ごをすと・ぱれえど! 〜我が家を終の住処にしているちょっぴりえっちな妖怪娘たちとの百鬼夜行〜
雅彩ラヰカ@文:イラスト比率4:6
【壱】ドラクリヤ×ドラゴン
第1話 吸血鬼と竜 ★
【扉絵】https://kakuyomu.jp/users/N4ZX506472/news/16817330650533945098
蝋燭の灯りに照らされている赤い絨毯の上を、一人の背の高い女が歩いていた。
「お姉様っ!」
ルーマニア某所にある吸血鬼の隠れ里・ドラクリヤ。
そこは周囲の風景に溶け込むようにひっそりと佇み、加えて巧みな幻惑結界で守られ、他の生物——人間や表社会の妖怪から秘匿された領域にあった。
そんなドラクリヤの城の広間で、一人の少女が今にも泣き出しそうなくらいに悲痛な声でそう叫んだ。
暮れなずむ空、夕日が石壁に穿たれた窓から差し込む。場内は暗く、吹き込んだ風が蝋燭の火を揺らした。
「どうしても日本へ——
「アリス。私にはどうしてもすべきことが、果たさねばならないことがあるのです。太古より未だ生き永らえていた悍ましき竜、邪智暴虐たる——我らドラクリヤ一族の双子とも言うべき邪竜を滅ぼさねばなりません。
それは、頭のいいアリスがよくわかっているでしょう?」
「でしたら尚更!」
「行動せねばならないんです。今を逃せばおしまいですから。……いいですね、前々から言っていた通り、私はここを去ります。あとを頼みますよ、アリス」
白銀の髪を翻らせ、背の高い女がおそらくは妹であろう少女から視線を外して城を去っていった。門扉を、何トンあるかもわからないそれを押し開け、出ていった。
夕陽の向こうに、女は溶けるように消えていく。大好きな姉が、見知らぬ誰かの元へ去っていく。
アリスと呼ばれた少女はドレスの裾を強く握り締め、毒を飲んだような顔でつぶやいた。
「——っ、クロヅカ……!」
×
「ほら、ささみだぞ。しっかり湯がいて冷ましてあるからな」
大きな爬虫類用の水槽に入れたささみを、一匹の瑠璃色と黒色のグラデーションが美しいトカゲが食べ始めた。
鱗の一枚一枚が宝石のように綺麗な質感を持ち、まるで伝説とすら言われる妖怪である竜のようにも思えた。
どういう種の生物かは不明だが、馴染みの
「お前、ひょっとして……邪竜とかだったりしてな。こう、俺にチートを、みたいなさ」
「??」
「ないな。そんなわけないか」
トカゲ——そう、まさにその邪竜に因んで、それを切り倒した魔剣グラムを文字ってクラムと名付けていた。捕獲当初、庭に撒いていた貝殻をかじっていたからというのもグラムではなくクラムにした理由である。
十一月の寒空の下、よほどひもじい思いをしていたのかクラムは貝殻をかじって飢えを凌いでいたのである。
あまり高級なものは与えられなくて、ささみならまだなんとかクラムも食べられるし……と、ときどきゆがいたものを与えていた。
奏真の手を甘噛みしてから、もそもそとささみを口に入れ目を細めて旨そうに飲み込んだ。
「通販でマウスでも買おうかな。トカゲってマウスもいいらしいし。スーパーにもあるっちゃあるけど、人間の俺がマウスの肉を買うってのもさ」
クラムが小首を傾げた。まるで「なら私もついていきますよ、驚かないでくださいね」とでも言わんばかりに。
犬や猫と違って感情の起伏に乏しい爬虫類だが、仕草や目元の動きでなんとなくわかるものだ。まして半年も一緒にいれば、普段の行動や甘噛みの強さ、頻度で今が快適なのか寂しいのか、そういうのがわかる。
ピンポーン、と家のチャイムが鳴った。
「誰だろ」
土曜日の午後。半ドンで高校が終わって帰って来たのだが、特に来客の予定はない。
両親が仕事の都合で海外出張に行ってしまい、奏真は一人暮らしさせられるという一昔前のラブコメモノのティーンノベルのようなことになっているのだが……。
「まさか、本当にそういう……」
妙な期待をしながら玄関へ出てスリッパを履いて鍵を開けた。が、どうせセールスかトンチキ新興宗教の勧誘だろうと、奏真は相手をろくに見ず口を開いた。
「はーい、セールスや勧誘はお断りのシール貼ってるはずですが——」
それがいけなかった。
冷静になってドアホンを見ていれば、こんなことにはならなかっただろう。
「ああっ、なんて美味しそうな血と精でしょう——っと、失礼。貴方様をお守りするために来ました、
「…………ん?」
「…………え?」
目の前には背の高い、銀髪に赤い目の美女。絶世の美女——まさにそう呼ぶべき女性だ。
日本人でも裡辺人でもなく外国人だろうが、しかし白人というには白すぎるほどに、肌が白んでいる。まるで病弱でか弱い、儚げな肌の色合いである。
「えっと……いま、なんて言った?」
「美味しそうな血……ああいえ、とても元気そうな子種——でもなく、えっとですね、奏真様をお守りにきたと」
思いっきりドアを閉めた。が、隙間から足を突っ込んだ銀髪の女はあろうことかとんでもない怪力で強引に隙間を広げていく。
「このっ。その赤い目といい白すぎる肌といい吸血鬼だな!」
「その通りです! どうして吸血鬼というだけで拒絶なさるのですか! この私がっ、アリサ・ドラクリヤが来たからにはもう安心! 奏真様を蝕む危険極まりない邪悪な竜を——」
「ゲームのしすぎたこの
「そうです! 数多の邪悪な淫売共から奏真様をっ!」
「なんだこいつ力強いな! 誰かっ、助けて!」
悲しいかなここは住宅街から少し離れた一軒家。大声を出しても助けが来づらいという——、
「そこのお前っ、この私にクラムという素敵な名前をくれた奏真さんに手出しすんじゃねーですよ!」
「くっ、邪竜め! 既に
そこに、二階から現れたであろう瑠璃色の髪に光が散りばめられているかのような女が出てきて更なる混沌をぶちまけた。
とりあえず、色々言いたい。なんというか色々ありすぎる。情報量が多すぎて困る。厨二病も真っ青な単語が出てきて、なぜだろう、息苦しい。
「まっ、て、待て! 待った! ストップ!!」
奏真の大声に、女二人の手が止まる。
「どうかいたしましたか奏真様」「私が来たからには安心ですよ奏真さん」
「いやあの、色々言いたいけど……ドアが壊れるから一旦リビングに行かないか? っていうかもう歪んでるよこれ。どうしてくれんの」
アリサと名乗った銀髪の女、そして自称クラムであるという瑠璃黒髪の女。
歪んだドアを手でなぞったアリサが、
「かつて日本の偉人がこう言ったそうです。——『ちいさきこと きにすることなかれ わかちこ わかちこ』、と」
「女じゃなきゃ顔面にグー叩き込んでるぞ」
一世を風靡したギャグはさておき——。
一体何が起こってるんだ……? そんな疑問を抱きつつ、奏真はドアを開けた。てっきりまた襲い掛かるかのように迫るのではないかと思っていたが、アリサは「つまらないものですが」と言って、紙袋を手渡してくる。
「あ、ああ……どうも。えっと……お茶入れるので、上がってください」
「奏真さん、油断しないで。こいつ吸血鬼ですよ」
「そういう貴方は竜族ですね。……危惧していた邪竜一味ではないようですが……」
一体何の話をしているのだろう。しかし確かに、クラムは背中から一対の翼を生やしていた。
それにしても、二人とも胸がデカい。本当にデカい。
十六歳になったばかりの思春期男子の目には猛毒、いや劇毒だ。こと胸の大きな女性に目を向けてしまうタイプの奏真には尚更。
(いらんこと考えるな。なんか事情があるんだし、話を聞くだけ聞こう)
奏真は首を振って雑念を振り払い、二人をリビングへ誘った。歪んだドアにはとりあえずチェーンをかけておく。
そう——これが、奏真の災難の始まりであり、人生を大きく変えるターニング・ポイントだった。
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