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その日も、果てもなく殺し合いが続いていた。
死神の気配の濃密さに心臓がもみ絞られ、呼吸が速くなる。
定まらない視界は少年の足元をおぼつかなくさせ、横たわる死体を避けた次の瞬間に予期せぬ
むろんそれは雨などではなく、生臭い臭気を発する死者の血と体液だった。
「…やべぇ」
思わず漏れた声を飲み込んで、少年は直感の赴くままにとっさに身を投げるようにして転がった。
その頭のあった場所を、わずかの後に風の唸りとともに巨大な
人の土地を侵して暴れまわる強欲な類人猿、
むろん命中していたら、少年の頭は甘瓜のように破裂していたことだろう。
転がりながらもしぶとくあがき、はぐれそうになった仲間たちの背中になんとか追いすがる。少年を含む人族……ラグ村の雑兵たちは構えた槍を一列に並べて、集団戦で当たるのを得手とした。
身体能力に優れる亜人諸族たちと比べ、人族ははっきりと弱い。
個ではなく集団で戦う知恵がなければ、身体能力に勝る亜人相手にとうてい勝つことなど出来なかったろう。
「ラグの誇りを見せてやれぇッ!」
「オオーッ!」
少年は
彼らが標的と定めたのは、戦場を単独で暴れまわる戦士クラスの
寸前で穂先を横合いからなぎ払われて、上狙いのふたりが槍ごと身体を持っていかれた。その倒れ掛かってくる仲間の身体をかいくぐり、残りの3人が突進する。
少年はすべての勢いを力として、灰猿族の剛毛に覆われた脛に槍を突き込んだ。
(殺せッ…!)
針金のように硬い剛毛が自然の防御となって穂先をそらそうとするのを、少年は強引に軌道修正して足の内側にねじ入れた。そのまま決死の覚悟で身体ごとぶつかっていく。
伝わってくる肉の感触から攻撃に成功したことは察せられたが、乱れ転ぶ仲間たちの巻き添えになって槍から手を離してしまう。
得物を失ったと理解した次の瞬間には、厳しく訓練されたことを身体が自然となぞり、流れるような動作で腰の切り取り用のナイフを手に取っていた。
「くたばれぇぇっ!」
命懸けの一撃が、体勢を崩してかがんでいた灰猿族の喉を突き上げる。
少年以外の男たちもそれぞれに目を血走らせて追いすがっていた。一瞬のうちに何箇所もの深手を負わされた灰猿族は、至近で鼓膜が破れそうなほどの咆哮を発して、長い猿臂をむちゃくちゃに振り回した。
(とどかねえ…!)
それでも致命傷には届かなかった。
無思慮な子供に蹴り飛ばされた蛙のように、暴れる敵の猿臂に軽々と跳ね飛ばされた少年の意識は、まるで他人事のように空と大地が何度も回るのを眺めていた。
夕刻に差し掛かりつつある薄暮の空が薄い朱色に輝いている。戦いが始まってもう半刻ほどが過ぎているらしい。
永遠のような数瞬を辺土の空に舞い、ややして地面に叩きつけられた少年は、ごろごろと転がりながら……なおも他人事のように考えていた。
鼻の奥の血の臭いと、土と草の匂い。一瞬でぼろくずのようになったおのれの身体を理解し、ついにはあっさりとその後の死を受け入れてしまう。戦場で身動きの取れなくなった者に待つのはただ勝者による 断罪であったから。
(…腹が減ったなぁ)
空き過ぎて痛みさえ覚える腹を気にしながら、少年はつぶやいた。
武器も満足に扱えぬ、敵を殺せない役立たずの雑兵に、満足な食事など当たらない。食糧事情に逼迫しているのは辺土の村ならどこも同じようなものだ。
(……
なんとなく出た言葉の意味が分からぬままに、少年は溢れてくる鼻血を飲み込んだ。おのれの血でさえも空腹を紛れさす貴重な
死ぬ前におにぎりが喰いてぇなぁ……少年は、それが腹持ちのよいうまい食べ物であると言うことをなぜだか知っている気がするのだった。
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