【完結】ファイアーエムブレム 烈火の剣~軍師と剣士~ 作:からんBit
ハングは目を覚ました。
「・・・は?」
そしてハングはその事実に驚いた。
何せ眠った覚えがまるでない。眠ってもいないのに、目が覚めるなんてことは有り得ないので確かに自分は寝ていたんだろう。
だが、どうして寝ていたのかが全く思い出せなかった。
この前後の記憶が飛ぶ感覚にハングは覚えがあった。
行き倒れた時によくある感覚だ。
しかし、今回は腹が満たされているし、渇きも少ない。また、道半ばでぶっ倒れたというわけでは無いはずだ。
ハングはその場に胡座をかいて座り直し、一度首を横に振って混乱する頭を切り替える。
ハングは混乱している頭で過去を思い出すことを諦め、とりあえず自分が目覚めた場所を見渡してみた。
ここは周囲が壁に囲まれた正方形の部屋だった。
床には砂が敷き詰められ、天井は普通の家屋程度の高さにある。
それぞれの壁はごく普通の石造りで、不可思議な幾何学的模様が並んでいる。
部屋に日の光が入り込む余地は無いのだが、どこかに光源があるらしく、部屋は薄暗いと感じる程度に照らされ、部屋の中はよく見渡せた。
「・・・・どこだ、ここ?」
結局、謎が増えただけだった。
しばらく周囲の壁を眺めていたハングだったが、あることに気がつき二度目の驚きがある。
「出入り口が無い・・・」
それは驚異というか、恐怖であった。
手持ちの食料も水も無い。脱出手段が無いということはここで飢え死にだ。
そのはずなのに、ハングはやけに落ち着いていた。
旅先でしょっちゅう行き倒れてるハングにとって、この程度のことは今までの人生で経験済みだ。
「とりあえず、俺がこの部屋にどこからか入ってきたわけだけだから・・・」
ハングは自分の座る砂の手触りを確かめた。床の砂は砂地というより砂漠のそれに似ている。
そういえば、ナバタ砂漠に足を踏み入れたんだった。
だんだんと記憶が揃っていく。
ハングは砂を均すように砂の表面を撫でる。
「ホークアイに襲われて、パントさんにお会いして・・・移動したんだよな・・・」
ふと、手遊びをするように動かしていた手が何かに触れた。
それはハングの真後ろ。
ハングはふと自分の死角を覗き込んだ。
「・・・・・・・」
本日一番の驚きだった。
「なっ!!なんで・・・」
ハングの後ろにはリンが横になっていた。
「はぁ!?な、なんだこれ、どういう状況!?」
見たままを表現するなら『密室でリンと寝ていた』になる。
あまりムードのある部屋ではないが事実は事実だ。
「って、んなわけねぇだろ!!」
自分の思考に盛大にツッコミを入れる。
「ん・・・」
リンが少し呻いた。
その途端にハングは喉が潰れたように黙りこんでしまった。
大声を出していた自分を内心で叱りつけ、一度大きく深呼吸をする。
「とにかく、落ち着け・・・おれ・・・」
ハングは静かにそう言い、念の為にリンの呼吸と脈を確認した。
外傷も見当たらないし、とりあえず異常は無さそうだった
「まぁ、いい・・・でも、なんで俺たちだけこんなところに?」
エリウッドやヘクトルはどうしたのか。
その時、ハングの鼻先に砂があたった。
ハングが見上げるとパラパラと天井から砂が降ってくる。
天井を支える石造りの天井には大きな割れ目があった。
「あ・・・・そうか・・・」
思い出した。
「そっか、落ちたんだったな」
ようやくハングの中で全ての記憶が出揃った。
ハング達は流砂に巻き込まれたのだ。
流砂とは砂漠の砂が地下水に流れ込んでいくことによってできる現象。
砂が一気に地下に流れ込み、巻き込まれたら外から引っ張りあげてもらわない限り抜け出せることはない。
砂漠では注意しなければならない重要事項の一つだった。
あの時、ホークアイに続いて砂漠を歩いていたハング達は全員まとめて巻き込まれたのだ。あまりにも突然のことで、おそらく誰も逃れられなかっただろう。
運がよかったとすれば落ちていく先が地下水でなかったことだろう。
もし、地下水だったなら皆まとめて砂の棺桶でおやすみなさいになっていた。
ハング達はどうやらこの地下空間に流れ込む流砂に巻き込まれたらしい。
ハングとリンが同じ部屋に辿り着いたのは偶然だろうが・・・
『リン!手を離すな!!』
『・・・う、うん!!』
偶然だったはずだ。
記憶の一部を都合よく忘れることにして、ハングは後頭部に手を置いた。
「・・・・どうすっかな・・・」
ここに閉じ込められたという事実に変わりは無い。
結局、他の仲間達が助けに来てくれることに期待するしかないだろう。
それまではすることがない。
ハングは暇つぶしを兼ねて、周囲の壁を調べ始めた。
ふと、ハングはもう一度リンの寝顔を見た。
その時、ハングは気がついた。
リンの胸元から小さな布袋がこぼれ落ちていた。
布袋は革紐に繋がれて首にかけられている。
薄汚れてはいるが、随分と上等な品のようだ。
その中身をハングは知らない。
だが、ハングにはわかってしまうのだ。
ハングは布に巻かれた左腕に触れる。
「ったく、後生大事にそんなとこに抱えなくてもいいだろうが・・・」
その中にハングが渡した左腕の鱗が入っているのだ。
ハングはリンを見ないように壁の調査に集中する。
誰もいないこの場所で、ハングの頬はわずかに緩んでいた。
いくら拒絶されていても、リンは変わらずに自分の『御守り』を持ってくれている。
それがたまらなく嬉しかった。
そして、この空間で分断されていたのはハング達だけでは無かった。
とある場所ではセーラが横たわる貧相な肩を必死に揺さぶっていた。
「ちょっと!エルク!あんた起きなさいよ!」
返事は無い。
「エルク!私、喉乾いたの!!ねぇ、起きなさいってば!!」
何度もエルクの肩を揺さぶってみるも、やはり返事は無い。
「エルク、起きてよ」
セーラは思わず彼の頬を張り飛ばした。
だが、エルクが意識を取り戻すことは無かった。
「起きなさいよ」
杖でエルクの腹に叩きつけてみた。
「起きてよ・・・」
エルクは起きない。
「起きて・・・よ・・・」
見知らぬ空間で一人きり。
周囲に人の気配はなく、頼れるのは同じ部屋で横たわっていたエルクだけという状況で彼の意識は戻らない。
セーラの目元に雫が溜まりそうになったその時。
「何を泣いてるんだい君は?」
エルクが突然に目を覚ました。
「ここはどこだい?ん?なんだか体が痛いんだけど、セーラ、君は・・・」
「バカぁぁぁぁぁ!!」
セーラの杖がエルクの横顔に叩き込まれた。
「なにするんだい!」
「うるさいわよ!エルクのくせに!何で今起きるのよ!!」
「はぁ?どういう意味だかさっぱりだ」
「根暗だからそうなるのよ!バカ!」
「あのねぇ、できれば人間の言葉で喋ってくれないか?」
「なんですって!?」
ごちゃごちゃといつもの痴話喧嘩を始めるセーラとエルク。
「そんな小難しい本ばっかり読んでるから、あんたが理解できないだけよ!」
「そういうことは僕の本を一冊でも読み切ってから言ってくれ」
「そんなの嫌よ!面倒くさい」
「そうやって、面倒事を遠ざけているからいつまでたっても・・・」
「もう、うるさいわよ!さっさとこの部屋から出る方法を探しなさい!」
そして、そこからさほど離れていない別の部屋ではエリウッドが目を覚ましていた。
「・・・うっ・・・・?石の壁・・・?ここは・・・どこなんだ・・・みんなは?」
自分の置かれた状況を確認するために口に出して考える。
それはハングの教えだった。エリウッドはとにかく、自分に起きた状況を整理しようと口の中で単語を並べる。
ナバタ砂漠、案内人、流砂・・・
「どこかに落ちたのか?」
独り言のように口にした結論に反応があった。
「やぁ、気がついたね。大丈夫かい?」
「・・・パント殿」
パントはこの不可思議な状況でも、笑顔を崩さない。
それどころか、どこか楽しんでいるようにも見える。
研究肌のパントにはこういった謎に満ちた場所こそ求めていた物だ。
エリウッドはパントの後ろにホークアイの姿を見つけた。
「あの・・・ホークアイ殿、ここはどこなんですか?」
念のために確認をしておくエリウッド。
もしかしたら、ここが"生きた伝説"の住まいであることも否定できないのだ。
それに対してホークアイは抑揚の無い声で答えた。
「・・・・・・わからん」
落胆するエリウッド。その隣でパントは不思議そうな声をあげた。
「わからないだって?この砂漠に、君の知らない場所があるとは意外だな」
「・・・このような場所のことは、主からも聞いたことがない」
『主』
"生きた伝説"のことかとエリウッドは当たりをつける。
「あ!エリウッドさまだ!よかった、見つかって」
その時、石壁が崩れた場所からニルスが顔を見せた。
壁の向こう側には同じく正方形の部屋が広がっていた。
「ニルス!みんなは?無事なのか?」
「うん、すぐ近くにいるよ」
ニルスの後ろからニニアンとイサドラが顔を見せる。
「エリウッド様、何人かは別の部屋に流れ落ちたようです。数人は場所を確認しているのですが、発見できない人も何人かいます」
「発見できてないのは、誰だい?」
「ハング殿とヘクトル様、リンディス様、フロリーナさんの四人です。エルク殿とセーラ殿、セイン殿とフィオーラ殿は壁越しですが、位置は把握しております」
「うん、彼らなら平気だろう」
エリウッドは深く考えることなくそう言い切った。
天馬姉妹とエルクを除けば三回ぐらい殺さないと死なないような人たちばかりだ。そう心配せずともよいだろう。
「エリウッド様・・・心配ではないのですか?」
そんなエリウッドを不思議に思ったのか、ニニアンがそう言った。
「心配は少ししてるよ。けど、それ以上に信頼してるからね。彼らなら心配ないさ」
本当のことを言うと多少の懸念はあるのだがそのことを言う必要はないとエリウッドは
思っていた。
今もっとも考えるべきことは『ここ』がどこであるかということだった
そして、『ここ』に『なに』がいるのかということだった。
「ここ、どうやったら出られるんだろ?」
ニルスが天井を見上げた。自分達はそこから落ちてきたが、そこに頭を突っ込んで砂の中を泳いでいくわけにもいかない。
他に出口があるのかもしれないが、それには少し問題がある。
「・・・何か、妙なモノがいるな。“気”が乱れている」
パントがそう言い、エリウッドが神妙な顔で頷いた。
「・・・人を不安にさせるようなこの嫌な感じは・・・【魔の島】でも一度ありました」
「【魔の島】で?」
「ええ、【竜の門】に近い遺跡で初めは妙な気配を感じ・・・それからいきなり、全ての魔法がかき消される空間が出現したんです」
エリウッドはそのことはよく覚えていた。
あの経験はそうそう忘れられるようなものではない。
その時、今まで黙っていたホークアイが反応した。
「・・・パント・・・それは・・・・・・」
「【魔封じの者】だな」
ホークアイとパントには心当たりがあった。
「・・・何者ですか?」
「詳しいことはわからないんだが・・・近づく者の魔力を封じるやっかいな奴だ」
【魔封じの者】
随分と解りやすい名前だ。
「・・・どうしてそれがこんなところに?」
「・・・理由は分からない。だが、私たちを警戒しているのは確かなようだよ」
その証拠にパントは先程から乱れていた"気"が更に強く歪んでいくのを感じていた。
そして、ある一点を越えた瞬間その"気"そのものに強い変化が起きた。
「“気”が・・・変わった!!!」
ニルスが叫ぶ。それと同時にニルスは気配の根を周囲に張り巡らせた。
「あいつ・・・仲間を呼びだしたよ。すごく・・・強いやつらだ」
少し遅れてパントもこの場の状況を理解した。
「・・・「召喚」を使うのか。どうやらこの“場”を作り出しているのは【魔封じの者】のようだ」
「・・・奴を倒せばここから出られますか?」
「おそらく」
それを聞き、エリウッドの目つきが変わる。
「・・・ならば、戦います!僕らには、時間がないんです・・・!!」
「・・・我も戦おう」
ホークアイも斧を手に、そう言った。
「パント、おまえは残りの者たちを守ってくれ」
「わかった」
【魔封じの者】から離れれば魔法は使える。エリウッドもそのことは経験則で知っていた。
「ニルス、パントさんと共にいてくれ。イサドラ、魔法を使う者を一箇所に集めて護衛を頼む」
「うん!わかった」
「了解です」
ニルスとイサドラが別の部屋へと走っていく。パントもそれに続いて部屋を去る。
その時、不意に妙な物音がした。
ニニアンが何かを察し、叫ぶ。
「エリウッド様!そこはダメです!!」
「っ!」
エリウッドはとっさにその場から飛んだ。
次の瞬間、壁を突き破って巨漢が現れた。彼の持つ斧がエリウッドが先程まで場所にめがけて振り下ろされる。地面に突き立った斧が砂を巻き上げる。
エリウッドはすぐさま剣を引き抜き、素早い突きを喉元めがけて打ち込んだ。
確かな手応えを感じ、エリウッドは素早くレイピアを引き抜く。
「ぐっ・・・ぁぁ・・・」
入ってきた敵はうめき声をあげながら、チリと化して消えていった。
これも【魔の島】で体験したことだ。
「・・・これは・・・」
エリウッドは返り血の付いていない剣を鞘にしまう。
「エリウッド様!お怪我は!?」
「大丈夫だよ、ニニアン。君のおかげだ」
ニニアンの警告が遅かったら無事ではすまなかっただろう。
「ありがとう、助かったよ」
「・・・はい」
エリウッドはそのままイサドラの後を追って隣の部屋へ足を向けた。
その時だった。
突然、轟音が聞こえ、瞬く間に通路が塞がった。
この部屋からの出入り口が突如として壁になってしまったのだ。
「壁が!?」
「・・・・・・奴の仕業だ」
ホークアイが眉をしかめる。『召喚』で呼び出せるのものは常に生物とは限らない。
術者の腕前次第では石像や武器でさえ呼び出す。
「・・・どこかで我らを見ているようだ」
エリウッド達に残された道は先程重装歩兵が突き破ってきた壁の穴だけ。
「エリウッド様!!ご無事ですか!?」
「マーカスか!?」
塞がった通路の向こうからマーカスの声がくぐもって聞こえてくる。
「こっちは平気だ、そっちはどうだ?」
「問題ありません。話はパント殿に聞きました。とにかくその【魔封じの者】とやらを探します」
「ああ、くれぐれも気をつけて」
「はい!では、後ほどお会いしましょう!」
マーカスの声がそれを最後に消える。
「さて、僕らも行こう」
「・・・ああ」
エリウッドは率先し、別の部屋への通路に踏み込む。
その後をニニアンが続く。
「ニニアン、足元に気をつけて」
「あ・・・ありがとうございます」
手を差し出すエリウッド。その手を取るニニアン。
殿を務めるホークアイ。
二人を見るホークアイの瞳には憂いの欠片が含まれていた。