うおっ乳デカいね♡ 違法建築だろ 作:珍鎮
「こ、こんにちはー」
ママにバブりオギャらせて貰うという異常体験の翌日。
あのまま眠るように意識を失い、今朝起きてから確認したスマホのメッセージの内容にてんやわんやしつつ外出の準備をしていると、インターホンと共に尋ね人が来訪してしまった。
準備を中断して一旦玄関まで赴き顔を見せに行くと、そこにはワンピースとカーディガンでおしゃれに決めたメジロドーベルの姿があった。ちょっとかわいすぎるな。
「おはよベル。悪いんだがもう少しだけ待っててくれるか」
「あ、うん。急がなくていいからね」
わざわざ急がなくていいと言ってくれる相手に対してはなるべく急いで誠実に対応した方がいい──尊敬する先輩がくれたアドバイスだ。手早く済ませなければ。
先日の
静寂の朝に昨晩の淫靡な出来事を思い出し、早朝の生理現象も相まってムラムラするどころの騒ぎじゃなくなったのも束の間。
確認したスマホのメッセージ履歴にドーベルとのやり取りが残っていたのだ。
どうやら俺が眠りこけている間、着信したメッセージに対してサンデーが上手いこと対応してくれていたらしい。ホスピタリティの塊。
会話の内容は『漫画の資料集めの為のお出かけ』であり、以前ご褒美だか命令だかで約束していたアレを今日執り行うことになっていたので、今朝はこうして慌てながら外出の準備に勤しんでいるというわけである。
なんでも資料集めはネットサーフィンや図書館巡りというわけではなく、ドーベルが描き悩んでいる構図や風景を写真で集めるという事で、その撮影のアシスタント係が本日の俺の役目だ。
一体何枚ほどえっちな写真が撮れるか楽しみである。
「すまん、待たせた」
「ワひゃっ!」
「あ、わり」
玄関の扉を開けると、手鏡で前髪を軽くセットしていたドーベルを驚かせてしまった。
そんなに髪型とか気にしなくてもかわいいよ。
「んで、まずはどこに行くんだ?」
「ちょっと遠いから電車に乗るかな。近くにレストランもあるらしいから、お昼はそこにしよ」
「分かった。……あ、その飲み物こっちで預かろうか。一応保冷バッグ持ってきてんだ」
「いいの? ありがと」
炎天下の中で歩き回って撮影すると言われていたため、熱中症にならないよう色々リュックに詰め込んで持参してきた。準備に手間取った理由はこれのせいだ。
普通に近場へ出かけるなら手ぶらだが長時間の撮影となれば話は別。
あの高架下で初めて出会ったサイレンスに応急処置をした時のように、何があっても対応できるようにしておかないと落ち着かないのだ。
一時的に秋川の本家に預けられた際に、トレーナーとしての勉強をこれでもかと言う程やらされた頃の名残りである。
「ツッキー、結構荷物多いね?」
「円滑に撮影する為にいろいろとな。大体のもんはあるから何かあったら言ってくれ」
「じゃあ、冷感タオル」
「ほい」
「手持ちの扇風機は」
「二つあるぞ。どっちがいい?」
「まいりました……」
まだまだあるからぜひ頼ってほしい。
安心して♡身を任せて♡ボクは中央サブトレーナー試験程度なら乗り切れる知識がある。
とりあえず駅まで直行し、電車に揺られながら目的地への到着を待つこととなった。時間にして三十分ほど要するみたいだ。
二人旅。
ハネムーン?
「見てこれ、スカイがベンチでお昼寝してるところに猫が集まっちゃって……」
「七匹も……猫カフェかな」
「ふふっ、スカイったら起きても身動き取れなくてさ」
乗り換えた電車内の乗客がほとんどいなかった事もあり、スマホの画面を見せてもらいながら談笑しているこの時間──何と言うか、非常に落ち着く状況だ。
隣同士で座りながらスマホで動画を見せ合った事がある相手など山田くらいのものである。
普通に友達と駄弁りながら過ごす時間なんてものは、高校生にとっては当たり前のはずなのだが、これがどうして直近の出来事を思い返すと俺にとっては珍しいイベントになってしまっていた。
「ベル、これ盗撮か?」
「ほぇっ。そっ、そんなわけないでしょ! スカイ本人が『寝てる時に動物集まって来てるらしいから出来たら動画を撮って~』って……」
「へぇ……一般人じゃあんまり見れないトレセン内の貴重な映像だな」
イケナイ映像を見た気がしてそこはかとなくえっちだ。ホォッ♡
「……ふーん」
「なんだよ」
「別に? 明らかに口角が上がっててちょっとキモいなー、って」
「うるせぇな……」
こういった普通の距離感で居てくれるドーベルの存在のありがたみを改めて実感している。
キモいという言葉には傷ついたので責任を取って一緒に指輪を選んでほしいが、当たり前のように手を握ってきたり身体をくっつけたりなどこちらの理性を試すような行動を起こす事はないので本当に助かる。
もちろんサイレンスたちのアレも俺への信頼の形だという事は理解しているのだ。
あそこまで気を許してくれているのは素直にありがたいし、感謝するべき事だということも分かっている。流石にあのレベルはベロチューするしかないが。
だからきっとこれは贅沢な悩みというやつなのだろう。
ほぼ毎日のように複数の友人たちとコミュニケーションを取るなんて、数年前の俺からすれば喉から手が出るほど羨ましい状況だ。
……無論、女子が隣に座っていて緊張しないほど紳士ではない。
隣同士で座っている都合上、電車が揺れた際に稀に彼女の胸部の膨らみが俺の二の腕に当たったりもしている。
それでも何とかポーカーフェイスを保てるほど精神的に落ち着いていられるのは、ひとえにドーベルがちょうどいい距離感でい続けてくれているからだろう。
さすが友人。こなれ感かなりリスペクト。
「あれ、ツッキー」
「どした」
「スマホのそこに入ってるの……もしかして免許?」
ドーベルが少しだけ身を乗り出して覗いてきた。
瞬間、髪からふわりと甘い匂いが香る。犯罪。
俺のスマホカバーは手帳型なので、財布よりも携帯する機会が多いこちらに免許をしまっているのだ。
「昔からバイクに乗りたかったんで去年取ったんだ」
「そうなんだ。でも、乗ってるとこ見た事ない。家の前の駐車場にもバイクなんて……」
「あー……去年修理できないレベルでぶっ壊れたんだが、生活にも困らないし買い直す機会を後回しにしてたら……こう、ズルズルと」
「ちょっと分かるかも。アタシもアナログで書いてた頃は全然新調しないで、手元にある物だけで頑張ってたなぁ」
妥協の方法を見つけるとそれでやり繰りしようとしてしまうのが人間のサガだったようだ。僕たち似た者同士だね。
「バイクかぁ……ちょっと意外。乗り物好きなイメージは無かったから」
「特別好きってわけでもないけどな。ガキの頃に親父が後ろに乗せてくれて、以来少し憧れるようになっただけで全然詳しくないし」
「ふーん……?」
そもそも父親に乗せてもらったのもたったの一度だけだ。
幼少期の思い出故に印象深いだけで実はそんなに好きでもない。
昨年、実家からこちらへ帰る道中、バスに乗り遅れて『約束の時間に間に合わねェ終わった!』と嘆いているウマ娘を後ろに乗せて走った事があるのだが、なんならあのメカメカしい変な耳飾り付けてた少女のほうがバイクが好きそうだった。
後ろに乗せても背中に当たるおっぱいの感覚がほとんど無かったことから逆に印象に残っている出来事だ。今更だが名前くらいは聞いておけばよかったな。
「……ね、もしまたバイクに乗るならアタシのこと後ろに乗せてよ」
「だから乗る物自体持ってねーんだって」
「もしもの話だってば。二人乗りしてる時のヒロインの心情、考えても分かんないから知りたいの。後ろから抱きついて前も見えず行先を彼に全て委ねる──うぅん、やっぱり興味深い……」
写真撮影だけじゃなくシチュエーションの体験まで欲しがり始め女。いいと思う。
後ろに乗せた時に胸を押し付けてくれるのであれば考えなくもない。バイクなぞ安いものだ。
「おー」
ちなみにサンデーは少し離れた席で窓の外を興味深そうに眺めている。
ドーベルやサイレンスだけでなくマンハッタンさんと一緒にいるときもあんな適当な感じなせいで、気を遣ってくれているのか単に興味が無いだけなのかが分からない。
まぁアイツは一旦無視しておこう。
談笑を軽く続けているうちに時間は過ぎ、電車を経てバスに乗り更に数十分ほど旅を続けて、ようやく俺たちは目的地である花畑に到着した。
「結構遠かったが……いい場所だな。にしても花の種類がエグい」
「ふふ、綺麗でしょ。もうちょっと先に進めば海を一望できる崖があるの。これ見よがしにベンチもあるからロケーション作りに最適……!」
ドヤ顔で鼻を鳴らすかわいいドーベルちゃんを一瞥しつつ、周囲を見渡した。
景観が良いのはもちろんだが、ここを彼女が撮影場所に選んだ理由がよく分かる風景や建築物が多く見受けられる。
「じゃ、どんどん撮っていこっか。まずはあそこのひまわり畑へゴー!」
程なくして撮影がスタート。
付近に荷物を置いたドーベルはワンピースの上に羽織っていたカーディガンを脱ぐと、バッグの中から取り出した麦わら帽子をかぶってひまわり畑の中心へ進んでいく。
直前で手渡された彼女のスマホのカメラを起動し、俺は定位置についてそれを構えた。
乳がデカすぎてワンピースがかわいそうだったぞ。服は大事にしよう。
「じゃあそこから写真撮って。五枚くらいできたら確認して、次のポーズにするから」
「お、おう」
ひまわり畑の中でこっちに手を差し伸べる白いワンピースを着た麦わら帽子の女の子──なんかどっかで見た事ある。
言うなれば概念的な『いつかの夏の思い出』と言ったところだろうか。
子供の頃に結婚の約束とかしてなかったっけ俺たち。
「儚いヒロインで泣かせに来るタイプのノベルゲーのパッケージみたいな構図だ」
「あはは……まぁ、王道的な構図ほど欲しいタイプの資料が見つからないものでね。絵にしたい画角を自分で用意する方が手っ取り早いんだ」
あまりにも既視感のある光景と、女子と二人きりでの撮影会という現実味の無さが相まって、まるでドーベルがメインヒロインのエロゲを体験しているような錯覚に陥る。
麦わら帽子をかぶった白ワンピースでこっちに笑顔を向けるドーベルの儚さ指数ヤバいな。急に姿を晦ましたりしないか心配になってきた。今のうちに告白しとこうかな。
「……ん、電話?」
屋根のある休憩所に一旦避難し、ドーベルにタオルやらスポーツドリンクやらを渡していた辺りでポケットの中が振動した。
「ベル、ちょっと電話してくるから少し休んでてくれ」
「はぁーい」
万が一この電話が山田からだったりした場合、ドーベルの声が聞こえたら大変なことになるため休憩所から距離を取っておく。
そしてズボンのポケットから携帯を取り出して画面を確認すると──どきり、と心臓の鼓動が大きくなった。
「っ」
思わず息を呑んだ。
全く予想外の人物からの連絡だったからだ。
ドーベルと共に平和な休日を過ごしていた油断しまくりの俺では、その名前の大きさを一瞬で受け入れることが出来なかった。
急速に早まっていく鼓動を抑えるように一度深呼吸を挟み、ボタンをタップする。
何よりもまず自分から言葉を発しなければという焦りから声が上ずってしまったが、緊張でもうそれどころではなかった。
「っはい、葉月です。ご無沙汰しております──奥様。……えっ、呼び方? ぁ、あはは、癖と言いますか。いえ、申し訳……すみません、叔母さん」
突然俺の元へ連絡を寄こしてきたのは、海外へ飛んだ叔母。
現在の中央トレーニングセンター学園を取り仕切る秋川やよいの母親その人であった。
◆
「……やよいを手伝え、ね……」
十数分のやり取りを終えて電話を切ると、それまで溜め込んでいたものが溢れるかのように深いため息がこぼれた。
「ハヅキ、大丈夫?」
「いや……ラスボスと話してたからちょっと疲れた」
「そう。頑張った、よしよし」
「いらんいらん撫でるな」
急にそういうことするから勘違いされるんだ。本当にベロチューされたくなかったら黙ってろ。
──俺にとっての叔母は恩人で黒幕で相容れない存在だ。
ほぼ一年ぶりの連絡の内容は、今月の下旬辺りに開催される新しいイベントの手伝いに行ってほしいというものであった。
とあるスポンサーが主催の大きな催事に学園側が協力するという形になっているらしいのだが、内部でなんやかんやあってトレセン側の仕事が多くなり、結果として様々な準備や処理を一手に担うことになった理事長の負担がとんでもない事になってしまった──との事で。
多少の無茶は要求されてもこなさなければならない立場であるとはいえ、彼女は自分の肉体の疲弊を度外視してタスクを完了させてしまうタイプの人間なので、このままだと危ないかもしれないと叔母は語った。
んなもん一介の学生でしかない俺に話してどうすんねんと言いたいところだが、残念なことに秋川やよいという人間を本当の意味で制止できる存在は今でも俺しかいないようで、叔母さんのお願いという名の命令を拒否できない俺は話に頷くことしかできなかった。
理事長秘書の駿川さんも上手くやってくれているものの、今のやよいは反省したフリをして見えないところで仕事をし続けているらしく、一日や二日でいいから彼女に引っ付いて強制的に休ませてあげてくれというのが叔母からのオーダーであった。
「……二年ぶりくらいか」
呟きながら休憩所へと戻っていく。
やよいとはもう暫く顔を合わせていない。
彼女が学園の理事長を任される流れになった際に、俺を秘書に置こうとしたり理事長職そのものを回避しようとしたりなど一波乱あり、あの時少し厳しめにやよいを叱って突き放して以降一度も会っていないのだ。
今考えればあの時の俺はカス野郎だったと思う。
どういう結果になろうとも俺だけはやよいの味方でい続けなければならなかった筈なのだ──が、楽しそうに理事長をやっているあの姿を見ると、何が正解だったのか分からなくなる。
そんな気まずい相手と二年ぶりに会う予定が出来てしまった。
正直バチクソに緊張するし不安だ。
「……ツッキー?」
テーブルを挟んだ向かい側から、明らかに心配そうな声音が聞こえてきた。
「ん、あぁ」
「大丈夫? さっきの電話をしてから、何か顔色が悪いような……」
「いや何でもない。続きの撮影しようぜ」
こっちの事情を聞かされても困るだけだろう、と考えて席を立つと、程なくして後ろから袖を引かれた。
振り返ると、ちょっと真面目な表情に切り替わったドーベルがいる。どんな表情でも美人。
「……あのさ。アンタの隠してること全部話して、って意味じゃないんだけど」
どういう意味だろうか。
「だ、だから。……ちょっと嫌な事があったとか愚痴るだけでもいいじゃん。あんまり一人で抱え込まないでさ、アタシにも軽く相談するとか……して欲しい。……友達なんだから」
──ベルちゃん。
緊張した面持ちながらも首を見上げてまっすぐ俺と目を合わせるベルちゃん。
面と向かって俺に”友達”と宣言してくれるベルちゃん。
「……ベル」
感涙に咽ぶ思い、とはこの事だろうか。
俺自身を慮って引き留め、友達として寄り添ってくれるこの少女を前にして、自分の中で他人に対して張っていた壁が崩れ去っていくのを感じた。俺が俺でなくなる……っ。
何も深い考えがあって先ほどの件を隠したわけではない。
あれは血の運命からなる繋がりで、他人に話してどうにかなるものではないと思っていたから、ただ反射的に誤魔化しただけだった。
けれど
愚痴るだけでも違うから、と。
叔母とのやり取りで精神性が過去の自分に逆行しかけていたが、ベルのおかげで今の俺には寄り添った提案をしてくれる存在がいるのだと思い出すことが出来た。
ベル優しくてだーいすき♡ ビューティー・コロシアム。
お前いま俺のこと攻略しかけたんだぞ。
告白したらオーケー出すから一旦とりあえず告白してみてくれない?
「ありがとな、ベル。──ちょっと聞いてくれるか」
「っ! ……うんっ」
撮影のことは一旦置いといて、俺は彼女の言葉に甘えて抱えていた事情を詳らかにしていった。
多分話さなくていい事まで喋ってしまったような気もするが、今の俺の中のドーベルの好感度はとてもヤバい事になっているため、ブレーキを利かせるのが難しかったらしい。
◆
相談を終えて撮影を再開してから半日ほど経過し、夏と言えど暗い時間に差し掛かった辺りで俺たちは帰路に就くことにした。
ベルに相談した内容は『会うのに勇気が必要な人がいるから、直前まで一緒にいて欲しい』という情けないものだ。了承してくれてうれしアクメ。
いまいる友人の中で唯一俺の秋川という苗字が学園の理事長と同じ家系のものであることを共有したわけだが、漫画のネタにならないかなと持ち掛けたところ、ベルは目を輝かせて矢継ぎ早に質問を繰り返してきた。
深刻な感じに捉えてくれなくて助かった。
俺の多少特異な境遇などネタにしてもらうくらいが丁度いいのだ。
で、スッキリして憂いなく帰り道の電車に足を運んだところ──帰宅ラッシュの満員電車にブチ当たった。
「大丈夫か?」
「へ、平気……ありがと」
ドア側に避難させたドーベルが潰されないよう、庇うように腕と背中で彼女を他の乗客の圧迫から守っている。うおっ♡ 暑っ♡
少しばかりスペースを取ってしまうので他の人からすると少々ウザいだろうが、それでも俺の友人兼スーパー有名ウマ娘であるドーベルを電車で揉みくちゃにさせるわけにはいかないのだ。
最近は多少改善されているもののドーベルの男性が苦手なアレは治り切っているわけではなく、この混雑で他の男性に圧迫されてしまったら最悪失神しかねない。
守らなければ。
後方彼氏面してる場合ではないのだ。彼氏なので。
「っ゛……」
ところで、おっぱいが当たっている。
「ツッキー、凄い汗……待って、いまハンカチで拭くから」
「お、おうサンキュ」
凄い巨乳だね♡ 俺を興奮させるためだけにデカくしたんだよな。当てつけか? 許さんぞ。
「よい、しょ……」
「ぅっ……」
ポーカーフェイスで平気なフリはしているが体の反応はそうもいかないらしい。暑さ以外の理由で汗が止まらない。ぶんぶく茶釜。
友人だ何だと感動した矢先に女子の武器を真正面から受けた俺の身にもなってほしい。アスリート然としたスレンダーな体型のサイレンスやマンハッタンと関わっていて忘れかけていたが、胸が大きい女子と距離が縮まると当然それはこっちの身体に当たるのだ。
ドーベルのそれは大きい。夢のように。
汗を拭くために俺に近寄ったことで、胸板に押し付けられたそれが潰れるように形を変えて、より鮮明に胸部のやわらかい膨らみを強く感じる。
オッパイ柔らかくてヴィーナスのようだね♡ 果てしないエロ女だな。
「……ツッキー? ──あっ」
気づかないで欲しかった。
まるで気づいてないフリをしていた俺が紳士ではなく感触を楽しんでいたムッツリ野郎になった瞬間だ。
「…………んっ」
「──ッ!!?」
ムヒョー♡ 鳥。
恥ずかしがって距離を取るかと思いきや、逆に押し付けてきやがった。
ありえない。何でだよ。発情期? えっちすぎて失神。。。
とりあえず他の人に聞こえないよう耳元でコッショリ話す。
「べ、ベル……おま、わざとか……?」
「……そ、その、後で感想を聞かせてよ。男の子ってこういう時、どう思うのか……」
「ハァ……っ!?」
こいつ作家先生として感性が完成され過ぎているだろ。資料集めのためなら恥すら厭わないのか。
”生粋”。トレセン学園には真のスケベ女が多いという噂は真実だったのだな。
これをやっていて一番恥ずかしいのはお前なんじゃないの。
あんまり調子乗ると胸を鷲掴みしてチューするよ? 覚悟はいいね。
「……よせって。眼鏡と帽子かけてても、ガチのファンならメジロドーベル本人だって気づくぞ。見られたらヤバい」
「その方がドキドキする……でしょ」
「おまっ、お前な……何だ、あれか、エロ漫画でも描こうとしてんのか」
「……なに、描いてほしいの?」
こいつヤバい。
わあい! ベルだいすき! 僕だけの美人なベル! 何者にも代えがたいベル! 御託は済んだかよマゾ女。
サイレンスとマンハッタンの影響でも受けてしまったのだろうかと錯覚する淫靡さだ。漫画のシチュ集めに対しての情熱が強すぎる。
妄想エロ漫画家如きが生意気だべ。でも一刻の猶予を与えて然るべきとは孔子の教えにも記載あり。
何だろうか。
俺は自分の友人たちに対して、俺ができる範囲で誠実な対応としてきたつもりだった。
それには多少なりとも意味があって、結果として仲を深めることができたのは確かに事実──だが何かがおかしい。
サイレンスの握手多発バグ。
マンハッタンの解呪時の淫猥な態度。
そしてドーベルの
俺が何か悪い事でもしたのだろうか。
どうしてどいつもこいつも俺の理性を試すような真似ばかりするのだろうか。
もしかしてトレセンでそういうの流行ってたりするのか。
仲良くなった男子をからかって遊ぼう、みたいな。
だとしたら許せん。
くそ……何だその上目遣い。どこで覚えてきた!? かわいいね♡
童貞の情緒を狂わせてタダで済むと思っていたら大間違いだ。
こいつらの性格が主に善だという事を加味した上でも、イタズラ心で俺をからかっているなら許せない。
ドーベルがこの前描いていた少年漫画風のラブコメ主人公などの並の男なら、こんな事をされても照れて大声を出して逃げるだとかそんなレベルだろう。
俺でなければだがな。
握手洗いのときも耐えた。
呪い抜き抜きASMRも全力で我慢した。
彼女らの一挙手一投足からなる妖艶さに今の今まで抗ってきた。
俺は十分耐えきったのだ。これ以上受けに回っていたら自我を保つことが出来なくなる。
見事なもんだよ恐れ入った。これは褒美を取らさせねばな。
キレた。もうプッツンした。
手を出される事はないとでも思ったか? さては相当なマゾやね。
男子を性的に煽るという行為の恐ろしさを教えてやる。
ここまで築いてきた絆を盾にいかがわしい事しまくってやるぞ。
魔性の美女。通称美魔女。オスが虜の魅惑のシルエット。淫乱女には天誅だ。
「──ベル。お前電車から出たら覚悟しとけよ」
「えっ……?」
お望み通り少女漫画に欠かせないシチュエーションを体験させてやるからな。
……
…………
「こっち来い」
「あわわっ……!」
電車から出て数分。
コンビニでチョコたっぷりの細い棒状のお菓子を買った俺は、有無を言わさず彼女を路地裏に連れ込んだ。
「つ、ツッキ──ひゃわぅ!?」
とりあえず挨拶代わりの壁ドン。
少女漫画シチュエーションのロールプレイならマストだ。ところで乳がデカいけどどうしたの?
壁ドンで逃げ場を無くした後、自分の中の緊張と羞恥心と罪悪感を押し殺して、俺はドーベルに顔を近づけた。
素面でコレができる少女漫画の男ってやっぱ異次元の生命体だな、と頭の片隅で考えながら。
漫画制作の理念の復唱! アシスタントが何をしてくれるか? ではなくアシスタントのために何が出来るかを考えよう!
「お前、さっき感想を聞かせて欲しいって言ったよな? だったら俺にも聞かせてくれよ」
「な、何の……?」
「ポッキーゲームやろう。電車であんな大胆な事が出来たんなら、こんな遊びなんて余裕だろ」
「えぇっ、え、え……っ」
早速チョコ菓子を加え、ドーベルの顎をクイッと上げてもう片方の先端を差し出した。
やってみせ、言って聞かせてさせてみて、誉めてやらねば人は動かじ。
初めてのポッキーゲームは俺のものだ。緊張します……♡
「ほら、咥えないと始まらないぞ」
「つ……つっ、ツッキー、怒ってる……?」
「怒ってるわけ無いだろ。そもそもこれも資料集めの一環……もっと言えばあの時の”命令”の延長線にある行為だ。お前がイヤなら
「それはっ……えと、ぅ、うぅ……っ」
「ベル」
「はぅっ……♡」
ベルちゃん突っつくの楽しい。かわいいからもっと照れてほしい。
ていうかここで嫌悪感ではなく照れが来るってことは、コイツ俺のこと好きなんじゃないの? 本心見たりって感じですよホント。
「ま、まままって、待って、ごめん……あの、電車でのこと謝る……」
照れながらも両手を前に突き出して、優しく俺を引き剝がした。
逃げるな引っ付け。オラッ! 天高くいななけ。
「こういうのは……その、アンタの家とかで……ほんと、恥ずかしいから……」
「お前から始めた事だろうが……」
「そ、そこはホントにそうなんだけど! あのっ、とにかく今日はありがと! もう行くからッ!」
「あっ、おい! 急ぐでない慌てん坊さん!」
といった流れで逃げられてしまった。残念。
──終わった後で後悔したが、あのまま翻弄され続けるのも癪だった気持ちも捨てきれず、どっちつかずのモヤモヤした気持ちのまま帰り道を歩いていくのであった。