【完結】ファイアーエムブレム 烈火の剣~軍師と剣士~ 作:からんBit
「それじゃ、くれぐれも目立たないようにね」
なんだか、引率者になった気分でエリウッドは皆を見渡した。
エリウッドが選んだのは比較的素朴な人達だ。
レベッカやドルカスなどの元々農民だった人達や、情報収集に長けたマシュー、土地勘のあるヒース。
あとは彼らと相性の良い人達を組ませた。
その中にふくれっ面のハングと楽しそうなヘクトルの姿もあった。
その後ろにはどこか所在無さげな様子でリンがハングの顔色を伺っている。
ヘクトルはハングの肩に肘を乗せた。
「そんで、やっぱお前も来たわけか」
「黙れ、エリウッドに呼ばれただけだ」
そこにエリウッドがため息まじりに注意を促した。
「特に、ハングとヘクトルは騒ぎを起こさないように」
「どういう意味だよ!」
「っておい!俺もヘクトルと同列はねぇだろ!」
「ハングは自分が思ってる以上に目立つよ。人相が悪いからね」
「やかましい!!」
ハングはここにいても仕方ないとでも言いたげに、そこから背を向けた。
「そんじゃ行ってくるよ、夕刻までに戻ればいいんだろ?」
「お前が騒ぎを起こさなきゃな」
「ヘクトルにだけは言われたくはない」
ハングは後ろ手に手を振って、宿から出て行った。
それが合図になって他の皆も宿から出て行った。
「まったく、仲がいいのか悪いのか」
エリウッドがぼそりと呟くと、隣にいたニニアンがクスリと笑った。
「なにがおかしいんだい?ニニアン」
「だって・・・エリウッド様のつぶやき。まるで、お二人の保護者みたいなんですもの」
「え?そんな風に聞こえたかな?」
どちらかと言えば、ハングこそがこの部隊の保護者のような気がする。
「はい、そう聞こえました」
「参ったな」
エリウッドは照れ臭そうに頬をかく。触れた自分の頬は妙に熱くなっていた。
その仕草がまた可笑しくて、ニニアンはまたクスクスと笑う。
そんなニニアンの顔を見て、エリウッドは自分の目元が緩んだのを自覚した。そして、胸の中から湧き出てきた気持ちのままに言葉が口から溢れでた。
「・・・そうして、笑ってるほうがいい」
エリウッドは小さな声でそう呟いた。それは周囲のざわめきに容易にかき消えてしまう程の小さな声だった。
「え?」
それはニニアンには聞こえていなかったらしく、彼女はキョトンとしていた。
エリウッドはそんな彼女の様子に満足して、笑顔を浮かべた。
「いや、なんでもない。さぁ、僕らも行こうか」
エリウッドは自分の気持ちを抑え込む術を知っている。安易に言質を与えない会話術を知っている。
それでも、時には言葉に乗せてこの世界に本音を解き放ちたい時もある。
エリウッドはニニアンに腕を差し出す。ニニアンは当たり前のようにその腕に自分の手を乗せた。
ニニアンはエリウッドに寄りかかるようなことは決してしない。エリウッドも必要以上にニニアンに気を遣ったりはしない。2人はお互いの歩みに寄り添うようにして宿から出て行った。
その頃、情報収集へと出ていたハングはまだ仏頂面のままだった。
「・・・ハング」
「・・・なんだよ」
ハングの顔を躊躇うように見上げるリンディス。
「いつまで、ふくれてるの?」
ハングはそう言われ、顔をしかめた。
自分が皆の前で変な注目を浴びたのはリンディスのせいではない。いつまでも不機嫌でいるのはよろしくない。それに、せっかく望み通りに2人で町を出歩いているのだ。
経緯はどうであれ楽しまなければ損も良いところだ。
ハングは一度深呼吸をして気持ちを切り替えた。
「まぁ、そうだな」
軽くなった声と表情になったハング。
ハングは周囲を見渡す。人通りは多いものの、誰もがハング達など見向きもせずに歩き去っていく。
ハングは少しだけ勇気を込めて、リンに声をかけた。
「そんじゃ、情報収集といくか。な、リンディス?」
「う、うん・・・って、やっぱり照れるわね」
「言うな、俺だって結構恥ずかしいんだぞ」
呼び名を変えただけだというのに、随分な変化だ。
こうやって特別な呼び方をするのが、自分達が特別な関係になったような気がする。
いつになったら慣れるのか。ハングは自然にこの呼び方をする自分の姿というのがまるで想像できなかった。
「それじゃあ、私達は大通りに行く?」
「そっちはレベッカやドルカスが担当するだろうしな、俺達は俺達しかできないところに向かおうぜ」
「私達にしかできないこと?」
「こっちだよ」
ハングが向かったのは町の中でもあまり
入り組んだ道が多く、過ぎ行く人々は剣や斧を背負い、地区全体の雰囲気が物々しい。ハングはそんな土地を何の躊躇いも無く進んでいった。そして、辿り着いたのは小さな食事処だ。
「ここは?」
「前に世話になった傭兵団の溜まり場だ」
リンディスもそこまで聞き、ようやく合点がいった。
ハングにしかできないのこと。それは、その長い旅で培った人脈である。
「どんな人達?」
「懐がでかいことしか取り柄が連中ってとこかな」
「いいのか、悪いのか」
苦笑いするリンディスを横目にハングはその扉を開けた。
そこは日の光をふんだんに取り入れた作りの食事処であった。調度品は質素ではあるものの品の良い装飾で飾られ、店全体の雰囲気に一つの調和を生み出していた。店内には食事処独特のスープの良い香りと僅かなアルコールの匂いが入り混じっている漂っていた。掃除が行き届き、清潔感のある店内は本当に傭兵団の溜まり場かどうか疑いたくなる程だ。
「ステキなお店・・・」
「だろ?まぁ、味は平凡だがな」
ハングは店を見渡す。店内には客はおらず、カウンター席の裏からは筋骨隆々の男がハング達を睨みつけていた。彼こそがこの店の店長だった。
彼は仕事をしながら、酒を煽っていた。
「ったく、真昼間から酒とはいいご身分だな」
「ふん、ここは俺の城だ。何しようが俺の勝手だろう」
ハングはカウンターに身を寄せながらニヤリと笑ってみせる。
「そんで、デウツはいるか?」
「まずは注文しろ。馬鹿たれ」
台詞は厳しいが、店長の声は優しい。
「ったく、久しぶりじゃねぇかハング。何年ぶりだよ?」
「元気そうでなによりだな。店は相変わらずらしいけど」
「うるせぇ。だったら少しは店の売り上げに貢献しろ」
ハングは促されるされるままにカウンターの席に座る。
リンディスもハングに続いてその隣に座った。
その彼女を見て、店長はハングとリンディスの間で視線を右往左往させた。
「おいおい、女連れか?まさかお前が引っ掛けたのか?」
「こいつに無礼な口をきくなよ、斬り殺されても知らねぇぞ」
リンディスが目を剣呑に細めた。
「そこまではしないわよ」
「どうだか?」
「ハングから先に斬ってあげましょうか?」
「ごめんなさい、心より謝罪します」
二人の掛け合いに店長は目を丸くしていた。
「・・・お前、随分と変わったな」
「いろいろとあってな」
「へへ、まぁ、悪いことじゃないな」
ハングは注文を促され適当なお茶を二杯注文した。
「で?デウツは?」
「もうすぐ、帰ってくると思うんだけどな。それまでのんびりしてな」
ハングは差し出されたお茶に口をつける。
リンディスも同じようにお茶を口に運んだ。
「あら?」
「どうした、リン?」
「このお茶・・・」
リンディスは確かめるようにもう一度お茶に口をつけた。
呼び起こされたのはキアラン城でのひと時。
「ハングって、お茶いれるの上手だったわよね?」
「・・・ん?あぁ・・・って、よくわかったな。そうさ、俺はこの店でお茶のいれかたを習ったんだ」
「私、そこまで質問してないんだけど」
リンディスは呆れたように笑う。
「リンはわかりやすいんだよ」
「ハングが鋭すぎるのよ」
ここで、『俺が鋭いのはリンディスだけだよ』などと歯の浮くような台詞が言えればいいのだが。
あいにくとそんな甘い台詞が自然に出るような男ではない。
誰かにナイフで脅されれば言えるかもしれないが、いくら待ってもそんな敵役は店に姿を見せてはくれなかった。
しばらく、難しい顔をして紅茶を啜っていたハングをリンが横から覗き込んだ。
「・・・なんだよ?」
「いえ、何か言いたいことがありそうな顔してるから」
「・・・お前も十分鋭いよ」
ハングがそう言うと、リンはクスリと笑った。
「ハングがわかりやすいのよ」
「ったく」
ハングは負けを認めて肩をすくめたのだった。
――――――― ※ ――――――― ※ ―――――――
「で、なんで俺がお前と一緒に回らなきゃならないんだ?」
「いいじゃないですか、たまには若様のお供も悪くないです」
「それはお前の都合だろうが。四六時中、野郎しか周りにいない俺の立場にもなってみろってんだ」
ヘクトルはマシューと共に裏通りのあたりを回っていた。
大通りは別の人間がほっといても情報を集めると思ったマシュー達はこちらで金で解決する情報を探りにきたのだ。
「だってほら、俺一人だったら襲われたら一大事でしょ。若様がいればそれも安心だし」
「お前、心の中で俺を囮に逃げようって算段をつけてねぇだろうな?」
「やだなぁ、そんなことしませんよ」
マシューの笑顔はハングの笑顔以上に信用度がない。
今後起こりうるであろう展開を想像してヘクトルは溜息をついた。
せめてこれが可憐な乙女だったらまだ守りたくもなるのだが。
具体的に誰とは言わないし、言うつもりもないが少なくとも柳のように手応えのないマシューよりは幾分ましであろう。
「あ、若様。そこの酒場に入ってみましょうよ」
「あんな、薄汚れた店にか?」
「あんな店だから情報が入るんでしょ。さ、行きますよ」
「俺の部下はこんなんばっかか」
この組み合わせを決めたエリウッドを少し憎むべきか真剣に悩むヘクトルだった。
「ん?」
そのヘクトルの視界の隅を何かがとらえた。
反射的に顔を向けたが、そこには何もない。
「なんだ?」
「若様、何してんですか」
「わーってるよ!せかすな」
結局、ヘクトルは鼠か何かかと思い、そちらから目を背けた。
ヘクトル達はやけに大きな音を立てる戸をくぐり、酒場へと入っていった。
ヘクトル達が酒場に入ると裏通りは不気味な静けさに包まれてしまう。
家数軒分の距離を隔てたところに大通りがあるとは思えない程に閑散とした通り。
その通りの陰から一人の男がふらりと姿を見せた。
くたびれたマント、鋭い眼光。纏うのは死の香り。
【四牙】の一人【死神】ジャファル
彼はヘクトル達が入っていった酒場を一瞥する。
だが、彼はその酒場を素通りして、さらに裏通りを歩き続けた。
わずかに右足を庇うような仕草。彼が通った後には黒ずんだ液体が点々と続いている。
そして、ジャファルがたどり着いた民家。
ジャファルは中にいる人間の気配を感じ、敵はいないことを判断する。
中にいるのは一人の少女だけだ。
ジャファルは自分の体重を預けるようにして、戸を開け、家の中へと滑りこんだ。
「うーん!今日はいい天気だなぁ」
部屋の奥からは快活そうな少女の声が聞こえる。
「絶好の悪者退治日よりなのに、あたしの仕事ときたらおつかいばっかり。早く一人前になってみんなの役に立ちたいんだけどな」
奥から聞こえてくる鼻歌を頼りにジャファルは重い足取りで前に進んだ。そして、暖炉のある部屋で彼女を見つけた。
「わっ!お、おどかさないでよジャファル!」
少女はジャファルの姿を見て最初は驚いたものの、入ってきた人が誰だかわかると途端に笑顔になった。
【死神】と仇される自分に笑顔を向けてくるのはこの子ぐらいである。
「どうしたの?ジャファルが連絡に遅れるの、めずらしいね」
「・・・前の仕事が長引いた」
ジャファルはそういいつつ砕けそうになる膝に力を込めた。
「へぇ、ジャファルでもてこずることあるんだ。ちょっと意外だなぁ」
「・・・次の依頼があるなら・・・早く聞かせろ」
「あ、うん!母さんから、これ預かって・・・」
不意に体が傾いた。
激しい音がする。左肩に鈍い痛み。自分が隣の棚に激突したのだ。
それだけを認識するのに妙に時間がかかった。
「どっ、どうしたの!?血まみれじゃない!」
「・・・かすり傷だ気にするな・・・」
駆け寄ってくる少女から距離をとろうとしたが、足がもつれて動かない。
「そんなに血がでててかすり傷なわけないよ!ね、見せて!!」
「傷などどうでもいい」
少女の手を振り払おうとする。だが、自分が思っている以上に体に力が入らない。
少女の手はジャファルの袖をつかんだままだった。
「次の標的を・・・早く・・・く・・・」
ジャファルが意識を保ってられたのはそこまでだった。
「ジャファル!?ね、ねえ!しっかりしてっ!どうしよう・・・」
そんな彼女の声がジャファルの耳朶を打つ。
ジャファルは何も考えることなく、そのまま深い闇へと落ちて行った。