うおっ乳デカいね♡ 違法建築だろ   作:珍鎮

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節操のねえママだな 良識というものはねぇのかよ!

 

 

 ──何だ、この状況は。

 

『ウマ娘に勝てるわけないじゃん! 何で走るの……アタシの隣を走るなんて君には無理だよ!』

 

 俺が今座っているのは、座り心地が快適な映画館の座席だ。

 辺り一帯薄暗く、真正面にある巨大なスクリーンから発される明かりでのみ周囲を確認することが出来る。

 隣にはサイレンススズカ。

 手元には二つの味が敷き詰められたポップコーン。

 そしてそれを取ろうと伸ばした俺の手が、いつの間にか少女のか細い指先で掴まれている。

 どうしたんだコレは。

 何で俺は今、密かにサイレンスと手を繋ぎながら映画鑑賞をしているんだ。

 

『やってみなきゃ分かんねえだろ……俺は絶対にお前に追い付いてみせる!』

『っ……!』

 

 中学生くらいの少年が同い年のウマ娘に雨の中で自らの夢を語る場面に少々の感動を覚えつつ、いつの間にこの状況に陥ってしまったのかを考えた。

 

 始まりは順調だったのだ。

 ウマ娘専用のあれこれが揃ったスポーツ用品店に足を運び、無難にシューズとトレーニング用のちょっと重めな蹄鉄を購入したところまでは良かった。

 サンデーがウチに転がり込んできた夜と同様に、彼女が参加していたルームメイトの女子の特訓についてを会話の中心にしていたからだ。

 その流れで選ぶ商品の良し悪しなども語れた──のだが、その後が問題だった。

 

 あまりにも緊張しすぎて何を話せばいいのか分からなくなってしまったのだ。

 そもそもサイレンスと長時間二人きりで過ごした経験が無い。

 会う時はバイト中か終わった後の帰路のみで、どちらもせいぜい数十分程度のコミュニケーションだった。

 無いのだ。

 私服でこの少女と二人きりで出歩いた経験なぞ、一度たりとも。

 そのため午後の予定を考える時間を設けるため、誤魔化し混じりに映画へ誘ったところ──現在に至るというわけである。

 

「わぁ……」

 

 故意なのか無意識なのか、サイレンスは山場に突入した映画に釘付けになり、俺の手を握る力が少し強くなった。

 これが本当に無意識下での行動ならとんだスケベモンスターだ。ボクと恋人になる気まんまんじゃないか。

 涼しい空調の利いた館内にいるはずなのに何だか火照ってきた。

 うぉっ手のぬくもりと共に緊張を添えて……っ。

 

『納豆って朝以外に食べるとなんか寂しい気持ちになるよな』

『わかる~』

 

 お互い焦りながらどうでもいい会話で時間を稼ごうとするその姿につい感情移入してしまう。

 こちらは会話しているわけではないが、上映中にもかかわらず余計な事を口にしてこの緊張を誤魔化したい気持ちでいっぱいだ。

 サイレンスは何故ずっと俺の手を握っているのだろうか。

 もしかして告白イベントすっ飛ばした? 贅沢な女め。

 とりあえずこの女は一旦婚約者にするとして、この後の予定をどうするか思案して落ち着こう。

 

 このウマ娘に追い付きたい少年と日本中に名が轟くレベルで足が速いウマ娘とのラブロマンス映画を見終えた後、まず考えるべきは昼食だ。

 この映画に影響されたサイレンスが『一緒に走りましょう』といった無茶を言わない限りはそれでいい。

 サンデーを憑依させれば同じ速度で走れるだろうが肉体をボロボロにするし考えるだけ無駄だ。どこで何を食べるかを決めよう。

 

『手を握ってる理由……? そ、そんなの、君が好きだからに決まってるでしょ。君の体温を感じていたいからアタシは……』

「──ッ!」

 

 あわわ。

 また一段と握る力が強くなった。

 痛くさせない加減が出来ている以上これはどう考えても意識して俺の手を握っているはずなのだが、サイレンスは全く離す気配も誤魔化す様子もない。

 俺のこと勘違いさせるのそんなに楽しい? 堪忍袋の尾があるよ。

 コイツが同級生の女子たちとどのような距離感で接しているのかは知らないが、少なくとも俺が男子である以上は一定の距離を保つべきだ。

 さもなければ俺がサイレンスを好きになってしまう。好きになってほしいのかな。じゃあ告白して了承するから。この阿呆!

 

『最悪。ファーストキスなのに、雨の中でなんて……ほんと、最悪っ』

『なら何でそんな嬉しそうな顔をしているんだ?』

『い、言わせないでよ……!』

 

 わぁ。

 きゃあ。

 洋画のやり過ぎなくらいのキスシーンなら何も思わないのに、なんで青春の甘酸っぱい感じのシチュになると目を背けたくなるのだろうか。

 

「ぁ……」

 

 逃げるように横を見たが──やはりサイレンスはスクリーンから目を逸らす事はなく、映画に引き込まれていた。

 

 

 ……

 

 …………

 

 

「いい映画だったわね……」

「お、おう。そうだな」

 

 上映終了後、映画館からショッピングモールへの通路を歩きながら感想を言い合っているのだが、感動の余韻に浸っている彼女の横にいても相変わらず俺の緊張は解けないままだった。

 何故ならサイレンススズカは未だに俺と手を繋いだままでいるからだ。

 おお、本日何度目の誘惑だ? 

 可憐すぎるフェイス。謝れ。

 

「──あっ、ご、ごめんなさい……! 私、ずっと秋川くんの手を……」

「いや、いいよ大丈夫」

 

 気づいた瞬間パッと手を離すあざとすぎ女。

 全然普通にわざとだという事は知っているが、ここは気づかないフリをしてあげるのが紳士というものだろう。

 

「昼飯はフードコートにするか」

「うん、行こ」

 

 はいまた手を繋ぎましたこのウマ娘。

 性根が猥褻。流石の僕も呆れ返るまでよ。

 

「さ、サイレンス。手……」

「えっ? あっ……!」

「気をつけような」

「う、うん……ごめんなさい」

 

 何とか離せたが、そろそろ真面目にサイレンスの距離感のバグ具合に一石を投じたほうがいい気がしてきた。

 こんな事をして困るのは彼女自身ではないのだろうか。

 長い事トレセンという女子高に通っていた影響で、男子との距離感を計りかねているのは分かる。

 しかし最低限の線引き程度なら彼女も理解できているはずなのだ。

 もしかしてサイレンスのライン越えの判定、キスとかになってる? 友達だとしても手を繋ぐのは男女間じゃほとんどやらないと思います。

 スベスベな手で俺の性欲を煽らないで欲しい。

 こっちはサイレンスの手を見るだけで鼓動が早くなる病を患ってしまっているというのに。ホントに困る。

 

「──あぁーッ! サイレンススズカさん!?」

 

 気を取り直してフードコートへ向かおうとしたその矢先。

 つんざくような子供の声が二人きりの空気を割いて入ってきた。

 

「えっ?」

「……あっ、サイレンス、帽子とサングラス……っ!」

 

 映画を観る際に外して以降、おてて繋ぎ事件に意識を持っていかれていたせいで全く気付かなかった。

 変装のために装着していた帽子とサングラスはカバンの中で眠ったまま。

 多くのグッズが販売され遂にフィギュア化までされて一般に浸透したメジャーな有名人であるウマ娘が、人が集まりまくるショッピングモールで変装もせずにほっつき歩いていればどうなるのかなど、小学生でも簡単に予想できることだ。

 

「……すまん、映画を観終わった後に言うべきだった」

「私も気がつかなかったから……えと、とりあえず新人トレーナーさんが勉強のためについてきた、っていう設定でいいかしら……?」

「ボロが出ないか心配だ……」

 

 少しばかり先を急いでいるような雰囲気を醸し出しつつ神がかったファン対応をこなしていくサイレンスに驚きつつ、余計な事を言って墓穴を掘らない為に最低限の嘘だけ喋ってその場を乗り切る。

 

「ァっ、あのっ、僕っ、スズカさんの大ファンで……えと、走ってる姿がカッコよくて、憧れで……っ」

 

 握手だのサインだのと平気で押しかけてきたミーハー集団とは異なり、一番最初にサイレンスの存在に気がついた少年は一番最後まで順番を待ち、心底緊張しながら遠慮がちに応援を伝えている。かわいい。

 そんな少年の健気さに思うところがあったのか、サイレンスはバッグの中から蹄鉄を取り出して彼にプレゼントした。

 

「良かったらこれ、貰って?」

「えっ! て、てっ、蹄鉄……スズカさんの……っ!」

 

 サイレンスを取り囲むように迫ってきた十数人の中で、実際に彼女が使用した蹄鉄を譲り受けたのはあの少年だけだ。

 一番最後にスーパー神対応をぶつけられた少年が怯んだのも束の間。

 そんな彼の頬を軽く撫でながら、サイレンスは聖母を思わせる微笑みを放つ。

 

「ふふ、応援してくれてありがとう。きみに憧れ続けてもらえるように、私もっともっと頑張るわね」

「……はひゃっ、ぁ、わァっ……」

 

 おっ、少年の性癖が壊れる音。今年もそんな季節か。

 サイレンスの立ち振る舞いがあまりにも自然且つ焦って無さすぎて、一緒にいる俺のことなんか何も聞かれなかった。これはきっとトレセンの関係者か何かだとみんな誤解してくれたに違いない。

 

 ──と、そんなこんなで緊急的なファンサをサイレンスの対応力でうまく躱し、俺たちは逃げるようにショッピングモールを後にした。

 モールから逃げたことで昼食を食いそびれてしまったな、と考えた辺りで辿り着いた先は商店街だった。

 道行く人々の年齢層がグッと引き上げられたせいなのか、先ほどとは打って変わってサイレンスを見てお祭り騒ぎになる様子は無い。

 存在自体は認知しているのだろうが、決して迫る事はないという大人の余裕が感じられる良い雰囲気の場所だと感じる。

 

 ……安堵したら、なんだか催してきた。

 映画を観てからここへ逃げるまでにいろいろあったせいか尿意にも気づかなかったらしい。ちょっと失礼。

 

「悪い、トイレ行ってきていいか?」

「じゃあそこのベンチで待ってるわね」

 

 一瞬だけ彼女を一人にしてしまうが、ご年配の方が多いここならファンに囲まれることも無いだろう。

 急いで公衆トイレへ赴き、用を足して洗面台の前に立つと、なんとハンカチがない事に気がついた。

 どこにやったかな。

 

「はい、ハンカチ」

「助かった、サンキュな」

 

 いつの間にか隣に居たサンデーがハンカチを手渡してくれた。

 

「……平然と男子トイレにいるよな、お前」

「隔離された場所で怪異に閉じ込められたら助けられない。なので」

「そうですか……」

「はい」

 

 思うところが無いわけではないが、コイツはコイツで自分にできる事をやってくれているだけなのだ。

 いちいち文句を言っているようでは信頼関係など結べない。

 仲良くしよう♡ ウェディング記念♡

 

「ハンカチはどうやって持ってきてたんだ?」

「普通に手で」

「……他の人から見たらハンカチが浮いてるように見えるな」

「しょうがない」

「それは……まぁ、しょうがないか」

 

 出かける前に荷物確認を怠ってハンカチを忘れた俺が悪い。なので何も言えない。

 とりあえずサンデーから受け取ったハンカチで水気をふき取り、トイレを出ていく。

 なの、だが。

 

「……トイレの出口がこんなに長いわけないな?」

「たぶん嫌がらせ」

 

 また怪異が絡んできやがった。

 やはりサンデーがトイレまでついてきた判断は正しかったようだ。

 

「あれ、カフェさん? こんなところで奇遇ね」

「スズカさん……こんにちは」

 

 横にある壁の向こう側から薄っすらと外の声は聞こえるのだが、ブチ破って脱出というパワープレイが出来ない以上は前に進むしか選択肢がない。

 

「なぁサンデー。俺の呪いって本当に解呪できてるのか? 今みたいに普通に絡まれてるけど」

「呪いは怪異が対象を自分の世界に引っ張るためのモノ。前は無限ループする濃霧の中に引き込まれたけど、押印された呪いが薄まってるから引力が弱まって、この上層部分に留まることが出来てる」

「はぇ~……」

 

 エロゲだったらそのままNSFWのCG回収が出来てしまえそうなあのドスケベ交流会にもしっかり意味があったのだと分かって安堵した。

 こちとら二回も女子を押し倒して精神がゴリゴリに削られている状況なのだ。

 こうして効果が実感できなかったらそのうち泣いてた。

 

「異性に送る誕生日プレゼント?」

「恥ずかしながら……父親以外の男の人に渡したことがないので、難しくて……」

「うーん。そうねぇ……無難だけど、ネクタイとかどうかしら。相手はトレーナーさんでしょう?」

「あ、いえ。その……た、他校の男子でして……」

「えっ!?」

 

 かろうじてサイレンスの驚いたような声が聞こえた気がするのだが、困った事に未だ出口の光が見えない。

 気がつけば歩いている場所は公衆トイレではなく、真っ暗なのに自分の身体と足元がハッキリと視認できる謎の空間になっていた。歩数を間違えたら出られなくなりそう。

 

「驚いた……カフェさん、恋人がいたのね……」

「っ!? いえっ、全然そんな関係では……!」

「そ、そうなの?」

「はい……まだ普通のお友だちと言いますか……それに、向こうが私をお友だちだと思ってくれているかは、正直自信が無く……」

「不思議な関係性ね……でも、ちょっと羨ましいわ」

「羨ましい……ですか」

「だってもう誕生日を教えてもらったんでしょう? 私なんてそれっぽい理由をつけて遊びに誘うので精一杯。プレゼントなんて夢のまた夢っていうか……」

 

 聞こえそうで聞こえない──うわっ、屋内のはずなのに雪が降ってきた。この空間ちょっと歪み過ぎではないだろうか。

 一瞬で寒くなったので湯たんぽ代わりに体重がめっちゃ軽いサンデーを抱きかかえつつ出口へ進んでいく。

 てか軽すぎなお前。持ち運びしやすいため今日より役職抱き枕。

 

「一緒にいるときは平気なフリをしているつもりなのだけど……やっぱり駄目ね。緊張しちゃって、事前に考えてた話の話題も忘れてしまうし」

「分かります……気の利いた会話を心掛けたくても、なかなか。……もしかしてスズカさんもお相手が……?」

「ぁいやっ、私も全然まだ友達でしかなくて……あはは。あのカフェさん、これは二人だけの秘密って事に……」

「勿論です。私としても、周囲の人たちには打ち明けられない事ですから」

「そうなのよね……いつも一緒にいるからこそ、話しづらいっていうか。ほんと、カフェさんとここで会えてよかったわ」

 

 ようやっと出口の光が見えてきた。

 住宅街で六時間迷いまくったあの時と違い、サンデーの案内が無くてもまっすぐ進めば出られる辺り、本当に怪異からの干渉を最低限のレベルに抑えることが出来ているようだ。

 マンハッタンさんには後で改めて礼を言っておこう。

 

「ようやく出れた……」

 

 サンデーを降ろし、肩や頭に乗った雪を軽く払ってからベンチの方へ向かっていく。

 だいぶ待たせてしまった。

 

「サイレンス、お待たせ」

 

 そう言って声をかけると同時に、彼女のそばにもう一人誰かいる事に気がついた。

 あれは……マンハッタンか。

 

 

()()()()()()()()

 

 

 おお、と慄く見事なハモり。体型といい足の速さといい、よく考えると似ているね君たち。

 

()()()()

 

 互いに顔を見合わせて固まるサイレンスとマンハッタン。

 二人が知り合い同士である事を俺が知らなかったように、どうやら彼女たちも互いが俺と知り合いである事を相手には話していなかったらしい。

 とりあえず一旦彼女たちの前まで行き、お手洗いで席を外していたことをマンハッタンに説明した。少し離れた後ろの方にいるサンデーが何かしらのハンドサインを送っているあの姿を見れば、マンハッタンも俺たちが怪異に襲われたことを察してくれることだろう。

 

「……? ……???」

 

 相変わらず固まったままだ。何か言え。絵画のようだよ。

 一体どうしたのだろうか。というか二人でどんな内容の会話をしていたのか。

 

「…………葉月さん、スズカさんとはどういったご関係で……」

「えっ? あぁ、サイレンスは何つーか、あの喫茶店のお得意様っていうか……よく来て話してくれるんだよ」

「……秋川くん、カフェさんと面識があるの……?」

「あのバイト先がマンハッタンさんの実家なんだ。それで……」

 

 何だろうか。

 微妙に気まずい空気が流れている気がする。

 友達の友達が意外にも近くにいたヤツだったというだけで、こんな雰囲気になるものか。

 

「……プレゼントを贈る相手、って……」

「スズカさんが誘った相手が……葉月さん……?」

 

 マジで一個も二人の会話が聞こえなかったので状況が飲み込めない。

 もしかして大事な話をしているときに割り込んでしまって『コイツ空気読めない奴だな……』って呆れられてるのだろうか。

 

「──ん。ハヅキ、返事はしなくていいから聞いてほしい」

 

 何でしょうか。

 

「もしこの栗毛ちゃんと今後も接触する機会が多いなら、話がこじれる前に呪いの事を打ち明けた方がいいと思う」

 

 それはそうだと思うが、あんな怪奇現象を果たして信じてくれるだろうか。

 

「あくまで提案。最終的な判断はハヅキに任せる」

 

 確かにサイレンスが事情を共有してくれるのはありがたいが──いや、もうこの際だから話してしまおうか。

 何となくだが、彼女なら突拍子もない話でも信じてくれそうな気がする。

 もしサイレンスとの今後の予定を組む際に解呪の儀式と被ってしまった際に、下手な言い訳をするのも心苦しい。

 打ち明けてしまおう。何よりその方が俺の心境がとても楽になる。

 

「……サイレンス、ちょっと聞いてほしい話があるんだ」

「えっ?」

「マンハッタンさんも居てくれた方が助かるから、三人だけで話せる場所に移動したい」

「……? ……あ、なるほど。はい、分かりました。スズカさん行きましょう」

「え、えぇっ?」

 

 というわけで誰かに話を聞かれる心配のない場所へ赴こうとした結果、最終的に俺の家で話そうという結論に至ってしまったのであった。

 何だかウチが賑やかになってきたな。うれしい。

 

 

 

 

 

 

 ──?

 

「葉月さん、がんばってください……あと十五分で終わりにします……」

 

 ん。

 何がどうなったんだったか。

 

「だいじょうぶ、秋川くん? 辛くなったら私に寄りかかってもいいから……」

 

 カーテンを閉め切った薄暗い部屋の中。

 四畳半の狭い部屋に敷いた布団の上に座り、二人のウマ娘に両サイドから囁かれつつ、優しく腹部を触られている。

 思い返す。

 思い返す。

 なぜ、一体どうしてこの状況に陥っているのかを、茫々した視界に揺れながら想起した。

 

 確かサイレンスに解呪の概要を知ってもらうために、一旦マンハッタンの実家に寄って儀式用のペンダントを持ってきたんだったか。

 まだ儀式から一日しか経過していないため石は若干濁っているものの、俺の状態と白ペンダントの変化を見てもらったほうが話が早いという結論になったのだ。

 一応サンデーが物を動かしたりして特異な存在の有無自体はサイレンスに信じてもらえたが、怪異のことを話したのなら呪いの事も詳らかにしなければ、俺とマンハッタンの間にある関係性を不審に思われる可能性が高い──というわけで、この状況になったんだった。

 

 ちなみに俺は布団の上で胡坐をかいて座っているのみで、これといった拘束はされてない。

 前回の反省を踏まえてロープでグルグル巻きにでもした方がいいんじゃないかと提案したものの、理性が無い状態では体の限界を考えずに拘束を解こうと暴れてしまう恐れがあるらしく、俺を怪我させないためには下手に拘束するよりも感情の矛先をウマ娘である自分たちに向けさせた方が安全だとマンハッタンに諭されたためにこうなっているワケだ。

 ウマ娘は多少頑丈なので問題ない、の一点張りだった。

 サイレンスもこれに同意的で、怪我だけはさせたくないと懇願されてしまっては、俺から言えることは何もなかった。

 

 で、肝心の二人が同時に俺に触れている理由だが──これは単にこちらの方が効率が良いから、だそうだ。

 ペンダントを持つ対象が二人になる事で、呪いを吸い上げる吸引口も二つになり、儀式の時間短縮につながるらしい。

 正確に言えば一時間が三十分になる。

 儀式が効率化され、俺が理性を失って暴れかける時間も減らせるとなればやらない理由は無かった。

 という事で二人は俺の両サイドに座り、背中側に回した手でペンダントを握り合い、もう片方の手で腹部の精神体から呪いを抜いている。

 

 ──のだが。

 

「秋川くん? 顔が赤いし、汗が滲んできてるけど……冷房の温度を下げましょうか?」

 

 さわさわ。

 

「残り五分ですが……黒ペンダントの効果で理性のリミッターが外れかけている証拠です。この状態だと考えたことがそのまま一番の優先順位になるので、汗の不快感や喉の渇きに対応するためのタオルや飲み物などを用意しないと……」

 

 さわさわ。

 

「途中で離しても大丈夫なのかしら」

「どちらか片方が触れ続けていれば大丈夫です」

「じゃあ私が持ってくるわ。……秋川くん、待っててね」

 

 耳元で囁き。

 

 

 ──頭がおかしくなりそうだ。

 

 効率化?

 コレのどこがだ。違和感に気がつかないのか。

 時間が短くなった分、儀式の内容が濃密になっただけじゃねえか。どこまで俺を高揚させるおつもりか?

 何だよ二人って。

 両サイドに座って腹部を優しく撫でられながら両耳に囁きASMRされてる俺の気持ちを考えてくれよ。これならどちらか一人にやってもらってた方がまだ我慢できるわ。

 アスリートの風上にも置けないわ。スケベの化身がよ。かわいいな……。

 身体を密着されて、二人の女子の甘い体臭に脳を揺さぶられて、実際に触れてもらう衝撃と耳元で囁かれる破壊力は余裕で地球を破壊できるレベルのものだ。俺のこと殺したいのかな。

 

「はい、飲み物。お口を開けて?」

 

 腹部を触られながら時折ジュースを飲ませてもらい、首元に汗が伝えばタオルで拭いてもらえる。 

 何より二人でペンダントを持ちながら俺に触らなければいけない都合上、三人の密着度がヤバいことになっている。

 比喩抜きにして()()()()()

 俺の肩に二人の胸部が密着されており、俺は人類で初めて肩で女子の心臓の鼓動を感じ取った人間になってしまったのだ。

 加えて、顔が近い影響で時たま彼女たちの頬が当たる。やわらかほっぺを当てんな! 頬肉がマジで邪魔だ! この弾力新たまねぎ♡

 

「もう少しです、葉月さん……がんばって……」

「大丈夫? 息、上がってきてるけど……えらいわ秋川くん。こんなに我慢できて……本当にえらい」

 

 ぁ°。

 何かにヒビが入った。

 これまで受けてきた無自覚エロ攻撃が三乗くらいになって加速度的に理性を破壊してきている。

 もう、我慢できる限界などとうの昔に超えていた。

 

「──~~~~ッ゛!!!!!」

 

 スケベ女の癖に調子に乗りおって……3つある堪忍袋の尾がとうとう切れたぜ。

 

「ひゃっ……」

「カフェさ──あぅっ」

 

 絶対にどこにも触れまいとズボンのポケットに突っ込んでいたはずの両手を解放し、二人の肩を抱き寄せた。

 もう完全に俺のだわ。全身が交尾を体現してるじゃん。月が綺麗ですね。

 

「どっちからキスしようかな」

「え? ……えぇっ、秋川くん!?」

「す、スズカさん、お気を確かに……」

 

 焦り過ぎ。心底キスを楽しみたいんだね♡ 愚かだ。

 おいおいやはりただのメスなのか? それとも栄光を掴むのか。どっちなのだ!?

 

「だだだってキスって今……!」

 

 下品なあわてんぼう女。お天道様に顔向けができないよ。でも俺だけは見てるよ。 

 

「恐らく葉月さんはこれでも耐えている方です……私たちが離れてはいけません……っ」

 

 すぅぅぅぅーっ、はぁぁ。

 良いメスの匂いだ。侘び寂びを感じるね。

 

「ペンダントが最大量に達する前に二人とも離してしまうと……呪いが逆流して大変なことに……」

「で、でもっ、秋川くんの息が凄い荒くなって……ひぅっ、み、耳を甘噛みしないでぇ……」

 

 おい学園じゃその顔絶対するなよ? エロ女だと看破されるからな?

 謙虚に堅実に生きよ。決してあきらめるな。自分の感覚を信じろ。

 

 ──いつもなら残り十分ほどで脳の抑えが利かなくなる。

 逆に言えば経験上では五十分は耐えられるはずなのだ。ここまでの所要時間は二十五分で、ちょうど半分しか経っていない。いつもなら余裕でいけるはずだった。

 だがそれは相手が一人だった場合に限るようだ。

 

 状況が両サイドあまあま囁き応援ASMR~ハーレム撫で合いで呪いを抜き抜き♡~ になってしまった以上、もはやすべての計算式が破綻してしまった。もう俺にはどうにもできない。

 自分の下唇を噛んで、思い切り目をつぶって我慢するくらいだろうか。

 

「っ゛……ッっ゛」

「んんっ♡ ……ぁ、と、止まった……?」

「い、いけない、妙な我慢の仕方で凄い量の涙と汗が……葉月さん、辛かったら遠慮せずに寄りかかってください……」

「わっ、私も大丈夫、また肩を掴んでいいから……そんな血が滲むくらい自分の手を強く握るのはやめて……?」

 

 おい! 男の子が頑張って死ぬ気で本能を抑え込んでるのに解こうとするな! 応援してそこは!

 いやいいか。

 許されてるし。

 ムリを通せば道理が引っ込むというもの。エキセントリック!

 

「あっ……はい、そうです、力み過ぎず私たちに頼ってください……ちゃんと支えますから……」

 

 こんな三人で塊になって蒸れた触れ合いをしながら今更何をのたまう? 何をして喜ぶ? 状況判断が大切だと教えたはずだ。

 とりあえず両手を二人の腰元に回し、彼女たちを引き寄せてマンハッタンの方に体重を預けた。

 まるでサウナにでもいるのではないかと錯覚するほどに暑い。

 意識と視界が茫々として、涙で滲んで何も見えない。

 普通の男であれば昇天してしまうところだ。

 俺でなければだがな。

 

「は、ァ……二人とも、ごめん……っ」

 

 以前は五十分ちゃんと耐えられた──その経験だけが俺を支えている。

 

「ちゃんと、耐えるから……なにか、落ち着くことを言ってくれ……」

 

 俺史上一番頑張ってる。

 いつまでも性欲に振り回される俺ではないのだ。

 がんばれがんばれ!イけイけイけ!情けなくイけ!下品にイけ!とてつもなくイけ!!

 

「は、はい。えぇと……一日は八万六千四百秒です……」

「私も……あ、ダチョウの卵って茹でるのに四時間かかるんだって」

 

 違う違う違う違う!!!!!

 泣きそう。

 

「そっ゛、そういうのじゃ、なくて……こう、母乳のぬくもり的な……」

 

 なんかこうもっとなんか、なんかない?

 

「母乳のぬくもり……ですか……」

「保健体育でやったような……でも、仕組みがよく分からないわ……」

「あれは子供を産んでなくても可能なのでしょうか……」

 

 待ってワードチョイスをミスった。比喩。ニュアンスで理解してほしい。

 温かい言葉的な意味が含まれてたんだよ。

 限界ギリギリの理性でやっと絞り出せた言葉なんだよ。察して。

 

「葉月さん……牛乳で代用してもよろしいですか……哺乳瓶はありませんが……」

 

 マンハッタンミルク。

 

「そういう問題なのかしら。えっと、哺乳瓶が売ってるのって薬局……?」

「次回までに買っておきましょう……あと粉ミルクとか……」

 

 あれ、あれ。流れがおかしい。

 下品な感性を生まれ持ちやがって。調教が必要だなこれは。カルマ。

 

「今は手元に紙パックのコーヒー牛乳しかないので……ストローをどうぞ……」

「んむっ」

「よしよし……いい子ね……」

 

 おいちい♡

 こんなはずではなかったんだ。

 ママとしての矜持を持てよ。

 気合いでペンダントの効果を耐え抜いて男を見せるはずだったのだ。

 ママは息子にしゃぶりつかれたら出来合いの甘やかしをするのが摂理だろ! 丁寧に撫でろ。

 違う……ちがう……。

 

「秋川くん……あまーいのちゅるちゅる終わったら、おねんねしましょうねぇ……」

「葉月さん、今回はかなり消耗しているので本当に眠ってしまったほうがいいかと。汗は私たちで拭いておきますので……」

「ほら、カフェさんも」

「あ、はい。えっと……上手に飲めてえらいです……ねんねできるまで、お背中とんとんしてますね……」

 

 二人とも柔らかい笑顔になった途端にケツの尻尾が浮き上がってきているぞ! ママ! そんなんで母は名乗れんぞ! そういうとこ好きだよ。

 ちなみに失言で男としてのプライドが灰燼と化し心がポッキリと折れたため、俺は目が覚めたら『何も覚えてない』という設定で乗り切るべくそのまま瞼を閉じて押し黙った。

 オイ! あまり頭を撫ですぎるな。素人ママめ。その意気やよしだ。

 山田……たすけて……。

 

 


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