【完結】ファイアーエムブレム 烈火の剣~軍師と剣士~ 作:からんBit
遠目からは美しく、いざ目の前にすると無骨な岩肌ばかりが目立つベルンの山々。
それは図らずも軍事大国というベルンの国を表現しているようで、ハングとしては結構好きな景色だった。
「ふぅ、やっと到着か」
ヘクトルが隣で息を吐くのを聞き、ハングは遠くを見ていた視線を手近なところに戻した。目の前にしているのはベルン王宮。
国王デズモンドの居城にして、かつてのハングの職場である。
感慨が無いと言えば嘘になるが、ハングとしてはあの頃の思い出は少し悲しい色をしている。強いて何かを思い出そうとするのはやめておいた。
「しっかし、よくこんな山間に城を作ったもんだぜ」
ヘクトルは自分が登ってきた険しい坂道を振り返り、腰を伸ばす。
「ベルンといえば竜騎士部隊だ。制空権を考えればこれだけ守りに適した城もないさ」
ハング達が通ってきた間道は荷馬車がすれ違える最低限の広さしかない。
こんな狭い道で空中から攻撃されようものなら、どんな精鋭部隊でもひとたまりもない。
「でもな・・・」
ハングは城壁の上を眺めてみる。そこを、誰かが警備している気配はない。なにせ、この城で『城壁警備をしている』というのは『サボっている』ことを意味するという隠語だ。
ハングとしては絶対に攻め込まれない自信と予算削減の為に城の外にほとんど警備を置かないというのはいかがなものかと常々思っていた。これなら、平時に少数の部隊で侵入するのは非常に簡単なんじゃないかと昔から疑問だったのだ。
そして、その疑問はようやく解決した。
「本当に簡単にここまでこれたな・・・」
ハングはそれが驚きだった。
道の途中で脇にそれ、岩場の陰から城の様子をうかがっていたハングとヘクトル。
ヘクトルはその警備の薄さに半ば困惑気味だった。
「いいのか?王宮の警護がこんなんで」
「これだけ環境に恵まれてるんだ。城内の警備に気をつけてればいいというのがこの城の一般常識だ。さて、そろそろ移動するぞ」
王宮の警備を確認していたハングとヘクトルはその場を離れ、更に山道を登っていく。
その先ではリンディスとエリウッドが城壁の周囲を探っていた。
「よう、どうだそっちは」
エリウッドは肩をすくめて「成果はなかったよ」と言った。
「予想通りといってはなんだけど。変な仕掛けとか、真新しい修理の痕とか妙な物は何も見つからなかった」
「だろうな。いくらベルン軍が腐敗しつつあると言っても、軍隊は軍隊だ。さすがにそんなものを見落としはしないだろう」
リンディスは高くそびえ立つ城壁を見上げた。
「こんな厳重な城の宝物庫から宝を盗み出すなんて本当に可能なのかしら」
「国王が手引きしたってのも・・・本当かもしれねぇな」
リンディスとハングが城壁を見上げ、ヘクトルとエリウッドもつられるように城壁を仰ぎ見た。
だが、実のところハングは城壁の上など見ていなかった。
見飽きたと言っていい城の眺めなど、ハングにとっては興味をそそられない。
ハングは城壁を見上げるふりをして、リンディスをずっと盗み見ていた。
彼女の仇がもういないと教えて以降、リンディスは憑き物が落ちたような顔を見せるようなった。
奥底で焼けていた憎しみの焦土はなりを潜め、代わりに先を見据える強さが宿るようになった。
もっと荒れるかと思っていたハングはそれがとても嬉しく、同時に少しだけ自分に失望した。彼女を疑っていた自分に罪悪感があったのだ。
「ん?ハング、どうしたの?」
「いや、なんでもないさ」
視線を降ろしてきたリンディスと視線がかち合い、ハングは何事もなかったようにごまかした。幸いにもエリウッドとヘクトルに気づかれずに済んだ。
「さて、これからどうするかな・・・」
ハングは城壁の石造りの壁に触れながらそう言った。
そんなハングにリンディスが「良いこと思いついた!」というような顔で言った。
「ね、このまま城に忍び込んでみない?」
「はぁ?」
それにすぐさま同意したのはヘクトルだ。
「お!賛成!!わかってんじゃねぇか」
乗り気の二人に対し、エリウッドが怖い顔で釘を刺した。
「絶対に捕まるわけにはいかない。無理だと思ったらすぐに退こう。いいね?」
「おう!」
「もちろん!」
「返事だけはいつもいいんだから・・・」
苦笑するエリウッドだが、そもそも止める気はないらしい。
とはいえ、ハングも『それもありか』と思い始めていた。
ベルン王宮なら『虎穴』と言う程危険な場所でもない。
「ハング、お前この城にいたことあるんだろ。どっから入ればいい?」
「そうだな・・・」
ハングはいくつか候補を思い浮かべる。
城へ運び込まれる積み荷に紛れるとか、城の高官共が大量の護衛を引き連れて出ていく瞬間を狙うとか、やりようはいくらでもある。
だが、ハングは最も手っ取り早く、最も確実な方法を選択した。
「正面からいくか」
「へ?」
「ついてこい」
ハングは困惑する三人を先導し、城の正門の方へと歩いていった。
戦時中でもないので城門は開いており、その両端には衛兵が気の抜けた顔で立っていた。その二人の顔に見覚えはない。ハングは相手が自分の顔を知らないであろうことを確信し、意気揚々と声をかけた。
「どうも、こんにちわ」
「止まれ。何の用だ」
当然のごとく槍を突き付けられたハング。
ハングは笑みを浮かべたまま、両手をあげて武器を持っていないことを表現した。
「本日は測量のご報告に来たんですが、話を聞いてませんか?」
「測量だと?ちょっと待て」
衛兵の1人が台帳に手を伸ばす。その間、もう1人の方は常に槍をハングに向けたままだ。そして、台帳を確認していた衛兵は眉間に皺を浮かべる。
「・・・話は来ていないな」
衛兵がそう言い、ハングの後ろでエリウッド達が身構えたのを気配で感じる。
ハングはそんな三人に苦笑しながら、衛兵の結論を待った。
「・・・まあいい、通れ」
「どうもです」
ハングの後ろから驚きに息をのむ音がした。
ハングは笑いながら、衛兵に手を差し出した。衛兵は何のためらいもなくその手を取る。
「まったく測量の仕事も大変だな。で、今回はどこの大臣の指図だ?」
「文官のサディスエさんの依頼ですよ」
「またあの人か・・・先週も来たぞ。お前さんと全く同じ文言でな」
「ああ、やっぱり・・・」
そして、ハングはもう1人の衛兵の方にも手を差し出す。
ハングに手を向けられた衛兵は嬉しそうな顔で槍を引っ込め、その手を握りしめた。
「お仕事お疲れ様です」
「それはお互い様だ。また来いよ。できれば今日中にな。もしくは来週の今の時間だ」
「ははは・・・」
ハングは手を放して、後ろの三人を手招きする。
「それじゃ、また後でここ通りますから」
「はいよ」
そして、ハング達は難なく城門を突破したのだった。
しばらく城内を進み、衛兵に声が届かなくなったころを見計らい、ヘクトルがハングに耳打ちする。
「ハング、お前どんな手を使った」
「なに、賄賂を少々だけさ」
この国での握手とはそういう意味合いが強い。
「でも、測量とか話をしてたじゃないか。あれはいったいどういう意味だい?」
エリウッドも興奮するように聞いてきた。
「ああ、あれか。この国の大臣の常套手段でな。地図の測量を行うという名目で軍事予算を手に入れるんだよ。測量士を城に招くだけ招いて、城門の台帳に後書きで来訪を記載させて証拠を残し、測量士にはお茶だけ出して帰す。んで、浮いた予算を懐に入れるわけだ。地図は軍を動かすためには重要なものだから何遍繰り返して測量してもいいしな。そのせいで、この城には月に五回は何もしない測量の業者が出入りするんだよ」
「腐ってんな・・・」
ヘクトルが溜息まじりにそう言い、ハングも笑った。
「でも、お前らが殺気立った時にはどうしようかと思ったぞ。あんな殺気は一般人のそれじゃないからな」
そう言ったハングにリンディスは渋い顔だ。
「先に種明かしをしてくれればよかったのよ。それならそんな心配もいらなかったんじゃない?」
「少しは信用してくれよ」
「ハングの行動は突飛すぎるのよ。時々、ついていけない」
ハング達はそのまま中庭のある一画へ移動した。
その中庭はハングがいたころと何も変わらない。花壇に咲く花の種類はいくらか変わったが、大まかな構造は変わっていない。
ハングがかつてドラゴンと共に読書にふけっていた死角も昔と変わらずそこにあった。
「少しここで待とう。この中庭はお偉いさん方がよく散歩にくる」
「さすが、詳しいな」
「当然だろ」
ハングがその場に腰を下ろし、仲間達もしゃがみ込む。皆はそれぞれ水筒の水で口を湿らせた。
「そういえば、前々から気になってたんだけど」
「ん?」
そんな時、エリウッドが躊躇うように話し出した。
「ハングが国を追われたのって確かその時の将官のせいだったんだよね?」
「ああ、バウトって奴が手柄欲しさにな」
「ハングはその人には復讐しようと思わなかったのかい?」
ハングは水筒の蓋を静かに閉じた。
「お前、本人にそういうこと聞くか?」
「あ、気を悪くしたならすまない」
「いや、まあいいよ。そうだな・・・復讐しようとは思ったよ」
ハングは普段は冷静沈着な顔を装ってはいるが、心の奥底の情は十分に苛烈で深い。
当然、バウトに対して復讐することも考えたことがある。
「でもま、死人には復讐できない」
口にしてからハングはリンディスと視線を交差させた。
一瞬だけリンディスは物思いにふける仕草を見せたが、ハングは構わず話を続けた。
「俺がある程度動ける体になってきた時に当然あの事件を調べた。その時にはヒースを含めた皆の生死は不明となっていた。まぁ、俺だけは死亡扱いだったけどな」
あれだけ大量の矢をこの身体に受けて、良く生きていられたものだと自分でも思う。
この左腕が作る青い血がなければ、確実に死んでいた。
「それで、どうなったんだ?」
「その時に知ったんだが、あの事件の最中にバウトは死んでいた。正確には俺らの隊長が殺したんだ」
あの騒ぎの中、囮としてどこかに去って行った隊長がどういった経緯で首領格を討ち取ったのかはわからないが、あの人なら『さもあんなり』と言ったところだ。
「それでまぁ・・・もういっかってなったわけだ・・・だからこの城には仲間の仇はいない」
何年も前のことのはずなのに、ハングの中ではいまだ鮮明としている仲間達。
特に育ての親といっても過言ではない隊長のことは今もはっきりと覚えている。
「いい隊長だったんだけどな」
ハングはぼやくようにそう言った。
ヒースも彼女の生死についてはわかっていないそうだ。
だが、こう何年も人の口に上らないということは・・・もう・・・
「ハング、その人って女性よね」
唐突にリンディスがそんなことを言った。
「へ?まぁ、そうだけど」
「ふぅん・・・そう・・・それで、どんな人だったの?」
次の瞬間、ハングの背に原因不明の悪寒が走った。
なぜか、リンディスの声から感情が欠落していたのだ。ハングはなぜか唇に震えを感じながら、隊長のことを話す。
「は?いや・・・その・・・苛烈な人でな。肩をシューターの矢が貫通しても平然としてる感じの・・・」
「それで?」
「え、えと・・・そんな人だけど・・・食事の時とかはよく笑う人で・・・」
「へぇ~・・・ふぅ~ん」
なんだ、この圧力は!?
リンディスは声を荒げてるわけでも、般若の形相をしているわけでもない。ただ淡々と薄ら笑いを浮かべてるだけなのだ。だというのに、ハングは冷や汗が止まらなかった。
「あ、あのリンさん?」
「ん?な~に?」
「いえ、別に・・・」
笑顔のリンと引き攣った顔のハング。
いつもと逆の立場になった2人の後ろでエリウッドとヘクトルが声を落として話し合っていた。
「こりゃ、ハングはいつか尻にしかれそうだな」
「でも、強い女性を嫁にもらうと家庭が落ち着くらしいよ」
――――――― ※ ――――――― ※ ―――――――
ハング達が城に行ってしまってる間、他の人達は目立たないように森に分散していた。そんな中で最近急速に仲を縮めていたヒースとプリシラはマリナスが手に入れた荷馬車を日陰にして小休止をしていた。
「ベルン竜騎士団にいた頃、隊長がよく言ってたよ『痛みを感じるくらいなら、大したケガじゃあないんだよ』って」
「そんな!」
ヒースの故郷でもあるこの地でヒースの思い出話が花を咲かせていたのだが、それを聞くプリシラは随分と青い顔だ。ヒースの語る話は箱入り娘であるプリシラには刺激が強すぎる。
「俺たちの隊長は、本当にすさまじい人だったから。俺たち部下を守るために敵のシューターに単騎突撃して、矢が肩を貫通しても平然と敵を・・・」
「あ・・・・・・」
そして、その過激さ加減がついにプリシラの限界点を超えた。
プリシラの身体が傾き、重力に従って倒れこむ。
「プ、プリシラさん!」
「グォ・・・」
ヒースのドラゴンであるハイペリオンが尻尾で支えたおかげでプリシラが地面に激突することはなかった。ヒースはハイペリオンに感謝しつつ、大慌てでプリシラを抱き起した。
「だ、大丈夫か?」
「すみません・・・すこし、めまいが・・・」
「ああ、女の子には刺激が強すぎる話だったか。すまない、気がつかなくて」
プリシラを支えつつ、ヒースは内心ドギマギとしていた。
彼女の体はヒースが今までに触れたことのある誰よりも柔らかく、そして少し力をこめれば折れてしまいそうな程に細かった。
こんな体で長い行軍をしていたのかと思い、ヒースは『もう、やめるべきだ』と言ってしまいたくなる。
だが、彼女が自分の意志でここにいることをヒースは知っていた。
「あの・・・ヒースさん・・・」
「え・・・」
物思いにふけっていたヒースは未だ自分が彼女を支えたままでいることに改めて気が付いた。
「あ・・・ご、ごめ・・・」
プリシラを支える腕を放そうとしたその時だった。
その場に思わぬ登場人が現れた。
「おい、プリシラ・・・向こうで村人が怪我を・・・・して・・・たんだが・・・」
レイヴァンだった。
ヒースの腕は変わらずプリシラの肩に回ったままであり、プリシラの身体はヒースの胸に支えられている。
レイヴァンの顔面がいつもより数倍硬いものになる。
その後ろからルセアも顔をのぞかせた。
「レイヴァン様、プリシラ様は見つかり・・・・あらあら・・・」
楽しそうに微笑むルセアに対して、レイヴァンは既に行動を開始していた。
「あ、あの・・・お兄様、どうして、剣に手をかけるんですか?」
「・・・・お前は知らなくていい」
そして、無表情のままレイヴァンはヒースへと向き直った。
およそ、動くことを許さない程の殺意をはらんだレイヴァンの視線。
ヒースは背筋に冷や汗が流れ落ちるのを感じた。
ヒースはこの感覚に覚えがあった。
とにかく、ここで目を逸らしたら大事な何かに負ける。
それがなんなのかはヒース本人にもわからなかったが、とにかくここで一歩でも引いたら決して取り戻せない何かを失ってしまう気がしたのだ。
「ヒースだったか?」
「・・・はい」
「死ぬ覚悟があるか?」
あまりにも容赦のない一言に、もはや目を逸らす逸らさない以前の問題のような気がしたヒースだ。
そんなヒースの背後にいたハイペリオンがこの緊張感にそぐわない大欠伸をした。まるで、自分は手出し無用とでも言いたげだった。
「貴様は・・・命を捨てる覚悟はあるか?」
とにかく、ここで次に口にする台詞を間違えれば次には本当にレイヴァンの剣が抜かれることだけはわかる。ヒースは慎重に言葉を選んだ。
「じ、自分はこれでも騎士の端くれです。元、ですが・・・でも、守るものの為になら全てを投げうちましょう」
「その言葉に嘘はないか?」
「誓いますよ」
なぜ、こんなことになっている。
ヒースは頭の片隅でそんなことを考えていた。
しばしヒースとレイヴァンの間で無言のやりとりが続いた。そして、先に目を離したのはレイヴァンだった。
「ルセア・・・最近、エルクとかいう魔道士が杖を学んでいるそうだ。そっちを探すぞ」
背を向けるレイヴァン。
「わかりました。プリシラ様、ヒース様。それではまた後で」
ルセアは柔らかな微笑みをたたえて、レイヴァンと共に去って行った。
「ふぅ~・・・・・」
二人がいなくなり、ヒースは大きく息を吐いた。
まるで、激怒したハングを目の前にしている気分だった。
「あの、ヒースさん?」
「なんだい?」
いまだプリシラはヒースの腕の中だったが、ヒースはそんなことは気にならなくなっていた。
「さっきの・・・その・・・『守るもの』とは・・・」
「え?」
途端、ヒースの顔が赤く染まった。それにつられるようにプリシラも頬を桃色に変える。
「あ、いえ!やっぱりいいです!」
「そ、そうか」
ヒースはようやくプリシラの体から手を離した。
「そ、それでですね。さっきのお話なんですが」
さっきというと、ヒースの昔話のことだ。
「余計なお世話かもしれませんが、どんな、ささいなケガでも・・・私のところに来てください。平気だなんておっしゃらないで・・・どうか、お願いします」
ヒースの妙に高鳴っていた心臓が急速に冷えていく。それは彼女に対する熱が冷めたのではない、むしろ逆である。ただ、そのプリシラの言葉はヒースにとってあまりにも眩しいものであったのだ。
「きみは優しいんだな。いくら同じ部隊だからってこんな流れ者にまで・・・」
ヒースの地位は逃亡兵。懸賞金目当てでいつベルンに突き出されてもおかしくない身の上だ。
「わかった。今度からそうさせてもらうよ」
「約束・・・してください」
「ああ、約束だ!」
「破ったら・・・ハイペリオンさんが保存食を食べちゃったことを皆に言っちゃいますからね」
「うっ!それはますます厳しい条件になったな」
そんな二人に対し『面白くない』とでも言いたげにハイペリオンが鼻から息を吐き出したのだった。