324 欠く感覚か
◇ ◇ ◇
「無理せんでええよ。落ち着いて行こ」
16時。ラズベリーベルは即座に《遠物障壁術》《*3.00》を展開すると、皆に声をかけた。
作戦は15時と変わらず、全員に《能力変動:VVV》すなわちVIT4.00倍のバフをかけ、《飛車盾術》でのゴリ押しである。
《飛車盾術》はVITをSTRに加算した数値が火力に直結するため、VITを盛れるだけ盛ってこれを主軸に戦うことで、生存と火力を両立することができるのだ。
魔術師だろうが剣術師だろうが、関係はない。ラズベリーベルのもとで戦うのならば、この場では盾術一択。否、飛車盾術一択である。
「あそこに巨人おるやろ? あいつ気ぃ付けや。どつかれたら一発で逝ってまうで」
「…………」
ラズベリーベルの唐突な忠告に、皆がこう思った。「こわっ……」と。
「せやからうちが相手したる。シェリィはん、転身とテイム使って皆のサポートしたってや」
「任せなさい! あーあ、私にしかできないことが多すぎて困っちゃうわ!」
シェリィの唐突な自虐風自慢に、皆がこう思った。「ウザッ……」と。
「い、行きます……! 変身!」
先陣を切ったのは、意外にもアルファだった。
否、この場にいる面々は、誰も意外になど思ってはいない。以前の引っ込み思案なアルファの印象はもはや見る影もなく、白い羽織をはためかせて堂々と突進するその背中は、まさしく“リーダー”たる風格である。
そして当然、《変身》のバフは事前にかけていく。8秒間無敵とはいえ敵陣で6秒間も動けなければ、あっという間に囲まれてしまう。
「続きます」
「行くわよん。変☆身」
次いで、ベイリーズと《変身》したリリィが突進を開始した。二人は交互に変身バフを維持する。
彼女たちをただの使用人だなどと思っている者は、この場に誰一人としていない。むしろ使用人でこれほどのレベルなのかと、ファーステストの行く末に戦々恐々としている者ばかりだ。
「負けてられんな。変身!」
「ええ、私も同じ思いです」
「性分ですねぇ……変身」
最後に、ヘレスとロックンチェアとロスマンが戦場へと駆けていった。
三人の中ではロックンチェアが、盾の扱いにおいて“一日の長”がある。ヘレスやロスマンから見れば一日どころの差ではないが、セカンドたちから見れば一日程度の差であった。
ゆえに、無変身のロックンチェアを中心として、変身した二人はその補助に回る。二人が無変身の際は、ロックンチェアが変身して二人を補助する。実戦の中で、自然とそういう形になっていた。
「上っ手いわねーアルファ。私も負けてらんないっ!」
シェリィは少し後方に構え、弓術師の亡霊を中心に《土属性・肆ノ型》《火属性・参ノ型》《複合》の遠距離範囲攻撃で処理をして、皆の支援を行う。
シェリィが見つめる先では、アルファが《飛車盾術》から《龍馬体術》へと繋げて地殴りジャンプ、空中で《風属性・参ノ型》《土属性・弐ノ型》《土属性・弐ノ型》《相乗》を使って爆弾のように周囲を巻き込んで炸裂する魔魔術を敵陣中央へと撃ち込み、着地からまた《飛車盾術》へと繋げて……という一連のコンボを披露していた。
見るからに戦闘センスがずば抜けている。しかし、シェリィには負けず劣らずの切り札が二つあった。
《天土転身》と《テイム》である。シェリィもヴォーグと同じく、テイム枠を3つ全て空にしていたのだ。
「……凄い。バフで防御力と攻撃力を両立しながら、緊急時には転身でフォローできる方が二人。その上、ラズベリーベル様の回復魔術まで残っている」
「
前線で魔物の軍勢を相手に《飛車盾術》をぶっ放し続けるベイリーズとリリィは、戦場を見渡してそのような感想を口にした。
事実、安定している。ピンチにも対応できる手札がある。
しかしそれは、このまま一時間、維持し続けられればの話。
具体的には――ラズベリーベルがこのまま巨人を引き付け続け、ないしはガチ頻封印を行い続け、全員にバフをかけ続け、時には障壁を張って味方を守り、転身で駆けつけてフォローし、回復しなければならない。
ラズベリーベルの負担があまりにも大き過ぎる。誰もが気付いていた。だが、誰もが頼らざるを得なかった。
……発端は、ほんの一瞬の出来事。
坂を転がり落ちた石は、もう止まらない。
「ロスマン殿!!」
「――ッ!?」
《飛車盾術》の後、仕留め損ねた盾術師の亡霊に対して《角行剣術》の追撃を行ったロスマンに、ロックンチェアが大声を出す。
感覚的には出して当然の一手だった。剣術師ならば、ここで銀将や角行の追撃を素早く行って仕留め、それから引くというのが共通の感覚。なるべく敵を減らすというのは、考えるまでもない常識であった。
しかし、盾術師としては、そのたったの一手が大きなリスクとなり得ることを知っていた。
もし、盾を下げたこの瞬間に攻撃を受けたら。そう考えると、あえて出す必要のない一手と言えた。
たとえそれが低い可能性だったとしても、デメリットの方が勝る。盾術とは受け続けて勝つスキルであり、決して敵を殲滅するスキルではない。
そんな根本的感覚の違いが招いた、彼らの唯一の隙だった。
「が、ふ……」
弓術師の亡霊によって射られた矢が、ロスマンの腹部に深く突き刺さる。
2本目が来る――視界の端で捉えたロックンチェアは、すぐさまロスマンのフォローへと向かうため、《飛車盾術》の突進を開始した。
「間に合わんッ!」
その突進は間に合わない。直感したヘレスが、《火属性・参ノ型》で弓術師の亡霊を攻撃する。
攻撃を受けた弓術師の亡霊は、ターゲットをロスマンからヘレスに移すと、弓を引き絞った。
「ばっ――!」
馬鹿野郎。らしくないそんな暴言が口を衝いて出そうになるロックンチェア。
「な……」
ヘレスは、それまで戦闘していた剣術師の亡霊と、たった今攻撃した弓術師の亡霊、2体からターゲットされている状態に陥る。
これから《飛車盾術》を発動して剣術師へと攻撃すれば、攻撃後の硬直に矢を受けてしまう。逆に剣術師を躱して弓術師へと突進すれば、突進後、敵に囲まれる位置へと踏み込んでしまう。弓術師への突進中に剣術師とぶつかれば、倒しきれずに突進が止まってしまう。
《変身》で回避しようにも、既に変身中。
ヘレスはどうあがいても一撃受けてしまう形となった。
「くっ!」
せめてもの抵抗で《角行盾術》を発動する。強化防御のスキルだ。これで剣か弓のどちらかのダメージは耐えられる。
「――馬鹿馬鹿馬鹿っ! 何やってんのよ!」
そこへ、《精霊憑依》状態のシェリィが《天土転身》の転移でヘレスのフォローにやってきた。
シェリィは《土属性・参ノ型》《火属性・参ノ型》《複合》で手早く弓術師の亡霊を仕留めると、ロスマンとロックンチェアへと意識を向ける。
「助かった妹よ!」
「あとは一人でなんとかしてよね!」
前線から二人が抜け、手薄になったところへシェリィが入ることで補強を図る。
この時間を利用して、ロスマンの回復を待ち、彼を守るロックンチェアも戦線復帰をすれば、戦況は元通り……の、はずだった。
「持ちません、下がります!」
「敵の勢いが増してるわぁん!」
シェリィが後方支援から離脱したことで、今度はベイリーズとリリィのいる位置が火力不足となってしまう。
彼女たち2人は被弾しないよう前線から少しずつ引きながら、遠距離攻撃にシフトして魔物の進軍を食い止めている。
アルファは一人で立ち回れているが、手一杯。
するともはや、頼れる者は一人しかいない。
「――今かい!!」
戦場に半ギレのツッコミがこだました。
最悪のタイミングで、錆色の巨人がガチ頻後4分経過で死亡し、リスポーンしたのだ。
ラズベリーベルは俄かに頭を抱えたくなった。
色々重なり過ぎているのだ。
一気にここまで悪くなるものかと、心の中で嘆き、そして、悪くなるなと納得する。
そういうこともあると知っているはずだった。
何が原因か。ロスマンが《飛車盾術》一本という指示を守らなかったからか? ロックンチェアに任せなかったヘレスの判断ミスか? より良いフォロー方法を選べなかったロックンチェアの力不足か? それとも配置が悪かったのか? それとも訓練不足か? もとより無理があったのか?
考えればきりがない。しかし、今はそれを考えても仕方がない。
次はないのだ。決して死人を出してはいけない。でなければ、ここを任せてくれたセンパイに顔向けができない。
被弾覚悟で皆のフォローに回るか、それとも巨人を先に処理するか、どうするか。浮かんだ案はいずれもハイリスクだが、やり遂げる自信はあった。この程度の修羅場、幾度となく潜り抜けてきたのだ。きっと今回もなんとかできる。
「……いや、ちゃうやろ」
顔を覗かせてきた変なプライドを、瞬時に追い払う。
答えは明白。無意識に除外していた案がある。この場の最善は、考えなくてもわかる、これしかない。
「皆、全力で後退! うちが障壁張るから入って!」
ラズベリーベルは、錆色の巨人を無視し、全力疾走で後退した。
そして、走りながら、通信をいじる。
即座に《遠物障壁術》《*3.00》を張り、皆を中へと入れると――《精霊召喚》を発動した。
「――やあ、僕をお喚びかな? ラズベリーベル」
雲の精霊ネペレー。
場に似つかわしくないフリフリの黒いゴシックドレスで現れたネペレーは、雲のようにして皆の前に浮き上がると、芝居がかった口調でそんなことを言った。
「皆に見せたり。あんたはんの能力」
「!」
ラズベリーベルが命令する。
ネペレーはぴくりと眉を反応させて、それから嬉しそうに笑って口を開いた。
「満員御礼、感謝感激雨霰。これよりご覧に入れますのは、奇妙奇天烈、雲の魔術に御座い」
皆に向かって、一礼。次いで、魔物の軍勢に向かって、もう一礼。
ショーが好きなネペレーらしい行動であったが、もう目前にまで迫っている魔物の前でそんなことをするものだから、皆はハラハラとして見ていられなかった。
「ああ、愛しのセカンド。この同じ空の下で見ているかい? これが僕の能力さ。気に入ってくれると、嬉しいけれど……ふふふ」
ネペレーは愛しい人の名前を呼び、空へ向かってウインクすると、天高く手のひらを掲げ、こう口にした。
「――“
「!!」
次の瞬間……空が動き出す。
あまりの規模に、皆は驚愕の表情で見ているよりない。
魔物の存在など忘れ去ってしまうくらいの、壮大な光景であった。
雲が生き物のように動き、そして次第に、黒々とした巨大な雲が蜷局を巻いて、空一面を覆いつくす。
暗雲は何層にも重なり、太陽は見る見るうちに隠れ、気が付けば、戦場は薄暗い闇に包まれていた。
「来たで」
ラズベリーベルの呟きで、皆は我に返る。
同時に――気付いた。音もなく現れた“それ”に。
「……っ……」
誰もが、全身に鳥肌を立て、戦慄する。
何百体もの魔物の前に、たった一人の女が立っていた。
なのに、何故だろうか。魔物にさえ同情してしまいそうなほどの底なしの恐怖が、その女から止め処なく奔出していた。
「カワイソウニ」
この世のものとは思えない、幾百年の孤独が凝集されたあまりにも美しい結晶のような、何処か官能的なまでの囁きが、皆の耳にこびりついて離れない。
そして彼女は、右手をふわりと翳して……発動する。
「 」
その場にいた全員が、凄まじい恐怖と吐き気に襲われる。
それは、想像を絶するほど邪悪な、本能的な死を象徴する“黒”であった。
《暗黒魔術》――触れたもの全てのHPを強制的に1にする、極悪非道の霧。
どのような強力な亡霊だろうと、いかように手強い巨人だろうと、この暗黒の霧の前には無力も同然であった。
何もかもが受け入れるよりない。この、迫り来る死に限りなく近い暗黒を。
「超、形勢逆転やな――」
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