【完結】ファイアーエムブレム 烈火の剣~軍師と剣士~   作:からんBit

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前章~竜騎士(少年編)~

「ハァ・・・ハァ・・・」

 

深い森の中を一人の少年が彷徨っていた。

ふらつく足取り、痩せこけた頬、力無く握られた杖にすがりつくようにしながら彼は歩いていた。

 

自分がどこに向かってるのかもわからない。

どこへ向かえばいいのかもわからない。

 

ただ、それでも少年は歩くことをやめることは無かった。

 

眼窩は落ち込み、髪は薄汚れ、着ている服は既にボロボロだった。

それなのに、少年の眼は決して死んではいない。

 

何を見るでもなく、何を捉えるでもなく。

ただ、その瞳を狂気に近い感情で尖らせて少年は森の中を彷徨い歩く。

 

少年を突き動しているのは胸の奥底で泥沼のように溜まった憎悪。

 

何もかもを奪って去って行ったあの男とその一味。

 

目を閉じるでもなく脳裏に焼き付いた映像はそのまま彼の視界の裏側に入り込む。

 

「ハァァ・・・ハァァ・・・あぁぁぁぁぁ!!」

 

命を燃やすように少年が叫ぶ。

その叫びを嫌悪するように森がざわめいた。

 

「あぁぁぁぁぁ・・・」

 

感情に任せた叫び声はすぐに枯れ果てる。

ただでさえ少ない体力が更に削られる。

 

それでも、少年は立ち止まらない。

立ち止まる時が死ぬ時だと少年はどこかで感じていた。

 

死の運命から逃れるように

死の運命を追いかけるように

 

少年は歩き続けた。

 

「ふん、なんだい。森が妙に騒がしいと思ったら。ただの死に損ないじゃないか」

 

突如降ってきた声。

少年は顔をあげた。

 

少年の目の前にはドラゴンを引き連れた女性が立っていた。

 

「ふぅん・・・でも、いい眼だな」

 

誰ともわからぬ相手。

少年はいきなり、その女性に飛びかかった。

 

「うあぁああぁぁぁぁ!!」

「少年、喧嘩の相手は選ぶもんだぞ」

 

槍の柄で瞬時に打ち返された少年。

地面に這いつくばった少年は左腕を地面に突きたてて立ち上がる。

 

その左腕を見て女性の眼が細められた。

 

「なんだいそりゃ?」

「ぁぁぁああぁあぁぁあ!!」

 

力任せに振り回した少年の左腕が近くにあった樹木にあたる。

その瞬間、雷鳴のような音を轟かせその樹が根元からへし折れた。

 

「おいおい・・・こりゃ・・・」

「ハァハァハァ・・・あぁぁぁ!!!」

 

そして、少年は再び女性に向けて突っ込んで行く。

 

「まぁ、いきのよさだけは認めてやるよ。それとその根性もな」

 

女性は軽く体を開いて左腕をかわし、手刀を少年の後頭部に叩きつけた。

 

「ガッ!!」

 

少年の視界が暗転していく。

薄れゆく意識の中、最後に少年が感じたのは、自分が地面に倒れないように支えてくれた逞しい腕の感触だった。

 

「まったく、変な拾いもんをしちまったもんだ」

 

女性は側に控えていたドラゴンの背に少年を乗せ、その場から離れていった。

 

 

 

――――――― ※ ――――――― ※ ―――――――

 

 

 

「で、あんたの名前は?」

「・・・・・・・・」

「こら!食うのをやめな!!」

 

少年の目の前から食事を奪うと、途端に捨てられた子犬のような目を向けられた。

 

「・・・ったく・・・ほら・・・」

 

その眼に力負けしてしまい、彼女は再び少年の前に食事を戻した。

途端、全てをかなぐり捨ててかっ込む少年。

あまりの食いっぷりに呆れるを通り越して感心する。

 

「うっ!!んぐ、んぐ!」

「あぁ、もう。ほら水だ」

 

喉を鳴らして水を飲んむ少年。

胃の中に食べ物を流し込み、少年は再び口に食べ物を詰め込む。

 

夕刻少し前の城の兵士食堂では少年と女性の二人しかいない。

そんな食堂の中に一人の兵士が入ってきた。

 

「おい、ヴァイダ。訓練の時間・・・なんだ、そのガキは?」

 

ヴァイダと呼ばれた女性が振り返る。そこにはガタイのよく、人相の悪い男が立っていた。竜騎士の鎧をまとっていなければ、山賊と変わらない外見。

 

「まさか、ヴァイダの子供か!?」

「バウトには関係ないだろ」

「まぁ、そうだがな・・・ひっひっひっ、お硬く見えたお前がな・・・で、お相手は誰だ?もしかして『わかんねぇ』とかそういうことか?お前の夜のお相手は列をなしそうだもんな」

 

卑しい目を向ける男を無視してヴァイダは少年に視線を戻した。

すると、意外なことに少年は食事を止めていた。

 

腹が膨れたのかとも思ったが、彼の腹の虫が鳴り、それは無いと思われる。

 

「まぁなんだ。しっかり育てろよ。ガハハハハ!」

 

不快な高笑いと共に去って行ったバウト。

少年は彼が去ったのと同時に席を立った。

 

「っておい!どこへ行く気だ!」

 

その襟を掴んで、宙に持ち上げる。

視線を無理やり合わせると少年はフイと目を逸らした。

 

「なんだい?あいつの言ったこと気にしてんのか?」

 

少年は眼を背けたままだ。それがいい答えだった。

 

「ガキが変な気をまわすんじゃないよ!ほら、黙って食いな!」

 

そして、ヴァイダはもとの椅子に少年を放り投げた。

 

「・・・・なま・・・・」

「ん?なんか言ったかい?」

「なまえ・・・ハング・・・おれは・・・ハング」

「へっ!そうかいそうかい、あたしはヴァイダだ。よろしくな」

 

ヴァイダが頭をぐしゃりと撫でるとハングは鬱陶しそうにしながらもその手を払いのけはしなかった。

 

 

 

 

――――――― ※ ――――――― ※ ―――――――

 

 

 

 

城で槍の素振りをしていたヴァイダはふと自分の手を止めた。

 

視界の隅で、一人の少年がチョロチョロと走り回っていた。

その背には少年がすっぽり入りそうな程の巨大な食糧袋が担がれており、少年はそれを左腕で持っていた。

 

 

「おい、ハング!」

「・・・ヴァイダさん・・・」

 

少年を拾ってから数ヶ月がたっていた。

まだ訓練生たるヴァイダには少年を養う余裕などなく、また少年も働くことを望んだ。

 

それに、どうもハングはドラゴンに好かれるらしく、ドラゴンの世話人見習いとしてこの城で雇われることとなった。

 

 

「どうだい?仕事にはなれたか?」

「・・・・・」

 

口では返事をしなかったが、ハングは無表情なまま頷いた。

 

「そうかい、それはよかった。今日は晩飯を一緒にもどうだい?」

「・・・・わかりました」

 

一礼してドラゴン小屋の方に去っていくハング。

そんなハングを見てヴァイダは溜息をついた。

 

無愛想で無口。しかも、何かに取り憑かれたような鋭い眼光は拾ってから全く変化を見せない。仕事は真面目でよく働くものの、他者を全く寄せ付けないとヴァイダは聞いていた。

 

だが、それは詭弁だろうとヴァイダは思っていた。

 

実際、ハングが他の人をわざわざ避けてるとは思えない。

小屋でドラゴンにじゃれつかれて少し微笑んでるハングをヴァイダは見ていた。

共に食事をすれば、ヴァイダの話に時には驚いたり、かすかに笑ったりもする。

彼は決して一人を望んでいないことは見ればわかる。

 

それなのに、そんな話が出るのは周囲がハングのことを気味悪がっているのだろうとヴァイダは思っていた。

 

ハングの左腕は明らかに異形だった。ドラゴンのような緑の鱗に覆われ、その爪は黒く鋭い。しかも、その怪力は明らかに人知を越えている。

 

そんなハングが孤立するのはむしろ当たり前のようにも思う。

 

「けどな・・・あいつに、それがいいとは思えないんだがな・・・」

 

城で働く以上は他者との繋がりは必要不可欠だ。

ハングがより責任のある立場になればなる程にそれは重要だ。ハングの歳で孤独に慣れてしまうのは決して良いことではない。

 

一人の時間を持て余してドラゴン小屋に篭るようにまでなったら、それこそ貧弱な男になってしまう。

 

それになにより、あの年頃なら遊び相手の一人でもいた方がいいに決まってるのだ。

 

「だがな・・・うーん・・・」

 

ヴァイダは腕を組んで唸る。

元来、頭を使うより身体を動かすことの方が得意なヴァイダ。

 

しかも、ヴァイダ自身がまだ娘の雰囲気を強く残してるぐらいの年頃だ。当然子育てなどしたこともない。

こういった時に相談できる両親でもいれば良かったのだが、生憎と既に他界して久しい。

 

そんな彼女にはハングをどうにかする方法がどうしても思い浮かばなかった。

 

「・・・そうだな・・・」

「どうした、ヴァイダ」

「隊長!」

 

顔を真っ黒に日焼けした壮年の男性。

彼がヴァイダの所属する部隊の隊長だった。

 

「例の少年か?」

「はっ!すみません、すぐに訓練に戻ります」

 

生真面目に敬礼するヴァイダに対し、隊長は軽く手を振った。

 

「ああ、いい、いい。お前にとってはあの少年の世話をする方がよっぽど訓練になる」

「・・・は?え、それはどういう?」

 

疑問符を浮かべるヴァイダに笑いかけ、隊長はまたちょこまかと走りまわっているハングに眼を向けた。

 

「しかし、こう見ると親子というより姉弟だな。ヴァイダの家族は?」

「既に他界しております」

「ふむ、そうか。それで、何を悩んでおったのだ?」

「はっ!ハングが他人との共同作業を行う為にどうしたらいいかと思いまして」

 

簡単に言うとハングに友達を作ってやりたいということだ。

その意味を言外から読み取った隊長は「そんなことか」と言った。

 

「簡単だ。仕事をさせるな。町の中の広場に放り込め」

「は、はぁ・・・でも、それではハングは避けられませんかね。あの左腕は少々・・・」

「うむ、避けられ、気味悪がられ、からかいの対象になるだろう。だが、それがどうした。それを乗り越えられん奴などここから先の人生で生きていけるものか」

 

ヴァイダはハッとした。

 

確かにハングはあの腕を切り落とさない限り、一生あの腕と折り合いをつけていくしかない。だったら、そのやり方を学ぶには今しかない。

 

それに気づいたことをヴァイダの表情で察した隊長は「それに・・・」と続ける。

 

「それに、子供の中にはな、そういう他人との違いってのを笑って吹き飛ばす奴が一人か二人いるもんだ。そう心配するな」

「そういうもんですか?」

「ま、ダメだったらそん時に考えるんだな」

 

快活に笑って去って行く隊長にヴァイダは一礼して、ハングに声をかけた。

 

「ハング!週末の予定はあけておけ!遊びに出るぞ!」

 

ヴァイダはそう言って弾けるように笑ったのだった。

 


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