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ドラグオンズ・ニア — 竜の血脈と月魄の御子 — 作者:雅彩ラヰカ

【壱】ティアラグ村

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第1話 雪解けの山狩り

 雪解けの時期。麗かな日差しが葉叢を透かして草花を照らし出し、リスを始めウサギや小鳥や虫、それらを捕食する狐や狼が現れ始める時期だ。

 穴蔵からは冬眠から目を覚そうとするクマが動き出し、村ではそれらを含め幻獣や、魔物への警戒を強めていた。


 それはレンが暮らしているティアラグ村でも同じである。きっと、どこの村もそういうふうに警戒しているに違いない。

 そのレン——若い青年はというと村一番の鍛治職人の息子で、彼の兄貴分であり悪友であるオリバーが打った剣を手に、件の危険な外へ来ていた。


「レン、お前は剣の腕がいい。もう今年十五になるのだろう? よろしい、行ってきなさい」


 村の教会で司祭様にそう言われたのは、実は一年半前のことだ。当時レンは十五になったばかりくらいで、この国の成人基準でいえば大人になって一年の青いガキだった。

 けれどもう今年の秋で十七。いつまでも子供ではいられない。そう思っている。


 ティアラグの森と周囲で言われているこの鬱蒼とした森林地帯は、自然の恵みを多く享受できる村人たちの宝であり、天然の食糧庫でもある。

 今日はそこで見かけたという魔物を退治すべく、レンは村の若い衆と手分けしてあたりを山狩りしていた。


 さわさわと揺れ動く梢。風が吹き付ける。舞い上がった木の葉に、ふと血の匂いが混じっているのを嗅ぎ取って、


「グルァッ!」

「お——っと」


 木陰から飛び出してきた魔物に瞬時に気づけたレンは、その鋭い噛みつきを左に跳んで回避した。

 膝を曲げて衝撃を逃し、腰を捻りつつ抜刀。腰の鞘から刃渡り七〇センチ強の刃がぞろりと顔を出す。

 鋭利な角度で振るわれた一撃が、狼の姿の魔物——マカブルプスに反撃として叩き込まれる。


 青年の渾身のカウンターはしかし、浅く表皮を裂いただけで終わった。死を思わせる(マカブル)ような(ルプス)は黒灰色の毛皮を風に揺らしながら距離を置いて下がる。

 体長は二メートル近く、体高は平均して八〇センチほど。大型犬というにはいささか大きすぎる気もするが、魔物の中ではまだ可愛げがある方(・・・・・・・)だ。


 グルル、と低く喉を鳴らす。レンは周囲にこいつの仲間がいないか、そっちの方が心配だった。

 が、仲間がいればすでに取り囲んでいるだろうにその気配がない。

 群れからはぐれた一匹狼なのだろう。ときおり魔物の中には群れという輪から外れて単独で行動する個体もいるらしい。


「男同士、一対一だな」


 あいつがオスかどうかは知らないが、鼓舞するように言う。

 剣を牡牛の角(オクス)に構えてじりじりと睨み合った。

 構えている剣が牡牛の角のように相手に向けられているかのように見えることから、オクスの構えはこう呼ばれている。


 マカブルプスの足がぐっと押し曲げられた。腰、胴の筋肉が躍動する。

 突進——その予想は大当たりだった。マカブルプスは頑強な頭蓋骨の威力に全幅の信頼を置き、こちらを叩き砕かんとしてきたのだ。


「っらぁ!」


 突進を引きつけて剣でいなしつつ回避。どこからどうくるかわかっていれば、大抵の攻撃に対処できるしそれほど怖れる必要もない。

 背後へ受け流したマカブルプスの背中に向かって、袈裟懸けに振り下ろした。

 両手で保持した剣が、その刃がダブルコートの毛皮と肉を断ち切り、孤高の魔物が甲高い悲鳴をあげる。


 真っ赤な血がどくどく溢れ出し、その痛々しい光景を目の当たりにしつつレンは冷徹なまでの追撃を繰り出した。

 よろめくマカブルプスの傷を二度打ちするように、そこへ剣を突き立てる。

 筋肉の装甲を貫き、背骨を砕いた。内臓がいくつか破断して、激痛に魔物が苦鳴を漏らすも若き狩人は構わず刃を捻り、とどめを刺した。


「悪く思うなよ」


 引き抜いた剣から粘ついた血液が糸を引いて垂れ落ちていく。レンは呼吸を整えつつ剣を振り払って血振りし、コートの内側にある拭い布で残った血と脂を拭った。


「ふぅー……」


 呼吸が荒い。深呼吸。胸に手を当て、静かに瞑目して三回ほど。傍目には死を悼んでいるように見えるらしいが、そこまで御大層なことは彼は考えていない。

 雑念やなんかを持って深呼吸をしていると、息が整うまでに余計な時間がかかるだけだし落ち着かないというのが理由だ。


 やがてレンは剣を鞘に収めると、解体用の鉈を取り出した。殺した命は役立てる。

 彼はまだ正式な猟胞団(りょうほうだん)や魔術師連盟の一員ではないが、それでも狩りを行う者としての心構えくらいは持っているつもりだ。


 マカブルプスの立派な毛皮と爪、それから牙を剥いだり抉り取ったりして、その場を去った。

 死体は他の生き物が食べて栄養になるし、残っても土壌が豊かになって植物やなんかが茂る。骨は虫の棲家になる。


「よぉレン、いい戦利品持ってんな」

「オリバー。お前はボウズか?」


 現れたのはレンの兄貴分で、愛剣の作り主であるオリバーだ。

 着ている衣服を変えれば女にさえ見えるほどの美形で、種族は鍛治師には珍しくエルフの血が入っている、ハーフエルフである。その証拠に耳は尖り、きめ細かい肌は健康的な白さを常に損なわない。


「釣りじゃねえんだっての。いやまあ、仕留めてはいないんだけどな。でもウサギを取った。ツレに持たせてっけど二羽、つがいのウサギだ」


 レンはそれをきいて「マジか?」と聞き返した。


「シチューでも作ってもらおうぜ。他にも山狩りで取れたもんは色々あるし、ちっと早えけど村で春を祝おうって、衛兵長が言ってた」

「いいなそれ! それ聞いてたら腹減った。それで、他に魔物は?」

「ちょいちょい討伐報告を聞いてる。負傷者はいるけど、せいぜい縫えば治るくらいだ。命に別状はねえってよ。……しかし、やっぱし魔物が増えてんな」


 オリバーの顔に影が差す。

 鍛治師であると同時に、レンと同じように剣を振って育ってきたこいつは時折こういった狩りにも出向く。

 魔物が増えれば武器が売れる——とはいえ、武器が飛ぶように売れるようになって欲しくない。それがオリバーの一貫した思いらしく、以前酒を飲みながらそんなことを愚痴っていた。


 近年魔物被害が増加している。

 それは巡礼の僧侶や、旅人、行商人が異口同音に言葉にしていることだった。


「魔力溜まりができてんのかね。……ダンジョンなんかが出てこなきゃあいいが」

「オリバー、そういうのコトダマが宿るからやめろ」

「東の果ての、黄金の国の言い伝えだろそれ。大体、黄金の国なんて——」


 と、そのときキィーン、と甲高い金属音がした。

 レンはオリバーに「集合の合図だ」と言って、鬱屈とした話の流れを強引に切り替えようとする。オリバーもこちらの顔色から意味を察し、「盛大に食って飲もうぜ」と肩に腕をわす。


「ひっつくな、お前」

「兄貴に向かってなにいってんだ。お? それともあれか? 俺が美人だから照れてんのか?」

「そんなわけねえだろ。ホモじゃねえんだよ俺は!」

「ネアに首ったけだもんな、お前」


 村一番の美人の名前を出され、レンは口籠った。


「今更誤魔化さなくなたって誰にだってわかるっての。ったく、さっさと告白しねえと取られるぞ?」

「俺には俺のペースがあるんだよ」


 いや、実際早く言おうとは思っている。でも、勇気が出ないというか決意が決まらないというか。

 言い訳じみた反芻思考を断ち切る頃にはオリバーもレンから離れ、衛兵の若い連中——といってもレンやオリバーも若い部類だが——が集まる広場についていた。


 諸々の報告と戦利品の情報共有をして、彼らは愛しのティアラグ村へと帰ることにした。

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