【完結】ファイアーエムブレム 烈火の剣~軍師と剣士~   作:からんBit

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第26章~届かぬ手、届かぬ心(中編)~

中庭に身を隠していたハング達は誰かが来る気配を感じてお喋りをやめた。

 

「あれは・・・ゼフィール王子か・・・」

 

美しい金色の髪と精悍な顔を携えた美丈夫が中庭へと歩いてきていた。

王位継承と成人を8日後に控えたゼフィール王子。彼の傍らには只者ではない気配を纏わせた将軍風の男が付き従っていた。

 

そこに一人の少女が駆け込んでくる。

 

「おにいちゃま!ゼフィールおにいちゃま!」

 

少女はゼフィールに体当たりするようにしてその胸元に飛び込んでいった。

 

「やあ、ギネヴィア。元気になったんだね?」

 

ギネヴィア。

 

確か、デズモンドの側室が産んだ娘だったはずだ。

 

ハングが頭の中で情報を探る。世間で言われている通り異母兄妹の仲は良好なようだった。

 

「うん!私、元気よ。でも、おにいちゃまが毎日会いに来てくださったらもっと、もーっと元気になれるわ!」

「毎日・・・は無理だけどなるべく来るようにするよ。かわいい妹のためにね」

「わあい!」

 

少々疲れた笑顔ながらもゼフィールはそう言った。それでも声音に含まれる愛情は本心から出ているのがわかる。無邪気に喜ぶギネヴィアも心の底から嬉しそうだ。

 

あのデズモンドからどうしてこういう人間が相次いで誕生するのか不思議でならないハングだった。

 

その時、中庭へと続く渡り廊下の方から声がした。

 

「ギネヴィア!ギネヴィア!!どこにおるのだ!?」

 

ふと、ハングの眉が歪んだ。

あの声は今も耳触りに変わりはない。

 

「あ、おとうさま!」

 

中庭に入ってきたのは国王デズモンド。ゼフィールから離れたギネヴィアは今度はそちらに向かって駆けていった。

 

「おかえりなさい!」

「おお、ここにおったのか。ただいま。いい子にしていたか?さあ、父にキスをしておくれ。おまえは、なんて可愛いのだろう」

 

ギネヴィアを抱きかかえたデズモンド。その顔はだらしなく緩んでいたが、もう一人の存在に気付いた瞬間に醜く固まることになる。

 

「父上、お久しぶりでございます」

「・・・ゼフィールか。ふん、母親と同じ嫌味を言いおるわ」

「え!?いえ私は・・・」

 

ゼフィールは心底驚いたような顔をした。いくら王子といえども、そういったところは年相応である。

 

「まあいい。この城になんの用があって来たのだ?」

「あ、はい。マードック」

「はっ」

 

マードックと呼ばれたのは将軍風の男だ。

無骨な彼が前に出ると、その逞しい腕の中から可愛らしい仔ギツネが顔を出した。

 

「先ほどまで、森で狩りをしておりましたところ、これを見つけたのでギネヴィアにと思いまして」

「きゃあっ!仔ギツネね!?かわいい!すごくかわいい!!これをギネヴィアにくださるの?ほんとうに?」

 

ギネヴィアは慌ただしくデズモンドの腕から飛び降りて、マードックに駆け寄っていった。マードックから仔ギツネを受け取ったギネヴィア。仔ギツネの方も彼女を気に入ったようで、ぺろぺろとその頬を舐めだした。

 

「気に入ったかい?」

「うん!ありがとう!おにいちゃま、大好きっ!」

 

それを面白くなさそうに眺めるデズモンド。

 

「・・・ギネヴィア少し向こうで遊んでいなさい」

「はーい!さ、いきましょうね。仔ギツネちゃん」

 

ギネヴィアが去ったのを確認し、デズモンドは冷たい視線をゼフィールへと向けた。

 

「・・・城には来るなと言っておるだろう」 

「は、はい・・・申し訳ありませんでした。ギネヴィアが病気になったと聞いたもので・・・心配で」

「ふん、妹が病死するかどうか確かめにきただけであろう?」

「父上・・・!?」

 

あまりにもな一言。それにはさすがのハングの胸の奥がざわめいた。

ゼフィールとギネヴィアの仲睦まじさを見て、どうしてそんな言葉が出てくるのか。

それは傍らに控えるマードックも同じだったようだ。

 

「恐れながら陛下、それは・・・」

「黙らぬかマードック!貴様が仕えるべきベルン国王はこのわしじゃぞ!」

「・・・・・・」

 

それを言われてはマードックは下がるしかない。

 

「いいんだ、マードック・・・」

 

ゼフィールもそう言い、マードックは無表情のまま身を引いた。

 

「父上、私はギネヴィアの死など望んだことは・・・」

 

ゼフィールがそう弁明しようとしたが、それすらもデズモンドは聞き入れない。

 

「おまえたち母子は、わしから王位を奪うことしか考えておらぬ。目障りだ。早く離宮へ戻れ!」

「・・・わかりました。失礼いたします・・・父上」

 

そうして、ゼフィールは中庭から去って行った。

その背が建物の裏に消えた後もデズモンドはゼフィールが出ていった方角を睨み続けていた。

 

「・・・どんなに踏みつけても立ち上がってきおる。あやつを目にするたびイライラさせられるのは、なぜだ?血を分けた息子だというのにな・・・」

 

その疑問に答える者がいた。

 

「クックックッ・・・それは嫉妬ですわ」

「誰だっ!」

 

ハング達はほぼ反射的に身を強張らせた。

声がするまでハング達ですらこの中庭に他に別の誰かがいることに気が付かなかったのだ。

 

「ソーニャでございます」

 

そう言って、物陰から現れた女性。黒い髪と扇情的な服装。そのあまりの美しさに見る者に畏怖の心を抱かせる様はまるでこの世から逸脱しているかのようだった。

彼女は恭しい仕草でデズモンドに頭を下げた。

 

「そなたか・・・それで?【エムブレム】は無事であろうな?」

 

ハング達は思わずお互いの目を見合わせた。

 

「はい。手はずどおり、私どもがお預かりしております」

「・・・まさかとは思うが王妃の手の者が取り返しに行かぬともかぎらん。それは大丈夫か?」

「ぬかりございません・・・我が【黒い牙】のアジトにて守りを固めておりますゆえ・・・」

 

【黒い牙】

 

まさか、という思いがハングを駆け巡った。

奥歯を折れんばかりに噛みしめたハング。

 

ここまで腐敗したかベルン王宮。

 

自分の古巣が憎き相手の托卵の場になっているなど、許せる話ではなかった。

 

「8日後の日暮れまで隠し通し、その後我が手に戻せ」

「かしこまりました」

「ところで、もう一つの依頼の方はどうなっておる・・・」

「【四牙】の一人に命じます。万が一にも失敗はありえませんわ。ただ、あの王子の警護をしているマードックという将軍・・・若いながら、かなりの腕との評判・・・ともに始末しても構いませんこと?」

 

ん?始末?

 

ハングは頭の中の冷静な部分でその言葉を反芻する。

 

「・・・あやつめは、末席ながら【三竜将】を名乗るほどの実力。失うことは、ベルンにおいて大きな損失となる・・・何かの理由をつけ、ゼフィールから遠ざけておく。それでよいな?」

「はい、ではそのように」

 

不意にソーニャが気配をめぐらせた。

 

「どうした?」

「・・・何者かの気配が」

「なに!?」

 

ハングは思わず呼吸を止めた。周りの皆も顔を青くして全ての動きを押し殺していた。できることなら心臓の鼓動すら止めておきたい気分だ。

 

その時だった。

 

「おとうさまー!おにいちゃまー!どこにいらっしゃるのー?」

「心配いらん、娘だ」

 

草葉の陰で、四人が一様に息を吐き出した。

 

「・・・なるほど・・・成功のあかつきには【黒い牙】おひきたての件、どうかお忘れなきよう」

「わかっておる。早く消えろ」

「では」

 

そして、ソーニャはその場から音もなく掻き消えた。

魔法陣を使用しない転移魔法とハングは推測する。とんでもない腕前の闇魔道士だ。

 

そして、ソーニャが残した緊張感をかき消すようにその場にギネヴィアが駆け込んできた。

 

「おにいちゃま!あのね、この子ね・・・あれ?おにいちゃまは?」

「用ができたとかでもう帰りおった」

「えーっ、いやよ!いやいや!もっと遊ぶのよ!」

「ギネヴィアわしが遊んでやろう、な?」

「いやっ!おとうさまよりおにいちゃまがいい!」

 

ハングの隣でリンディスが笑いをなんとか噛み殺そうとして変な顔をしていた。

 

「私、おにいちゃまにお願いしてくる。この子、もってて!」

 

ギネヴィアはデズモンドに仔ギツネを押し付けて、正門へと駆けて行く。

そして、先程まで大人しくしていた仔ギツネはデズモンドの手にくるや否や途端に牙を剥きだしにした。

 

国民だけでなく、動物にも嫌われるのはある種の才能じゃないだろうか。

 

「誰かおらぬか!」

「はっ!」

「この汚らしいケモノを始末せよ!くれぐれもギネヴィアには見つからぬような」

「かしこまりました!」

 

そして、兵士は仔ギツネを逃がさないようにやけに大事に抱えた。

 

「・・・ゼフィールめ。ギネヴィアを手なずけおって・・・己が分をわきまえさせてやる!」

 

そして、デズモンドはぶつくさ言いながら、中庭から去って行った。

取り残された兵士はそのデズモンドの姿が消えるのを確認して、仔ギツネの耳の後ろを撫でる。

 

「・・・ったく、そんなに娘の泣き顔が見たいのかね。なぁ、お前も災難だよな」

「クゥン・・・」

「大丈夫だって、そんな顔をすんな。殺しゃしねぇから」

 

その兵士もどこかへと去って行き、中庭が再び静寂に包まれる。

誰も来ないことを確認し、ハング達は大きく息を吐き出した。

 

「・・・あっぶねー見つかるところだったぜ」

「そんなことよりベルン国王がすでに【黒い牙】と通じていたことが問題だ。こん畜生が」

 

ハングはそう言って口の中に溜まった唾を吐き出した。

 

「リキアがダメになったから、今度はベルンってわけだ。ベルンほどの強国が動けば今の平和な世を一変させられる。ふざけた話だ」

 

ネルガルの目的は変わらない。

強い【エーギル】を集め、竜をこの世界に呼び戻して世界を混沌の渦に巻き込む。

その野望の一端を挫く為にもやるべきことは決まった。

 

「【ファイアーエムブレム】・・・そいつを見つけて、王妃に渡す。【封印の神殿】へ一歩近づくだけじゃねぇ。依頼に失敗した【黒い牙】の信頼も地に落ちれば、ネルガルからの介入も少しは減るだろう」

 

ハングの出した結論に各々が頷く。

 

「目標は【黒い牙】のアジト。とにかく、そこを目指すぞ」

 

ハング達はその場から静かに立ち上がった。

 

「ハング、帰り道はどうするの?」

 

リンディスの問いにハングは鼻で笑ってみせる。

 

「面倒だから門兵を気絶させて出る、以上」

「乱暴ね。ヘクトル並みだわ」

「そこまで言わなくていいだろ」

「どういう意味だよお前ら!」

 

軽口を叩きながら、ハングは少し心の片隅に引っかかっていることを思い出していた。

それはソーニャの台詞。

 

『ともに始末しても構いませんこと?』

 

『ともに』と言うからには標的は他にいる。

ハングはその台詞が内包する最悪の可能性をどうしても拭うことができなかった。

 

 

――――――― ※ ――――――― ※ ―――――――

 

 

ベルン王宮を頂きに持つ山の麓。そこにはニニアンとニルスが四人の帰りを待っていた。

 

「・・・エリウッドさまたち大丈夫かしら?」

「もう、ニニアンさっきから、そればっかりだ」

 

『エリウッドさまたち』と言いながらもニニアンが一番心配してるのは一人なのだ。

 

「そりゃ、エリウッドさまが心配なのは、わかるけどさ」

 

わざわざ言い直したニルス。その意味を悟ってニニアンはその頬を桃色に染めた。

 

「ニ、ニルス!わたしは・・・!」

「隠さなくてもいいよ。そもそも、その髪飾りだってエリウッドさまから貰ったものでしょ。毎日嬉しそうに磨いてるし」

「ニルス!!」

 

真っ赤になる姉をしたり顔で笑いながらニルスはケラケラと笑う。

 

「だって、エリウッド様優しいもんね。格好いいし、行動力もあるし・・・」

「いい加減にしなさい!!」

 

叫ぶようにニニアンは怒鳴った。

このあたりが姉をからかうギリギリのラインである。弟としての綱渡りは慣れたものだった。

 

だが、不意にニルスの表情が真面目なそれに変わる。

 

「・・・でも、本気で好きになっちゃダメだよ」

 

その台詞がニニアンの顔から急速に熱を奪う。

血の気が引いた姉を前にニルスは表情を崩さない。

 

「ぼくらは・・・みんなとは違うんだから」

「・・・わかってる」

 

理解している顔ではなかった。

 

ニニアンは自分の胸元を握りしめる。心臓の鼓動が痛い程に胸骨を打ち鳴らしていた。

そこに宿るのは積もった想いが起こす熱量と締め付けられるような痛みだ。

それはまるで、縄で縛られた箇所が熱を帯びるような感覚だった。ニニアンはたまらずニルスから背を向けた。

 

「ニニアン!どこ行くの?」

「・・・少し考えたいの・・・一人にしてくれる?」

「ニニアン・・・」

 

去っていくニニアンのことを思いながら、ニルスは頭をかく。

 

自分が酷いことを言ってしまっているはわかっていた。だが、これは弟である自分が言わねばならないことであった。ニニアンのことを一番よく知っているニルスにしか言えないことなのだ。

 

ニルスはそれでも他に言い方があったのではないかと、悩むしかなかった。

 

 

その頃、門兵の背後からとび蹴りをかますという荒業で外に出たハング達。おそらく、門兵達は自分達が誰に襲われたのかすらわからずに気を失ったであろう。騒ぎを一切起こさないままハング達は山を駆け下りていた。

 

だが、その表情が急に険しく変わった。

 

「おい、あれ!竜騎士じゃねーか!?」

 

最初に気付いたのはヘクトルだった。山道を駆け下りるハング達の後方から複数の竜騎士が飛んでくる。

 

「近づいてくる・・・見つかったか!?」

「いや、いくらなんでも反応が早すぎる・・・狙いは俺達じゃなさそうだぞ」

 

岩陰に身を隠したハング達の頭上を竜騎士達は目もくれずに飛んでいった。

その飛ぶ先を見てハング達は重大な危機が迫っていることを悟った。

 

「ちがう!奴らの向かってる先は私たちじゃない!!あれは・・・ニルスだわ!!!」

 

リンディスの言うとおり、その竜騎士の鼻先は麓のニルスに向いていた。

 

「まずい!」

 

エリウッドが真っ先に飛び出した。彼の脳裏に誰が浮かんでいるのか手に取るようにわかるハングだったが、今はそんなことを言っている余裕はない。

 

ハングもエリウッドに続いて飛び出した。

だが、その足は数歩も行かずに立ち止まってしまう。

 

「あ・・・」

「おい、ハング!どうした!?」

「いや・・・へへっ・・・ちょっとな・・・急ごう!」

 

再び動き出したハングの頬には不敵な笑みが張り付いていた。

 

先行するエリウッドは飛ぶようにして山道を駆け下りていったが、どれだけ全力疾走をしようともドラゴンの飛行速度に人間は追いつけない。

上空を飛んでいた竜騎士の一団の中で一際巨大な槍を構えていた女性がニルスを発見し、単独で地上へと降下していく。

 

「わぁっ!だ、誰っ!?」

 

ニルスが飛びのいたその場所に竜騎士が舞い降りる。

金色の短髪に赤みを帯びた茶褐色の瞳。だが、彼女を最も印象付けるのがその左のこめかみに走る大きな傷の痕だった。その傷が顔を引き釣らせているせいか、目尻が僅かに歪んでその眼光を際立たせる。

 

その女性はドラゴンの上からニルスを見下ろし、口端を釣り上げた。

 

「淡緑の髪、紅の瞳・・・間違いないおまえがネルガル殿の“失せ物”だね?あはは、やぁっと見つけたよ!!」

 

槍を振り上げ、頭上にいる部隊に向けて合図を出すその女性。

上空にいる竜騎士部隊はその合図を受けて、一気に散会した。

 

その女性に睨まれ、ニルスは身動きが取れない。だが、それは恐怖から来るものではなかった。ニルスが驚愕していたのは別のことが原因だった。

 

「・・・何者?気配も・・・予兆も・・・何も感じないなんて」

 

迫りくる危機を知らせる『特別な力』が何も知らせてくれなかった。この『力』のおかげでニルスは何度も危機を脱してきたのだ。それが、今回は何も知らせてくれなかった。

 

ニルスは武器を持つ力を持たない。魔法の才も持っていない。『力』が発動しなかった今、ニルスはただの子供だ。竜騎士を前に抵抗する術はない。ニルスは口に溜まった生唾を飲み込んで後ずさった。

だが、その竜騎士はニルスに襲いかかることはせずにゆっくりと周りを見渡した。

 

「ん?おい小僧」

「な・・・なに?」

「お守りの仲間どもはどうしたんだい?かなり強い奴らだって言うから楽しみにしてたんだけどねぇ。おまえが、ここにいるんだ近くにいるんじゃないのかい?」

 

彼女の声にはさっきまでの闘気や殺気が抜けていた。

それはまるで、迷子の子供に話しかけるような言い方だった。

 

「え・・・えと・・・」

「ほらぁ、早く叫ぶなりなんなりして仲間を呼び集めな!」

 

竜騎士が槍を威嚇するように振り上げた。

だが、そこに怒気は乗っていても、殺意はまるで感じられない。

 

「いらいらするね。あたしぁ、気が短いんだよ!!なんならあたしが叫ばせてやろうかぁ!?」

 

その時、マントを翻し、1人の男性がその場に割り込んだ。

 

「待て!!僕が相手だ!この子に手を出すな!!」

 

既にレイピアを引き抜いたエリウッドがニルスの前に立つ。

それを見て、竜騎士は嗜虐的な笑みを浮かべた。

 

「来たね!会いたかったよ!!」

 

竜騎士が槍を構える。さっきの脅しのような豪快な持ち方ではなく、武器をいつでも突き出せる本来の竜騎士の構えだ。エリウッドもそれに相対するためにレイピアを構える。

すぐさまヘクトルとリンディスもその戦いに加わった。

 

「エリウッド!加勢するぞ!!」

「この人・・・強い!」

 

ヘクトルがヴォルフバイルを持ち出し、リンディスも愛剣を引き抜く。

 

「いいね・・・いいねぇ!!随分と噛み応えがありそうじゃないか!」

 

四人が持つ武人としての闘気が風に乗って渦巻く。

一気に最高潮に達した緊張感。風に晒された頬が殺気でひび割れそうな程であった。

 

そんな四人の間に呑気に散歩でもするかのように、ハングが現れた。

 

「はぁ・・・ったく、お前らやっぱり全力だと足速いな・・・」

「なっ!!」

 

全員の意識が一瞬でハングに集まる。

 

「ハング!何してる!下がるんだ!!」

「ハングさん!そいつ何か・・何か普通じゃない!危ないよ!!」

 

エリウッドとニルスにそう言われてもハングはなんでもないと手をひらひらと振ってみせた。

そして、あろうことかハングはドラゴンに一歩近づいた。

 

「『会いたかった』ですって?それはこっちの台詞ですよ」

「・・・・・・お前・・・」

 

竜騎士の目が見開かれる。傷痕のある目元が細かくひくつき、彼女の口の奥から喉に引っかかりのあるような声が漏れた。

 

「・・・お前・・・ハングか!」

「久しぶりですね隊長・・・いや、ヴァイダさん」

 

ハングのその言葉は仲間達に衝撃を走らせた。

 

「え?隊長?」

「うそ・・・じゃあ、この人が・・・」

 

ハングの『隊長』の『竜騎士』。

それはハングがベルン竜騎士だった頃に隊長だったその人に他ならない。

ハングの育ての親であり、厳しい姉であり、尊敬する上司であり、同じ釜の飯を食った家族。

 

エリウッド達のヴァイダを見る目がわずかに変わる。

 

「・・・あはは・・・アッハッハッハ!!あんた、ハングかい?」

「ええ、当然ですよ」

 

ハングは冷静にそう言った。

 

「それで、ヴァイダさんは今何してるんですか?」

「・・・おまえたちを叩き潰し、それから子供をネルガル殿に引き渡す。そういう話だ」

 

『ネルガル』

 

その名を聞きハングの眉がはねた。

 

「へぇ・・・それでヴァイダさん・・・ネルガルにもう会ったんですか?」

「いや、あたしが会ったのはネルガルの子飼いだっていうソーニャって女だけだ。この槍も・・・」

 

ヴァイダは自分の槍を掲げて見せる。

ハングはその槍からわずかに立ち上る陽炎を読み取った。空間を歪ませ、光を吸い込む類の魔力の残滓。闇魔法による加護か強化がなされた槍だ。

 

「その女に借り受けた・・・あんたらを潰すためにね!!」

「おかしいな・・・ヴァイダさん・・・あんた、あいつの手下になったのか?」

「・・・“手下”って言い方は気にくわないね。確かに【黒い牙】と契約はしているが・・・あたしが忠誠を誓うのは唯一、ベルン王家のみさ・・・あんたと違ってね」

「まぁ、俺は別にベルンへの愛国心で騎士になったわけじゃないですからね・・・ヴァイダさんと違って・・・」

 

ハングはどこか諦めたかのように息を吐きだした。

現役の頃からこの話題は常に平行線だ。どれだけ時が経っても変わらないヴァイダにハングは逆に安心感を抱いていた。

 

「それじゃあ、あれですか、仕事をこなして【黒い牙】経由でベルンに引き立ててもらうというわけですか?」

「半分正解。半分は不正解だ。馬鹿もん」

 

ハングの顔にヴァイダのドラゴンが鼻息を吹きかけた。くすぐったい感触が頬を撫でる。

 

ハングはヴァイダの目を見た。

そこにはいつの日か見た、食事時の瞳がかすかに混ざっていた。

 

ヴァイダはハングの服装を眺め、腰に履いている細長い剣に目を止めた。

 

「見たところハングは兵士ってわけじゃなさそうだね」

「軍師を目指してますけど。それが何か?」

「まぁ、分相応とだけ言っておくよ」

 

ヴァイダの足がドラゴンの(あぶみ)を踏みしめる。

それは竜騎士がドラゴンを飛翔させる直前の仕草だ。

 

「それじゃあ、少しは噛みごたえがあるんだろうねぇ?ハング!!」

「やり合いますか・・・俺達と」

「当たり前さ。このところ強い敵に飢えてるんだ・・・少しでも長い時間あたしを楽しませとくれ!!」

 

その時だった。ハングの脇を駆け抜けてリンディスが飛び出した。

 

「このぉぉぉお!!」

「ふん!」

 

リンディスの剣が槍に弾かれる。リンディスは体勢を崩しながらも更に追撃。

だが、ヴァイダの槍捌きの方が幾分も早い。二度目の攻撃も容易く防がれ、リンディスはわずかに後退する。

だが、それは次の攻撃を仕掛ける前準備に過ぎない。再び切りかかる気でいるリンにハングは慌てて手を伸ばした。

 

「おい!リン!なにしてる!!」

「・・・・私は・・・」

 

リンディスは怒気を孕んだ瞳でヴァイダを睨みつける。

それを受けてヴァイダは相手を値踏みするような目でリンディスを見下ろした。

 

「なんだい、この火の玉みたいな娘は?」

「あなた・・・あなた・・・」

「リン!落ち着け!!」

 

ハングが再度飛び出そうとするリンディスの腕を掴む。

 

「離してハング!!私はこの人を許せない!!」

「落ち着け!どうしたんだ急に!!」

「だって・・・だって!この人はハングのこと知っていながら!ネルガルと・・・許せない!!」

 

ハングは舌打ちをした。

 

「ハング離して!!この人だけは・・・私が!!」

「リンディス!!」

 

真の名を叫ばれ、リンディスは驚いたようにハングの顔を見た。

 

「リンディス・・・大丈夫だ」

「え?」

「お前の考える方向性の心配はしなくていい」

「で、でも・・・」

 

舌打ちが聞こえた。今度はヴァイダの舌打ちだった。

ヴァイダは空いた手で自分の傷跡をポリポリと引っかいた。

 

武器を振るった興奮からか、その傷跡はわずかに朱色を帯びていた。

 

そんなヴァイダにハングは真剣な目を向けた。

 

「ヴァイダさん、忠告しときますよ。【黒い牙】はこれ以上まずい」

「どういう意味だい?」

「俺のことをもうネルガルが知ってる・・・それと・・・」

 

ハングはそこから先の具体的な内容を口にはしない。それでもヴァイダはハングが言わんとしていることを悟ったようだった。

 

「なるほど・・・そうかい」

 

ヴァイダは笑った。そこに宿るのは冷酷で残忍な凶器の笑み。

 

「だけど!あたしがあんたらを潰さない理由にはならないね!!」

「やっぱそうなりますか」

「当たり前だよ!さっきも言ったろ!あたしは噛み応えのある相手に飢えてるんだ!!それじゃあ、おっぱじめようか!!」

 

ヴァイダがドラゴンの腹を蹴り、宙に舞う。

 

「さーて、みんなぁ!王宮は一切手出ししない約束だ!思い切り暴れるがいいよ!!」

 

ヴァイダが槍で合図を出せば彼女の下につく竜騎士達が見事な陣形を展開していった。

ハングは一時距離を取るヴァイダを見上げて、心の底から楽しそうに笑ったのだった。

 


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