とある竜のお話 改正版 FE オリ主転生 独自解釈 独自設定あり   作:マスク@ハーメルン

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とある竜のお話 前日譚 二章 2 (実質16章)

 

 

 

ソフィーヤはその日、いつもよりも早く目が覚めた。

長いすみれ色の髪の毛をベッドに敷き詰めるように仰向けで眠っていた彼女は瞼を開けた後、上半身を起こすと部屋の中をぐるっと見回す。

部屋の中は薄暗く、まだ地平線の果てに太陽が出ていないナバタの冷気が突き刺すように肌を刺激してくる。

 

 

 

 

 

既に眼は夜の暗闇に慣れてしまっている為、薄暗い中でも部屋の中の様相は眼を凝らせば見える。

ただでさえ何百年も住んでいる部屋だ、暗がりの中で足を躓くなどということはありえないが。

 

 

 

 

一度髪の毛を伸ばしすぎて、自分の毛髪を踏んづけて転倒しかけたことは彼女の中では思い出したくない記憶となっていた。

 

 

 

 

夜の闇に包まれた寝室、すぐ隣のベッドに確かに存在していると感じるのは母であるメディアンだ。

彼女の寝息が雫に部屋の中に、規則正しく木霊している。娯楽として彼女は夜の時間を睡眠に用いる。

そして家族と同じ行動をするというのは彼女にとって大切な事でもある。

 

 

 

 

 

はぁ、と息を両手に吹きかけると、生暖かい吐息は白い煙となって手を湿らせる。

どうしても、もう一回眠る気にはなれない。妙な活力が体の中で渦を巻き、何とかして発散したい気分だった。

 

 

 

 

ちらっと隣の様子をソフィーヤは伺う。

少しばかり離れた位置のベッドで眠っている母は熟睡しているようで、起きる様子はない。

 

 

 

 

 

少女の視線は母から逸らされ、自分と母の中間にある空白の空間で止まった。

 

 

 

 

 

ソフィーヤとメディアンの間には不自然なスペースがある。

何世紀も前に撤去された、一つのベッドを置いていた空間が。

もう百年単位で時が経っているというのに、その場所を見ると彼女はふと違和感を覚えてしまう自分が居ることに気が付いていた。

 

 

 

 

 

 

自分の生涯の中で最も自分に影響を与えた存在。

一緒に過ごした時間は竜の寿命を持つ自分にとっては短かったが、永遠に心の中であせない“人”の血が自分には流れている。

それはソフィーヤにとっての誇り。竜と人の混血である自身を肯定し、前に生きる為の信念ともいえた。

 

 

 

 

 

 

 

ソフィーヤは眼を擦った。子猫の様な仕草で何回か腕で顔を拭うと、零れた涙が服を濡らす。

冷たい空気のせいで眼が痛んだせいでこの涙は出たのだ。そうソフィーヤは決めつけた。

どうにも今朝は心の動きが不安定だ。どうして今になってこんな事を考えるのか彼女には判らなかった。

 

 

 

 

もしかしたら、長とその娘であるファの関係を何処か自分に投影してしまったのかもしれない。

胸の奥底で活力が流動している。無性に体を動かしてこの得体の知れないエーギルの乱れを発散したいと思うが……。

 

 

 

 

 

 

「…………!」

 

 

 

 

試しに複数枚掛けている毛布を少しだけ肌蹴させて青白い薄い布のワンピースに包まれた身体を空気に晒してみる。

 

まだ耐えられる。

肌から冷気が体内に浸透するように熱を奪っていくが、それでも何とかなる。

次に意を決して素足を毛布から露出させ、磨き抜かれた床にそっと降ろす。

 

 

「~~~!!!」

 

 

瞬間、ソフィーヤは声にならない悲鳴をあげた。

 

 

やはりというべきか、結果は判っていたが……寒い。

足の裏に氷竜のブレスでも受けた気分だ。

 

 

逃げるように、ミノムシという本の中で見た虫の如くソフィーヤは毛布に全身を急いで包み込んだ。

顔だけを毛布の塊の中から出して自らの長髪をマフラーの様に首に巻き付けてみる。気休め程度にはそれで暖を取り、落ち着いてから彼女は悩む。

 

 

 

 

 

外に出てみたいと。ひとしきり散歩でもすれば、この胸の中にくすぶる理解できない高ぶりも消えてなくなるはず。

未だに夜が色濃く残る夜の中、ゆったりと散歩をしてみたい気分なのだが……一人というのは危険という事を彼女は理解している。

外見こそ10代前半よりもやや幼く他人には映るソフィーヤだが、実際の年齢は500歳近くであり、その生涯の中で様々な事を経験した彼女はその程度の道理は弁えるだけの能力はあった。

 

 

 

 

 

事実、メディアンは一定の時間以降の一人の外出を禁止していた。

武力もないソフィーヤでは、何か問題が起こった場合、対処できないかもしれないからだ。

実際里の治安はかなり良く、問題などそれこそ滅多に起こりはしない。だが、世の中には“絶対”はない。

 

 

 

 

 

 

 

里の者達ほぼ全員に顔と名前が知れ渡り、有名人であるソフィーヤだが……万が一は何処にでもある。

ソフィーヤには知り合いは多くても、気心知れた者というのは余り多くない。

例えば事故や予期せぬ何かが起こる可能性だって0でなければ、それは起こるのだ。

彼女は未来が“見える”力をもって産まれたが、一度だってこの力が万能だと思ったことなどない。

 

 

 

 

 

極端な話、結果だけを見せられることもあり、何故、どうしてそこに至ったのかが判らないこともある。

結局のところ、未来が判ったところで、それが災厄ならば防げる力がない限り、どうしようもない。

例えば逃れられない死の未来を見た場合は、断頭台に送られる罪人の様な気持ちを味わうことになる羽目になってしまう。

 

 

 

 

 

 

 

だが、その逆もある。災厄を防げる力がある場合だ。

この場合、未来が変わる可能性も決してありえないわけではない。対策すればどうとだってなる。

 

 

 

 

 

 

この数百年の間、父亡き後に母とイデアは親身になってそのあたりを模索してくれた。

“力”との折り合いの付け方、自らに与えられたナバタの巫女、予言者という立場と生じる責任。

だが最終的に巫女の立場を望んだのは彼女自身の意思でもある。自分の力から彼女は逃げることは嫌だった。それは父への裏切りになるから。

 

 

 

 

 

 

ファの未来、自分と母の未来。イデアや、アンナ、フレイ、ヤアン、そして里の仲間たち。

皆がいるという事実は、何物にも代えがたい宝だ。故に彼女は自分を全て肯定する。混血も力も、何もかもを。

 

 

 

 

 

 

 

今のところは中々に順調に行ってるのではないかと彼女は思っていた。

母がいて、幼い頃から傍に居てくれる長が居て、そして何より……妹の様な存在まで出来た。

とても優しくて、好奇心に満ち溢れたあの神竜をソフィーヤは気になってしょうがない。

 

 

 

 

 

 

出来れば将来、一緒にファと外の世界を見てみたい、それがソフィーヤのささやかな夢。

母が居たという豊富な大地を持つリキア、父が長と共に戦ったという遥か彼方の西方の島々。

 

 

 

 

 

 

幼い娘の中でそれらの話は眩いばかりの輝きを持つ黄金となり、魅力してやまない。

 

 

 

 

 

 

 

そう思ったらますますソフィーヤは外に出たくなってしまう。

外が未だ夜に天秤が傾いた朝方という事実も、そこは極寒の冷気が蔓延している気候があるという事も忘れてしまうほどに。

童心が沸き起こす気まぐれ、行動力の高さが彼女を支配していた。

 

 

 

 

 

 

ファは寝ているだろうから恐らく会う事は出来ないし、睡眠の邪魔をするつもりはないが……少しだけ、少しだけ散歩するぐらいなら問題ない……はず。

母にばれる前に戻ってきて、ベッドにもぐりこめば何も問題は……おこらない、きっと、そうだ、たぶん。

ぐっとソフィーヤは唾を飲み込み、毛布を頭から被り直し、母の様子を伺うべく顔だけを出すと……そこにはリンゴがいた。

 

 

 

 

 

 

いつの間にか、ポツンとソフィーヤの枕元に人間の拳程度の大きさのリンゴが“居る”

 

 

 

 

 

 

“あった”でも“ある”でもなく“居る”のだ。

かれこれ長い付き合いになっている、その昔にイデアが作り上げた最初期の食用モルフだった存在。

いわばマンナズの始祖と形容しても何ら問題がない存在たち。

 

 

 

 

 

作りだした神竜でさえ想像できなかった程の高い自律性と知性を手に入れた彼らは今や里の中では一定の人気さえあるほどだ。

曰く、不気味な外見に最初は驚くが、接してみると小動物の様で案外可愛いらしい。

 

 

 

 

聴けば一番最初に母が長から譲り受けた黄金色のリンゴモルフが発端となり、徐々に里の中に父を通してその存在を広めていったとか。

事実ソフィーヤの過去の記憶の中には普通の数倍の大きさを誇る、黄金色に輝くリンゴと和気藹々としていた父がいた。

もうあの黄金色のリンゴはいないが、他の別個体がソフィーヤの家には住み着いている。

 

 

 

 

器用にも家事の手伝いや、ソフィーヤのお目付け役としても働くため母はあのリンゴ達に敬意さえ払っていた。

 

 

 

 

 

真っ赤で、てかてかとしたリンゴの表皮に横一文字に線が伸びて、それはやがてリンゴを赤道の如く一週し、果実は音もなく真っ二つに割れた。

中から出てきたのはやせ細った小さな人間の手足と胴体、首はリンゴの上部に埋もれる形で存在していない。

眼などないはずのリンゴから視線を向けられてソフィーヤはたじろいだ。紛れもなくそれに含まれた意思が抗議の念だったからだ。

 

 

 

 

 

「……………」

 

 

 

 

 

このリンゴは、間違いなくソフィーヤの内心を読み取った上で、注意をしている。やめておけと。

少女はほんの少しだけ考え込むように眼を閉じて……リンゴを引っ掴むと胸の前で抱きかかえてから、そっと上下に手をやって挟み込むようにリンゴを閉じた。

むぐぅと内部から漏れる唸り声を抑え込むように毛布で包むと、布の塊と化したそれを服の内側にしまい込み、手で押さえて外部に声を到達できないようにする。

 

 

 

 

 

そっと音をたてないようにサンダルを履くと、彼女はリンゴを包んだのとは別の毛布でくるっと体を包み全身に力と熱を貯めてから動き出す。

一歩、一歩、密偵が敵の見張りを交わすように慎重を究めつつ扉に向かい歩いていく。扉のすぐ近くのベッドで眠っている母を常に気に掛けながら歩を進めていく

心臓の鼓動がうるさい程に高鳴っている。扉に向けて手を伸ばし、ドアに手が触れた瞬間にソフィーヤはふと母を見て、固まった。

 

 

 

 

 

暗闇の中、いつの間にか気配もなく上半身だけを起き上がらせた母が、真紅の瞳でこちらを覗いている。

じぃっと粘着質な視線が絶えずソフィーヤへと突きつけられた。

 

 

 

 

寝ぼけているのかどうかは判らないが、メディアンはソフィーヤの行動の真意を測りかねているようだった。

 

 

 

 

 

「…………………………」

 

 

 

 

 

 

混血の少女の反応は早かった。父親譲りの反射の速さで思考を回す。

くるっと片足を軸にし、ソフィーヤは踊る様に踵を返し母に向かい合って何でもない、と態度で告げた。

お手洗いです、とでもいいたげな気配を全身から発してから、両手を頭の前でひらひらと振って無罪を主張する。

 

 

 

 

 

 

が、両腕を頭の横にもってきたせいで、彼女はリンゴを捕えていた毛布の塊を服の裾から落下させてしまう。

不幸なことに母の目の前に見せつけるか如く毛玉は落っこちたのだ。

 

 

 

 

 

 

「…………ぁ」

 

 

 

 

 

 

もぞもぞと中身がもがき、ソフィーヤの足元から這いずり出る。その動きをメディアンの視線が追いかけていく。

リンゴは一つ掠れた鳴き声を上げ、力尽きた様に転がり……そのまま部屋の隅で眠ったように一時的に活動を停止。

 

 

 

 

 

今の一言には恐らく、魔力的な何かを込めていたのは明らかだった。何故なら、それを聞き取ったメディアンの瞳の中の気配が明らかに変わったから。

にっこりと輝くような満面の笑顔をソフィーヤは見た。麗しい美女の笑みを。悪戯っぽく笑っているが、その内心で少しだけ母が怒っている様を娘は敏感に感じ取る。

全身にやんわりと地竜の“力”が絡みついてくる中、ソフィーヤは諦めたように脱力した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夜の時間が終わり、ナバタの里の至る所から窓に嵌めた木の板を取り外す音が鳴り渡り始める。

各家庭から生活音が発生し、それは里の目覚めを伝播させていく。次から次へと人、竜、竜人達が活動を開始する音。

柔らかな太陽光が夜の間に発生した冷気や、霜を緩やかに解凍し、発生させた蒸気が太陽光に当てられて七色の光を反射する光景は幻想的だ。

 

 

 

 

 

 

 

そしてソフィーヤもその生活音を発生させる存在の一人だった。彼女は今自宅の鍋の前にたち、日課の家事を行っている。

よく彼女はメディアンの手伝いとしてかつての父と同じように家事を行うのだ。

最初の頃は失敗続きだったが、今では料理、洗濯、掃除、裁縫等々、おおよそ家庭で行われるあらゆる仕事の技術を身に着けるに至っていた。

 

 

 

 

 

はねた油やスープなどで火傷を負う。包丁で誤って指に切り傷を付ける。裁縫で針を肌に突き刺す。

掃除で倒れてきた荷物の下敷きになる……ありとあらゆる経験が彼女を成長させ、今に至っている。

よく大事につながらなかったものだと我ながらソフィーヤは感心するほどだ。

 

 

 

 

 

 

外見相応の腕力しかない彼女は、母やアンナ、イデアの様に竜の力を解放しての身体能力の底上げは出来ない。

僅かばかりの魔道への適性がある事と、長命なこと、そして“予知”の力を取ってしまえばソフィーヤは人間と全く同じだ。

 

 

 

 

 

 

長いすみれ色の髪の毛を母親と同じように後ろで一括りに纏め、三角巾と白い前掛けを装備し、今や彼女の料理に対する姿勢は万全となっている。

グルグルと鉄のおたまで鍋をかき回すと、鍋の中に放り込まれた野菜や肉が出汁を放出しながら浮き沈みを繰り返す。

その中にうかぶ一つの野菜……青く、固い表皮をした野菜……とても苦い野菜の欠片を見て少女の瞼が少しだけほころんだ。

 

 

 

 

 

意外な事に彼女は年頃の女性の様に甘いお菓子や母が作るチョコよりも、苦い野菜やしっかりと味付けされた肉などを好んでいる。

以前に母が作ったとてもすっぱい調味料……果実酒を改良して出来た“酢”と名付けられたモノなども好物の一つだ。

 

 

 

 

ただし彼女は母の作る食物について余り詳しくはない。母である地竜のおこす生命の神秘は奥が深すぎる。

……正直“酢”と一口で言ってもその派生が多すぎた。リンゴ、穀物、砂糖、合成……ぱっとあげるだけで片手の指を超える程の種類がある。

 

 

 

 

 

 

ソフィーヤの舌は大いに母であるメディアンの影響を受けている。

地竜である彼女は穀物、果実、その他様々な大地の恵みを用いて食道楽を追及し、そして出来上がった代物を真っ先に食べるのは彼女なのだから。

まだ父が存命だった時に作られた“醤油”やそれ以前からあった“味噌”……似て非なるこの二つも彼女は好いていた。

 

 

 

 

 

 

最低限の音と共に赤黒い光が舞い、様々な食器や水の入った桶などを移動させていく。

竜の“力”によって部屋の様子があっという間に整えられ、その姿を変える。

力の主である母はソフィーヤの隣で手際よく使い終わった包丁やまな板などを乾燥させた食物で作った皿洗いで擦り、磨く。

 

 

 

 

 

 

正しく流れるような仕草だった。

何百年もの経験を積んだ竜の動き、久遠の過程で磨かれた技術は既に王宮でも働けるほどの質を誇っている。

洗練された彼女の調理場での動きは、舞踏と評されるほどに優雅で、余裕に満ち、見るモノに安心を与えることが出来るだけの“格”を感じさせた。

 

 

 

 

 

 

だがソフィーヤにとっての問題はそこではなかった。

家事ならば自分も出来る。仮に一人で暮らすことになったとしても男性の腕力が必要な力仕事以外は一通りこなせるだろう。

もっと切実で、もっと根が深く、そしてどうしようもならない現実が彼女の問題。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………………」

 

 

 

 

 

 

 

彼女が横目で流す様に見るのは……自らの血縁者である母親の胸部。次に視線を移すのは、自らの胸部。

余りに圧倒的な差だった。バカバカしいと大多数の者は思うのだろうが、本人にとっては切実な問題なのだ。

もう500歳近いとはいえ、いや逆に常人10人分の人生経験を積んだソフィーヤだからこそ、自らの成長速度、発育に関して不安が産まれる。

 

 

 

 

寿命も何もかもを含めて自分だという自負こそあれど、これは生き物ならば誰でも考える根源的な疑問。

 

 

 

 

あくまでも胸部の差というのは外見における代表的な一例に過ぎない。彼女の悩みの根は、深い。

結局のところ、竜人である彼女は自分の寿命がどのくらいなのか、どの程度の速度で大人になるのか、いや、そもそも寿命が母の様に存在していないのかさえ判断が難しい。

少なくとも人間を超えた寿命があることだけが確定しており、ソフィーヤはそこに安堵の息を吐き、母を一人にしないで済むと喜びを感じていた。

 

 

 

 

 

 

嫌なのだ。母を泣かせるのは。

 

 

 

 

 

一人、また一人とかつての教え子の名前が里外れの墓標に刻まれる度に母は表情こそ変えないが、心の底で誰よりも痛みを感じていることをソフィーヤは判っている。

ファと外の世界を見たいという願いの他に、彼女はいつか大人になって母と……こう、“大人同士の会話”をしたいという願望を小さな少女は抱いていた。

その未来は見えないが、それでいい。真実欲しい未来は自分の力で勝ち取るものだ。

 

 

 

 

 

 

 

ん?、と ここでソフィーヤは顔を傾げた。何やら焦げ臭い臭いがする。

考え事をしていて余り手元を見ていなかった間に、鍋が酷い事になっていた。

ようやく彼女は手元の鍋が沸騰し、零れた汁が周囲に飛び散り、鍋の中から具材などが飛び出し掛かっている事態に気が付く。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あ」

 

 

 

 

 

 

冷静に慌てずまずは火へと対処。顔色一つ変えずにソフィーヤは動いた。

足元に用意していた非常用に用いる桶に入った水をシャクで汲み取り、慎重に燃え盛る火種へと被せて鎮火。

じゅううっという乾燥した音と蒸気が噴きあがる中、鍋の底をお玉で軽く突き、焦げ目などがないかを手に当たる感触で把握していく。

 

 

 

 

 

 

 

「火傷とかはないかい? 料理の時に気を抜くのは危ないよ」

 

 

 

 

 

母が優しく、それでいて少しだけ語気を強めにして語り掛けてくる。

その注意の言葉にソフィーヤは頷いて答えた。今日は集中力が余り高まらない。

竜の“眼”がくまなく全身を駆け巡っていく。火傷した個所などがないかを確認するための母の力の行使をソフィーヤはあるがままに受け入れる。

 

 

 

 

 

 

 

「そういえば、今日はこの後どうするんだい?」

 

 

 

 

 

痛覚が存在しない“力”を用いて水に濡れながらも未だに熱を保持している火種と薪を炉から取り出しながらメディアンは言う。

水に満たされた桶に薪などを放り込みつつ彼女は同時に“力”を使って料理の為の皿の準備なども行っていた。

一人で正しく十人分以上の働きを見せながらも、和やかに会話する余裕さえ見せる母に対しソフィーヤも何時もの様に答えた。

 

 

 

 

 

 

「……今日はまたファと、お勉強。お昼には……一回戻る」

 

 

 

 

 

「結構多めに昼食の用意をしておくからさ、よかったら長とかも呼んでもいいよ。久しぶりに皆で食事というのもいいと思ってさ」

 

 

 

 

 

楽しそうにメディアンは口元を緩めて柔らかく笑う。

多くの人と笑いながら食事をすることが好きな竜としての顔。

たまに彼女は里の子供たちの為に“学校”で皆で食べる食事を作っていくことさえあった。

 

 

 

 

 

母に言われてソフィーヤの頭に浮かんだのは、騒々しくも、活気と楽しさに溢れた宴会の光景。

長、ファ、アンナ……みんなが揃って席に付き笑顔で談笑しつつ食事をする姿。アトスやネルガルももちろんその中にはいる。

 

 

 

 

 

 

うん。悪くない。いや、むしろ好ましい。凄く楽しそうで、是非ともやってみたい。

ごほんと大人らしく、それでいて淑女らしさも忘れないように小さく咳払いをすると彼女は言った。

これはとても大事な事だ。絶対に聞いておかなくてはならない。

 

 

 

 

 

「……その……私の好物も」

 

 

 

 

 

遠まわしにソフィーヤが自分の好きな食べ物……絶妙な加減で塩と“はじかみ”と呼ばれる調味料を肉にもみ込み、焼き上げた肉と炊き立ての白米を所望している事を伝える。

だがメディアンはあえて判らない風を装って首を傾げ、片手の人差し指を顎に当ててわざとらしく考え込む様な顔を見せた。

 

 

 

 

 

 

「リンゴの丸焼きだっけ? 焼きすぎて炭にならない様にしないとねぇ」

 

 

 

 

 

 

テーブルの上で食器類の配置の微調整を行っているリンゴに対し少しばかり鋭い、肉食獣が如き視線を向けつつ竜は語る。

わきわきと彼女が両手の指を動かすと、視線に気が付いたモルフはぎゃぁーと悲鳴を上げて机の上から飛び降りて脱出を図るが……直ぐに“力”に捕まり、竜の手の中に納まってしまう。

諦めたようにぐったりと俯き脱力したリンゴに彼女は唇を近づけてから囁いた。

 

 

 

 

 

 

「冗談さ。お前を食べるなんてとんでもない。これからも末永くお付き合いさせてもらうよ」

 

 

 

 

 

嬉しそうにかすれた鳴き声を上げるリンゴと、それをあやす母を見てソフィーヤは思った。

これが日常だと。また楽しい一日が始まる、その事実だけで混血の少女は微笑みを浮かべてしまうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後臨んだイデアの授業は予定よりも早く終わりを迎えることになる。

何故ならば最初にイデアが行った前回の復習をファが必要としていなかったからだ。

基礎的な下地を完全にモノにしていたファは貪欲にイデアの言葉を基礎の上に吸収し、噛み砕き、養分と成す。

 

 

 

 

 

恐ろしいまでの吸収力だった。

全ては彼女の努力が前提としてあるが、それでもイデアをして急速すぎると思わせる程に。

 

 

 

 

アトスやネルガルが四苦八苦する壁をファは軽々と飛び越え、その先へ、その先へと飛翔を続ける。

やったーと両腕をあげて喝采を叫ぶ童の隣で、大の男二人がうんうんと首を捻る光景はとても愉快でもある。

 

 

 

 

 

子供というのはよくも悪くも記憶の流れが速い。

それを見越してイデアは復習を最初に行ったのだが、ファは文字通り一言一句まで父の言葉と講義の意味を理解しその上で気になる箇所、質問したい箇所を纏めて質問さえしてくる。

イデアが幾つか答えていくとファは笑顔で礼を言い、熱心に白紙だった書に色々と書き込み、自らの努力を形にして表す。

 

 

 

 

 

 

イデアとファは親子であり、ある意味では師弟関係でもある。

書に残った頁は、与えて間もないというのにもはや残り僅かな所まで減少しているのがイデアには見えた。

 

 

 

 

 

 

授業が終わりを告げると同時にファはイデアに飛びつき、その腰に顔を埋めると、褒めて褒めてと全身で発する。

困惑した様子で視線を向けてくるイデアにソフィーヤは器用にも目線で答えた。

イデアは彼女の視線だけで何を言っているのかが理解できるだけの洞察力と経験……付き合いはあるのだ。

 

 

 

 

 

 

「……ファは、すごい頑張り屋さんです……」

 

 

 

 

 

興奮した子猫の様にイデアから離れようとしないファを見つめつつ呟く。

父親に認められたくて、褒められたくて頑張る少女の気持ちをソフィーヤは少し判るような気がした。

彼女の言葉の裏に込められた感情を理解したのかは判らないが、イデアは遠く、過去を見るような眼でファの頭に恐る恐る手をやる。

 

 

 

 

 

艶やかな髪を指の間に流されながらファは顔を顔を上げて父の眼を見る。

翡翠色の眼と、色違いの眼、3色の視線が交わり神竜は覚えた言葉を用いて心を表現。

彼女は父からのご褒美である“なでなで”を希望する。徐々に流暢になっている言葉使いは、彼女の進歩の象徴に思えた。

 

 

 

 

 

 

「“おべんきょう”って、たのしいね!」

 

 

 

 

内に秘める白紙の部分に次から次へと父から与えられる情報を書き込み、糧にする竜は心からの笑顔で告げた。在りし日の彼女の様に。

 

 

 

 

 

「そうか。よく頑張った」

 

 

 

 

 

イデアにはそれだけ答えるのが精いっぱいだった。

アンナがその姿を見て何やらくすくすと上品に笑っていたがあえて無視した。

一瞬だけ場が柔らかく、暖かい空気と共に沈黙に染まるが、決して不快ではない風が流れる。

 

 

 

 

 

そんな中、ソフィーヤはおずおずと片手を上げながら発言した。いうなら今しかないと直感で理解したから。

自分に視線が集まる中、彼女は周りをぐるっと見渡し、この場にいる全員へと提案をする。

 

 

 

 

 

 

「あの……この後の話なのですが……」

 

 

 

 

 

続くソフィーヤの言葉にイデアとファ、そしていつの間にやら何処からか現れていたヤアンが同意した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「るー、るるる~~」

 

 

 

 

ファは楽しそうに歌っていた。幾つか音程を思いっきり外しながらもそんなこと全く気にせず即興で歌を口ずさむ。

里の大通り、メディアンの家へと向かう通り道の中、彼女はイデアに肩車をしてもらい、そこから見える視線の高い世界に胸を躍らせている。

文字通り彼女には世界が輝いて見えている。イデアやソフィーヤ、ヤアン等には見慣れている里の日常も、ファにとっては全てが未知の世界なのだから。

 

 

 

 

彼女の口から出る歌は、文字通りの上機嫌の証。大好きな父に肩車されて、隣には友達がいて、見渡す世界は未知で溢れている。

正しく今の彼女は幸せの絶頂にいた。

 

 

 

 

身体の弱いソフィーヤやファの為に二人の周囲にはイデアが術を用いて半透明の膜を生成し、熱気と飛び交う砂粒などを防ぐ。

そのおかけで彼女たちはゆっくりと散歩でもするように歩を進める余裕がある。

 

 

 

 

 

宝石の様に輝く翡翠色の眼が忙しなく動き回り、里の全てを見る。

そんな幼い神竜に里の者達は手を上げて挨拶をし、通りすがる皆が皆、微笑ましいものでも見るような視線と共にイデアに労いの言葉を掛けていった。

新たに産まれた神竜は里の者にとっても新しい希望なのだ。ナーガ時代からのイデア、そしてその先を継ぐ者がしっかりと形として現れたことはとても大きい。

 

 

 

 

 

中には食べ物の方のリンゴをイデアに手渡してくる者や、何処からとってきたのか巨大なカボチャをくり抜いた被り物を貢いでくる里人さえいる。

イデアは里を歩きつつ周りに肉眼の方の視界を向け、そこいらにあふれる活気、談笑の声、子供たちの起こす喧騒……全てを心地よく受け止めていた。

 

 

 

 

 

この場に残念ながらネルガルとアトス、そしてアンナは今はいない。彼らは後々からの参加ということになっている。

男性二名はどうやらまだイデアが教えた授業の内容を完璧に理解出来てはいない様で、とりあえず復習が一区切りつくまで保留ということになった。

ああいう人種は心につっかえがあると、食事も喉を通らない事が多い。中途半端な気持ちで会食をするというのは失礼なことだ。

 

 

 

 

 

やるなら思う存分、満足いくまで復習して納得してからの清々しい気持ちになってからだ。

 

 

 

 

……その“復習”に日単位で時間を掛けなければいいが。

短い付き合いだが、両者とも時間に対する感覚が人間とはずれているのは容易に想像できる。

加えて言うならばイデアは魔道士という人種の職業病を知っていた。

 

 

 

 

 

睡眠や食事などの生理的行動を超えたあの二人がやろうと思えば何年でも研究に没頭するだけの肉体と精神を持っていることを考慮すると、思わずそんな心配が浮かんだ。

間違っても行きすぎた魔道士というのは夫には向かない。あの二人もその点で色々と苦労したのだろうなぁと竜は考察する。

夫が探究者じみた魔道士だった場合、妻の言葉や子供の教育を無視して延々と研究に没頭したらどうなるかは目に見えていて、思わず眼を覆いたくなる家庭になるだろう。

 

 

 

 

 

 

だが彼らもいい年をした大人だ。それも常人の何倍もの人生を歩んだ。

更にいうならば探究心に満ち溢れた彼らが竜族と食事を共にするなんて機会を台無しにするはずがない。

ほんの少しの時間の後、割り切りをつけてこちらに来ることは容易に想像できる。

 

 

 

 

 

アンナに関しては簡単だ。彼女は少しだけ化粧直しをするといっていた。

女性にとってこういった食事を兼ねた社交の場というのはとても重要な意味があり、化粧を嫌味にならない程度に行ってから出席したいという彼女の気持ちはイデアにも判らないでもない。

 

 

 

 

 

 

 

「ねーねー、おとうさん、これからどんなのを食べるの? みんなもいっしょ?」

 

 

 

 

 

 

肩に乗せたファが俯くように体を曲げてイデアの顔を覗き込みつつ声を発した。

甲高いが決して嫌味にならない、上質で、なおかつよく手入れされた琴の様な優雅な声が耳朶を叩く。

娘が誤って落ちないように“力”で彼女の身体を固定しつつ、イデアは肉眼の視線を頭上のファに向けて答えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうさ。父さんもファも、ソフィーヤとヤアン、メディアン……みんなと一緒にご飯を食べるんだ。何を食べるかはお楽しみだ」

 

 

 

 

 

 

実際の所、イデアもメディアンが何を食べるかは知らされていないし、ソフィーヤに聞くこともなかった。

彼女の事だから、ファの消化器官の事や、彼女程の子供の好物等々全てを考慮してくれるという信頼がそこにはある。

 

 

 

 

 

ぐぅと小さく腹部から鳴き声を発したすみれ色の少女は何時もの調子で、その上で隠し切れない欲望を混ぜ込んだ声を発する。

視線がうつろに彷徨い、虚空の中に紡いだ夢想の好物に彼女は夢中だった。

 

 

 

 

 

「…………お肉のはじかみ焼きと、ご飯……味噌のスープ」

 

 

 

 

 

 

ぼそっと隣でソフィーヤが好物の名前を述べると、今度はそれにヤアンが喰いついた。

奇怪な事に、混血の少女と純血の竜は食事の話題になると意気投合し、遠慮の欠片もなく意見を交え始める。

声だけは何処までも淡々とした二人だが、その中に含まれた熱意はとてつもないものが見え隠れするほどだ。

 

 

 

 

 

 

 

「“若草焼き”か、悪くない。焼きたてで、香辛料を多く入れたモノを私は望む」

 

 

 

 

 

 

お前は猫舌だろうに。結構昔に焼き芋を作ってひどい目にあってたことを神竜は思い出した。

熱いモノはダメでも辛いモノは好きなんだなと内心イデアは苦笑すると、更にソフィーヤが続けていく。

息が合ったテンポで二人は声を紡ぎだし、食事という話題で盛り上がる。

 

 

 

 

 

「……辛いのは、美味しいです」

 

 

 

 

 

 

ヤアンがソフィーヤを、判っているじゃないかとでもいいたげに、満足感を湛えた視線で見やると少女は大きく頷いて答える。

意外と思われるかもしれないが、この二人は仲が悪いわけではない。むしろ父親の代から交友がある両者の仲は良好とさえ評せる。

言葉にしてしまえば友人関係、という文字が一番しっくりくる。そして彼と彼女の交流の糸を繋いだのはメディアンの料理や彼女が作り出す食材だ。

 

 

 

 

 

“彼”が生きていたころかちょくちょく地竜の元に“試食”という名前のただ飯食い……いや、“品評”を行っていた時代まで二人の交友の起源は遡る。

まだ父が健在だった頃、ソフィーヤは両親の背後に隠れて、いつも家にやってくるヤアンを遠巻きにみているだけだった。

当時のソフィーヤのこの偏屈で、よくわからない思考回路をしている火竜に対するイメージは「怖い、見知らぬ人」だったというのも仕方がない事だろう。

 

 

 

 

 

お世辞にもヤアンの外面はよくない。そんな彼が子供に第一印象で好かれるのはまず不可能だ。

事実、余り人の好き嫌いをしなかったソフィーヤの父親でさえ当初は苦手意識をもっていたのも事実。

 

 

 

 

 

彼女がヤアンと向き合い始めたのは父が没してからだ。

何度も何度も家に訪れていた彼と勇気を出して話をし、理解を求めた。

母とは違う思考と思想をしたヤアンは、聞けば元は戦役で戦った竜だという。

 

 

 

 

 

 

人竜戦役、外界ではもはや伝説となってしまった戦争だが、今隣を歩くヤアンは記憶を失ってこそいるものの、まぎれもなく当事者の一柱。

純血である事に誇りを持ち、混血を排除しようとする思想さえ抱いていた一派の彼とソフィーヤがこうして交流を行うようになるというのも因果な話かもしれない。

 

 

 

 

 

 

「るる~~」

 

 

 

 

 

上機嫌に鼻歌を囀るファをヤアンは感情が読み取れない視線を向けて観察し、次いでソフィーヤに視線を移し、最後にイデアを見てから彼は正面を見た。

その眼には、少なくとも表層の部分は何も浮かんではいない。ただ、ただ、目前まで迫った目的地の扉を映しているだけだ。

 

 

 

 

 

扉が開き、中から地竜が姿を見せると彼女は一礼し、娘とその友たちを迎え入れる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アトスとネルガルの到着は、イデアが想定していたものよりも遥かに早いものだった。

彼らは急いで復習を片付けると、外見年齢ではとても想像できない程の速さで里の中を走り抜けてメディアンの家までやってきたのだった。

転移の術を使わない理由は、急ぎすぎて術を使えるという事を忘れていたという何とも言えないモノだ。

 

 

 

 

メディアンの家に到着した際の二人の姿は……筆舌に尽くしがたい。

 

 

 

 

 

 

ネルガルとアトス、この二名はいつもメディアンたちが食事する際に使っている部屋とは別の客間に通され、そこでイデアたちに出会うことになる。

この客間の中央には4つ脚の5人か6人程度なら余裕をもって食事が出来る程の大きさの机が安置されており、その上には既に二人の為に用意された盃があった。

 

 

 

 

 

アトスはその立派な白々とした髭が無茶苦茶な方向に跳ね回り、所々に砂ほこりさえ付着するという乱れよう。

同じくネルガルはしっかりとセットされていた髪の毛が、さながら至近距離で烈風でも浴びた様に乱れきり、それを直視したソフィーヤが噴き出すのを堪える程の惨状。

ぜぇぜぇと荒い息を吐く二人の老人は渡された清水を一気に飲み干すと、ふぅと小さく肩を動かしつつ息を吸って吐くを繰り返し気を整える。

 

 

 

 

 

 

「たまには体を動かすのもいいものだな」

 

 

 

 

 

手鏡で自らの髭を調整しながら誰にともなくつぶやくアトスに、同じように隣で髪の毛を弄っていたネルガルが同意するように口を開く。

彼は髪の毛から手を離すと、しゃがみ込んで自らの太ももをいたわる様に摩りだす。

 

 

 

 

 

 

「それはそうだが……その……ライヴを使えるかい? ……いきなり動かしたからか、脚の筋が痛くて困った」

 

 

 

 

 

いい年こいて何をやってるんだとイデアが人差し指に力を収束させ【ライヴ】を発動させようとするが……唐突にその動きを停止させた。

いつの間にかソフィーヤが一本の杖を両手で握りしめ、その先端をネルガルがしきりに摩る箇所へと向けている。

ファが興味津津とした顔でソフィーヤの元へ走り寄ると、ライヴの杖をじぃっと見つめ、ソフィーヤに視線で触ってもいいかと問いを投げかけていく。

 

 

 

 

 

 

「これは、なぁに?」

 

 

 

 

 

 

ソフィーヤから渡された自分の身長よりも長い杖を重そうに扱いながらも、その表面や内側に込められた“力”に“眼”を通していく。

無意識なのか、それとも意識的なのかは不明。だが既にファは本能的に父の見よう見まねで“眼”の扱い方を部分的に理解し、使用している。

 

 

 

 

 

「……回復術を発動させるための杖。私は……長や母の様には術を使えないから…………」

 

 

 

 

 

「何でつえを使うんだろ」

 

 

 

 

 

 

それはソフィーヤへの問いではなかった。

自分の内側に対し、産まれてから蓄えた僅かな量の知識に対しての問い。

思考錯誤し思慮を走り巡らし、考え抜くが……答えは出なかったようで、がばっと勢いよくイデアに振り向く。

 

 

 

きらきら、という擬音が付きそうな程に父への尊敬と信頼、そして教えてという念が多分に含まれた視線。

思わず頬が吊り上がりそうになる自分の気を引き締めるために一泊間を置くと、イデアは淡々とわかりやすく答えた。

 

 

 

 

 

 

「術を発動させるための書や杖というのは、力を現象に変換するための触媒だ。魔力を流してやれば触媒はその力を“術”という現象に変えて発生させる」

 

 

 

 

 

 

触媒ももちろん物質であるが故に無限に使えるわけではない。

発生させる現象の規模などが大きくなればそれに反比例し、触媒の耐久回数は減っていく。

そこに例外があるとすれば、この里にある4つの魔道書や、かつての竜族の禁忌などが挙げられる。

 

 

 

 

 

 

魔術の基礎的な要素をさらさらと述べると、ファは満足したのかソフィーヤに杖を返し「貸してくれてありがとう」と感謝の言葉を添えた。

ソフィーヤが瞼を閉じ、杖をネルガルが痛いと言って差し出す足へと向けてかざし、魔力を込めると杖の先端、丸みを帯びた部分に光が灯る。

音こそないが、確かにそこから放出される“力”がネルガルへと向けて入り込むのがイデアの竜の眼には映った。

 

 

 

 

 

 

薄紫色の光。そこに少しだけ赤みを帯びた魔力光がソフィーヤのエーギルの“色”であり、彼女の魔力。

数秒間の光の放射が終わった後に、ネルガルは足を摩り、そこに痛みがないのを何度か確認し……立ち上がった後にソフィーヤに頭を下げて感謝の気持ちを行動でしっかりと見せた。

この一連の流れがあまりにも自然で、なおかつ流麗に行われたため、ソフィーヤはそれに対して反応するのが一瞬だけ遅れてしまう。

 

 

 

 

 

「ありがとう。いい腕をしているね」

 

 

 

 

 

「……どういたしまして、です……………!」

 

 

 

 

 

自分が感謝された事に気が付いたソフィーヤは誇らしそうに鼻を鳴らして頷き、足取りも軽くライヴの杖をぎゅっと握りしめ、含み笑いを零す。

ぐっと胸の前で小さな握りこぶしを作り、何度も何度も脳内で感謝の言葉を反芻しているのが見て取れた。

 

 

 

 

 

始終を黙って眺めていたアトスが一度小さく手を上げて、自分にソフィーヤの注意を向けさせてから、優しく、丁寧に声を紡ぐ。

ネルガル程ではないが、耳に残る心地よい、年季を経て味が出てきた楽器の様な声。

声に合わせて彼の深海の様な澄み切った青い瞳がソフィーヤに注がれる。

 

 

 

 

 

 

「お主は術は具体的にはどれほど使えるのだ?」

 

 

 

 

 

「……あ………その」

 

 

 

 

 

元来ソフィーヤは、他人に対して何かを積極的に発信する性格ではない。

ファへの勉学の助言も、あくまで助言であり、補佐の領域を出ないものだ。

そんな彼女に自己紹介をしてくれといきなり言ってもこうなることは致し方ないことだろう。

 

 

 

 

 

イデアや母、アンナ、ファ相手ならば気兼ねなく話せるのだが、まだアトスとソフィーヤはそこまで面識があるわけでもなく、そこまでソフィーヤは余裕をもてない。

言葉を詰まらせ、まず何と言えばいいのか必死に考えるソフィーヤにイデアが助け舟を出そうとして……いつの間にかすぐ近くに接近している気配を感じてやめた。

 

 

 

 

 

「この子が使える術は本当に基礎の基礎だけだよ。最下級闇魔法のミィルとライヴの杖ぐらいさ」

 

 

 

 

 

 

部屋の奥からこの家の主がいくつもの鍋と皿を両手と“力”を使って危なげなく輸送しつつ現れる。

彼女はそれが当たり前の様に場の支配権を恐ろしい程何の苦も無く握り取ると、料理を部屋の中央に置かれたテーブルの上に配置する。

 

 

 

 

湯気がもうもうと立ち上るそれは、よく調味料を含んだ新鮮な肉料理。

そして野菜のスープや、果実、果実酒や清水、その他さまざまな料理が次から次へと部屋の中に宙を舞いながら侵入し、テーブルの上に降りていく。

 

 

 

 

 

おばさん! と、ファがイデアの隣からメディアンに走り寄ると彼女は膝を抱えて彼女を出迎えた。

ファの髪の毛を何回か撫でてやるとこの小さな竜は興奮したようにその尖った耳を上下に激しく動かして内心を如実に表す。

むふん、むふん、頭上をぽんぽん叩かれるたびにぎゅっと結んだ口から溢れる吐息がこぼれ出す。

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

 

 

 

 

 

それを見たソフィーヤの行動は彼女らしいもの。

彼女は粛々と自分の分などの食器を用意すると、イデアの手を引いて二人で並んで食卓に腰かける。

続いてヤアンに目くばせをすると、彼も同じように何でもないかの如く、イデアを挟んで、ソフィーヤの反対側の席に腰を下ろした。

 

 

 

 

ソフィーヤとイデアの間にはあえて“一人分”のスペースが空いている。

椅子の数こそ足りなく、そこには何もないが、それでも空間だけは余裕があるのだ。

 

 

 

 

 

何事でもないようにソフィーヤとヤアンは静止して動かない。

料理が出てくるまで石造にクラスチェンジしたと言わんばかりに。

全く微動だにしない両者に囲まれたイデアが居心地が悪そうに身じろぎした。

 

 

 

 

 

 

飢えた獣に囲まれたような、そんな居心地の悪さを彼が覚えたのは致し方ないだろう。

 

 

 

 

 

 

アトスとネルガルはまだ座らない。

彼らは自分たちが外部者であり、この場でのヒエラルキーが最も低い事を理解しているが故に、家主のメディアンが許可を出すまで動こうとはしなかった。

だが瞬時にそれに気が付いた地竜はやんわりとファを引きはがし、数歩だけ歩いて二人の前まで行く。

 

 

 

 

 

 

そして彼女は丁重な動作で椅子を二つ、自らの腕で引っ張って用意すると、一流の給仕がするように頭を垂れて着席を促す。

竜がいきなりそのような行動に出たことに眼を丸くしている二人に構わず、彼女は微笑んだ。

 

 

 

 

 

「気負いはいりませんよ。今日はゆっくりと楽しんでいってくださいな。今回の主役は、お二方の様なものです」

 

 

 

 

 

 

ちらっとメディアンの視線がイデアに一瞬だけ向けられると、彼は鷹揚に頷いた。

早かれ遅かれ、こういった事はやるつもりだったイデアにとって、今回の彼女の行動はとても助かる事である。

ファの育成と教育、長の仕事、姉の解放の為の研究……様々な用事がある為、企画そのものをする時間がなかったが、そこを彼女はくみ取ってくれたようだ。

 

 

 

 

 

 

両者はイデアに向かい合うようにいそいそと着席する。

左右に飢狼、対面に老人二人という状況にイデアは苦笑し脱力しながら椅子の背もたれに身を預けて大人しく料理を待つ。

 

 

 

 

 

 

「あ……!」

 

 

 

 

 

メディアンが次の料理を運ぶために部屋から消えると、ファは当然の如くイデアの隣に座ろうとし……現状を認識して思わず声を上げるしかなかった。

父はいつの間にか着席し、しかもその両隣は塞がれている。どうしようもなく詰んだ現状にファはテーブルの周りをピョンピョンと飛び跳ねながら走り回り打開策を探し……諦めた。

 

 

 

 

ぎゅっと服の裾を掴み固まった彼女の眼尻に涙が溢れ、全身が小さく震えだす。

硬く結んだ口の端から、甲高い金切り声がこぼれ出し、それは彼女の涙腺の堤防の瓦解が近い事を示唆している。

このまま放っておけば間違いなく大泣きは必須。だがイデアは子供の泣き声を聞くつもりはなかった。

 

 

 

 

隣のソフィーヤが何かを言いたそうに何度も何度も自分と不自然に空いた空間に眼をやっていることからどうすればいいかは判っている。

 

 

 

 

 

 

「おいで」

 

 

 

 

 

椅子がないなら作ればいい。

イデアの指から放たれた黄金の“力”が場に固定され、背もたれと肘掛け、4つの足をもった椅子の姿となる。

大きさもちょうどファがゆったりと座れる程度に計算された特注の黄金光の椅子。

 

 

 

 

ぽんぽんと腰かける場所をイデアが手でたたいて確認する。

適度な柔らかさで手を押し返してくるクッションの部分を満足気に押し込み、そこを小さくパンパンと叩く。

 

 

 

 

 

 

「っ! っ!! これ、すごい!!」

 

 

 

 

 

自分専用の席があっという間に誕生したことに感動したファは小さく2回その場で飛び跳ね、3回目に勢いよく椅子に飛び乗った。

ギシッという軋みの音さえ立てずに黄金椅子は軽々とファの全身を受け止め、羽毛の柔らかさを再現されたクッション部分は小さく竜の全身を弾ませ、宙に何回か飛ばす。

3回ほど体重をあちこちに移動させて椅子を堪能していたファだが、やがてイデアに全身を向けて満面の笑顔を形作る。

 

 

 

 

 

 

「ありがとう!」

 

 

 

 

 

 

イデアは言葉では返さない。

代わりにファに手拭きを渡してから口角を釣り上げる。

ごしごしと水でぬれた手拭きを用いて手を清めるファを眺めていると、向かいからネルガルのよく弾む声が響いた。

 

 

 

 

 

 

 

「もう立派な父親かな。色々と板についてきたんじゃないか?」

 

 

 

 

 

 

対面のネルガルが微笑ましいモノを見たような、にやけ顔で言葉を投げてくる。

彼の隣のアトスも彼と同じような顔をして穏やかにこちらを見ていた。

“父親”という言葉に胸中、複雑怪奇な念を湧きあがらせたイデアは自分がどんな顔をしているか判らないままに返事を放つ。

 

 

 

 

 

 

「そうか? 自分ではよくわからないけど、そう言って貰えると……嬉しいな」

 

 

 

 

 

 

最後の辺りは声が上ずってしまいそうになるのを抑え込んだため、もしかしたら他人には変に聞こえてしまったかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

「……わたしは、おねえさんです……いえ、“おねえちゃん”です」

 

 

 

 

 

 

 

言葉の響きが気に入らないのか、彼女は丁寧に後半の言葉を一言一句強調して繰り返す。

手を拭き終ったファといつの間にかジャンケンと、その後に続く“あっちむいてほい”で戯れていたソフィーヤの言葉にヤアンを除いた一度は思わず破顔してしまった。

 

 

 

 

 

「そういえば、お前たちは……血縁者や家族はいるのか?」

 

 

 

 

 

 

腰を動かして体重を移動させてからイデアはリラックスした様子で気楽に二人に問を投げた。

正直な話、少しだけ気になっていたのだ。この二人の家族構成などが。

 

 

 

 

 

アトスは遠い昔を見るように視線を彼方に向ける。

横目で一瞬だけそれを見たソフィーヤは内心、母や、見知った竜族が時々同じような眼をしていることを思い出した。

長い、長い年月を生きたモノが見せる目。過去に失った宝を見る時の視線は、届かない星に手を伸ばすように儚い。

 

 

 

 

 

 

「わしからの血筋はいたのだが……もう皆この世にはおらんよ。

 魔道士になった者、ならなかった者、様々な者がいたが全て人の理の中で生きて、人として逝ったのだ」

 

 

 

 

 

 

全て戦役以前の話だとアトスは続ける。

自分は戦役が起こるその前に魔道士として“理”を超え、全て亡くしたと。

 

 

 

 

 

「正直、当時のわしは魔道一辺倒で家族を顧みることはなかった悪しき息子、悪しき父だった。今になって時々後悔しておる」

 

 

 

 

 

過去の自分は魔道士として理を超えたことに狂喜乱舞し、よりによって無限に限りなく近い時間を一切家族に対して使わなかった、アトスは淡々と述べる。

永遠に近いというのに、研究など後でも出来るというのに、何も家族には与えなかった、全て自分の為に使い、その結果全てを無くした後、しかも時間が経ってからそれの価値に気付いたのだと。

 

 

 

 

 

失くす、という言葉にイデアは痛みを覚えた。

500年前の二つの尊い喪失が。その内の一つはもう永遠に帰らない。

 

 

 

 

 

 

「……悪かった」

 

 

 

 

 

 

「構わんさ。嫌だったら話さん。後悔のないように生きるのを心掛けても、難しい事は難しいものだのぉ」

 

 

 

 

 

アトスの眼は過去から未来へと視点を移す。過ぎ去った過ちの過去を客観的に認め、その上で彼は今を、そして先へと歩く。

 

 

 

 

ファファファ、と、わざとらしく老人の笑みを口から吐き出すと、自分の名前を呼ばれたと勘違いしたファが手を上げて答えた。

違うよ、とイデアがファの頭を撫でて宥めてやると彼女はそのままイデアの腕に抱き付いてしまう。

親猫にしがみつく子猫の様なファの背にもう片方の手を回してポンポンと叩くと、彼女は眠たそうに瞼を下ろしかけいく。

 

 

 

 

 

 

脱力し、自分の腕に身を預けるファをどうするかとイデアは悩んだ。

まさかソフィーヤに預けるわけにもいかない。

 

 

 

 

そんなとき、丁度メディアンが料理をもって帰ってくる。

急速に部屋の中に広がる香辛料の香ばしい香りと、スープのよく煮込まれた具が放つ芳香が混ざり合い、部屋の中の空気を塗り替える。

イデアの腕の中で睡眠状態になりかけていたファの鼻が数回ひくつくと、彼女の眼は覚醒し、大きく見開かれた。

 

 

 

 

 

がばっと身を起こすと、彼女の視線は一点……メディアンが淡々と並べていく料理にくぎ付けになってしまう。

いや、彼と彼女、というべきか。ある意味ではファ以上に料理に熱い視線を向けている男がいる。

 

 

 

 

 

 

「可愛いものだ……竜というのも、子供時代はこういうものなんだね」

 

 

 

 

 

ネルガルが苦笑交じりに呟くように言葉を発すると、そこに反応したのは意外な事に今まで沈黙を保っていたヤアンだった。

彼は料理に目線を向けたまま、何でもないかのように竜族の論文の一節をすらすらと口にする。

 

 

 

 

 

「“人は人に近いものとして産まれてくる”あまねく知性を持った存在は“知性を獲得する能力”をもって産まれる。竜にも同じことは言えるのだ」

 

 

 

 

 

獣に育てられた人間は獣に、人にふれあって育てられた人間は人間に。ならば竜に育てられた竜が竜に成長する、ただそれだけの単純な因果をヤアンは語る。

ネルガルがそれに応じて議論が始まりそうになる空気が場に漂いかけるが、イデアはそれをよしとはせずに発言し、空気を霧散させていく。

パンパンと手を叩き、イデアは“力”を使ってメディアンの手助けをし、幾つかの皿やスプーン、水瓶などをテーブルの上に並べる。

 

 

 

 

 

 

「さ、ご飯にしようか。皆も色々と待っていたみたいだからな」

 

 

 

 

 

 

「同感だ」

 

 

 

 

 

 

余計な言葉は一切用いず、ヤアンは衣服の襟などを正すとテキパキと食事の準備を進めていく。

全くぶれを感じさせないその態度にイデアはため息を吐くと、肩を竦めた。

 

 

 

 

 

「みんなに料理と盃は行きわたったかな?」

 

 

 

 

 

 

僅かな時間の後に、全ての料理を配り終えた地竜が隅々まで見渡して確認する。

ソフィーヤ、ファ、ヤアンには果物を潰して作られたジュースを、イデア、ネルガル、アトス、アンナのために空いている空席には果実酒で満ちた盃を。

 

 

 

 

 

ふわり、と空気が一瞬揺れると、一切の気配も音もなく、唐突に空席にアンナが現れる。

まばたきとまばたきの間に移動したように、刹那の隙に彼女は出現した。

嫌味にならない程度に振りかけられた、上質な香水の香りを漂わせ彼女は謎多き美女として胸中が読めないあやふやな笑顔を張り付けて、周囲を見渡した。

 

 

 

 

 

真っ赤な金で縁取りされたドレスを身体の一部と思わせる次元で着こなしたアンナはこのまま貴族の祝宴に出ても問題ない程に輝いた姿をしている。

 

 

 

 

 

「間に合ったようですわね」

 

 

 

 

 

大急ぎで来たのは間違いないはずなのだが、その泰然とした様子は先ほどの男性二人とは対極。

間に合って当然、それでいて優雅に、違和感なく彼女はここに居る。

 

 

 

 

 

家主のメディアンがイデアに目くばせをすると、そのまま彼女は家臣が控えるようにイデアの背後に位置どった。

イデアが椅子から立ち上がると、その場の空気が全て彼の元に集い、支配され、全員の意思が彼に向けられ、ファでさえ沈黙してイデアの言葉を待つ。

 

 

 

 

 

 

「長い前置きはしない。我々の出会いに」

 

 

 

 

 

 

当然の如く盃をイデアは掲げる。

たったそれだけの動作には力強さと気高ささえも内包させ、鷹揚に、超越者として彼は堂々と振る舞い、宣言した。

 

 

 

 

 

 

───乾杯。

 

 

 

 

 

 

 

それに続き、幾つもの声が斉唱され、多くの盃が宙に掲げられた後に、宴が始まる。

 

 

 

 

とても奇妙な宴。

人と竜、そしてかつての竜の大敵であった神将さえも混ぜ合わせた暖かな一幕。

思わず近場に住んでいる者達さえも引き寄せ、土産をもって参じる者が続々と現れ、あれよあれよという間に大勢が参加するほどのどんちゃん騒ぎへとあっという間に発展していく。

 

 

 

 

 

活気が活気を呼び、定期的に行われる花火以外では娯楽が余りない里人は目の前に差し出された面白そうな事に我さきへと飛びついてしまう。

もはや長であるイデアでさえ止めることの叶わない場の流れ。

 

 

 

 

 

人、竜、竜人、全ての者が酒を飲み、旨い料理に舌鼓を打つ。

眠ってしまった子をあやす親、酔ってしまった妻を介抱する夫、顔を真っ赤にした魔道士など、様々な者が入り乱れる酒宴。

“理想郷”とネルガルに名付けられた世界がここにはあった。

 

 

 

 

 

 

 

数千年前、戦役より遥か過去。人が竜と触れ合い始めた最初期の様な光景。

 

 

 

 

 

この愉快な喧騒は数刻の間続いたという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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