怒った神が「鉄の玉」を落とした?
だが、死者たちの最期の様子が現地の民謡の歌詞に残されているとしたらどうだろう?
この地域では12年に1度、女神ナンダ・デヴィを崇拝する巡礼「ラージ・ジャート」が行われるが、民謡にはその際の王の行列の様子が歌われている。それによると、王の一行は踊り手の少女たちを連れてきて、神聖な場を汚した。怒ったナンダ・デヴィは、空から「鉄の玉」を落として一行を襲ったという。
ループクンドの死者たちについて、可能性の1つとして挙げられるのは、ラージ・ジャートの際に激しい嵐に遭遇して息絶えた巡礼者だというものだ。伝えられるところによると、王の行列に使われたのと同じタイプの日傘が人骨に交ざって見つかったという。また、人骨の中には頭蓋骨を骨折したものがあり、治癒した跡がないため、大きなひょうが原因の可能性がある。民謡で巡礼者たちの命を奪ったとされる「鉄の玉」だ。
このシナリオも含めて真偽を調べようと、今回、研究チームはループクンドの人骨をゲノム解析にかけた。人骨の人々が誰なのかは予想していなかったが、インドのヒマラヤの高地で、地中海に祖先を持つ人の証拠が見つかったのは驚きだった。
「DNAを見ていくと、南アジアに祖先を持つ典型的な人とは違う集団がいることが明らかでした」と、論文の共著者で、米ハーバード大学個体・進化生物学科の研究者、エーディン・ハーニー氏は振り返る。「どう見ても、全く予想していなかったものでした」
地中海のグループはラージ・ジャートの巡礼にやってきて、ループクンド湖に長く滞在し、そこで最期を迎えるはめになってしまったのだろうか? ドイツ、ハイデルベルク大学の人類学科長で、この巡礼に関する著書があるウィリアム・サックス氏は、こうした筋書きは「まったく合理的でない」と話す。
サックス氏はループクンド湖を3度訪れていて、直近では2004年にナショナル ジオグラフィックのテレビ番組の仕事で足を運んだ。同氏によれば、近代の巡礼において、この湖はほとんど無視されているという。
「ループクンドにたどり着く巡礼者は、みな急いでいます。まだまだ先は長いですから。その気があれば足を止めて、軽く敬意を示すことはありますが、今も昔も、巡礼そのものにとって大きな意味のある場所ではありません」とサックス氏。
研究チームは、ループクンドの謎の解明を進めようと計画を立てている。ライ氏によれば、2000年に新たな遠征隊が湖を訪れ、人骨と共に発見された遺物を調査するそうだ。
(文 Kristin Romey、訳 高野夏美、日経ナショナル ジオグラフィック社)
[ナショナル ジオグラフィック ニュース 2019年8月25日付]