【完結】ファイアーエムブレム 烈火の剣~軍師と剣士~ 作:からんBit
地下空間を抜け出し、ホークアイに連れられてやってきたのはオアシスの側に作られた巨大な神殿のような場所だった。純白に近い石はおそらく大理石。
地盤の無い砂漠にも関わらず、その建物はさも当然のように立っていた。
人が使うにしてはやけに大きなその建物は【生きた伝説】と呼ばれる者の住処に相応しいとハングは思った。
「それじゃ、僕は先に行くよ。妻を待たせているからね」
「え?あ、ちょっ、パントさん!?」
言うが早いか、パントさんは駆け足で神殿の中に入っていってしまった。
「ホークアイさん、あれ、良いんですか?」
「・・・構わん」
そして、ホークアイも神殿の入口から足を踏み入れた。
心のどこかで、敷居の高さを感じていた一行はその二人の様子を見て少し気が楽になったのだった。足を踏み入れた神殿内は思っていたよりも神殿らしく無かった。
廊下も扉も随分と大きいが、大きいだけで装飾の類も何も無い。
開いている扉から中を覗き込めば、普通の部屋が並んでいるだけで絵画や装飾品の類も無い。どの部屋も風通しがよく、涼しげな空気が流れていた。
「・・・ここで休んでくれ」
そして、ホークアイに案内されたのは食堂のような場所だ。広いスペースに長い机が並び、簡素な燭台による飾りつけがなされていた。
ハングは馬や食糧の管理についてホークアイに質問し、その場でマーカスとマリナスに指示を送った。
「・・・お前達は・・・こちらだ・・・」
ホークアイはエリウッド、ヘクトル、リンディス、ハングを呼んだ。
「俺もついていっていいのか?」
出会い頭に攻撃された為か、ホークアイを前にするとどうしても身がすくむハング。
そんなハングを前にしてもホークアイの態度は変わらない。
「・・・主が呼んでいる」
「そうかい、それじゃ同席するとするか」
ハングは細かい仕事を仲間に任せて、ホークアイに続いていくことにした。
4人が食堂を出ようとした時、ハング達に続いて外に出ようとする者がいた。
「あ、おい。ニルス、ニニアン。どこ行くんだ?」
「えと、ちょっと外に出ていい?」
「それは・・・」
ハングがホークアイを見上げると「構わん」と返事があった。
エリウッドは2人に視線を合わせ、砂漠の注意事項を繰り返す。
「2人とも、熱射病には気をつけるんだよ。喉が乾く前に水を飲むこと。それと、オアシスには飛び込まないこと」
「はい」
「うん、わかった」
ニルスとニニアンは皆の脇を抜けて外へと歩いて行った。
「・・・・・」
「気になるか、エリウッド?」
「少しね」
だが、今は大事なことがある。
ハング達はホークアイの大きな背中に付き従い神殿の更に奥へと入っていった。
「・・・お連れしました」
ホークアイに案内されたのはこの神殿の中心とも呼べそうな場所だった。
部屋の奥には祭壇のようなものがあり、厳かな雰囲気がある。
だが、それ以上にハング達の目を引く物があった。それはこの部屋に散らばった大量の本であった。祭壇も燭台も装飾品ですら覆い隠して本があちこちに山となって積まれていた。
それが逆に近寄り難い空気を押し殺し、どこかの城の図書館のような気安さを産んでいた。
ハング達が案内されたのはその部屋の隅にある丸テーブルだった。
そこに腰掛けていたのは三人。どうやらお茶の時間らしい。
先程、先に入って行ったパントが「やぁ」と声をかける。
エリウッド達はとりあえず会釈をしておく。
その隣にいたのは金髪の女性だ。しかも、街を歩けば十人が十人振り返る程の美人だ。
それは、こういうことに疎いハングでさえ思わず見惚れてしまう程だった。
「・・・フン!」
「っぁ!!」
リンに足を踏みつけられ、ハングは痛みに呻く。
「あら、お客さんですか?どうぞ、こちらに」
「あ、どうも・・・」
その彼女に椅子を勧められ、皆で腰掛ける。
やけに緊張感に欠ける光景だった。
「っくっくっく・・・」
そして、そんなエリウッド達を見て喉の奥で笑う1人の老人がいた。。
長い白髪と白い髭を存分に蓄えた男性だ。刻まれた皺は深く、どれほどの時を生きているかわからない。
そして、その老人がおもむろに話し出した。
「よくきた。ローランの末裔達よ」
深く、知性を称えた声音。
ハングは妙に背筋が伸びる思いだった。
「・・・俺たちがリキア人だってわかるのか?じーさん」
ヘクトルが驚いたようにそう言った。
「どういう意味?」
リンがハングにそう尋ねる。
「数千年前の【人】と【竜】の戦いは知ってるか?」
「ええ、【人竜戦役】でしょ。人が勝利して、竜たちはどこかへと姿を消した」
「そうだ。で、その時人を勝利に導いた八人の戦い手がいたことは?」
「【八神将】と呼ばれる伝説の英雄達のことね。私はサカで育ったから【神騎兵ハノン】なら知ってるわ」
「そうさ、サカはハノンの生まれた土地。で、エリウッド達のリキアは【勇者ローラン】が作った国ってわけだ」
ハングはパントや目の前の老人に視線を滑らせる。
すると『正解』とでも言われたかのように頷かれた。
「それで、私達を"ローランの末裔"と呼ばれたのですね?」
「そのとおりだ、ハノンとローランの血をもつ娘よ・・・・そして・・・」
老人の目がハングを捉える。
「ふぅ・・・・」
その老人が重々しいため息を放つ。
だが、何時まで待とうとその先の言葉が紡がれることはなかった。
ハングはエリウッド達の視線が集まるのを感じた。
だが、いくらハングでもこの老人が何を言わんとしているのかは読み取れない。
ハングはベルンの生まれ。ハング本人もてっきり【英雄ハルトムート】の名前が出ると思っていた。
だが、よくよく思えば自分は高貴な血筋とは程遠い、ベルンに住んではいたが、両親がどこの血を引いているかなどはわからない。
答えを待つだけ無駄なのかもしれない。
ハングはこの沈黙を突き破るかのように1つの質問をした。
「・・・あなたは、どなたですか?」
すると、老人は一呼吸置き、名乗った。
「・・・アトス。巷では【大賢者】の名で通っているよ」
「はぁ!?」
「アトス!?」
「まさか・・・」
エリウッド達が思い思いに驚愕を見せた。
「え?なに??」
唯一わけがわからないのはリン一人だ。
ヘクトルが興奮を隠せず早口で答える。
「【大賢者アトス】といったら八神将の一人だ。じーさんが本物なら1000年くらい生きてることになるぞ?」
アトスはどこか遠くを思い出すようにその疑問に答えた。
「・・・この世界には謎がいくらでもある。一つを知れば、またもう一つ・・・気がついた時には、人の理から外れておった。欲とは際限の無いものだ」
「だからと言って・・・1000年・・・」
「途方も無い時間だわ」
あまりのことに感嘆の声をあげるしかない、ヘクトルとリン。
「だが、そのおかげで僕らはこうして本物の英雄に出会えた」
エリウッドの意見にハングも同意する。
「それで"生きた伝説"・・・確かに上手いこと言う奴がいるもんだな」
と、ハングがそんなことを言ってると、目の前にティーカップが差し出された。
「さぁ、お茶をどうぞ」
「あ、どうも」
「ありがとうございます」
いい香りの紅茶だった。
なんだか、緊張感がまるで持続しない。
完全に調子が狂わされているのだが、パントさんも終始にこやかだし、アトス様は笑いをこらえているようなので皆は黙って紅茶を味合っていた。
とりあえず、一息つき。
アトスが本題へと切り出した。
「さて・・・おまえたちはネルガルを止める為にここに来たのだな?」
「はい」
力強い返事はエリウッドのものだ。
「オスティア侯からお聞き及びでしたか?」
「いや・・・だが、この大陸に起きることは大抵知っておるよ」
アトスはそう言って自分のあご髭を撫でる。
「しかし・・・ただ知るだけだ。防ぐ力があるわけではない」
その言い回しにハングとリンには聞き覚えがあった。
「ニルスも以前似たようなこと言ってたよな?」
「ええ、彼らの"特別な力"は前もってキケンを知らせるけど『わかったところで、防ぐ力がないとどうしようもない』・・・・と」
二人の話を聞き、アトスは子供の話をするかのようにぼそりと言った。
「ニルス・・・『運命の子』の片割れか」
『運命の子』
ネルガルに追われる『運命』とは、随分と不幸な運命をしょい込んだ2人だ。
「ここにも一緒に来てるんですけど。何か気になるものがあったようで、少し外に・・・」
「惹かれるものが、あるのじゃろうな・・・」
ハング達はお互いに顔を見合わせた。アトスの言っている意味がよくわからなかった。
「それよりも、ネルガルを倒す話じゃ」
アトスはそう言って話を本題に戻した。
「何かお知恵を拝借できるのでしょうか?」
「うむ、あやつもわしと同じく人の理を外れし者・・・普通に攻撃を仕掛けても倒すことは難しいだろう」
ハングはちらりと自分の左腕を見た。
殴りかかるという単純な方法なら返り討ちにあうことは実証済みだ。
「ネルガルが操るのは、その威力ゆえに禁じられた古代の超魔法ばかり・・・あやつを倒すには、こちらもそれ相応の用意が必要だ」
「用意とは?」
「・・・あやつが動けぬ今のうちに対抗できる力をつけるのだ」
対抗できる方法がある。アトスは確信を持っているように思えた。
ハング達はお互いの目を見て頷き合った。
「教えてください!どんなことでもやります!!」
エリウッドははっきりとそう言った。
「・・・決して楽な道ではないぞ。多大な試練がお前たちを待っている・・・絶望し、この選択を後悔するかもしれん。それでも進むのか・・・若き者たちよ」
「・・・僕達の意志は変わりません」
エリウッドは胸を張り、自分の覚悟を確かめるかのように小さく頷く。
「後戻りはできんぞ」
「もとよりそのつもりだ!」
ヘクトルが声高に吠える。
「どんなことだって乗り越えてみせる・・・みんなが一緒なら!」
リンが強い視線でそう言った。
「必ず、奴を止める。その為にここまで来たんだ」
ハングが握りこぶしを固めた。
そんなハング達を見渡し、アトスはゆっくりと頷いた。
「・・・よかろう。では、やるべきことを教えよう」
そして、アトスが示した方法は簡潔だった。
『ベルン王国にある【封印の神殿】を目指すこと』
「ホークアイを連れて行くがよい。きっと力になる」
「ありがとうございます」
そして、アトスは最初からテーブルにいた二人にも水を向けた。
「・・・それから、おまえたちはどうする?」
紅茶に口をつけていたパントは静かにカップを置く。
「アトス様に並ぶほどの魔道使いネルガル・・・そして、竜の復活ですか。実に興味深い話ですね」
そして、パントは立ち上がり、正式に名乗りをあげた。
「失礼、名乗るのが遅くなった。私はエトルリア王国リグレ公パント」
続いて、パントは隣の彼女も紹介する。
「彼女はルイーズ、私の妻だ」
「はじめまして」
恭しく頭を下げるルイーズ。だが、ハング達は今聞いた情報に耳を疑っていた。
「リグレ公爵!?本当・・・ですか」
「ただもんではねぇと思ってたけど・・・」
驚くエリウッドとヘクトル。
「だれ?すごい人なの?」
「お前は少しその知識の無さを自覚した方がいいぞ」
ハングは軽く説教してから、説明しだした。
「エトルリア王国屈指の名門貴族にして、現"魔道軍将"・・・ようは、エトルリア最強の魔道士だ」
「最強は言い過ぎだよ」
パントはやんわりと否定したが、それでも一二を争う実力者であることは間違いない。
そりゃ、砂漠の賊程度は軽く殲滅できるわけだ。
「でも、そんな人たちがどうしてこんなとこに?」
その質問にはアトスが答えた。
「ベルンでは間も無く世継ぎの王子が成人する。パント達は国の代表としてその祝賀の儀式に出席するのじゃが・・・まだ時があると言いおって砂漠に眠る魔道の品にうつつをぬかしておったのだ」
アトスは呆れたように、それでいて楽しそうにそう言った。
どうやら、アトスとパントには師弟のような繋がりがあるようであった。
「そして・・・時を同じくしてお前さんたちがここに来た。何かの導きかもしれんな」
「ならば、その運命に従うのみ・・・私と妻も君たちの仲間に加えてもらえるかい?」
「それは、もちろん。いいわよね?エリウッド、ハング?」
勝手にこういう話を進めるとハングに雷をもらうこともあるので、リンは念の為に確認をいれた。
「もちろんだ。こちらからお願いしたい程だ」
エリウッドの意見にハングも頷く。
「でも、国などへの報告などはどうされるのですか?」
「報告しても信じてもらえる内容ではないし。役目が終わって戻らなくてもいつものことだから。皆、気にしないだろう。ねぇ、奥さん?」
「クスッ、はい、旦那様」
仲睦まじい夫婦だ。
なんだか当てられそうなので、ハングは気分を切り替えるためにも別のことを口にした。
「・・・どっかの侯弟と一緒だな」
「悪かったな!」
「ともかく、パントさん、ルイーズさん、心から歓迎します」
ある程度話がまとまり、アトスが口を開いた。
「・・・あまり時間が無い。リキアまで送ってやろう。皆をこの空間に集めるのじゃ」
「はい」
荷解きをする前なので、集まるのは容易だろう。
ハングは皆のもとに行こうと席を立った。
その時、ハングはアトスに呼び止められた。
「ハングよ・・・お主に少し話がある」
「え?俺ですか?」
「そうじゃ」
ハングはエリウッドに視線を送る。
「僕が皆を集めてくるよ」
「悪いな」
「ヘクトル、リンディス。手伝ってくれ」
「おう」
「・・・あ、でも。私はハングと・・・」
「すまぬ、二人で話があるのじゃ。席を外してくれんか?」
「・・・あ・・・はい・・・」
リンが渋々といった形で部屋から出て行き、パントさんとルイーズさんもどこかへと去っていった。
静かになったそのホールにはアトスとハング、そしてホークアイが残された。
ハングは場の空気が緊張感に包まれていくのを感じた。
さっきまではルイーズさんのおかげでさほど気にならなかったアトスという人物の偉大さに体が萎縮してしまっていた。自分が『伝説』を目の当たりにしているという実感が肌を通じて伝わってくる。
「さて・・・ハングよ・・・」
「はい」
ハングと面と向かうアトス。
そのアトスの表情にハングは疲れた様子を感じとった。
「少し、目を瞑っておれ」
「え?あ、はい」
とりあえず従っておくことにした。
ハングが目をつぶり、世界が暗闇となる。
「開けてよい」
さほど時間もかけず、そう言われた。
ハングが目を開けるも、自分の体に変化は無い。
アトスもホークアイも何かをした様子は無かった。
ただ、ハングとアトスの間のテーブルに小さな小瓶が出現していた。
「おまえに、これを渡しておこう」
アトスはそれを手に取り、ハングに差し出した。
ハングはそれを両手で受け取る。
渡されたのは片手の手のひらに簡単に収まる程度の小瓶であった。中には青みを帯びた透明な液体が入っており、その口には硬く封印が施されていた。よくよく見ると、古代の文字による二重の封印もなされている徹底ぶりだ。
それが何なのかハングに知る術は無かった。
「それは『アフアのしずく』・・・ワシが加護を与えた御守りじゃ・・・お主が『最も信を置く者』に渡すがよい。お主が持っていても効果は無い・・・よく覚えておくのじゃぞ」
ハングはその小瓶に視線を落とした。神殿の中に差し込む光に照らされ、『アフアのしずく』は静謐な輝きを放っていた。
ハングはアトスの言葉を胸の中で反芻する。
『最も信を置く者』
ハングは手のひらに汗が滲むのを感じた。
「それでは、ここで待つがよい。皆ももうすぐ来るじゃろう」
「・・・・はい」
ハングは仲間達が戻ってくるその時までその手の中の小瓶をずっと見続けていた。
――――――― ※ ――――――― ※ ―――――――
部屋に皆が揃い、エリウッドがアトスの前に出た。
「みな、揃いました」
「うむ」
祭壇の中の本は簡単に片付けられ、皆と馬や荷物が入るだけの空間が作られていた。ホークアイが短時間で片付けたのだ。
そんな部屋の片隅にいたハングの顔をリンが覗き込んだ。
「ハング、さっき、何の話だったの?」
「・・・・なんでもないよ。少し、贈り物をいただいただけだ」
ハングはそう言って、自分の懐に小瓶を押し込んだ。
「本当?」
「ああ。俺が嘘ついたことあったか?」
「似たようなことはいくらでもやってるじゃない」
「リンにはそういうことはしないと、海賊船で約束しただろうが」
「まぁ・・・そうだけど・・・」
ハングは自分の懐を軽く叩く。渡された小瓶は確かにそこにあった。
「最も信を置く者・・・・・か」
口の中だけでそう呟き、ハングは後頭部を軽く爪を立てた。
「さて、エリウッドよ」
アトスの声が聞こえ、ハングは顔をあげた。
「ベルンに一番近い領地はお前のところか?」
「はい、山間に国境があります」
「よろしい。フェレのどこか・・・広い場所を思い浮かべるのだ。あと、誰でもいいそこにいる者の名を念じるがいい」
「わかりました」
エリウッドが集中するように目を閉じた。
そして、アトスは他の面々に声をかける。
「では皆よ、しばしの別れだ。何としても【封印の神殿】に辿り着くのだ。そこで、運命は開かれていくだろう・・・」
その言葉を最後にアトスは詠唱に入る。
ハング達の足元に円を基礎とした不可思議な幾何学模様が浮かび上がった。
「・・・転移魔法・・・体験するのは始めてだな」
ハングはそう呟き、アトスをもう一度視界に収める。
ふと、アトスと目が合った。
その瞳はどこか悲しそうな色合いを帯びていた。
そして、次の瞬間には風景が様変わりしていた。
城壁に囲まれた中庭。周囲の木々や花壇は手入れが行き届いており、砂漠を歩いてきたハング達にとっては随分と新鮮な色合いだった。
「・・・ここは・・・」
「母上!ただいま戻りました!」
エリウッドの声を聞き、ハングはフェレ城に送られたことを理解した。
「エリウッド!本当にエリウッドなの?まぁ・・・なんて戻り方を・・・この子は・・・」
エリウッドとよく似た優しい瞳を持つ女性がエリウッドを熱く抱きしめていた。
母のエレノアであろう。エリウッドの容姿はエルバート様の生き写しだったが、その瞳は母譲りだったようだ。
「疲れた顔をしているわ。少し痩せたかしら・・・あぁ、もっと近くで顔を見せてちょうだい」
母を気遣い、しばらくされるがままになっていたエリウッド。
「・・・母上、父上のことですが・・・」
「・・・立派な最期だと聞きました。例え亡くなられたとしても、あの人は変わらず私達の誇り・・・そうでしょう?」
すごいな・・・
エレノアの言葉を聞き、ハングは純粋にそう思った。
夫を亡くし、息子もいつ帰ってくるかもわからない。
それでもしっかりと立ち続け、息子が帰ってきたら強く受け止める。
「母は強し・・・か・・・」
ハングは少し昔のことを思い出す。
最初に浮かんだのは本当の母ではなく、自分を鍛えてくれた隊長のことであった。
「それより・・・みなさんにくつろいでもらいましょう?あなた達は休息が必要だわ」
エレノアの提案。それはとても嬉しい。
だが、エリウッドの表情は固かった。
「いえ、母上。申し訳ありませんが、僕らは先を急いで・・・」
「わかっています!」
そんなエリウッドをきっぱりと遮るエレノア。
エリウッドは思わず口を閉じてしまった。
「でも、今夜だけはこの城に・・・エリウッド・・・どうか一晩だけでも」
「母上・・・」
ハングはヘクトルとリンに目配せを送る。
「今晩ぐらいはいいんじゃないか?次に戻るのはいつになるかわかんねぇんだ」
「そう!そうしましょ!私、すごく疲れてるし」
ハングはリンの頭を軽く叩いた。いくらなんでもわざとらしすぎる。
「まったく・・・ま、そういうことだエリウッド」
「ヘクトル、リンディス、ハング・・・ありがとう」
ハングは弾けたように笑った。
「ちょっと、ハング!叩くことないでしょ」
「礼はいらないぞ」
「しないわよ!」
ハングはリンと軽口を叩き合いながら、自分の胸の中の小瓶を意識していた。
『最も信を置く者』・・・
ハングはいまだ悩んでいた。