【完結】ファイアーエムブレム 烈火の剣~軍師と剣士~   作:からんBit

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間章~現在地不明(後編)~

いくつかの天幕を半円の円周上に並べ、その中心に大きな竈を置く。

それが典型的な野営地の組み方だ。

そも中央の竃にハングは薪をくべた。

そこには一足先に戻ってきていたロウエンとレベッカが大きい鍋の中にウサギの肉を放り込んでいるところだった。

鍋の中からはミルクの濃厚な香りがしている。本日はウサギと香草のシチューだった。

 

「ハングさん。ありがとうございます。薪はそれぐらいでいいですよ」

「そうか、そんじゃ。飯は任せたぞ」

「はい」

「レベッカさん、そっちの塩をとってくれますか?」

「はい、ロウエン様」

 

相変わらず、仲のよろしいようで。

 

馬に蹴られるのは嫌なので、ハングは何も言わずにその場から退散した。

そしてハングは竈からの火の明かりでカードに興じている集団に向かった。

 

「おら!こんどこそ!!ストレートだ!」

「フラッシュです」

「あ、私もフラッシュです。数字は・・・ごめんなさい、私の勝ちみたいです」

「づわわあああああ!!」

 

そこでは、見事にダーツが撃沈していた。

 

「よう、兄弟。景気はどうだ?」

「兄弟!!なんなんだこの御嬢さん方は!!引きがありえねぇ!!」

 

ダーツの指差す先にいたのはニニアンとプリシラの二人だった。

 

「え、えと・・・」

「私達・・・なにか・・・」

「こら、兄弟。二人がびびってんだろ。喚くな」

「くぅ・・・」

 

その隣ではルセアが丸太に腰かけて微笑んでいた。

それを見てケラケラ笑っているたのはセインとセーラだった。

 

「へっへ!ダーツ、だからやめとけって言っただろ?」

「二人が意味ありげにカードを持ってたら危険信号よ。それぐらい読みなさい」

 

そう言ったのは一年前にニニアンに煮え湯を飲まされたセインとセーラだ。

 

「セイン、お前が偉そうにすんな。それよか、お前はそろそろ見回りの交代の時刻だろう」

「おうそうでした!では、ハング殿、この席はお譲りいたします」

「はいはい」

 

去っていくセインの背中が妙にウキウキなのは、見回りをイサドラと共にできるからだろう。

 

「わかりやすいわね。セインって」

「個性なのか、成長していないのか」

 

もちろん、それはセーラにも同じことが言えることのだが、ハングは決して口にはしない。

 

「プリシラさんはカードの経験は?」

「・・・今日、ニニアンさんに教えてもらいました・・・これ、楽しいですね。なかなか勝てませんけど」

 

初見のプリシラと二回目のニニアン。どうやら、プリシラは引きはかなり良いのだが、ニニアンにはなかなか勝てないらしい。

 

そして、ダーツはそんな二人にぼろ負けしてる。

ハングは笑ってセインが座っていた席に腰かけた。

 

「ダーツ、言っとくがここはお前が楽しんだ飲んだくれ共の賭場じゃねぇ。天運と心理戦を勝ち抜ける猛者共のたまり場だ。生半可に手を出すと火傷じゃすまねぇぜ」

「そ、そんな・・・大げさな・・・」

「いいや、ニニアン。お前の引きの強さは女神の域にあること自覚しとけ」

 

下手をすればハングですら太刀打ちできない。

ハングは一枚目のカードを引いた。

 

「そんじゃ、ニニアン、プリシラ。お手柔らかに」

「は、はい」

「こちらこそ」

 

今回のカードは最初の一枚の手札だけを公開し、その後引く五枚の合計六枚で役を作るルールだ。

 

「あ、ハング。またカード?」

 

ハングは頭の上から降ってきた声に反応して首をあげた。

そこには逆さまの世界に二人の女性が立っていた。

 

「おう、リン・・・と、フィオーラさんか。見回りご苦労さん」

「あら?セインは?交代を知らせようと思ったのだけれど」

「あいつなら、さっき追い払った。イサドラさんと一緒だからやけに上機嫌でな」

 

ハングはそう言いながら首を戻して二枚目を手札に加えた。

その時、後方からわずかに何かを強く握る音が聞こえてきた。

振り返ると、そこにはフィオーラがいた。

 

「なにか?」

「い、いや」

 

ハングは首をかしげた。隣のリンも同じように首をかしげていた。

彼女も同じ音を聞いたのだろうか?

 

「それでは、私はこれで。リンディス様、お腰のものをお預かりしておきます」

「え、ええ・・・」

「それではハング殿。失礼します」

 

なぜかフィオーラは見回りが終わったばかりだというのに、緊張した傭兵の顔のままであった。ハングはリンと目を合わせた。彼女もやはり困惑気味だった。

普段は切り替えをしっかりとしているフィオーラがなんであんな顔をしているのか二人にはわからなかった。

 

「ハング、あんたの番よ」

「お、おう」

 

とりあえずハングは三枚目を引いた。加えた札を並べてみる。

公開されているカードはハートのA。

 

悪くない。悪くない札ではあるが勝てないだろうと、この時点で確信がいった。

ハングは後ろから札を覗き込んできたリンに話を振った。

 

「そんで、なんか変わったことはあったか?」

「いいえ。綺麗なものよ、山賊の類も全然いなかった」

 

リンは少し離れ、そのままルセアの隣に腰かけた。

 

「そいつは難儀だな。道を聞くこともできない」

「リスならいたんだけど」

「誰が話をするんだよ」

 

ふと、ハングが周囲を見渡すとカードを引いたプリシラの顔が高揚していた。

彼女は一枚引くごとに掛け金を上乗せしてきている。この時点で降りるのも選択のうちの気がする。とはいえ、賭けているのはチップ代わりの小石だが。

 

「ハング、今晩の稽古なんだけど」

「ああ・・・」

「勉強の方にエリウッドとヘクトルが参加したいんだって。構わないわよね」

「いいんじゃねぇのか」

 

ハングは四枚目を手に取る。その時点でハングは笑った。

 

こりゃいかんな・・・

 

ハングはその視線だけで周囲に自分の手札が悪いことを伝えた。

 

「・・・・」

「・・・・」

 

そうするだけで、頭の良い奴は疑心暗鬼に放り込まれる。プリシラとセーラがいい例だった。ダーツはあまり値を張ってこないので弱い札とほぼ断定。

 

だが、問題は彼女だった。

 

ハングはこの一連にも動じないニニアンの方を向いた。

彼女と目があったが、ニニアンは首をかしげるだけ。

 

ニニアンにはこの手の仕掛けが通用しない。彼女は駆け引きに鈍感なのだ。

それで勝手に潰れてくれれば楽なのだが彼女の引きの強さは本物。

 

ハングが勝てるかどうかは半々だった。

 

「・・・・札はどう?」

 

その時、いつの間にかまたリンが札を覗き込んでいた。彼女にそれを見せる。

リンもそこは心得ているようで、表情を崩すことはしなかった。

リンは立ち上がり、今度はニニアンの札をこっそりと覗いた。

 

そして、戻ってルセアに耳打ち。

ルセアも表情を崩さない。その辺りは皆心得ていた。

 

そして、ハングはこの時点でほぼ腹を決めた。

五枚目、六枚目を引き、それは確信に変わる。

 

「降りる」

 

ハングは真っ先に札を伏せて、その場から退散した。

 

「へぇ、本当にひどい札だったんだ。それじゃあ、私は乗るわよ」

「私も・・・」

「俺もだ」

 

残った面々がさらに掛け金を上乗せする。

ハングは移動してリンの隣に腰かけ、大きく溜息を吐いた。

 

「乗らなかったのですね」

 

ルセアがリンを挟んでそう言った。

 

「乗るか。あんな勝負」

 

ハングはそう言って苛立たしげに首を鳴らした。

 

「乗らなくて正解ですよ」

「だろうな。俺の札じゃ太刀打ちできない」

 

ハングの物言いに違和感を覚えたのはリンだ。

 

「ハング、もしかしてニニアンの役がわかってる?」

「ああ、多分・・・これじゃねぇのか?」

 

そう言って、ハングはリンに耳打ちする。

 

「!!・・・く、くすぐったいわよ!」

「お、悪い」

 

そんな二人を見てルセアは微笑んでいた。

 

「で、当たってたか?」

「ええ、ばっちり。相変わらずの洞察力ね」

「今回は、はなっから負け戦のような気がしてたんだよ」

 

そう言っている間に掛け金が決まり、皆が札を公開していた。

 

「そんじゃ、俺から・・・スリーカードだ」

「ふふん残念、フルハウスよ」

「な!!まじか」

 

セーラとダーツ。この二人はいい。次はプリシラの番だ。

 

「私は・・・フォーカードです」

「うそ!!」

「ははは!お前も負けじゃねぇかうがあぁぁ!!」

 

セーラの杖がダーツの頭を直撃した。だが、ダーツは腐っても海賊、すぐにもとの位置に戻ってきた。

 

「そんで、蒼い御嬢さんは?」

 

ダーツがニニアンに振る。

 

「え、えと・・・これ、何と・・・いうんでしたっけ?」

「ん?見せてごらん」

 

席の近いセーラがその札を覗き込む。そして、硬直した。

 

「・・・・うそ・・・」

「セーラさん?あの、この役は・・・」

 

ハングはセーラの代わりにその札の役を言ってやった。

 

「ニニアン」

「はい」

「そいつはな『ロイヤルストレートフラッシュ』っていう役だよ」

 

 

 

――――――― ※ ――――――― ※ ―――――――

 

 

 

夕食を終え、ギィとバアトルの勝負というイベントが広場で行われ、リンとようやく稽古の段になった。ハングは自分の天幕から出てきて、腰をならした。

 

野営地の中は夜の心地よい静寂が満ちていた。今日は空気が澄んでいるのかやけに月が明るい。

 

「遅いわよ」

「こっちも仕事でな」

 

その中に一人佇んでいたリン。月に照らされた彼女の髪が光る。

 

「そんじゃ、行くぞ!」

「ええ」

 

ハングは姿勢を落として、リンの懐に駆け込んだ。

そこから抜刀術の要領で鞘をつけたままの剣を振る。

 

「甘い!」

「知ってるよ」

 

何度太刀を合わせてきたと思ってる。ハングは受け止められた剣を更に押し返す。

 

だが、その瞬間を狙われた。

 

リンの体が横に揺れ、こちらの体が流れた。

その時にはハングと鍔迫り合いを演じていた剣が消え、身体の複数個所に痛みが走っていた。

 

「いって!くそっ・・・」

「どうして剣となるとハングは読みあいが下手になるのかしら」

「余計な・・・世話だ!!」

 

ハングは気を取り直して更に斬撃を加える。

 

「ふっ!」

「ぬぉ!!」

 

いい加減、自分の剣の才能の無さに嫌気がさしてきている今日この頃である。

ハングは更に頭に二回、足に三回、背に一回、腹に八回の攻撃を受けた。

 

「はぁぁっ!!」

「うがぁ!!」

 

頭に一発追加だ。

 

「ハング、弱くなった?」

「お前が強くなってんだよ!!」

 

視界にチラつく星を追い払い、ハングは怒鳴った。

 

これ以上弱くなってたまるか。それこそ、男の矜恃が本当に底を付くぞ。

 

「・・・嬉しいこと言ってくれるわね」

「だったら、もう少し優しく微笑んでみやがれ」

 

どこからどう見ても、腕試しをしたくてたまらない笑みだ。

 

今度はリンが仕掛けた。ハングは剣での対応ができず、左腕で防御した。鞘と鱗がぶつかり合う。そこから更にリンの追撃だ。

 

下段から切り上げ、返す刀で肩口を狙われる。

ハングがたまらず後方に避ければ、その空間を一気に埋められて肉迫された。

 

腹に一撃。あまりに強烈な衝撃に体が前に傾く。

その隙をリンが逃すわけもなく、後頭部から見事に打ち据えられた。

 

「がっ!!」

 

ハングの意識はそこで途絶えることとなった。

 

 

 

 

――――――― ※ ――――――― ※ ―――――――

 

 

 

 

「お~い、起きろ!!」

 

ハングは冷水の感覚で目が覚めた。

 

「え?あれ?ん?」

 

後頭部付近への衝撃で記憶が混乱しつつある。

 

「起きてっか?記憶はあるか?」

「えーと、俺は旅の軍師でハングって名前だ。で、目の前にいるのは『この辺は俺の庭だ』とか言い張って強引に道を決めた挙句、わけのわからない場所に連れ込んだ元凶で、さっきまでオズインさんの説教を長々と受けていたオスティア侯の弟がいる」

「・・・記憶は確からしいな」

 

苦虫を噛み潰したような顔をするヘクトル。

ハングが体を起こすと、先程リンと打ち合いをしていた場所だった。

 

星を見て時間を確かめると、あまり時間は過ぎてはいないようだった。

 

「で、目が覚めてからむっさい男しかいないってのはどうよ?」

「リンディスなら今しがた水を取りに行ったぞ。ノドが渇いたんだと」

 

酷い話だ。というか、酷い奴だ。

 

「ハング、目が覚めた?」

 

ハングが打ち据えられた箇所を確かめる前にエリウッドとリンが姿を見せた。

エリウッドが火種を持参しているところを見ると、このまま勉強会に参加するらしい。

 

そういえば、食事の前にそんな話をしていた。

 

「それじゃ、始めるか」

 

ハングはヘクトルが担いできた丸太に腰掛けて、本日の授業を始めた。

 

「今日は三人だからな・・・少し問題を出そう」

 

ハングは手近な枝で、地面に絵を描いた。

中心に街、東に海、北に山、南に森、西に平原。

 

「さて、敵の国のど真ん中に部隊が取り残された。山からは竜騎士が、森からは歩兵隊が、平原からは騎馬部隊が近づいている。しかも、海からは火事場泥棒を狙って海賊まで動き出している。さて、どうすればいい?」

 

三方向を敵に囲まれ、一方向からは賊がやってくる状況。

 

それが今回の課題だった。

 

「ハング、これって・・・」

「昔、リンにも出題したことがあったな。覚えてても答えは言うなよ」

 

ハングが視線を送ったのはエリウッドとヘクトルだ。

 

「味方の戦力と敵の戦力は?」

 

質問があったのはエリウッドの方だ。

 

「敵の戦力は多過ぎてわからん。味方の戦力はそれに太刀打ちできない程度だ」

 

場所は敵陣。情報は限られているのが常だ。

 

「そんなの、簡単じゃねぇか」

「ほぅ、ヘクトルからその台詞が出るか」

 

やけに自信満々なヘクトル。

 

「そんで、どうするのが一番だ?」

「賊はどうせ訓練なんか受けてねぇんだろ?だったらそっちをぶっ倒して逃げる!」

「五点だ馬鹿野郎」

 

ある意味、期待を裏切らない答えだった。ちなみに十点満点での評価である。

 

「ヘクトル、例え賊を打ち破ったとしてもそっちは海なんだ。自分から袋小路に突っ込むようなもんだよ」

「エリウッドは理解が早くて助かるよ」

 

水場を背負うのは最終手段。普段なら避けるべき事態だ。

 

「じゃ、じゃあよ。賊を倒した後で一つずつ潰していけばいいんじゃねぇのか?賊を潰して、森の歩兵を狙えば・・・騎馬と竜騎士は森の茂みで攪乱して・・・」

「三点だ。要するに敵部隊を全滅させるってことだろう。確かに盤の上ならそれもありだ。だが、人間はチェスの駒と違って疲労すんるだ。被害は増えるだろうし、全滅もありうる」

 

ハングはそう説明して、リンの方を見た。

やけに気まずそうに目を逸らしたのは昔ヘクトルと全く同じ答えを導いたからだった。

 

「さて、エリウッドはどうする?」

「・・・そうだな」

 

エリウッドは顎に手をあてて少し考えた後、一つの答えを出した。

 

「敵部隊に賊の襲来を伝えて、一時の休戦とするなどの交渉を行うというのはどうだろう?」

 

ハングは納得したように頷いた。

 

「さすがはエリウッドだ。できるだけ戦わずに済ます姿勢は悪くない」

 

そして、ハングは満面の笑みでこう言った。

 

「0点だ、エリウッド」

 

その時のエリウッドの表情は見ものだった。

 

「まず第一に敵の司令がどこにいるかが全くわからない。奴らの部隊が単独で動いているのか、それとも連携してるのか、協力する気があるのか、お互いを出し抜こうとしてるのかもわからない。更に悪いことに向こうの戦力が圧倒的である以上、向こうに交渉の机の前に座る利点が何一つ無い」

 

交渉にも武器がいる。それは剣や槍などではない。

相手に何か利点を提示できるだけの何か。それこそが武器である。

 

「今、この部隊にはそれが無い。交渉の場を設けるのは今この場で武装解除するのと同じことだ」

 

ハングの厳しい意見にエリウッドは神妙な顔で頷いた。

自分の間違いを素直に受け入れられる人間は伸びる。

ハングはその姿勢に満足して、もう一度皆に意見を出すように促した。

 

「騎馬を奪って逃げるってのは?」

「竜騎士がいる。そう簡単にはいかないよ」

「んじゃあドラゴンを奪えば・・・」

「あれは気難しい生き物だ。簡単には乗れないぞ」

「船を・・・」

「誰が操縦できる?」

「街で雇うのはどうかい?」

「街の人にそんな余裕があると思うか?その街はすぐに戦場に変わるんだぞ」

 

沢山の意見は出るには出るが、答えにはなかなか近づけない。

リンには出せなかった方法もいくらか出たが、どれも状況を打開できるものではなかった。

 

「クッソ~・・・・」

「わからないな、どうしたらいいんだ?」

 

そろそろ意見も出尽くしたのだろう。

潮時だと判断したハングは顎でリンに『言ってやれ』と合図した。

 

「え、私?」

「覚えてるんだろ?」

「覚えてるには覚えてるけど・・・」

 

リンは地面に描かれた図を見て、微妙な表情を浮かべた。

 

「・・・これは正解というわけではなくて、この場を逃げ出す方法の一つという意味なんだけど・・・」

 

リンは一つため息をついて、解説を始める。

 

「相手はどんなに攻め込むつもりでも所詮敵の国の軍隊。街が襲われてれば、多少なりとも対応せざるおえない」

 

リンの口調はハングに似ていた。自分の言葉で答えを言いたくないんだろう。

 

「だから、賊を街に引き込んで混乱を起こす。交渉すべき相手は軍じゃない、賊よ」

 

賊に街を襲わせる。その答えに、エリウッドとヘクトルは一斉にハングを見た。

 

「ちょっと待て、それって街の人はどうなる?」

「そりゃ被害が出るだろうな。むしろ、混乱を起こしたいんだから被害が出てもらわなきゃ困る」

 

ハングは事もなさげに言ってのけた。

 

「で、こっちはその隙に森にでも逃げ込めば逃走完了。殆ど戦わずに済むって寸法だ」

 

笑顔を崩さずに言ったハング。目の前の三人は渋い顔をせざるおえない。

 

確かに、この戦略は正しい。正しいが納得できない。

 

そんなところだろう。

 

「何の罪もない人達を巻き込むのは・・・どうかと思う」

 

エリウッドがそう言った。ハングはそれに笑ったまま答える。

 

「それで、仲間を死なせていいとでも言う気じゃないよな?博愛主義もほどほどにしとけよ」

「でも!」

「エリウッド」

 

ハングの声の調子が数段下がった。その低い声に場の空気が冷える。

実際、彼らは肌が粟立つような感覚を覚えていた。

 

「どうして、俺がこの問いを出したかわかるか?」

「・・・・・・」

「敵の国のど真ん中に取り残される。その状況はあまりに不利だ。それを打開するにはそれ相応の犠牲がいる。部隊を犠牲に市民を救う。聞こえは良いが、笑えない方法だと言わざるおえないよ」

 

ハングは低い声音で続ける。喋り口調そのものは変わらないのに、その話し方の印象は普段とは明らかに違っていた。だが、説教をしている時とも違う。冷たく乾いている声だ。エリウッド達はそう思った。

 

「お前は部隊の命を背負ってる。彼らを家族へと生きたまま帰宅させる責任がある。それを踏まえたうえで、言ってやる。生きるにはな、戦うにはな、犠牲がいるんだよ」

 

それが事実だ。それが現実だ。それは痛いほどにわかっている。

わかっているが、やはり納得はできない

 

「それでも・・・僕は・・・嫌だ・・・」

「嫌だろうよ」

 

ハングは冷たく突き放した。ヘクトルは何も言わないが、やはり気持ちは一緒だろう。

その二人を見て、ハングはようやく表情を緩めた。

 

「嫌なんだろ?だから、俺がいるんだよ」

「え?」

 

ハングは足で地面に残った図を消した。

 

「嫌なことなら、俺にやらせればいい」

 

そして、新しい図を描き始める。

 

「お前らが勘違いしてるのはそこだ。全てを自分の責任で考えようとする」

 

ハングは今度はもう少し救いのある戦場を描いた。

 

「押し付けていいんだよ。泥を被るのは、軍師か密偵ぐらいがちょうどいい」

 

人の上に立つというのはそういうことだ。

ハングが顔をあげると、やはり納得いかないといった面々が待っていた。

本当に貴族らしくない人達だ。

 

「お前らはいずれ国を背負う。もし、こんなことをしたくないって言うならな・・・」

 

ハングは弾けたように笑った。

 

「俺に、見せてくれ。お前らの答えをな」

 

風が吹く、虫が鳴く、そしてエリウッドとヘクトルが胸に詰まっていた空気を吐き出すように大きく深呼吸した。

 

「・・・そうだな、確かに今はこの問題に別の答えが出せない。でも、必ずもっと良い答えを出して見せる」

「いつか、お前に『その答えじゃ三点だ』って言ってやるからな」

「おう、楽しみにしてるぞ。お二人さん」

 

ハングは朗らかに笑い、次の問題を出題したのだった。

 


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