北極圏の温暖化は「約4.5倍速」で進行している:研究結果が示す気候変動の深刻度

北極圏の温暖化が進むスピードが、その他の地域と比べて約4.5倍も速いことが、米国の研究チームの調査で明らかになった。これまでの想定を大幅に上回る速さの温暖化は、地球環境に何らかの急激な変化を引き起こす“転換点”の到来につながる可能性も指摘されている。
Aerial view of the iced earth surface
PHOTOGRAPH: MARCO BOTTIGELLI/GETTY IMAGES

北極圏の温暖化が地球のほかの場所の2倍を超える速さで進んでいる──。そんな話を聞いたことがあるかもしれない。主な原因とされているのが、海氷が解けて色の濃い海水が露出すると、太陽の熱を吸収しやすくなって氷の融解がさらに進むという、負のフィードバックループ現象だ。

ところが、この説は誤りであることがわかっている。実態はそれどころではなく、さらに深刻だというのだ。

温暖化の根本的な要因として、こうした「北極温暖化増幅」と呼ばれる現象は確かに起きている。だが、その進行の速度はすさまじく、科学者たちの当初の理解をはるかに超えていたのだ。

例えば、膨大な気温データを分析したある科学者のグループが、北極圏の温暖化は地球のその他の地域の4倍超の速さで進行しており、地球全体に甚大な影響を及ぼしているとの見解を2021年末に発表している。また、22年6月に別の研究グループが科学誌『Geophysical Research Letters』に発表した論文は、過去数十年における北極圏の温暖化は不規則かつ予測不能な速度で進んでいると指摘している

「温暖化は、これまで認識されていたような平坦なペースで進行しているわけではないことがわかってきました。主に1985年ごろと2000年ごろの2回、大きな変化が起きています」と、ロスアラモス国立研究所のリサーチサイエンティストで論文の主執筆者であるペトル・カイレクは語る。「2000年に起きた2回目の気温上昇の後、それまでほかの地域と比べて2~3倍だった北極圏の温暖化スピードは約4.5倍になりました。状況が大きく変わったのです」

つまり、科学や政治の世界にいる人々がこれまで参考にしてきた数字は、実態をはるかに下回るものだったのだ。

「北極圏の温暖化のスピードがほかの地域の2倍であるという説は、長期にわたり多くの論文に引用されてきました」と、ワシントン大学で北極温暖化増幅のメカニズムを研究するリリー・ハーンは言う。彼女はカイレクらの研究には関与していない。「最新の観測データによって、ついに情報が更新されたことは歓迎すべきでしょう」

鍵を握る「アルベド効果」と低層雲

北極圏の気温が2回にわたって急上昇した理由は、まだわかっていない。だが、80年代に起きた最初の気温上昇は、おそらく大気中の二酸化炭素濃度が増したことが原因だろうとカイレクは指摘する。世紀の変わり目と前後して発生した2度目の気温上昇は、海流を変化させるほどの気候変動が起きたことが原因かもしれないという。

それでも科学者たちは、北極圏全体の気温が上昇し続けている理由については把握している。海面の氷は日光の反射率を示す「アルベド値」が非常に高く、太陽光を大量に跳ね返す性質をもっている。ところが、その下にある海水はアルベド値が低く、太陽の熱を吸収しやすい。

衛星写真に写った海の色は、かなり濃く見えるはずだ。つまり、海の氷が解けると北極全体のアルベド値が下がって気温が上昇し、そのせいでさらに氷が解けるという悪循環に陥ってしまうのだ。

「このアルベド効果によって、夏から初秋にかけて確実に海氷が解けやすくなります」と、カイレクは言う。「この時期には海水が蒸発しやすいうえに、氷に覆われていない海面部分が増えるので、大気中に放出された水蒸気が空の低い位置で雲を形成します」

雲も気温上昇の一因となることがわかっている。雲は太陽光の一部を上空に跳ね返す一方で、断熱材のようにある程度の太陽光を吸収してもいるからだ。

こうした低層雲は冬の間も発生するので、地表との間に熱がこもり続けることになる。このため、真冬にまったく日が差さない北極圏の一部地域であっても、夏と秋の気温が高ければ厳寒期の気温も上昇することになるのだ。

つまり、夏に気温が上がり過ぎたぶんがすべて北極海に閉じ込められ、冬の間ずっと放出されるということになる。

「北極圏における温暖化の最盛期は冬であるという事実に驚く人は多いでしょう。海の氷は夏に最も激しく解けるのですから」と、ワシントン大学のハーンは言う。「夏は日光が降り注ぐ季節です。一方で、“海洋蓄熱”の季節であるとも考えられます」

その仕組みは、スイッチを切られた後も部屋を暖め続ける巨大な暖房器具のようなものだ。

ワシントン大学で北極圏の温暖化増幅について研究する気候科学者のセシリア・ビッツは、緯度の高い場所ではそれ以外の地域に比べて温室効果ガスの影響が遅れて現れがちだと指摘する。ビッツはカイレクらの研究には参加していない。

海の氷が解けるまでにかなりの時間を要していたこれまでに比べて、融解が進んでいる現在は北極圏における熱のフィードバックループが悪化し、変化の速度が明らかに増している。「温暖化の加速は熱帯地域から始まります。いまはそれを追いかけるように北極と南極の温暖化が進んでおり、その動向が注目されているのです」と、ビッツは言う。

不安定な状態に陥った北極圏

このことは、すでに広範囲に甚大な影響を及ぼしている。何よりも深刻なのは、氷の融解がさらに進んでいることだ。

特にグリーンランドでは毎年2,500億トンの氷が消失し、それに伴う海面上昇が起きている。しかも、水は温度の上昇に応じて体積を増す。「熱膨張」と呼ばれるこの現象が、さらなる海面の上昇を招いているのだ。

北極の土地も文字通り、また比喩的な意味でも激変の危機に瀕している。気温の上昇により永久凍土と呼ばれる凍った土が解け始めているのだ。水分を失った永久凍土は崩れ、地中や地上に設置されたパイプライン、道路、建造物といったあらゆるインフラが崩壊してしまう。

「北極圏には人が住んでいます」と、ビッツは言う。「何の落ち度もない人々が、こんなにも危険な環境下で暮らしているのです」

急速な気温上昇によって、土地の緑化も進行している。低木種の北上が進むと、生い茂る草木に阻まれて雪が地面に届きにくくなる。結果的に寒気が地中に伝わらず、永久凍土の融解が加速する恐れがあるのだ。また、植物が増え過ぎて地表が濃い色に変わると、氷より色の濃い海水がそうであるように、太陽の光を多く取り込んでしまう。

簡単に言うと、北極圏は気候学的にも生態学的にも不安定な状態に陥っているのだ。

「毎年夏になると実地調査チームが北極圏に向かいますが、何が起きるかは誰にもわかりません」と、エジンバラ大学で地球変動学を研究する生態学者のアイラ・マイヤーズ=スミスは言う。彼女はカイレクらの研究には関与していない。「今年、カナダのイヌビクに到着したとき、ヒートドーム現象により気温は32℃に達していました。それでも沿岸部にはまだ海氷が多く残り、周辺の気温もかなり低く保たれていました」

このように場所によってばらつきがあることから、気候モデルを使って北極圏の変化の様子を把握したり、こうした変化が地球の広範囲な気候システムに今後どう影響するのかを予測したりすることが難しくなっている。だからこそ、北極圏の温暖化が地球のほかの場所の4倍を超える速さで進んでいるという事実を、科学者たちが改めて理解することが非常に重要なのだ。

“転換点”がやってくる

ひとつの大きな懸念事項として、地球の気候システムがある転換点に達した時点で、温暖化が何らかの急激な変化を引き起こす可能性が挙げられる。例えば、北極圏の温暖化がある程度まで進むと、グリーンランドの海氷の融解が急激に加速するようなことが起きるかもしれない。

「そのような“転換点”が存在するとしても、温暖化がどこまで進めばそうした急激な変化が起きるのか、正確なことは誰にもわからないと思います」と、コロンビア大学ラモント・ドハティ地球観測研究所に所属する気候科学者のマイケル・プレヴィディは言う。彼はカイレクらの論文には関与していない。

一方で、プレヴィディは次のようにも指摘する。理論上は温暖化の増幅率が上がるにつれ、「いずれかの“転換点”を超える可能性は高まることになります」

WIRED US/Translation by Mitsuko Saeki/Edit by Daisuke Takimoto)

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