【完結】ファイアーエムブレム 烈火の剣~軍師と剣士~ 作:からんBit
北の古城にて報告を聞いたパスカルは自慢の髭を指でなぞる。
敵が思わぬところで停止してしまった。こちらの伏兵に気付いた様子がないのは報告にあがっている。
どうやら内々で問題が発生したらしい。
思い出していたのはソーニャからの情報。
『奴らの動きは鈍っているはずよ。一気にきめてちょうだい』
鈍いのは確かだろうが、あんな遠方で停止するとは聞いていなかった。
彼らが野営を築いたのは森の手前。
これでは兵を伏せてる意味がない。パスカルは髭をなでていた指を止める。
「こうなれば、真正面からつぶすしかあるまい」
乱戦は大事な玩具を壊してしまうので好きではないが、この際仕方ない。
揉みに揉んで後に残った物で遊ぶことにする。
「さて・・・そろそろ始めるとしようか」
そんなパスカルにソーニャが連れてきた【黒い牙】の構成員が恐る恐る声をかけた。
「パ、パスカル様よろしいのですか?先に奴らのことを首領に知らせるべきでは・・・」
そんなことを言った団員をパスカルは睥睨した。
「わかっておらんな、きみ。上に知らせれば、動くのは【四牙】だ。若輩者たちに獲物を奪われるなど、私の名誉が許さんのだよ」
「で、ですが・・・」
なおも何かを言おうとする、団員にパスカルはほんのわずかに殺気を向けた。
「きみが敵前逃亡の罪で死にたいのなら止めはせんがね。せっかくの戦いだ、楽しんだ方が良いだろう?」
そのほんのわずかな殺気で団員の喉は潰れたように止まってしまう。
文句が出なくなったことに満足したパスカルは部下に号令をかけた。
「では、行こうか諸君?」
――――――― ※ ――――――― ※ ―――――――
リンディスはもやもやとした気持ちを飲み込み、ルイーズに言われるままに場所を入れ替わった。釈然としない思いは残っていたが、そんなことはハングの隣に座った時点でどこかへと消え去ってしまっていた。
ハングの意識はいまだ朦朧としており、呼吸は浅く、速い。
高熱というのも事実で、いつもは青白い程に真っ白なハングの頬が赤く染まっている。
薄らと目を開けているものの、その焦点は定まらず、本当に意識があるのかも疑わしかった。ハングの右手は何かを探すように宙をさまよう。その手は自分の腕の重さに耐えられないのか、小刻みに震えていた。
リンディスがハングの彷徨う手に触れる。その途端、ハングがその手を強く握りしめた。
「・・・やめろ・・・連れて・・・いか・・・ないで・・・」
ハングはうわ言のようにそんなことを繰り返す。
出てくる言葉は寝言のように曖昧なものばかりだったが、その合間にハングの妹の名前や自分の名前、エリウッドやヘクトルといった言葉が出てくる。
その中で、同じようにもう何度も出てくる名前があった。
「・・・やめ・・・やめてくれ・・・ネルガル・・・」
その名は哀願と同時に繰り出され、怨嗟の言葉と共に口にされる。だが、それはどれも楽しげな雰囲気であるはずがなかった。
その名前が出されるたびにリンディスの手を握る手に力がこもり、竜の腕とも称された左腕が何かを捕まえようともがいていた。
リンディスはそちらの手も握りたい衝動にかられたが、すんでのところで思いとどまった。
彼の左腕の筋力のことをリンディスは知っている。
もし、何かの拍子にその手がリンディスの手を粉砕してしまうようなことになれば、ハングがそれを知った時どれだけ苦悩するかは目に見えている。
リンディスは自分の中でそのことを何度も確かめ、その手を無視した。
だが、本当に温もりが必要なのは左腕の方なのだ。
リンディスは代わりにハングに昔貰った鱗をずっとその手に握りしめた。
ハングはこの鱗になんの力も宿っていないと言っていたが、リンディスにはそんなはずはないという確信があった。
自分の想いが少しでもハングに伝わればいい。
リンディスは祈るように鱗と共にハングの手を握りしめた。
「・・・リン・・・ディス・・・そこに・・・いるのか・・・」
リンディスはハッとした。ハングの目を見ると、彼の瞳にはほんの少しばかり焦点が戻っていた。
「ハング!大丈夫よ。私はここにいるわ」
リンディスは握りしめる手に力を込めた。
それに返答するようにハングの左腕がリンディスの手を覆った。ハングの左手の爪がリンディスの手の甲に食い込んだが不思議と痛みはない。
その代わり、奇妙な胸騒ぎと焦燥感がリンディスの心臓を鷲掴みにした。
「俺を・・・俺を・・・」
ハングの声がかすれていく。それは彼の呼吸と共に今にも消えそうだ。リンディスの手を握る彼の両手から力が抜けていく。
リンディスの中の不安感が激しく警鐘を鳴らした。リンディスは滑り落ちそうになるハングの手を強く、強く握りしめた。
「ダメ・・・ダメよ・・・ハング」
小さく、呪文のようにリンディスは口の中で呟く。
そして、ハングは儚げな声でこう言った。
「俺は・・・どこに・・・いる?」
「ここよ。ハングは・・・私の隣にいるわ!」
リンディスはハングの手に自分の手を重ねる。
握りしめていた鱗が手の中を滑り落ち、地面を跳ねる。
「大丈夫、大丈夫よ!私はここにいる!ずっと、ハングの傍にいる!!だから・・・」
目頭がやけに熱い。リンディスの頬を涙が伝う。
それを見て、ハングが笑ったような気がした。
「そっか・・・そう・・・だった・・・な・・・」
そして、ハングの右手がリンディスの両手から滑り落ちた。
「ハング!ダメ!ダメよ!!」
リンは慌ててその手を握りなおそうとする。だが、その手はリンの手をかわし、彼女の目元へと伸ばされた。
「え・・・・」
ハングの右手はリンディスの頬を伝った涙をぬぐっていた。
そして、そのままハングの右手はリンディスの頭をなでる。
「俺たちは・・・二人で一人・・・だよな?」
うわ言なのだろうか。それにしてはハングの一字一句は確かな意味を持っていた。
「うん・・・そうよ・・・だから、私はハングを見捨てない。絶対に、絶対にそばにいるから」
「ああ、俺も・・・お前を一人に・・・しない・・・」
そして、ハングは笑った。
疲れきった表情だったが、それでも自分の出来うる最大限の笑顔で太陽のように笑った。
次の瞬間、体力を使い果たしたのか、ハングの体から力が抜ける。
リンディスの頭に乗っていた手も地面に叩きつけられるように落ちていった。
「ハング・・・?ハング!?」
リンディスの中に最悪の結末が浮かび上がる。
だが、それも規則的に上下しだしたハングの胸郭を見るまでだった。
まだ浅くて速い呼吸だったが、深い眠りについたように安定した動きだ。
リンディスには医学の知識などないが、ハングが少し落ち着いたことは理解できた。
リンディスは思わず体全体の力が抜けそうだった。
まるで全力疾走を続けてきたかのような倦怠感が現れ、その場にへたりこみそうになる。
ハングの傍にいたのはほんの短い時間のはずなのに、まるで一晩傍にいたかのように疲労してしまっている。
このまま、ハングの体を枕にして眠ってしまえばどんなに気持いいだろうか。
リンディスは誘われるように、ハングに向かって倒れこみそうになる。
その直後、リンディスの目が強く見開かれた。
背中を這うような濃厚な風。体にまとわりつくような独特の臭い。
「リンディスさん?どうかされましたか?」
「ルイーズさん!ハングを頼みます!!」
「え?あ、リンディスさん!!」
リンディスが天幕を飛び出ると、その風はさらに確かなものと変わる。
リンディスは自分の中の疲労を忘れて声を張り上げた。
「みんな!敵襲よ!!完全に囲まれてるわ!!」
そこからの動きは速かった。
エリウッドが騎馬部隊で野営地の前の道を塞ぎ、ヘクトルの指示のもと森へとけん制するように陣が敷かれた。
こちらが動きを見せたところで、向こうも殺気を消す努力をやめる。
どこからか次々と敵がわき、周囲はあっという間に戦場へと変わってしまった。
遠目に湖の反対側に設置された【シューター】まで確認できる。
「ちっ、このまま戦っても負ける気はしねえが・・・この状況じゃ、さすがに・・・」
ヘクトルがぼやいた声が聞こえてきた。
そして視線が一斉にリンディスの後ろの天幕に注がれた。
「ちょっとばかし不利か・・・」
ちょっとだろうか。
ハングという頭脳を失い、この天幕にハングが横たわっている限り動けない。
そんな部隊の不安を蹴散らすようにヘクトルが叫んだ。
「よし!誰でもいいから、包囲を突破して城を押さえようぜ!いいな!3つとも城を押さえるんだ!攻撃は最大の防御!!奴らの補給を叩き潰せ!」
否定の意見は入らない。
「行くぞ!!」
それを合図に戦いが始まる。
だが、戦闘の口火が切られた直後、やはりエリウッド達は不利を悟った。
湖の対岸から【シューター】の巨大な矢が飛んでくる一方、敵の天馬部隊まで現れ、制空権が完全に相手に奪われている。
「っく!!」
騎馬部隊の先頭でレイピアを振るっていたエリウッドのもとには巨大な矢が降り注いでいた。注意さえ向けてれば当たりはしないのだが、動きにくいことこの上ない。
「エリウッド様!お下がりください!!」
エリウッドの前にイサドラが飛び出し、それに続いてロウエンも前に出る。
「エリウッド様、治癒を・・・」
「プリシラさん!僕よりもケント殿を優先してください!僕はまだ大丈夫です!」
「は、はい!」
プリシラが更に後方へと下がり、肩口に傷を負ったケントの元に駆け寄っていく。
だが、そこにも【シューター】の矢が絶え間なく降り注いでいく。
間一髪でケントが防いだが、彼らは野営地付近まで後退せざるおえない。
衛生兵が下がったことでエリウッドも戦線を下げるように合図を出す。
このままじゃ押し込まれる。
「エリウッド殿!!」
そんな中、竜騎士のヒースが低空で近づいてきた。
「俺が湖を突っ切って、【シューター】の射手を潰す。指示をくれ」
「なっ!それは・・・」
敵の【シューター】は当然敵陣深くに置かれている。
しかも、身の隠しようの無い湖の上では的もいいとこだ。
単体で突破することはまず無理だ。
「ダメだ!許可できない!危険すぎる!」
「でも、このままじゃジリ貧だ。敵の数が多すぎる!せめて制空権だけでも・・・」
その時、戦闘の音をつんざいて耳鳴りのような高い音が周囲に響き渡った。
「ヒースさん!!逃げて!!」
その声に反射的にヒースは手綱を思いっきり引いた。
「グァァぉ!」
ヒースのドラゴンが唸り、旋回するようにその場を離れる。
直後、その場所を巨大な光の槍が貫いた。
激しい轟音と共に、大地が抉れ、岩が吹き飛ぶ。
余波を受けたエリウッドもその破片を腕にくらう。
「これは・・・一体・・・」
膝をつくエリウッドの疑問に答えたのは先程危険信号をあげたプリシラだった。
「【パージ】断罪の槍・・・超遠距離の光魔法です」
エリウッドは湖の対岸に目をやる。東側の古城に修道士の部隊が見えた。
「ここにきて、まだ隠し球があるのか・・・ヒース、だめだやはり許可できない」
「くっ・・・・」
ドラゴンの頑丈な鱗といえども、魔法の貫通力の前には無力に等しい。
【シューター】と天馬部隊だけならまだしも、遠距離魔法まで飛んできたら上空の突破は不可能だ。
それは、フロリーナとフィオーラという天馬騎士二人を加えても結果は同じ。
「・・・どうすれば・・・」
ハングならこんな時どうする。エリウッドの頭の中にハングから習ったことが駆け巡る。だが、結論はどうしても出てこない。
エリウッドは唇をかみしめる。
何のために今まで軍略の勉強をしてきたのか・・・
「・・・耐えるしかない」
エリウッドは顔をあげ、再び前線へと駆け込んで行った。
悔やんでいる余裕も今は無かった。
対するヘクトル率いる歩兵部隊。
こちらは更に劣勢に立たされていた。
目の前の森には数々の罠がしかけられており、既にギィやバアトルが痛い目を見て後方へと下げられた。
迂闊に森に踏み込めず、だからと言って待ち構られる場所は野営地の前だ。
相手は隠密行動が基本の暗殺者集団。敵は攻撃をしかけてきた直後には溶けるように森の中へと消えてしまう。
「くっそ!!どんだけいるんだ!!これじゃ包囲を抜けるどころじゃねぇ!」
しかも、何人倒しても敵の数が一向に減る気配を見せない。
森に隠れられているせいで相手の全体像すら見えない。それは戦いが永遠に続くような精神的負担を皆に与えていた。
ヘクトルとオズイン、先日仲間になったワレスという重装部隊でなんとか戦線を保っているもののここを突破されるのも時間の問題だった。
奥歯を噛み締めてなんとか頭を回そうとするヘクトル。
だが、その思考こそが隙となった。ヘクトルは森の中から放たれた矢をかわし損ねてしまう。
「だっ!!チクショウ!!」
肩口に刺さった矢はやけに長く、鎧の継ぎ目から鎖帷子を貫いて身体を貫通していた。
弓と矢を大きくして、飛距離を伸ばした長弓という武器だ。
「ヘクトル様!お下がりください!!」
「ここで、軍の大将が潰されてはいけませんぞ!ヘクトル殿!!」
ワレスとオズインが前に出て、後方からの魔法や弓の援護がヘクトルの近くに集中する。
「大丈夫だ!俺はまだ・・・」
「ヘクトル!今は下がって治療受けて!!まだ戦いは続くのよ!!」
リンディスがヘクトルの代わりに指揮を出し始める。
ヘクトルは軽く舌打ち。
残念ながら今はリンディスの方が正しい。
「若様!下がりますよ!」
「マシュー・・・お前、いままでどこにいた?」
「細かいことは後回し」
ヘクトルはマシューの護衛を受けつつ、野営地へと下がった。
「矢を抜きますよ」
マシューは背中側に飛び出した鏃の部分を短刀で切り落とす。
鏃の返しを残したままだと、矢を綺麗に抜けないのだ。マシューが鏃を切り落とした直後にはヘクトルは自分で矢を引き抜いていた。
「セーラ!早くしろ!」
「わかってるわよ!さっきから次々と怪我人がくるんだから!私だって忙しいの!」
髪を振り乱したながらやってきたセーラは杖で傷の治療を行う。
「最低限だけでいい!すぐ、戦場に・・・」
「だめですよ!!若様!」
「そうですよ!そんで、すぐ戻ってきたらまた私の仕事が増えるじゃないですか!!」
やはり、それも正しい。自分が相当焦っていることをヘクトルは感じた。
これじゃだめだ。
いつでも、冷静に戦況を見ねぇと指揮官は務まらねぇってのに
ヘクトルは唇を噛みしめる。
脳裏に浮かんでいたのはハングの不敵な笑みだった。
「チキショウ・・・・」
打開策が何も思い浮かばない。
「このままじゃ・・・」
ヘクトルは治癒を受けながら、焦燥の嵐にもまれるしかなかった。
そんな時、不意に太陽が陰った。
思わず空を見上げる。すると、翼を広げた天馬の影が太陽を背にしていた。
「ねぇ、ちょっとそこのいかついお兄さん!」
どこか、聞き覚えのある若い女性の声が空から降り注いだ。