【完結】ファイアーエムブレム 烈火の剣~軍師と剣士~ 作:からんBit
部隊がそろそろ出発しようとしていたその時、エリウッドに掴まっていたニニアンが声をあげた。
「あの、エリウッド様。向こうで・・・誰かが襲われています」
「本当かい!?」
それはニニアンの持つ"特別な力"では無い。
それは戦う術を持たないニニアン本来が持つ直感のような感覚。彼女は僅かな戦闘の気配を敏感に感じとっていた。
「おっ!あれじゃねぇか?」
今度は獣のような感性を持つヘクトルが気がついた。
遅れてエリウッドの視界にも戦闘特融の緊張感を持った一団が見て取れた。
「男性一人と大勢のならずもの・・・といったところか」
そして、こういったことに一番敏感なはずのリンディスが最後に気がついた。
「助けましょう!大勢で一人にかかるってのは気に入らないわ」
そして『待った』をかける間もなく駆け出したリンディス。
「待てよ!俺も行くぜ!!」
ニルスを乱暴に砂の上におろし、ヘクトルも駆け出した。
「あ!!二人とも!!・・・・ふう・・・」
エリウッドが声をかけようとした時にはもう遅く、二人は砂漠を突き進んでいっていた。
こういった単独での突出はハングが最も怒る事柄の一つであった。
それを防ぐ枷になるようにエリウッドはハングに二人を任されたというのに。
エリウッドは説教の一つ二つを覚悟しておくことにした。
そして、間違いなくヘクトルとリンディスにも雷が落ちる。
今のリンディスの状態を加味して説教をやめるハングではないだろう。
いい加減、あの二人にも学習して欲しいエリウッドであった。
そして、ヘクトルに降ろされたニルスは大地から放たれる熱に立ち眩みを起こしかけていた。
「はぁ・・・なんでヘクトル様もリンディス様もあんなに元気なの?信じられないよ」
そんなニルスをマントの日陰に入れてあげながら、エリウッドは苦笑いを浮かべた。
「あの二人の体力は無尽蔵だからね・・・さて、突出した仲間を放っておくわけにもいかない。ニニアン、ハングに伝えてきてくれ。『二人はなんとしても連れ戻す』ってね」
「はい、わかりました」
エリウッドはその返事を聞き、すぐさま砂漠へと足を踏み出していった。
「ニルス、行きましょ」
「ニニアン、なんでそんなに平気なの?僕はこんなになってるのに」
「・・・・そんなにつらい?」
ニニアンも確かに何かに縋ってしまいたい程度にはきついが、やせ我慢ぐらいならできそうである。
「・・・・なんで・・・なんで・・・僕だけ・・・」
ふらつくニルスを支えるようにニニアンは歩いていった。
陣地に戻ったニニアンは一団の先頭で何やら指示を出しているハングを見つけた。
「あの、ハングさん」
「『二人はなんとしても連れもどす』か?」
「え?」
ハングはニニアンが抱えていた伝令を一字一句違えずにそう言った。
「違うのか?」
「え・・・あ、はい」
「はぁ・・・だろうと思ったよ」
ニニアンがあたりを見渡せば、なぜか既に皆が戦闘態勢にあった。
「ニニアン、ニルスを連れて後方の天幕で休んでろ。ルセアとレイヴァンが護衛についてる」
「あ、あの!!」
「ん?」
ニニアンは珍しく声を張った。
「ど、どうして?」
「リンとヘクトルが駆け出すのが見えた。後はヒースに少し飛んでもらったら確信がいった。それだけだ」
それだけで、伝令の内容まで予想できるものだろうか?
確かに化け物なのかもしれない。
ニニアンはそう思わざるおえなかった。
「さて・・・説教かましにいくとするか」
口元に浮かんだ笑みが痙攣するようにひくついている。背後に並ぶ仲間達も今回のハングには何も言えなかった。
砂漠に向かったリンディスとヘクトルに同情せざるおえないニニアンだった。
――――――― ※ ――――――― ※ ―――――――
問題の戦闘地帯に到達したリンディスとヘクトル。
二人は戦場の一歩手前といった辺りで立ち止まっていた。
「二人共、どうしたんだい!?」
そこにようやく追いついたエリウッド。
「おう、エリウッド」
ヘクトルが何か肩透かしにあったような呆れた顔をしていた。
「俺達、助けに来たんだけどよ」
「ああ、それは見ていたよ」
見ていただけになってしまったから、ハングの説教を多少覚悟しているエリウッドなのだ。
「それで、俺達が助けようとしてた人なんだけどよ・・・あれ、見てみろよ」
「え?」
エリウッドが視線を向けた先に巨大な火柱があがった。
「ぐわあぁぁぁ!!」
「た、助けてくれぇぇ」
そして、ごろつき達の断末魔。それを遮るように今度は数発の落雷が何もない空から降りそそいだ。
多分、ごろつきに襲われてる一人が応戦しているものと思われる。
だが、目の前に広がる光景を『応戦』という言葉に当てはめるかどうかどうかは疑問だった。
傍から見ているエリウッド達にとってそれは『殲滅』に近い程に圧倒的な魔法だった。
雷が砂漠の盗賊共を次々と貫き、灼熱の火球が悲鳴すら上げる暇なく消し炭に変えていく。
数の有利など些細なことだと言いたげに、次々と魔法が放たれていく。
「えと、どうする?」
リンディスが躊躇いがちに2人に尋ねた。
「どうするって・・・助けた方がいいんじゃないか?」
その必要性は横に置いておくとしても、多勢に無勢という現状に変わりはない。
だが、問題がある。それをエリウッドが口にした。
「それで、どうやって?」
既に盗賊共は潰走寸前。殲滅している魔道士は涼しい顔をしているのがここからでも見てとれる。
助ける方法を悩むという特殊な状況下。
3人は揃って首をひねった。
その後ろから声がかかる。
「とりあえず、お前らは砂漠での戦い方についてもう少し学べ」
エリウッド達が振り返る。そこには今しがたヒースのドラゴンから飛び降りたハングが立っていた。
ハングはヒースに一言二言指示を出す。ヒースはその言葉にうなずき、なにやら冗談を言った。
「ヒース!てめぇな!!・・・くそっ」
飛んでいくヒースに向かい、悪態をつくハング。
何を言われたのか非常に気になる3人であったが、そんなことを言いだせる雰囲気でないことをすぐに察した。
「さて、お前ら」
不意に周囲の気温が下がった。
リンはハングを見た瞬間に高鳴っていた心臓が瞬時に止まったかのような錯覚にとらわれた。
ヘクトルは過去のトラウマが蘇ってきたような冷や汗が背中に流れ落ちるのを感じた。
エリウッドは諦めたように青い空を見上げた。
「わかってんだろうな」
ここは砂漠だというのに、悪寒を覚えるなんて非常識にも程がある。
リンとヘクトルはあまりの畏怖に足がすくんだのを自覚した。
だが、それは長続きはしなかった。
突如、ハングは殺気を感じて左腕を構えたのだ。
次の瞬間、砂丘の陰から褐色の肌をした巨漢が躍り出てきた。
上半身を太陽の下に晒したその体は筋肉の鎧で包まれ、全身のいたるところの筋肉が盛り上がっている。砂漠の過酷な環境で削り取らたかのような深い堀のある顔がハングに向けられていた。彼は砂漠の上を駆け抜け、その手に握られた巨大な斧を煌かせた。
「くそっ!!」
横殴りに振られる斧。ハングは左腕でなんとか受け止めるも、そのあまりの衝撃に吹き飛ばされた。
「ハングっ!!」
リンが思わず叫んだ。
ハングは斧の威力を殺しきれずに砂漠の上を転げまわる。
太陽に熱せられた砂が皮膚に触れ、火傷を起こす。
だが、そんな些細な怪我など今は気にしてられなかった。
ハングは素早く起き上がり、自分の左腕を確かめる。
左腕に巻かれた布が切れ、腕がむき出しになっていた。ハングの左腕を覆う鱗は完全に粉砕され、赤く染まった傷口がパックリと口を開けていた。傷口に黒ずんだ血に満ち、溢れた雫が指先にまで滴る。既に青みを帯び始めたハングの血が砂に吸い込まれていった。
「嘘だろ・・・」
ハングは自分の左腕が傷を負った事実に衝撃を隠せずにいた。
ハングは腕に巻いた包帯を結びなおし、傷口を素早く縛った。
「おいっ!てめぇ!ゴロツキの仲間か!!」
ヘクトルが斧を構えて、褐色の男に向ける。
エリウッドとリンも既に剣を抜いていた。
だが、彼はそんな3人を歯牙にかける様子もなく口を開いた。
「客人」
放たれた声は深く、人の耳に響く。その声には敵意はまるでなく、むしろ幼子を包み込むような優しさが含まれていた。
「あ、あなたは・・・?」
エリウッドはわずかに震える唇でそう尋ねた。
「我はホークアイ・・・この砂漠を護る者」
「砂漠を守る・・・?」
ハングはその台詞を聞き、彼がウーゼル様の言っていた『迎え』ではないかと直感していた。
だが、ハングだけはどうも例外であるようだった。
「・・・賊どもは追い払う。客人たちは手出し無用」
あろうことか、ホークアイはハングに面と向かい斧を構えた。
「おいおい・・・俺はその『客人』じゃないのか?」
「そうだ」
ホークアイの殺気。ハングはそれに苦笑を隠しきれない。
いくら自分の面構えが悪いからって、この状況下でゴロツキ共と間違われるとは思わなかった。
それはいつもヘクトルの役目じゃなかっただろうか。
ホークアイが一気にハングの懐に飛び込んでくる。足をとられる砂漠の上だというのに異常な速度だ。
間違いなく一流の使い手だ。ハングは回避も攻撃も瞬時に選択肢から排除する。ハングの近接戦闘の技が通用する相手ではない。ハングは痛む左腕を持ち上げ、防御に徹した。
「っつつ!!」
あまりの威力に攻撃を流しきることができず、衝撃を叩き込まれる。斧の刃が突き立った左腕が嫌な音をたてた。骨まで至る激痛を感じ、ハングは再度吹き飛ばされる。
ハングは左腕を再度確認。鱗を粉砕された創口が1つ増えていた。傷が骨までは達していないことが唯一の救いだった。
既に痛みで意識が朦朧としている。心臓が爆音を鳴り響かせ、青い血が再生を始めようとしている。動けなくなるのは時間の問題だった。
そんなハングにホークアイの追撃。またもや左腕で受けるはめになり、盛大に吹き飛ばされる。
砂の上を転がりまわり、うつ伏せに倒れる。眩む視界で腕を見ると、またもや傷が一つ増えていた。
砂を踏む音がした。
ホークアイが近づいてるのがわかる。
「・・・くそったれ・・・」
体に力が入らなくなっていた。このままでは死は免れない。
だが、ハングはさほど心配していなかった。
「やめろ!!」
聞きなれた声がした。
見上げると、エリウッド達がホークアイとの間に滑り込んできていた。
「・・・遅いぞこの野郎・・・」
せっかく必要以上に吹き飛んで、ホークアイと距離を取っていたというのに。
せめて、2回目の攻撃の後に割り込んで欲しかった。
「どけ、客人」
ホークアイの台詞にリンが居合の構えを取った。
「どかないわ!この人は・・・ハングは・・・私達の大事な仲間よ!!」
「・・・・そいつは仲間などではない」
ヘクトルのこめかみに青筋が立つ音がした。
「それはてめぇが決めることじゃねぇだろ!!」
ホークアイは静かな瞳で3人を見ていた。
ホークアイは斧を降ろし、ゆっくりとエリウッド達に歩み寄る。
だが、その立ち姿に隙はまるでない。ホークアイの巨大な身体が近づいてくる圧力に、エリウッド達は思わず足を引いてしまっていた。
ホークアイの巨大な身体が太陽を覆い隠し、エリウッド達を見下ろす。
「・・・・仲間・・・・本当にそれでいいのだな・・・・」
「当たり前だ!!」
エリウッドはほとんど反射的にそう答えていた。
それを聞き、ホークアイは何かに祈りを求めるように目を閉じた。
しばしの時が流れる。
死刑宣告がいつ来てもおかしくない状況。
にも関わらず、ハングは笑いがこみ上げてくるのを感じていた。
「仲間・・・か・・・」
ネルガルを追いかけるためだけに参加した旅の軍師だったはずが、どうしてこうなったのか。
ハングは身体を無理やり起こして地面との接触面を減らした。
そして、しばらくしてホークアイがおもむろに目を開き、ハングへと目を合わせた。
「・・・・・・すまなかった」
頭を下げるホークアイ。その澄んだ瞳にはもう殺気は含まれていなかった。
ホークアイは何かを足元に投げ捨てた。
「薬だ。詫びには足らんが、使え」
あまり表情が動かないホークアイ。
だが、ハングにはなんとなく彼が気まずく思っているのがわかった。
ハングは無理やり笑ってみせる。
それはハングが時折見せる、人を安心させる弾けた笑顔だった。
「いいですよ。悪党と間違えられるのは慣れてますからね・・・命を残してもらえるならなんでもいい」
ハングがそう言うと、一瞬ホークアイが驚いたような顔をした。
だが、彼はすぐに大岩のような堅い表情へと戻り、もう一度謝罪の意を示した。
ハングはそれを手を振って『もういい』と返す。
ホークアイに敵対の意志が無くなったことを確かめ、エリウッド達はハングへと殺到する。
「ハング!大丈夫かい!!」
「ああ・・・でも・・・あああぁ!くそっ!きやがった!!!」
傷を修復するために青い血が全身を巡り、激痛と共に治癒を始める。リンは一度目撃しているが、エリウッドとヘクトルは苦しむハングを見て、動揺の声をあげた。
「お、おいっ!大丈夫なのかよ!!」
「この苦しみ方は普通じゃない!リンディス、本当に放っておいていいのか!?」
「え・・・ええ・・・」
頷くリンであったが、その表情は浮かない。
3人の視線の下でハングは激痛にのたうち回り、絶叫をあげているのだ。
リンディスがこれを初めて見た時に彼が死ぬのではないかと勘違いしたとの噂はエリウッドとヘクトルも聞いていた。
その時は『リンディスは心配性なんだな』と軽く思っていたが、いざ目の前にしてみるとその勘違いも仕方ないと思えてしまう。
「うううぁあああああああああ!あぁあああああああ!!」
左腕を抑え込んで砂漠の空に叫びを放つハング。
一度目の前にしているリンディスでさえ、本当に大丈夫なのかと疑ってしまう。
「我は賊の討伐に行く・・・ここには近づけさせん」
ホークアイはそれだけ言い残し、素早く砂漠の上を移動していく。
ハングは霞む視界でそれを見て、微かに笑った。
律儀なもんだ。
その台詞は次に湧き上がってきた痛みの渦に飲み込まれていった。
――――――― ※ ――――――― ※ ―――――――
ハングの激痛が収まる頃には戦闘は既に収束していた。
ハング達は最初に簡易天幕を設置した場所に戻ってくる。そこには新顔が一人増えていた。
エルクが興奮したような顔でハング達を振り返った。
「あ、ようやく来ました。あれがハングさんです。師匠」
『師匠』という聞きなれない単語。
そんな呼び方をされていたのは長い銀髪を一本に束ねた優男風の男性だった。
服装からして魔道士なのだろうが、それだけでは言い知れない風格がある人物だった。
それは先程、ゴロツキ共を殲滅していた魔道士であった。
「やあ、君がハング君だね。話はエルクから聞いたよ。僕はパントだ」
「あ、どうも・・・ハングです」
手を差し出され、握手してみる。
ハングは首をひねる。ハングはこの人に見覚えがあった。それにパントという名前も聞いたことがある。
だが、喉元まで来ているのにどうも思い出せない。
そんなハングにエルクが今まで見たこともない程に昂ったような様子で話しかけてくる。
その様子はまるで特注のケーキを前にした子供である。
「ハングさん、ここからは師匠が“生きた伝説”まで案内してくださることになりました」
「本当ですか?では、あなたが案内役?」
「いや、僕は・・・そうだな、居候と言ったところだ。本当の案内役は彼だよ」
パントが視線で誘導してくれた先は無表情で立つホークアイだった。
「ああ・・・ホークアイですか」
「彼と面識が?」
「ええ、先程随分と濃密な時間を過ごしましたよ」
「そうですか、それは何より」
事情を知らないパントさんは爽やかに言ってのけた。
初対面の人物に溜息を吹きかけるわけにもいかず、ハングは自分の肺の中で空気を飲み込んだ。
「それでは、先を急ぎましょう。砂漠の夜は物騒だからね」
「その場所は遠いのですか?」
「いや、日が暮れるまでにはつけるはずだ」
「それはホークアイの速度じゃありませんよね?」
「ハハハ、彼の足なら二刻で十分だ。僕らはそうもいかない。君たちには馬もあるようだしね」
そのことを考慮してくれているのなら、ハングには十分だった。
砂漠の太陽は少し傾き始めていた。