うおっ乳デカいね♡ 違法建築だろ 作:珍鎮
──ムラムラするという情動は罪ではない。
雄という生き物なら誰もが持ちうる不変の摂理であり、泡ハンドソープで女子と手を洗い合うという未知の文化との出会いや、絶対に反応してはいけない状態で一方的に少女から肢体に触れられたり蒸れるほど狭い場所で密着したりなどしてしまえば、ソレが爆発的に加速する事などコーラを飲んだらゲップが出るくらい当たり前の事なのだ。
ゆえに今この瞬間もポーカーフェイスの奥底で性欲が蠢いているわけだが、それは悪い事ではない。
呪いや担当トレーナーが通りがかったことによる混乱なども加味すれば彼女たちに非があるわけでもないことは自明の理だ。
しょうがない事、なのである。
だからライブが終わって早速知り合いのウマ娘の内の誰かに連絡を入れようとすることは間違いでは──
「見てたかい秋川っ!?」
「うぇっ……?」
「お゛ぉ゛~ッ!! メジロドーベルぅ~!!」
──待て。
ライブ中常に全力でオタ芸に注力し、終わった瞬間に隣で雄叫びを上げた山田のおかげで、正気を取り戻すことが出来た。マジで助かった、間一髪だ。
ドーベルが出走へ赴く姿を見送ったあと、珍しく山田から連絡が入ったので『俺も会場にいる』と返信したところ、この特別席で華麗にペンライトを振り荒ぶる連中と同席する事に、という経緯で今ここにいる。
そろそろ夕焼けが顔を出し始める時間帯。
俺と山田は今日行われるプログラムをすべて見終えると会場のすぐそばにあるカフェの屋外テラスへ移動し、ちょっとしたケーキと珈琲を嗜みながら今日の感想を言い合っていた。
「はぁ……メジロドーベル、まさか本当に一着を取ってくれるとは……」
「……前から思ってたんだが、山田お前なんか推しの人数が多くないか」
「いやまぁ確かにサイレンススズカもマンハッタンカフェも推しだけど……聞いてくれる?」
「どうぞ」
俺の性欲を凄まじい大声で一時的に誤魔化してくれた恩人だ。面倒くさいが最後まで聞こう。
「風の噂だったんだけど、なんか最近街で走り込みしてる姿をよく見かけられるウマ娘の話が上がっててね。試しに目撃応報の多い場所に行ってみたらバッタリ、本当にいたんだメジロドーベルが。それで僕もよく通る道だからほぼ毎日その姿を見かけてたんだけど、彼女は酷い猛暑でも強い雨の日も変わらず真剣に走り込みをしていたんだ! もう感動してしまって! 凄くかわいいし!! だからいつの間にか心惹かれていて……二日前、道を通りがかった彼女に勇気を振り絞って『レース頑張ってください』って言ったら、彼女は恥ずかしそうに手を振ってくれるばかりか『ありがとう』って! もう推しになるしかないよね!! 好き……最高に好き……」
──オタク特有の早口で捲し立てられたが、要するにこの男は結構ガチでドーベルのファンになっていたようだ。
彼女を応援する熱量ではファンには敵わないと分かっていたが、まさかこれ程までに差があるとは思わなかった。
会場で山田含む彼らが披露した、あの古から伝わりし華麗なるヲタ芸は芸術の領域に達していた。
彼らの本気には驚かされるばかりだ。俺もアレ覚えようかな。
「んっ……?」
未だに語り続ける山田の演説を話半分に聞いている最中、ポケットの中のスマホが揺れた。
取り出して画面を確認すると、そこに表示されていた名前がメジロドーベルだったことに気がつく。噂をすれば、とはこの事か。
≪あだ名≫
出走前に言っていた俺のあだ名が思いついたようだ。
ちなみにライブ終了後にもメッセージは送られてきていたのだが、俺が賛美の言葉を送るよりも早く『二人きりの時に言って』と釘を刺されてしまった。
まるで恋人の距離感。
なので未だに勝利したことを褒める事が出来ていないのだが、それを聞くよりもドーベルは俺に付けるあだ名を優先したいらしい。変わってるね。
≪葉月だから、ツッキーとか どう≫
そのあだ名マジ? 往来で呼ばれたら死ぬが。
≪そっちが恥ずかしがらずに呼べるなら構わないけど≫
≪あぅ≫
何が『あぅ』だお前あざとすぎるだろ。
うぉ……さっきまで笑顔振りまいてたスターウマ娘がしちゃいけねぇ照れ・ヴォイス。
≪よぶ 絶対呼ぶ!≫
≪はい≫
≪そっちもちゃんとベルって呼んでね≫
あだ名ってそんな意識して呼ぶものだっけ。別にいいんだけども。
「秋川? 誰かから連絡?」
「ん……あぁ、知り合いから。前に教えたあだ名で呼べって」
「何それ……変わった知り合いだね……」
山田からの反応を適当に誤魔化しつつ、この場でメッセージのやり取りを続けるのはマズいと思い早々に本題へ移った。
≪んで俺に聞かせる命令は決まったのか?≫
≪そ それは≫
問題はここだ。勝利したらご褒美としてプレゼントすると言った手前、有耶無耶にはできない。
やるなら早いほうがいい。
アシスタントみたいな形で漫画制作の手伝いをする、とか何とかなら問題はないのだが、犯罪チックな要求をされた場合は説得の言葉を用意しなければならない。
何が来るんだろう。ドキドキ。
≪あの、えっと≫
≪何だ≫
≪てて手伝い 漫画の手伝い いろんな資料が欲しいです お願いします≫
≪そんなんでいいのか?≫
≪はい お願いします≫
資料の調達とは、これまた謙虚な願い事だ。
いくつかの図書館を回って参考になりそうな書籍を借りて持っていけばそれでよさそう。
≪あの 来週≫
……?
≪来週いく アンタ あ ツッキーの家≫
≪は?≫
何でそうなるんだ。もしかして資料請求すらせず俺の家でネットサーフィンするだけとか、こっちの予想をはるかに上回る謙虚さだった? 誉れ高すぎワロタ。大和撫子の鑑だよお前。
≪命令だから! あの時ちゃんと言質とったから!!!れ!!、!!!≫
≪いや、駄目だなんて言ってないだろ 来週のいつ来るのか決まったらまた連絡くれ≫
≪はい……≫
テンションの振れ幅すごい。俺みたい。
≪あのあの≫
≪どした≫
≪本当に行っていいの 迷惑じゃない?≫
何でそこで怖気づいてしまうのだよ。愛おしい。
≪俺の家なんかいつ来ても大丈夫だぞ≫
≪はぇ≫
実家から持ってきた荷物は少なく、またよく自炊をするためコンビニ弁当等のゴミも出にくい事から、家の中は基本的に片付いている。
まぁ、綺麗というよりは殺風景なだけだが。
利点としてはいつでも誰かを家に上げられるところだ。デカ乳ウマ娘のポスターもマンハッタンを招く直前に押し入れの奥底へブチ込んでおいたので、見られて困るものは一つもない。
≪じゃあまた来週……ツッキー≫
≪お休み、ベル≫
≪ヒョわ≫
いちいち悲鳴みたいな文字列送ってくんな。
「おっ!? あ、秋川アレ! 地下鉄に向かってるのメジロドーベルじゃね!?」
「マジだな。手ぇ振ってみるか」
「み、ミーハーだと思われないかな……?」
「どう思われたいんだよお前は……」
言いながら山田と一緒に手を振ってみると、遠目に気がついたドーベルは恥ずかしそうに視線を右往左往させつつ、小さく微笑んでこちらに手を振り返してくれた。ここはひとつ結婚で手を打たない?
「ぅっお°……振り返された……二日前の件も相まってメジロドーベルに認知されてしまった……」
「よかったな」
「後方彼氏面が捗る。次回からそうしようかな」
「お前スゲぇよ……」
謙虚なファンかと思ったら自己肯定感意外と高いし面白い男だ。
と、そんなこんなで談笑していると日が暮れてしまった。
明日の予定が無いとはいえ、そろそろ帰ったほうがいい。というか帰りたい。
──性欲が治まったわけではないのだ。
山田のおかげで一時的に鳴りを潜めたとはいえ、これまでの記憶は鮮明に脳に焼き付いている。
このまま我慢する事など不可能なので帰宅次第男子が当たり前に行うルーティンに耽る事は確実だ。
とてもムラムラする。
だから早く帰りたいのだが、事もあろうに山田とゲームセンターに寄ってしまった。断れなかった。俺は弱い。
「ぐおぉ……もうちょっとなのに……」
「もう二千円使ってるぞ。やめようぜ」
「無理に決まってるだろ! スズカの初めてのフィギュアだよ!!」
ちなみに山田はゲーセンの商品に追加されたサイレンススズカのフィギュアを取るためにクレーンゲームで悪戦苦闘している。
サイレンスのグッズが飛ぶように売れたことが理由で、近年では珍しくフィギュア化までされていたらしい。おっぱい超デッカーウマ娘のフィギュアは無い?
≪秋川くん≫
うおっ、突然のサイレンスからのメッセージ。正直慄いた。
≪久しぶり 今、いい?≫
≪どした≫
数週間ぶりのやり取りだが、ドーベルの様な露骨な緊張は見受けられない。流石はフィギュア化された女だ。
≪次の火曜日なんだけど、空いてる?≫
≪予定は無いけど≫
山田の攻防を一瞥しつつ返信を続ける。
「秋川ァ! 横から見てタイミング図って!!」
「今忙しいから無理だ」
「スズカのフィギュア欲しくないの!?」
「お前のだろ。……ていうかそれ、もう初期位置に戻してもらったほうが良くないか? 全然動いてねえぞ」
「……た、確かに」
彼の相手もそこそこにスマホへ目を落とすと、いつの間にか返信が届いていた。ドーベルといいサイレンスといいウマ娘って返事早いね。
≪シューズと蹄鉄を買いに行くのだけど、一緒に見てくれない?≫
デートのお誘いに見えるがそれは違う。
中学の時も似たような文言で誘われたが、当日は相手の友達やクラスメイトの男子も居たりしたのだ。不埒で悪辣。
行かないわけではないが、期待し過ぎない心持ちで事に臨もう。
≪俺は構わないが、そういうのってトレーナーと見るものじゃないのか≫
≪壊れちゃったのは練習用の方だから≫
≪そうなん≫
本人が問題ないと語るのであればこちらから言う事は何も無い。気になるのはもう一つだけだ。
≪スペシャルウィークさんの特訓は≫
≪同期の子たちと合宿へ行ったから、私はお役御免 喫茶店にもまた通えるから≫
通うという宣言の重要さに彼女は気がついているだろうか。
しかし特訓が終わって会える時間が作れるようになったのは素直に嬉しい。
お互いを隔てるものはもうなにもないんだよね♡ イチャイチャラブラブ指導だ。
早く会いたい……。
≪それじゃあまた火曜にな≫
≪え≫
っ?
≪どした≫
≪難でもない≫
誤字ってるぞ。ドーベルもそうだが慌てている時の変化が分かりやす過ぎる。
≪何かあるなら言ってくれ≫
≪ 最近 話してなかったから≫
≪うん≫
≪もう少しだけお話し したいかなって≫
え、恋人の距離感?
もしくは仲のいい女友達にも毎回『寂しいからもう少し話そう』とか言ってる?
いい加減にしてくれ。子供が楽しみだね♡
≪なら夜に電話かけるから≫
≪いいの?≫
帰ったらお楽しみが待っているのだが……まぁ、サイレンスとの電話が終わってからでいいか。
今の俺は性欲に傾きまくっている男だ。
そんなヤバい日の俺と話したいだなんて軽率な発言をしたことを後悔するがいい。支離滅裂な事しか言わないからな。
≪じゃあまた夜にな≫
≪うん!≫
ということでサイレンスとのやり取りが終わると同時に、どうやら山田もクレーンゲームでの激戦をやり終えたらしい。
フィギュアの箱が入った袋を片手に上機嫌な彼とゲームセンターを後にし、お互いの進む方向が異なる分かれ道までやってきた。
いろいろと予想外なことが多かったものの、総合的に見れば楽しい一日だった。実は俺も上機嫌だ。
「じゃあ秋川、これ」
「えっ?」
またな、と言って解散しようとした矢先に、山田が後生大事に抱えていたサイレンスのフィギュアの箱を差し出してきた。何事。
「誕生日だったでしょ、来週。前倒しだけどこれプレゼント」
「……あ、あー。そうだ、そうだったな。……え、貰っていいのかコレ」
「だからプレゼントだって。……まさか秋川、自分の誕生日を忘れてた?」
「い、いや、んなわけないだろ、悲しみを背負った少年漫画の主人公じゃあるまいし」
と言いつつも、自分がそのまさかに該当するとは思わなかった。
わざわざ一人で自分を祝った記憶も、家族にバースデーソングを歌ってもらったことも無いせいか、すっかり忘却してしまっていたようだ。
そういえば。
去年も山田からだけは誕生日に何かしら貰ってたんだった。
あの時は……確か、コンビニの三百円くらいのプリンだったっけか。普通に結構嬉しかったんだよな。
「じゃあ逆に聞くけど、僕の誕生日は?」
「十月の二十九日だろ」
「うわ、キモ……」
「このっ……去年お前が中央のファン感謝祭と日付被ってるってしつこく嘆いてたから覚えただけだっつの。うぜぇなこのデブ」
「あー悪口言った! フィギュア返せ!」
大体完全に忘れていたわけではない。
当日になれば、そういえば今日誕生日だったな、と不意に思い出す可能性も十二分にあった……はずだ。舐めんな。
「ほれ、返す」
「え? イヤ冗談だって。それ元々秋川にあげるつもりで取った奴だし。僕もう保存用と観賞用とカラーリング別ので五体持ってるし……店舗別の限定カラーのやつはあげないよ?」
「ねだらないって。……その、ありがとな山田。大切にする」
「それはもちろん。埃が被らないように毎日手入れしてね」
「……箱から出すのやめるわ」
友人から誕生日プレゼントを貰う。
それは、他の人にとっては当たり前の事だろうか。
今の俺にはまだ分からないが、コレが当たり前になったとしたら、それは凄く幸福なことだと思う。
「じゃね」
「あぁ、また」
改めて別れの挨拶を交わし、解散。
本当に今日は楽しい日だったと実感しながら帰路に就いた──その道中。
「──うぉっ!?」
あの厄介な怪異のカラスが再び現れ、奴にフィギュアが入った袋を奪われてしまったのであった。
◆
──それから二時間弱が経過した、現在。
「……」
「……」
紆余曲折あって最終的に自宅へ戻った俺の前には、今日ドーベルと一緒に閉じ込められていたロッカーから解放してくれた、あのマンハッタンカフェ似の白髪の少女が鎮座していた。
お互いに向き合い、お互いに正座をして、何から切り出せばいいか分からず沈黙してしまい早数分。
俺の頭の中は今世紀最大の混乱に陥っていた。
事の経緯は次の通りだ。
まず道端で突然襲い掛かってきたカラスに山田から貰ったフィギュアを奪い去られてしまい、俺は必死でそのバカ鳥を追跡した。
しかしカラスはフィギュアの入った袋を咥えているとは思えない速度で逃走し続け、足が遅く空も飛べない俺ではもはや取り戻すのは不可能かに思われた。
──その時だった。
諦め半分で『ジャンプしたら届かねぇかな』と考えながら地面を蹴ると、俺は
軽く五メートルは跳躍したのだ。
重力が無くなってしまったのかと錯覚するほど体が軽く、赤い帽子の配管工もかくやという程の大ジャンプだった。
目の前の光景に混乱し、フラついた俺は気がつけばビルの屋上に着地。
そこで休んでいたカラスと再び邂逅し、とにかくフィギュアだけは取り戻さなければ、ということで。
まるで忍者の如く建物の上を伝いながらの鬼ごっこが幕を開けた。
程なくして俺が投擲したスマホに直撃したカラスが、泡がはじけるかのように霧散しフィギュアは取り戻せたのだが、肝心なのはその後だった。
「……つまり、何だ。俺が急に人間を辞めて、チートみたいな
「最初からそう言ってる」
「……めちゃくちゃ足が痛いんだが。さっき鼻血も出たし」
「肉体を無理やり適応させたから、それはそう」
──まいった。
何を言っているのか分からない。
この少女は以前から神出鬼没で、浮世離れした不思議な女の子だとは思っていたが、まさかガチ幽霊だったとは予想だにしていなかった。
「幽霊じゃない」
オマケに心も読めるときた。本当に厄介この上ない。
あまりにも不思議すぎる相手では一般人の俺では太刀打ちできない──となればあとはマンハッタンカフェの出番だ。
超常現象やオカルトは彼女の専門分野。
困ったら連絡してくれとの事だったのでさっそく電話を入れてみた。
そうして帰ってきた返事は、非常に簡潔なものであった。
『えぇと……一応、彼女は味方です』
味方であるらしい。俺の足を激ヤバ筋肉痛にさせ、鼻血が出る原因を作ったものの、この少女は味方であるようだ。
確かに彼女のおかげでフィギュアを取り戻すことが出来たのは事実だが、にしてももう少しやり方は無かったのだろうか。
『彼女は私の”お友だち”です……悪意があるわけではありません。何よりお話を聞いた限りでは、葉月さんをカバーしているようですし……恐らく私が手を貸せない間は、怪異と対抗するためのサポートとして助けに来てくれたのだと思います』
マンハッタンカフェとめちゃめちゃ似ているとは思っていたが、普通の友達とは何とも意外だ。
彼女と初めて出会った時からそばに居たものだから、てっきりマンハッタンのスタンドか何かだと思っていた。
『呪いが消滅するまでは……彼女のそばにいてください。生活は多少不便になるかもしれませんが、現状目の前に現れた怪異に対して対抗できる力が”お友だち”にしか無いのも事実ですので……彼女をよろしくお願いします』
「……え、ウチに居てもらうってこと?」
『はい……今夜襲われてしまった以上、安全とは言い難いので……』
マンハッタンから直々に言い渡されてしまったら断りようがない。
そもそも俺を守ってくれる相手なのだから、邪険に扱うのもおかしな話だ。
感謝はしている。
崇め奉るレベルだ。
しかし一つだけ問題がある。
──どうして
性欲が有り余っているのだ。
日中から今にかけてまで、理性の貯蔵タンクが破裂してしまうほど性欲を溜めて我慢し続けてきたのだ。
せめて明日からにしてほしかった。
女子が同じ部屋にいたらヤることヤれないではないか。
我慢による怒りで青筋がプルルと震えるよ。
『葉月さん、明日自宅まで伺いますね。では』
「えッ、待ってマンハッタンさ……き、切れた」
理由が理由とはいえそんな簡単に男子の家に来る?
もしかして距離感が恋人?
どうやら知り合いのウマ娘三人とも俺と付き合っていたらしい。民間伝承。
「よろしく、ハヅキ」
「はい……よろしくお願いします……」
よろしくできねぇよ不意に家に転がり込み居候女が。
好きな料理を教えて♡
「カフェは生活が不便になるかもと言っていたけど、邪魔になるつもりは無い」
「は、はぁ」
「ので、基本的にはハヅキの指示に従う。家事も覚える。何でも言って」
じゃあとりあえず男子の日々の営みをするので小一時間ほど家から出てってくれと言いたいところだがそうは問屋が卸さない。
多分マンハッタンが彼女をそばに置けと言っていたのは、俺一人で家の中に居たら怪異に閉じ込められる可能性があるからだ。
もう一度マンハッタンに抜いてもらって、呪いを弱めない限りコイツとの別居は夢のまた夢である。
あと単純に男のプライドとして
「ハヅキ、欲望の色が漏れ出ている」
「若人なら当たり前の感情だぞ」
「何でも言ってと、さっき言った。手伝えることがあるならやる」
「マジ……?」
じゃあベロチューしろ密着して。それが社会だ。
嘘。
ウソだよ~かわいい嘘♡ 本気にしないでね。雑魚め。
「混乱している。ハヅキ、何もしないなら早く寝たほうがいい」
「サイレンスとの電話があるから無理だ。その間は静かにしててくれよ」
「はい」
電話可能になったらそっちからかけてくれとサイレンスには伝えてある。それが終わるまで睡眠は後回しだ。
正直こんなムラムラでイライラしている状況でまともな会話ができるとは思えないのだが、幻滅されるのはもっと怖いので頑張って誤魔化さないと。
秋川葉月、居候の出現により突然の禁欲生活を余儀なくされました。修行僧かな。
「そういえば……お前のことはなんて呼んだらいいんだ?」
マンハッタンは彼女だのお友だちだのと終ぞ名前を言う事は無かった。
本人に直接教えてもらわなければ。
「……特定の名称は無い。好きに呼んでいい」
本名は隠すタイプだったか。
まぁそれもいいだろう。勝手に決めていいなら安直なネーミングセンスをぶつけて後悔させてやる。嫌がって本名を名乗ってくれるかもしれん。
「じゃあ今日は日曜日だから、サンデーで」
「…………」
どうだこの小学生もビックリするような名前の決め方は。
イヤだったら名前なんて大事なもんは自分で名乗るんだな。
名前を甘く見るな! 照明さん! 音声さん! ピンクスパイダー。
「………………それでいい」
嘘でしょ。
呼び名は本当に何でもよかったのか。
そのストイックさ称賛に値する。
「お布団、温めておく」
は? ケツと度胸がデカすぎる……モラルを弁えろよ。
「おいサンデー、勝手に布団に入んな。夏だから温める必要なんて無いだろ」
「人肌が恋しいという色が見える。幼い頃のカフェに似てる」
「は? 子供じゃありませんが……」
「それより電話するんでしょ。気にしないで」
おっ、何でも言う事聞くとか言っといて意外と指示に従わないタイプだな?
我儘すぎてかわいいね♡ ふざけるのも大概にしろ。
淫靡な態度でオスを誘う卑劣な幽霊め、もっとゆっくり距離を縮めろ! 風情がない。
──と、紆余曲折の果てに変な女との共同生活が幕を開けてしまったのであった。
ちなみに彼女からは甘ったるい良い匂いがした。たまらんわ。