魔術が村一つ容易に消したところを目撃している。
「エルバート様を連れ去ったあの男は【黒い牙】とつながりがあると知った。【黒い牙】の影を追って大陸をめぐり・・・せめて奴らに一矢報いようと、ここへ・・・生き恥をさらすより、私は騎士としての誇りを選ぶ。我が命と引きかえに、せめて一人でも多くの仇を・・・」
ハングはその言葉に奥歯を噛み締める。
『復讐』
その言葉に宿る怨嗟の熱量をハングは知りすぎる程に知っている。
しかも、相手はネルガル。それを追いかけるためにどれ程の覚悟を要しているのかをハングは痛い程に理解できていた。
今ここにいるのは『騎士』のハーケンではない。
悲しみと怒りと憎しみで復讐の『鬼』となった男だけだ。
そんなハーケンに声をかけたのはやはりイサドラだった。
「待って!お願い、ハーケン!馬鹿なことはやめて!」
「イサドラ・・・」
ハーケンの顔に色が戻る。
雪山の寒さの中で失っていた体温が戻るかのように、ハーケンの頬に赤みがさした。
「やっと、あなたに会えたのに・・・あなたはまた私の前からいなくなってしまう・・・ハーケン、お願いだから・・・もっと自分を大切にして。お願いだから・・・」
イサドラの瞳から涙が零れる。
彼女の頬から落ちた雫が雪の上に落ち、凍り付いた万年雪を溶かしていく。
ハングはハーケンを『騎士』に戻すために、言葉を畳みかけた。
「ハーケンさん。あなたは、ネルガルに騎士の誇りまで殺されたんですか!?」
「・・・ハング殿」
「少なくとも、俺が出会ってきた騎士達は命を賭ける場所をはき違えるような人は一人もいない。復讐なんてもんに取り付かれるような人は一人もいない!」
ハングは自分の言葉に自分の耳が痛くなる。
だが、建前と本音とは得てして使い分けるものだ。
「ハーケンさん。しばらく見ないうちに随分とかっこ悪くなりましたね」
そう言うと、ハーケンは胸に閉じ込めていた冷気を吐き出すように大きくため息を吐いた。
「ハング殿はかっこよくなられましたな」
「そんなことはないです・・・俺だって、かっこ悪いまんまです」
ハングは鼻で笑う。
ハーケンは力尽きたように武器を降ろした。
「わかりました。ハング殿、イサドラ。君たちの言うとおりにしよう。この命は、亡き主君とエリウッド様のためにある・・・命はそこに賭けるとする」
ハングはその言葉を聞き、構えていた剣をおろした。
周囲に敵はいない。ハングは闘争の音のする砦の内部を振り返った。
「さて・・・向こうはどうなったかな?」
ハングとしては、あのジュルメとかいう下種野郎は自分の手でみじん切りにしてやりたいところだった。
とはいえ、ハングも自分の『分』というものは理解している。
砦の内部の制圧はエリウッド達に任せておけばいい。既に戦場は詰んでいる。
敵に戦術を一人でひっくり返せるだけの猛者がいれば話は別だが、あのジュルメがトップな時点でたかが知れていた。
そのハングの考えを証明するかのように、周囲に張られていた結界が急速に力を失いだしていた。
「終わったか・・・エリウッド達も指揮官としては大分動けるようになってきたな」
成長しているのはハングだけではない。
ハングはそのことが無性に嬉しかった。
――――――― ※ ――――――― ※ ―――――――
リンディスは倒れたケネスの身体を見下ろしていた。
聖職者でありながら、こんなところにまで身を落とした彼を見て思うところがあったのだ。
「・・・みんな、ネルガルに狂わされている・・・」
それは、決して敵だけではない。
ハングもエリウッドもネルガルに人生を大きく狂わされてしまった。
ネルガルがいなければ、ハングはベルンで幸せな生活を送れていた。エリウッドも父を理不尽に失うような悲しみを背負うこともなかった。
「よう、終わったみたいだな」
そう言いながらハングがその場に現れた。
「ハング、そっちはどうだった?」
「ん?まぁ・・・問題ない・・・かな?」
ハングの視線の先ではハーケンがエリウッドと再会を果たしていた。
彼もまたネルガルに狂わされてしまった一人。
ハングが彼を見る目はどこか痛みを孕んでいた。
「それより【ファイアーエムブレム】だ。それが無いと、ここに来た意味がない」
ハングに言われ、皆は【ファイアーエムブレム】の捜索を開始する。
だが、それはさほど時間を置くことなく解決した。
「これ、何かしら?」
ケネスの懐を探ったリンディスが紋章の描かれた石碑のようなものを抜き取った。
「そいつだ!それが【ファイアーエムブレム】だ!文献で見たことがある」
だが、それを手に入れたとしても、問題がまだ残っている。
「せっかく取り戻したが、王子を暗殺されちゃあ、無意味になっちまう。急がないと」
ハングはエリウッドへと向き直る。
「エリウッド!これ以上の長居は無用だ」
「わかっている!急いで離宮へ向かおう!なんとしても暗殺を止める・・・!!親が子の命を狙うなんてそんなこと、あってはいけないんだ!」
ハングは全体に撤収を呼びかけた。
慌ただしく歩き回る中、ハングはヘクトルとオズインが何か話しているのを目撃した。
「そういえば、うっかり忘れるところでした。伝令を通して、ヘクトル様にウーゼル様からのお言葉をお預かりしております」
「お!兄上俺になんだって!?」
「『あまり我を張って、エリウッド様を困らせぬように』とのことです」
「ったく兄上のやつ、いつもそれだ。人をガキ扱いすんなって言ってんのによ・・・」
そんな会話の後、ヘクトルは撤収の為の仕事の為に呼ばれていった。
ハングは離れていくヘクトルの背中を見ながら、オズインのもとに寄った。
「何かありました?」
「・・・いえ、何も・・・」
そう言ったオズインの表情は動かない。
だが、ハングはその手の中に握られている手紙に押された印が見えていた。
「オスティアからの封書ですか?」
「・・・はい、ここまで私に指示を求める書類を送ってくるとは・・・働かせてくれますな」
指示を仰ぐ?
ベルン奥地に潜入していることはオスティア侯爵である、ウーゼル様も知っているはず。
そんなオズインにわざわざ手紙を送ってくるような案件があるのだろうか?
だが、それがオスティアから届いた封書であることは間違いない。
では、その内容は?
ハングは現在の状況を考える。
「オズインさん・・・」
「なにか?」
返事をしたオズインの表情はやはり硬い。
だが、ハングにとってはそれもまた一つの情報であった。
「オズインさん・・・指示を出して・・・特別手当は出るんですかね?」
「出ないでしょうな」
傍から見ればただの世間話かもしれない。
だが、ハングはそこから確かな情報を得ていた。
「そうですか・・・」
「そうですね・・・」
ハングは胸に去来する痛みをこらえ、ベルンの曇り空を見上げる。
ハングは時々、自分の無駄に回る頭が恨めしく思う時がある。
知らなくていいことを知ってしまい、考えたくのない可能性にまで頭が回る。
「辛くはないんですか?」
「そうですな・・・まぁ、ヘクトル様に気付かれないようには気を付けてますよ。疲れた顔を晒すわけにはいきませんからな」
「何か・・・自分にできることはありますか?」
「優しいですね、ハング殿は」
「オスティアに恩を売るのは見返りが大きそうですから」
「・・・今は、私を前線に出していただけるとありがたいです。ヘクトル様に悟られたくないもので」
「・・・わかりました」
ハングはこっそりと溜息を吐いた。
自らを押し殺すように無表情を取り繕い、そしていつもの表情を取り戻す。
「そんじゃ、撤収作業お願いします」
「わかりました」
去りゆくオズイン。その後ろ姿を見送る。
そして、皆が撤収の準備をするなか、ハングは砦の壁に背を預け、ずるずると座り込んでしまった。
「ふぅ・・・」
その場にへたりこむハング。ハングは乱暴に自分の髪をかきむしる。
「・・・まだまだな俺も・・・」
「なにが?」
声をかけられ、顔をあげるとそこにいたのはリンディスであった。
周囲に人はいない。
「リンディス・・・」
「どうしたの?なにかあった?」
リンディスはそう言いながらハングの隣に座る。
「なんでもなくないけど・・・なんでもない」
「そう・・・」
「聞かないのか?」
「聞いても答えてくれないんでしょ?なら聞かないわよ。嘘つかれたくないし」
「・・・ありがと・・・」
ハングはリンディスの肩に自分の頭を乗せる。
誰かに支えてもらえないと、この冷たい地面に倒れ込みそうだった。
「なんか・・・自分がどんどん弱くなってる気がするな・・・」
「そう?私はハングは強くなってると思うけど」
「そうかな・・・以前ほどいろいろと一人じゃ耐えられなくなってきてるぞ、俺」
ハングは自嘲気味に笑う。
昔は一人だった。仲間はいたし、居場所もあった。だが、それでもハングは常に一人だった。
苦痛も絶望も一人で抱えて生きてきた。
それが今はこうして一人で立っていることもできない。
「ハング・・・」
「なんだよ」
「それはね・・・一人で耐えられないような大きいことを背負うようになったからだと思うよ」
ハングはリンディスの横顔を見上げた。
「復讐は一人で良かった。だから一人で耐えられる・・・でも、今はハングはこの部隊の軍師でしょ?」
「・・・・・・・」
「ハングは強くなってる・・・だから、多くのことを背負うようになって、多くのことを抱えるようになって・・・そんなものを一人で耐えるのは無理よ」
「・・・だな・・・」
「肩でよければいつでも貸すから・・・無理はしないで」
その台詞は男の方が言うものではなかろうか。
ハングはそんなことを思ったが、腕っぷしを考えればこれでも良さそうな気がした。
「お前にはかなわんな」
「ありがと」
ハングはその場から立ち上がる。
意外と簡単に立てるものなんだなと思ったハングだった。
ただ、胸の内側に抱えた秘密の重さだけは変わりはしなかった。
――――――― ※ ――――――― ※ ―――――――
「・・・手はずはわかったわね?決行は、今夜よ!」
ソーニャが離宮付近の森でそう言い放った。そんな彼女にニノが歩み寄った。
「母さん・・・あのね・・・ちょっとだけ手を・・・握ってもいいかな・・・?」
「・・・私がそういうこと嫌いなのは知ってるわね?」
「う、うん・・・でも、最後かも知れないでしょ?」
失敗には死を
それが【黒い牙】の掟。幼いながらもニノはそれを理解していた。
だからこそ、今は少しでも甘えたかった。優しい言葉が欲しかった。
そこにいたのは暗殺者ではなく、年相応の女の子である。
「だから・・・」
「・・・いいわ」
「えっ・・・?」
「この仕事を成功させて戻ってきたら手ぐらい、いくらでも握ってあげるわ・・・抱きしめて、頭をなでてあげてもいい」
「ほんと!?だったら、あたし頑張る!ぜったいぜったい成功させるよ!!待っててね、母さん!」
「ええ、じゃあ気をつけて行きなさい」
ソーニャが見せた初めての優しい笑顔。
それを見たニノは顔に生気を張り巡らせたようだった。
「・・・!うん!!行ってくるね!!」
ともすればスキップまではじめそうなほどに喜んでいるニノ。彼女から離れるわけにはいかないジャファルはその背を追おうとした。
「あ、ジャファルは少しお待ちなさい」
ソーニャに言われ、ジャファルはその場に留まる。
「今回の仕事のことだけど・・・」
「・・・何だ?」
「標的は王子と・・・ニノよ」
その指示にわずかにジャファルの顔の筋肉が強張った。
だが、もともと無表情のジャファルのその変化を見抜くことはソーニャにはできなかった。
ソーニャは淡々と続ける。
「王子暗殺・・・国王の依頼には、その後始末も含まれているの。王子を失った事実が知れると国中が大騒ぎになる・・・暗殺者を捕らえて吊るさなければ騒ぎは収まらない・・・だから『生贄』が必要になるの」
ジャファルの強張った顔に嫌悪感が混ざった。
「わかるでしょう?」
「・・・ニノはお前の娘ではないのか?」
「ふふ あんなクズどうでもいいのよ・・・まぁ、あんなゴミでも使いようはあったってことね。『大好きな母さん』の役に立てるのあの子も、大喜びだったじゃない」
ジャファルの眉がわずかに歪んだ。そのジャファルの変化にはささすがのソーニャも気づいた。
「・・・なによ?何か言いたいことでも?」
「俺には・・・関わりのないことだ」
「・・・ネルガル様が孤児のおまえを拾ったのは、その非情な精神と剣の腕があってこそ・・・失敗は二度と許さないわ。覚えておくことね!」
失敗
先日、仕事をしくじり深手を負った記憶が蘇る。ジャファルは服の下でその傷の場所を掴んだ。
既に治ったはずの傷が酷く痛んだ気がした。