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第七章 アレーサへの旅路
ミカエル君の魔術練習


 突然だが、雷属性の魔術には大きく分けて2つの”特性”がある。


 そもそも特性とは何だという話になると思うが、例えば斬撃だったり電撃だったり、攻撃のタイプ毎に更に細かく分類されているのが特性だ。例えば俺が得意としている”雷爪”だったら特性は『電撃』と『斬撃』と言った具合である。


 雷属性は特に、『電撃』と『磁力』という雷属性特有の特性を内包している。これは他の属性には無い強みであり、電撃が通用しない相手であっても磁力を応用した物理攻撃で、逆に物理攻撃が通用しない相手には電撃という非物理的攻撃で……といったように、互いに弱点をカバーし合えるのである。


 そういう意味では、雷属性に対しそれなりの適性を持って生まれた自分は幸運であろう。ゲームとかだったら多分、”運”のステータスだけやたらと高いキャラと言ったところか。コラそこ、主力メンバー外れるじゃんとか言っちゃダメ。ゲームに飽きてきた頃に面白さに気付くタイプのキャラだから。


 というわけで、今俺が自室で読んでいるのはいつものラノベ(最近は純愛モノが好き。NTRは氏ね)ではなく魔術の教本だ。【魔術教本Ⅲ 雷属性編】という、いかにも教科書ですよと言わんばかりの堅苦しい文章の分厚い本。電話帳くらい……あ? 今はスマホの時代だから電話帳とか知らん? ハッ、現代っ子ぶってるんじゃねーよ。少なくともミカエル君が転生する前はな、学校の外とか廊下の片隅に公衆電話やら電話ボックスが電話帳とセットで置いてあったんだよ。


 電話帳の厚さが分からんスマホ世代の現代っ子共に教えてやる。電話帳ってのはな、エイブラムスの主砲を防げるほどの防御力を誇るのだ(だいぶ誇張しております。真に受けないでください)。


 というわけでまあ……いいや、辞書くらいの厚さって覚えておけ。まさか辞書も世代じゃないからわからなーい、なんて言わねえよな? ……あ? 電子辞書?


 いいや、話が進まん。とにかく電話帳みたいに分厚い魔術の教本。図解付きで分かりやすい解説も乗ってるが、もちろん萌えるイラストなんかは載ってない。もうちょいアニオタ向けに作っても……あ、いえ、何でもないです。


 さて、磁力系統の魔術の習得は電撃系統と比較するとちょっとばかり難易度が高い。電撃は魔力量を調節すれば電撃の強弱が簡単に調整できるが、磁力となると難易度は跳ね上がる。まず対象となる物体が何で出来ているのか把握しておかないといけないし、磁力の反発で吹き飛ばしたり、引き寄せたり、あるいは空中に浮かせて操作したりと多彩な扱い方ができる反面、磁力の向きや強弱などの調整も行わなければならない。


 立ち止まって集中できる環境ならばまあ、まだミカエル君でもワンチャンある。でもそれを戦闘中に、しかも場合によっては敵が割と近くに居る最中にやらなければならなくなる。この教本でも記載されているが、『1つの意識で2つの身体を同時に動かすようなもの』だそうだ。何それ無理ゲーじゃん……。


 そんな事を考えながら、テーブルの上に置いてある空の薬莢を手に取った。さっき射撃訓練場で気が済むまで撃ってきた、AK-19用の5.56mm弾の空薬莢。今ではすっかり火薬の熱も冷めきって、微かに香る火薬の臭いばかりが名残となっている。


 息を吐き、意識を自分の内側に向ける。タタンタタン、と窓の外から聴こえてくる列車の音。重々しい列車が、レールを踏み締める金属音。鋼鉄の巨人の足音。その中に自分の心臓の鼓動が溶けだし、染み渡り、やがて一つになっていく―――。


「……よし」


 静かに左手を突き出し、魔力を放射。波形の調整に細心の注意を払いながら、放出する魔力の量を少しずつ増やしていく。


 最初は水滴のように、やがては水流のように。パチッ、と微かに乾燥した空気が弾けた音が聞こえたと思いきや、役目を終えた5.56mmNATO弾の空薬莢がぶるぶると痙攣を始めた。


 よし、これでいい。


 磁力系統の魔術においては、『魔力の流れている範囲=磁界』となる。だからミカエル君の手のひらから空薬莢にかけての空間が磁界になりつつあるのだ。


 もうちょい、もうちょい……ほらほらこっちにおいで怖くないよ、とボーイッシュな美少女みたいな声で念じているうちに、空薬莢がふわりと宙に浮いた。


 傍から見ればサイコキネシス……でも残念、この薬莢は雷属性の魔力という見えざる手に掴まれ、今まさにミカエル君の手の中に―――。


「だーれだ?」


 いきなり目の前が真っ暗になった。


 柔らかくていい匂いのする手。手のひらには柔らかい肉球がある。


「モニカでしょ」


「ふっふーん、どうでしょうねぇ? もしかしたら違う人かもよぉ?」


 ふにゅ、と後頭部に胸が当たる。クラリスよりは控えめ……というかクラリスがデカいだけだ。モニカだって十分にデカい。ただ比較対象となるクラリスとシスター・イルゼがデカすぎる(GカップとIカップってなんだよ)ので、相対的に貧乳扱いされているだけ。バランスの取れた身体に十分な大きさの胸なのでその……。


 コイツわざとやってるだろと思う一方、もしかしたらモニカの奴は俺を男として認識していないのではないかという悲しい仮説が顔を出し、これからどっちの性別として生きていくべきなのか真剣に考えてしまう。


「モニカだ、間違いない」


「本当かなぁ~?」


 むにゅー、と更に胸が強く後頭部に押し付けられる。ダメ、やめて。ミカエル君童貞なの。画面の向こうの女の子でしか萌える事が出来なかった悲しき種族アニオタなの。


 というわけでまあ、美少女に後ろから「だーれだ?」なんてやられ、更に後頭部にCカップの胸まで押し付けられる始末。経験者ならばまだしも、一度もそういう経験のない童貞にそんな事をすりゃあ平常心など保てよう筈もなく……。


 ぴゅーんっ、と天井へすっ飛んでいく空薬莢。カンッ、と天井でバウンドしたそれが磁界の束縛から逃れ、ミカエル君の頭の上に落下してくる。


 痛い、地味に痛い。銃を使い始めて排出される薬莢の危険さは理解していたが、実際に落ちてくる薬莢に当たると痛いものだ……いや、映画とかアニメだと床に軽く落ちてるけど、コレ金属だからね?


 呻き声を発しながら頭を押さえると、やっとモニカが手を放してくれた。


「あ、ごめん……何? 手品の練習中だった?」


「いや……」


 ちらり、と机の上の魔術の教本に視線を向けると、モニカは苦笑いしながらぺこりと頭を下げた。モニカも真面目に魔術を探求する身、魔術を新たに習得しようという者の邪魔はするまいという気持ちがあったのかもしれない。


 まあいい、それはいい。


 一応、念のため釘を刺しておく。


「あとさ」


「なあに?」


「……俺、男だかんね?」


「……」


 2秒。無音の2秒。


 ちょっとだけモニカの顔が赤くなり、視線が泳ぎ始める。分かりやすいリアクションだ、やっぱりミカエル君の予測は正しかったらしい。


「し、し、知ってるわよ? あはは、何、何? あたしがそんな事も知らないと思ってんにょ?」


 噛むな。


 テンパって噛むな。可愛いなオイ。


「そ、それじゃああたしは失礼するわね??? 魔術の練習頑張って???」


「お、おう」


 分かりやすい……分かりやすいぞモニカ。


 いや、まあ……うん。


 とりあえず、もうちょい練習しよう。


 理想は戦闘中でも自在に磁界のコントロールができるようになる事。難しいかもしれないが、もしかしたら弾丸の弾道とかも操ったりとかできるかもしれない。撃ったら絶対に当たる弾丸とか強過ぎね?


 とまあ1人で盛り上がるわけだが、当然ながら磁界を発生させられる範囲にも限度がある。


 ちなみに『ミディロフ世界記録』(ギネス記録の魔術版みたいなものだ)によると、発生させた磁界の範囲の広さは最高で10m。室内戦とかだったらまあ、弾道を操る事も出来るかもしれないが……咄嗟の反応と素早さがカギになる室内戦でそんな事やってる余裕はない。1秒未満の反応の差が勝敗をガチで分ける世界なのである。


 今日が磁力系統魔術に手を出した初日とはいえ、今のミカエル君が展開できる磁界の範囲はせいぜい20㎝。話にならん……。


 まあいい、絶望してる暇があったら練習だ。塵も積もれば山となる、千里の道も一歩から。


 とにかく回数をこなして感覚を掴む、これに限る。


 さっきよりも離れた位置に空薬莢を置きもう一度トライ。意識を集中させ魔力放射―――自分の中で波形がぴったりと合ったのを確認する。


 なんでこんなに必死なのかって? それは俺はまだまだ実力不足だと理解しているからだ。


 銃の扱い方にはそれなりに慣れてきた。AKとMP5だったら分解整備は当たり前、再装填リロードでもたつく事ももうなくなった。それはいい。


 だが、それ以外の実力では?


 格闘戦は前世で空手やってたからまあ、ノウハウは転用できる。それでもこっちの世界の基準ではまだまだ初心者、白帯だ。多少身体の使い方が分かってる素人でしかなく、ガチの殺し合いの中で洗練されてきた格闘術と比較するとどうしても見劣りしてしまう。


 それもそうだし、魔術に至ってはこの始末。適性は可もなく不可もなく、習得しているのは初歩的な魔術ばかりで銃の補助や隙を埋める運用に終始している有様だ。


 この銃や現代兵器を召喚する”能力”は、転生した際に出会った”自称魔王”から借りた能力。そう、自前のものではないのだ。万が一、この能力が使えなくなったり、自称魔王に奪い返されるような事があった場合、これに頼りっきりだとそれだけで戦闘力を喪失する事になる。


 それはかなり拙い。そうならないという保証もない以上、代替可能な戦闘手段も用意しておいて然るべきである。


 安全保障に関してはガチ勢であれ。


 そういう合理的な理由がある一方で、個人的なこだわりもある。


 『イキるなら自前の力でイキりたい』、これに尽きる。


 所詮は借り物の力であるというのに、それが自分の力のように誤解してイキり散らす奴を見る度に、脳裏に『虎の威を借る狐』という言葉が浮かぶ。お前それは違うだろと。お前それは他人から授かった力だろと。


 いつかはイキっても恥ずかしくないくらいに強くなりたいものである。


 そうやって力をつけて、俺を見下した連中を逆に見返してやるのだ。


 そーいや、俺が転生前に空手習い始めた理由もこんなだっけな……虐められてたから、空手を習って強くなって、いつかは虐めてた連中を見返してやるのだ、と。


 あの頃を思い出して懐かしくなっているうちに、薬莢が手のひらに吸い込まれた。


 さっきと比較するとちょっと魔力変換が安定したか。体感だけど、波形調整も同じく安定しているように感じる。


 これを繰り返しつつ、ちょっとずつ距離を広げていく。最初は今くらい、安定したら30cm。とりあえず目標設定としては2mだ。当面はそれを目安にしていきたい。


「……そーいやぁ、コレもそろそろ変えるべきか?」


 傍らに立て掛けてある鉄パイプを見ながらそう思った。


 キリウで適当に拾った鉄パイプに祈祷を施し、触媒化したもの。つまりは今の俺の触媒だ。魔術を使う際には欠かせない、魔力の増幅装置である。


 他にも魔力変換やら波形調整を肩代わりしてくれる補助演算装置のような役割もあるんだが、触媒化できれば何でもいい、というわけではない。触媒となる対象の物質にも魔力を流すのに適した物質とそうじゃない物質がある。


 例えば鉄板に魔力を流したとしても、100%の魔力がそのまま伝わるわけではない。物質によっては魔力はその抵抗を受け減衰してしまう。これを『魔力損失』という。


 物質ごとにその魔力損失を数値化した『魔力損失係数』というのが定められていて、この鉄パイプの場合は”0.56”となる。


 つまりは流れる魔力量に0.56を掛けた数値が実際に魔術として放出される魔力量となる。


 まあ、適当に100×0.56で計算してもらえば分かると思うが、ほぼ半減されている。


 だからできるならこの魔力損失係数が限りなく0に近い物質を触媒化するのが望ましいのだが、そんな都合の良い物質はそうそう無い。唯一0の物質があるが、それは『賢者の石』と呼ばれる結晶体のみである。


 隕石の落ちた地域でしか採取できない事から、地球外からやってきた物質であるという説もある。とにかく貴重な物質で、そうそうお目に掛かれない。


 だから魔力損失係数ができるだけ最小で済む物質でお茶を濁さざるをえない、というのが今の魔術師たちの実情である。


 でもな、はっきり言って今の触媒でも十分だと思ってるよ……だってこれ以上のやつってなったら鍛冶屋とかで買うか、運よくダンジョンで拾うかしなければならんのだが、鍛冶屋で買ったら財布からライブル紙幣が勝手にテイクオフするし、ダンジョンで拾うにしてもアレである。歩いててエイリアンに遭遇するくらいの確率である。


 だから恵まれない冒険者たちは触媒を自作したりしているのだ。酷い場合なんかその辺の石とか角材を触媒にするらしい。


 まあいいや、アレーサに行く途中で小さな町にも立ち寄るだろうし、鍛冶屋を見つけたらちょっと覗いてみるか……。




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