北極圏の温暖化が地球のほかの場所の2倍を超える速さで進んでいる──。そんな話を聞いたことがあるかもしれない。主な原因とされているのが、海氷が解けて色の濃い海水が露出すると、太陽の熱を吸収しやすくなって氷の融解がさらに進むという、負のフィードバックループ現象だ。
ところが、この説は誤りであることがわかっている。実態はそれどころではなく、さらに深刻だというのだ。
温暖化の根本的な要因として、こうした「北極温暖化増幅」と呼ばれる現象は確かに起きている。だが、その進行の速度はすさまじく、科学者たちの当初の理解をはるかに超えていたのだ。
例えば、膨大な気温データを分析したある科学者のグループが、北極圏の温暖化は地球のその他の地域の4倍超の速さで進行しており、地球全体に甚大な影響を及ぼしているとの見解を2021年末に発表している。また、22年6月に別の研究グループが科学誌『Geophysical Research Letters』に発表した論文は、過去数十年における北極圏の温暖化は不規則かつ予測不能な速度で進んでいると指摘している。
「温暖化は、これまで認識されていたような平坦なペースで進行しているわけではないことがわかってきました。主に1985年ごろと2000年ごろの2回、大きな変化が起きています」と、ロスアラモス国立研究所のリサーチサイエンティストで論文の主執筆者であるペトル・カイレクは語る。「2000年に起きた2回目の気温上昇の後、それまでほかの地域と比べて2~3倍だった北極圏の温暖化スピードは約4.5倍になりました。状況が大きく変わったのです」
つまり、科学や政治の世界にいる人々がこれまで参考にしてきた数字は、実態をはるかに下回るものだったのだ。
「北極圏の温暖化のスピードがほかの地域の2倍であるという説は、長期にわたり多くの論文に引用されてきました」と、ワシントン大学で北極温暖化増幅のメカニズムを研究するリリー・ハーンは言う。彼女はカイレクらの研究には関与していない。「最新の観測データによって、ついに情報が更新されたことは歓迎すべきでしょう」
鍵を握る「アルベド効果」と低層雲
北極圏の気温が2回にわたって急上昇した理由は、まだわかっていない。だが、80年代に起きた最初の気温上昇は、おそらく大気中の二酸化炭素濃度が増したことが原因だろうとカイレクは指摘する。世紀の変わり目と前後して発生した2度目の気温上昇は、海流を変化させるほどの気候変動が起きたことが原因かもしれないという。
それでも科学者たちは、北極圏全体の気温が上昇し続けている理由については把握している。海面の氷は日光の反射率を示す「アルベド値」が非常に高く、太陽光を大量に跳ね返す性質をもっている。ところが、その下にある海水はアルベド値が低く、太陽の熱を吸収しやすい。
衛星写真に写った海の色は、かなり濃く見えるはずだ。つまり、海の氷が解けると北極全体のアルベド値が下がって気温が上昇し、そのせいでさらに氷が解けるという悪循環に陥ってしまうのだ。
「このアルベド効果によって、夏から初秋にかけて確実に海氷が解けやすくなります」と、カイレクは言う。「この時期には海水が蒸発しやすいうえに、氷に覆われていない海面部分が増えるので、大気中に放出された水蒸気が空の低い位置で雲を形成します」
雲も気温上昇の一因となることがわかっている。雲は太陽光の一部を上空に跳ね返す一方で、断熱材のようにある程度の太陽光を吸収してもいるからだ。