【完結】ファイアーエムブレム 烈火の剣~軍師と剣士~ 作:からんBit
皆のところに戻ったハングは腹立ちを抑え込みながら、空を覆う結界を見上げた。
空を閉ざすように張られた魔力の膜は俺達を閉じ込める鳥籠のようだ。
「今回は騎馬部隊は後方待機だ。雪道じゃ動けない上に砦の中じゃ馬を振り回すわけにもいかない。マーカスさん、騎馬部隊はマリナスさん達の護衛を頼みます。指揮は任せます」
「わかりました」
「結界がやけに高い。敵に飛行部隊がいると思って行動しろ!フィオーラさん!上空は任せましたからね!!制空権を抑えてくれ!」
「はいっ!!」
皆の間を走り回り細かく指示を送るハング。
ここは敵地であり、こちらは敵の物量がまるで把握できていない。ハングとしては最悪の開戦であった。
「ラガルト!」
「なんすか?」
「連中・・・守りに適してくるとは思えないが。どうだ?」
「そうだねぇ。【黒い牙】の面々の仕事は暗殺、諜報、破壊工作が主だ。専守防衛には程遠い。こっちが逃げられないなら向かってくるのが道理だが・・・」
ラガルトは言葉を切った。彼は涼しい顔でほくそ笑み、言葉を足さない。『言わずともわかるだろ』とでも言いたげだった。
ハングはラガルトが言わなかった言葉を継ぎ足した。
「・・・問題は時間か・・・」
「そう、商売でも軍事でも農作でもそいつがいっつも問題になる」
こちらの目的は【ファイアーエムブレム】をゼフィール王子の戴冠式までに手に入れること。
そして、ゼフィール王子の暗殺が既に動いている。それを知るのはハング達だけだ。今すぐ山を下りてソーニャ達を追いたいのが本音だった。
こちらに時間制限がある以上、向こうはただ耐えるだけで勝利を手にするのだ。
奴らが防衛を行う可能性は十分に考えられた。
しかし、こちらから砦の中に攻撃を仕掛けなけるなら罠の存在は無視できない。下手に正面から突っ込めば被害は大きなものになる。
やはり正攻法では無理だ。多少の絡め手も守りを固められれば効果は薄い。
なら、必要なのは盤面をひっくり返すだけの奇策だ。
「ラガルト、砦内の構造をできるだけ詳細に教えろ」
「いいけど。さっきも言ったが罠の位置とかは・・・」
「それはいい。通路とか部屋の位置とかはそう大きく変わらないだろ。そいつを教えろ」
「はいはい」
ラガルトは雪の上に素早く砦の見取り図を描いていく。
それはハングが想定していた砦の内部構造とほぼ同じだった。
「よし・・・ラガルト、お前は何人か選んで武器庫に連れて行ってやれ。暗殺者の詰所なら上等な武器はあるんだろ?」
「まぁ、確かにあるけど・・・それだけでこの局面は越えられねぇんじゃないか?」
「心配無用だ」
ハングは左腕の調子を確かめるように腕を振る。ハングが腕を回す度に鱗の下で筋肉が躍動する。心臓から送られてくる血の滾りが腕へと集中して熱を帯びていた。
先程、地面に大穴を穿ったハングの左腕だが、あれだけの無茶をしても疲労の欠片すら残っていない。
つくづく化物の腕だと思うが、今はこの異形の左腕が非常にありがたい。
「お前はとにかく良い武器を集めてきてくれ。できれば、重い一発が放てる奴がいい」
「ん?どういうことだ?」
「丈夫な壁でも一撃でぶち抜けるような奴がいい」
「あ・・・ああ、ああ・・・なるほどそういうことか・・・わかった、俺の責任で何人か連れて行く。それで、武器庫に良いもんがなかったら?」
「それはそれで構わない。俺が強引に事を進めるだけだ」
「なるほど。腕を使うわけだ」
「皆まで言うな。さっさと行け」
「はいはいっと」
ラガルトがすぐに消える。
ハングはエリウッドが統率している歩兵部隊へと足を進めた。ハングはその中で一際大きな背中を探していた。
「おい、ヘクトル。どこだ!?」
「あん?なんだよ、今戦いの準備で忙しいんだよ!」
ヘクトルは潜入の為に脱いでいた鎧を着こんでいる最中だった。
この寒さで冷えきった金属に触れているせいか、ヘクトルの指先は真っ白になっていた。
「ヘクトル、お前のバカみてぇな力と、無駄にでかい体躯に用がある」
「指示出すか喧嘩売るかどっちかにしろ!!」
「これ使え」
ハングはがなり立てようとするヘクトルを無視して武器を投げ渡した。
それを受け取ったヘクトルは一瞬『これを何に使うんだ?』という顔をしたが、すぐさまハングの意図に気が付いたようだった。
「あぁ・・・なるほどな・・・山頂の砦ってことはこれでも事足りるのか」
「そうだ。どうせ、【黒い牙】の拠点だ。存分にやれ」
「ったく・・・お前も乱暴なこと考えるな」
ヘクトルは肩にハングに渡された武器を担ぐ。
その自信に溢れた立ち姿を見て、ハングは皆に指示を出す。
「あまり時間はかけたくない。敵は俺達が真正面から来ると思ってるはずだ。その裏をかく・・・道なき場所を道にしていくぞ!!」
ハングは腕まくりをして不敵に微笑む。その隣でヘクトルが『ハンマー』を担いで好戦的な笑みを浮かべていた。
「ハング、何をする気だい?」
「エリウッド、この砦は敵が自分達の戦い易いように改造している。だったら、その基盤からぶっ壊してしまえばいいんだよ」
「え?」
「つまり・・・」
ハングはヘクトルと目配せして、片手をあげた。
それは皆に戦闘態勢を取るように指示する合図だった。
皆は敵がどこにいるかもわからないまま、武器を構える。
「目標・・・正面の窓!!一気に潜入して敵の背後を付く!!ヘクトル!中に入ったら重装部隊で通路を確保!エリウッド!軽装の奴らを連れて死角を潰していけ!リン!遠距離部隊の指揮は任せるからな!!」
ハングは皆が態勢を整えたのを確認して、ヘクトルと共に唇の端で笑う。
「いくぞぉおお!」
「おおおおおおお!!」
ヘクトルとハングは目の前の砦の壁へと突進した。
ハングが腕を引き、ヘクトルがハンマーを振りかぶる。
「おらぁああああああ!」
「こらぁぁあああああ!」
二人の重量級の一撃が砦の壁に突き刺さった。
地響きのような重低音が辺りに響く。【黒い牙】がいくら砦の手入れをしていても、正規の整備がなされていたわけではない。ハング達の一発で砦の壁はすぐさま崩壊寸前となった。
ハング達は壁を破壊せんと各々の武器を振りかぶる。
「うりゃぁああああああ!」
「おらぁあああああああ!」
気合の裂帛と共に放たれた二発目。脆くなった壁はハングとヘクトルの一撃に耐えきれず、石片をまき散らせて内側に吹き飛んだ。
「よっしゃぁああ!抜けたぁあ!!」
ハンマーを振った勢いのまま部屋の中に突入したヘクトル。部屋の中には誰もいないことは窓から確認済みだった。
「ヘクトル!次だ!!」
「へっ?」
「次の壁だよ!!」
ヘクトルと共に砦内部に足を踏み入れていたハング。
彼は歩みを止めることなく、部屋を横切って無機質な石壁へと向かう。
「は、ハング!そんなに崩して大丈夫なのか!!」
「この壁は・・・大丈夫なんだよ!!」
山頂の砦は部屋を細かく分けて石壁を増やしていることが多い。
それは籠城時に壁を崩して落石として使用する為に使用する石を少しでも増やしているのだ。
その為、こういった砦には天井を支えていない壁が多数存在している。
ハングはどこにその壁があるのかをおおよそ把握していた。それは【黒い牙】ですら知らないことだ。ハングがベルン竜騎士として学んだからこそ知っている知識であった。
ハングは走る勢いそのままに壁に拳を突き立てる。
その衝撃で天井から埃や小石がパラパラと落ちてきた。
「ヘクトル!この先は廊下だ!!敵が待ち構えてる!!壁の破壊と同時に一気に突っ込んで攪乱しろ!!」
「了解!!」
ハングは再び拳を構える。次の一撃で確実に壁を破壊できる手応えがあった。
その時だった。
部屋の扉が開いた。
「いたぞぉ!侵入されてる!!」
【黒い牙】の一人が部屋に踏み込んできた。
彼は素早く投擲用のナイフを構える。標的は装備の薄いハング。
ハングはその敵の姿を目の端でとらえていた。だが、対応はしない。ハングにはナイフが飛んでこないという確信があった。
ハングは踏み込んだ足の力を左腕に存分に伝え、壁に向けて叩きつける。爆薬でも使ったかのような轟音と共に石壁が弾け飛んだ。廊下に飛び散った石片が投石機から放たれたかのような勢いで吹き飛んでいく。
廊下で待機していた不幸な暗殺者がその石片を受けて昏倒した。石の破片を免れた人も突然の出来事に混乱が生じていた。
「行くぜぇえええ!!オズイン!ワレス!!ついてこぉい!!」
ハングが開けた穴からヘクトル達が突撃していく。
戦闘開始時点で敵は既に混乱の極みにいた。
重装部隊が突っ込み、エリウッド達がその後に続いたのを確認して、ハングはゆっくりとこの部屋の本来の入り口を振り返った。
ドアから一歩踏み込んだところで【黒い牙】が喉に矢を受けて即死していた。
「リン、ありがとな」
「任せてよ。私たちは二人で一人でしょ?」
「また惚れ直したぞ」
「うるさいっ!!」
ハングはすれ違いさまにリンディスと手を打ち鳴らす。リンディスは遠距離部隊を連れて、エリウッド達の援護へと向かっていった。
「バカ傭兵!ルセア!!お前達は俺とこの部屋の確保だ!味方の背後を守る!」
「黙れ、クソ軍師」
仏頂面のままそう言ったレイヴァンだがすぐさま部屋の調度品や崩れた石壁の一部を使って出入り口の封鎖を行っている。ハングも左腕の怪力を存分に使ってバリケードを築く。
二人の行動は無駄がなく、何も言わずとも呼吸を合わせて大きな荷物を運んでいる。
「バカ傭兵!そっち支えろ!!」
「クソ軍師!これを遣え!!」
ルセアは仲良く喧嘩する二人を見ながら、周囲の警戒にあたっていた。
そして、部屋の出入り口の封鎖が終わると同時にラガルト達がこの部屋へと入ってきた。
「ラガルト、随分早かったな」
「まぁ、勝手知ったる砦だしな」
ラガルトの後ろにはギィとドルカスが巨大な武器を抱えていた。
部屋の外では大量の武器の運搬を任されたのか、イサドラが馬に数多くの武器を乗せて待機していた。
「外はどうなってる!?」
「飛行部隊とサカの民の暗い奴がしっかり頭を抑えてる。戦局はまぁ有利ってとこだ」
ハングは後で自分の目でも確認しようと思いながら、ドルカスへと次の指示を出す。
「ドルカスさん、手に入れたハンマーで次にぶち抜いて欲しい壁があってですね・・・」
その時、ハングは説明しようとした口を閉じた。
「は?」
部屋の外から見知らぬ男が足を踏み入れてきたのだ。
サカの民族衣装に黒い長髪。美形に分類されるであろう整った目鼻立ち。
だが、彼からは抜き身の剣のような純然たる殺意が溢れていた。
それはハングやリンが持っていた憎悪や憤怒による殺気ではない。飢えた獣がただ獲物を探すかのような澄みきった感情だ。誰かを殺さなければ生きてはいけない。剣を振らなければ命に意味がないとでも言うような、渇望とも呼べる殺意の塊だった。
「・・・ラガルト・・・この人は?」
ハングが瞬時に攻撃に移らなかったのは、ラガルトが素直に背中を預けているからというのもあったが、自分では絶対に勝てないことを瞬時に悟ったことが大きかった。
「あぁ・・・この人は・・・えと・・・」
「俺の師匠だ!」
堂々とそう言い放ったのはギィだった。
「は?」
「この人はカレル。俺がサカ一の剣士になるために剣を教えてもらいたいんだ」
「もらいたい?正式に弟子になったわけじゃねぇのか?」
「まぁ・・・そうなんだけど・・・そのうち絶対弟子にしてもらう!!」
意気込むギィはとりあえず放置。
ハングはカレルと呼ばれた男に目を向けた。ハングはその名前に憶えがあった。
「カレルってまさか・・・【剣魔】カレルか?」
それは旅の間に度々聞いた名前だった。
以前、ハングが語った『決闘の約束の直後に背中から敵を切り捨てた男』とはまさにこの男の話だった。
強者を求め、血を求めて放浪する男。彼に目をつけられたら最後、骸を大地に晒すしかない。
「剣魔?」
「あんたの通称だよ。『剣をその身に宿した魔物』ってな。妖刀の化身だって話もあるぞ。剣が人の姿にその身を変えたのがあんただって噂だ」
「・・・ほう・・・」
カレルは面白い冗談を聞いたかのように笑みを浮かべた。だが、それで彼に親しみが湧くことはなかった。
「・・・そんで・・・その【剣魔】が何の用だ?」
「お前達を見た。赤毛の騎士・・・青髪の戦士・・・同胞の剣士・・・どれもまだ未熟ながら伸び代のある者達ばかり・・・ここで失うには惜しい」
ハングはカレルの言葉の裏を読み取る。
つまり、『いつか強者になったエリウッド達と斬り合ってみたい』ということだ。
それが何年先になるかはわからないが、とにかく今ここで死なせたくないのだろう。
「だから手を貸そう・・・お前がこの軍の軍師だと聞いたが」
「ああ、ハングだ・・・で?俺の指示に従ってくれるのか?」
「私からは一つだけ・・・最前線で戦わせてくれ。それだけだ」
「興奮して味方を切ったりしないでくれよ・・・」
「いいだろう・・・それは約束しよう・・・極上の御馳走を楽しみにするためならば、前菜の一つ二つは我慢することにする」
ハングとしては背筋に嫌な汗が流れる話ではあったが、協力してくれるならそれに越したことはなかった。
「わかった・・・それじゃあ・・・ラガルト、一緒に行ってエリウッド達に説明してやってくれ」
「はいはーい。そうなると思いましたよ。それじゃあ、カレルさん行きますよ」
「ああ・・・宴を楽しむとしよう」
そう言って、二人は戦闘が続く砦内部へと進んでいった。
「あっ!待ってください!!師匠!俺も一緒に行きます!俺の剣を見てください!」
「ちょっ、ギィ待て・・・ったく」
カレルに付いて飛び出していったギィ。あの顔はカレルの弟子として認めてもらうことしか頭にないようだった。
ハングは説教のリストにギィの名前を追加し、軽く舌打ち。
そして、ふと砦の外へと目を向けた。
砦の外ではフィオーラ達の天馬騎士三姉妹とヒースが縦横無尽に敵を翻弄している。
だが、問題は上空ではない。
そろそろ、敵がエリウッド達の背後を取るためにハングがぶち抜いた穴に殺到してくる頃合いだった。
「そろそろか・・・イサドラさん!悪いんですけど、このまま戦闘をお願いします!」
「わかりました。この壁の穴から敵を入れなければよろしいのですね」
「話が早くて助かりますよ・・・バカ傭兵も外でイサドラさんの援護を頼む!彼女の愛馬に敵を寄らせるなよ」
「わかっている、クソ軍師」
レイヴァンが外に飛び出し、剣を構える。
イサドラも芯の太い槍を構えて、穴の前に陣取る。
近衛兵でもあったイサドラにとって、狭い出入り口を死守する戦闘は十八番であった。
「あったぞ!あそこだ!!あそこから侵入されたんだ!!」
外から【黒い牙】の戦闘員が駆けてくる。
イサドラは馬上という高い位置から槍のリーチを存分に生かしてそれを迎撃していく。
懐に潜り込まんとする敵はレイヴァンが確実に切り捨てる。後方からはルセアの援護もあり、この三人を突破するのは至難の業となっていた。
ハングは彼等に背中を任せ、ドルカスに改めて指示を出す。
エリウッド達がどこまで制圧しているのかはわからないが、ハングの予想ではそろそろ膠着状態に陥るはずだった。だが、そこに別方向から風穴を穿てれば、砦の最奥にまで足がかかる。
「頼みますよ!ドルカスさん」
「・・・任されよう・・・しかし、相変わらず頭が切れるな」
「だから俺は軍師なんですよ」
ハングはそう言って不敵に笑ってみせる。
彼にはこの局面の詰みまでが、既に見え始めていた。