第2話 ご先祖様

 色々とツッコミどころはあるし、質問したいところも山のようにあるが仮にも来客であるアリサを外にいさせておくのもいたたまれないので、彼女とクラムをリビングにあるダイニングテーブルに案内した奏真は、やたらと引っ付いてくるクラムに「いいから座っててくれ」と席に座らせてお茶を用意した。

 まさか客なんて来るとは思っておらず、本当に水出しするくらいの茶葉しかないことには呆れたが、ひとまずインスタントコーヒーで場を凌ぐことにした。


 席についているアリサとクラムは互いに牽制し合うように睨み合いつつも、決定的に喧嘩に至るほどではない。というかクラムが一方的に唸ったり尻尾を揺らめかすだけで、アリサはさっきの錯乱ぶりが嘘のように大人しい。

 ここが他人である奏真の家であるという自覚があるのだろうか。お行儀良くするのならドアを歪めるなんてこと、してほしくはなかったのだが……。


 奏真は二人の前にブラックのコーヒーとクリーム、シュガーを置いた。

 それから茶請けにはアリサが持ってきたお菓子——おそらくは駅で買ったであろうクリーム饅頭をさっそく出すことにした。買ってきた本人に出すというのも少々変な話だが、とりあえずはそれを置いて、二人を見た。


「えっと……二人はどういう関係で?」


 よそよそしく奏真が聞くとクラムが満面の笑みで立ち上がり、奏真を抱きしめた。その豊満な乳房を顔に押し付けてくる。


「私と奏真さんの関係ですか? そりゃあもう半年間同じ部屋で眠っている男女の関係ですよ!」

「お前何言って——」

「ありえません! 奏真様が私以外と同衾どうきんするなど!」

「初対面のお前と一緒に寝るってのもどうかと思う」


 さっきまでの物静かさはどこへやら、いざ行動に移されたり言葉にされるとアリサは慌てるらしい。

 なぜこの二人は奏真のことで熱くなるのか。


 ……妖怪とはいえ人間の形態、あるいはそれに近しい外見である際にはにんという単位でいいらしいが、やはり妖怪となると一体二体、とカウントしてしまうのが普通で、違和感があった。

 その妖怪二人はテーブルを挟んで睨み合った後、本来椅子を置かない上座に立っている奏真を見た。奏真はそのまま空いている椅子を持ち出そうとして、それをアリサとクラムが止める。


「奏真様」「普通に座ってくださいよ」

「それでまた喧嘩したりしないだろうな」

「「しません」」


 奏真は両名を見て、仮にもお客さんであるアリサの隣に座るのはまずいと、クラムの隣に腰を下ろす。

 クラムが少し勝ち誇ったような顔をして、奏真は呆れつつ話を進めることにした。


「それで……。アリサ……さん? はさっき危険極まりない邪竜がどうのこうのって言ってたけど、それって何? その前後にあった淫乱がどうのこうのってのはお前の私情だってわかるけどさ」


 その話題を切り出すと、アリサはふざけるのもやめて真剣な表情になった。

 一口、シュガーもクリームも入れていないコーヒーを嚥下してからこう言った。


「私に敬称は不要ですよ。さて、本題ですが……私の目的は邪竜ファヴニール討伐にあります」

「ジークフリートが殺した伝説の竜、だよな? 死んだんだろ?」

「やつは魔剣の一撃を耐え、今もこの世に生きながらえています。竜牙兵スパルトイという手勢を従え己の軍を組織しながら」


 いきなり話のスケールが大きくなった。


「スパルトイはギリシャ神話だろ。北欧の伝説じゃない」

「あくまで例えです。奴らとてそれをわかっていますが、適当な表現がそれしかなかったのでしょうね」


 邪竜ファヴニール——北欧神話やゲルマン神話、ことエッダやヴォルスンガ・サガ、ニーベルングの指環と呼ばれる話で有名なものだ。

 紆余曲折を経て英雄シグルズ、もしくはジークフリートが魔剣グラムでファヴニールを殺すことが最終的な結末だ。この英雄譚は北欧地域のみならず、この日本でもゲームや小説や漫画のネタに落とし込まれ、親しまれている。


 この話のどこに吸血鬼が関わるんだ? 奏真は素直にそう思った。

 その疑問が顔に出ていたのかアリサはこう言葉を続けた。


「ドラキュラとは元々ドラゴンの訛り。つまり我らドラクリヤの一族——串刺し公ヴラド三世の子孫である我らは竜と深い関わりにあるのです」

「ヴラド三世って、ワラキアのドラキュラ伯爵小竜公の!?」


 奏真が驚いてアリサを見た。彼女は勝ち誇ったように微笑んで、テーブルに乗せた大きな胸をこれでもかと張る。

 深紅の瞳に走るスリット状の黒い瞳孔が奏真を射抜き、それから同じく爬虫類の黒目と赤紫色のクラムの目を見た。


「奏真様の青紫の瞳、クラム様の赤紫の瞳は竜に関わるものが持つ色です。もちろん、この色彩の全てが竜に関わるわけではありませんが、それでも、少なくとも奏真様は竜に関わるお方なのです」


 アリサがタブレット端末を差し出してきた。そこに移るのは一枚の写真だ。髪の毛で髷を結っていないが武士らしき男で、厳しい和服に身を包んでいる。

 どことなく父、そして奏真自身にも似通う顔立ち。

 まさか、と思ってその可能性を口にした。


「この人、まさか俺のご先祖様?」

「その通り。黒塚辰真くろづかたつま様であらせられます。彼は竜——いえ、の骨を砕いた漢方という触れ込みの霊薬を飲み、その身に煩われていた病を治したとか。以来、鬼神の如き力を得て幕末の裡辺りへん戦争を生き延びたとされています」


 幕末の裡辺戦争——もう一つの戊辰戦争と呼ばれるものだ。

 東北地方の東にあるこの裡辺を独立国にしようと争ったもので、結果的にそれは二次大戦後に果たされる。

 日本本土から一九七三年に独立した裡辺は、以来裡辺皇国と名をあらためてこの土地に君臨していた。

 ご先祖様が侍だという話自体初耳であるが……まさか、裡辺独立のきっかけとも言える明治初期の剣士の一人で、霊薬を飲んだなんていう逸話があったとは。


「先ほど私が先手を打たれていたかと言ったのもそれが理由です。竜に縁を持つものは竜牙兵になりやすいのです。ましての骨という、ドラゴン全体を見ても上位種であるたつの霊薬を飲んでいる子孫ですから。恐らくは清き水辺の龍神……蛟龍あたりの骨ではないかと」

「話が大きすぎてついていけないんですけど、私の奏真さんってやっぱり竜に関わりがあったんですね。道理で相性がいいわけです」


 誤解を招く言い方だし、アリサはあからさまに動揺して「どっ、童貞をいただいたんですか!」なんて食ってかかっている。

 なんなんだろうかこいつらは。自分は十六歳の晩春にして妖怪に対するモテ期が来たのだろうか。

 いや、妖怪にモテるのは別にいい。人間同士、妖怪同士の恋愛だけが色恋だけではないのだ。種族の垣根を越えた異類婚姻譚は古今東西数えきれないほどある。


 しかし、淫乱だの淫売だのいっている超本人が一番の色魔なのが問題なのだ。

 こんなやつらとつがいになろうものなら、身が持たない。


「クリーム饅頭うまい」


 とうとう現実逃避を始めた奏真に、クラムが軽く肘でつつく。


「他ならない奏真さんのお話なんですから、聞いてくださいよ」

「頭がパンク寸前なんだよ。スケールが大きすぎる。邪竜だの竜の霊薬だの、裡辺戦争だの」

「ひとまず私は奏真様をお守りし、鍛え、そしてあわよくば邪竜ファヴニールを殺すためにきた……その認識で構いません。クラム様はイレギュラーでしたが、見たところ強そうですしボディガードにはちょうどいいでしょう」


 クラムを見て、彼女がバイン、と胸を張る。いい加減ワンパターンで飽きてきた。


「まあそれはさておき——、私が奏真さんをお守りするのは全然構いませんよ。この半年、様子見していた私に気分を害することなく接してくれたお方ですし、優しい上お肉まで食べさせてくれましたからね。あのまま弱ったまま放置されてたらリヘンオオカミ辺りに食われてましたし」

「あそこまでぐったりしてたんじゃ、狸にも勝てなさそうだったけど」

「お姉ちゃんが喋ってる時はお口チャック。……まあ、今の私であれば狼だろうと妖狐だろうと怖くありませんよ」


 アリサが「なら心配などいりませんね」と言って、それから、


「クラム様のスリーサイズを聞かせてもらっていいですか?」

「吸血鬼カーミラは多淫だったっていいますけど、まさかあなたも……」

「違います。拠点で過ごす上で着替えがいるでしょう。変身前後の衣類を妖力に変換・再変換及び復元して着替えの手間を省けても、これから人の姿で過ごす時間が増える以上は同じ衣類だけで過ごしていると不潔だと思われますよ。奏真様に汚い、なんて言われて耐えられますか?」

「む、難しいこと言わないでください。ただ着替えがいるってことはわかりました。奏真さんに汚いって言われたらそれはそれで燃えますが、傷つくのも事実ですし……」


 拠点で過ごす……他に仲間がいるんだろうか? ところどころに垣間見えたトンチキ発言は無視する。

 奏真はそれを疑問に思いつつ口に出さず、ミルクとシュガーを一個ずつ溶かし入れたカフェオレを飲んで、二人を見た。


 見れば見るほど絶世の美女で言葉を失うが、同時に己の出自とそれ故に出くわした問題の大きさに、いまだ理解を進められずにいた。

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ごをすと・ぱれえど! 〜我が家を終の住処にしているちょっぴりえっちな妖怪娘たちとの百鬼夜行〜 雅彩ラヰカ@文:イラスト比率4:6 @N4ZX506472

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