今から10年近く前の事ですが患者のご主人(60代)から「今日、家内の余命は1か月前後と告げられました。もう歩くことも出来ません」と差し迫った声で電話が入りました。 話を聞けば自分がドナーになる考えであったが不適応と言われ、さらに海外移植についても大学病院は「米国は良いが中国は反対です。戻ってきても診療は拒否する」と言われたそうです。資金面を考えると米国への渡航は望めない状況でした。 通常、主治医から上記の説明を受ければ家族は諦めますが、ご主人は「何とかして妻の命を助けたい」と強固な意志を持っておられました。 移植センター及び私どもの協力医師と協議した結果、引き受けることにしました。 しかし、入院先の反応は「来週から糖尿病の治療をするので退院はさせません」非常識なものでした。 仕方なく民間救急車を手配し、強引に退院させ羽田空港まで搬送しました。 ※病院側は患者の診療情報の交付も拒否しました。「犯罪に加担すると自分たちも罰せられるから」と理由を聞き驚愕しました。 渡航先の国立移植センターが北京空港へ救急車を手配してくださり、搬送は無事に終了しました。 到着した翌日のことです。夜も9時を過ぎたのでホテルに帰ろうとした私に奥様は「菊池さん、すみません車椅子に乗せてください。外を見たいのです」と言われたので、抱きかかえて車椅子に乗せ、窓際へ連れて行きました。 この日、天津は珍しい大雪の夜でした。一面銀世界でひらひら舞い落ちる雪を見つめながら、「ここまで来れただけで私は満足です。主人や子供たちに、とても感謝しています。もう死んでも悔いはありません」奥様は静かに、噛み締める様に話されました。その頬には涙が流れていました。 思わず私も貰い泣きしました。 この奥様は今も元気にされています。夫婦で家庭菜園を楽しんでいると時々連絡が入ります。 ご家族の強い意志が奥様の命を救ったと思います。また、ご主人も妻を助けた事により充実した余生を一緒に過ごされていると思います。 人生100年時代です。あと20年、30年元気で暮らしてほしいと心より願わずにはいられません。 ※しかしながら、今日までの活動を通して上記のような事例は多くはありません。 私どもの活動が、まだスタート間もない頃に患者の奥さん、ご子息ご息女、もしくはご兄弟から、以下のケースと同じ様な内容の電話を少なからず受けました。 奥様からの問合せ事例 「すみません、海外移植を考えています。大至急、打ち合わせに来てもらえませんか?」私どもが「交通費と日当を併せて3万5千円頂きます」と返答すると「分かりました。すぐにでも来てもらいたいが、いつなりますか」とかなり喫緊の様子でした。行先は患者様が入院されている病院でした。 到着するとベッドの周りにはご家族が集まっており、患者様は50代の男性でした。末期の肝不全を患わられていました。 私が声を掛けても応じず目を薄く見開いたまま天井を見つめていました。重度の肝性脳症です。余命は数日から長くても数週間と推察されました。 ご家族へは既に手遅れで渡航移植のタイミングは逸している旨の説明をしました。 すると奥様は少々興奮気味に「2億円は用意できます。何とか命を助けてください」 私は「お金は1600万円(当時)で結構です。お金の問題ではありません」 すると奥様は子供達の方へ視線を向け「海外もダメだって、これですべて手を尽くしたわ(何か免責を求めている気配を感じました)」と言うなり私に深々と頭を下げられました。3人の子供達も無言で立ち尽くしたままでした。 このやり取りをナースが見ていたので、そっと合図して一緒に病室を出ました。私は「もっと早く移植の説明をしてあげないと・・・」するとナースは少し怒った顔で「3年前からご家族には何度も説明しています」・「そうでしたか、軽率なこと申し上げてすみません」 帰り際、奥様から渡された封筒の中には10万円が入っていました。 実はこのような経験はこの日が3回目であり以後、当人との意思疎通が困難な方はもちろんのこと、車椅子で移動できない患者様への面接にも応じない事にしました。今でも毎月1~2度は同じような電話が入ります。 私が感じたことを申し上げます。 ご家族は自分がドナーになってあげられない、その後ろめたさや、申し訳ない気持ちが心のどこかにあり、いよいよ死に直面して、居ても立ってもいられずに私どもへ「大至急来てください」と電話をして来るような気がします。 私が電話口で「私どものホームページを今日知ったのですか」尋ねると「2年前から知っていました。でも先週まで元気だったんです」と返されます。 また、息絶え絶えの本人からも電話が入ります。 私は「なぜ、もっと早く電話しなかったの?」と聞くと「土壇場になれば家族がドナーになってくれると思った」この様な話が実に多いです。 ご家族の方は患者に優しく接したい、または希望を持たせたいとの想いからドナーの返事を曖昧にしていることは想像に難くありません。 渡航された多くの患者様方も「○○がドナーになってくれそうな話をしてたのに最後はダメだった」と仰っています。 僕は「早めに断られて良かったですよ。最後まで信じて命を落とす方は沢山います」と返します。 さらに「統計的に親族がドナーになるケースは2~3%とネットに書いてあるじゃないですか。断る人が97%なので普通じゃないですか。むしろドナーになる方が珍しい人です」 その様に説明すると納得されますが、患者側の心理として、ご家族が「いよいよの時は考える」と言っただけで患者は「良かったぞ!!貰える」と確信されるそうです。 ご家族は「絶望させない思いやり」で話された言葉が、確信へと変わるのです。当人は命が懸かっているので当然かも知れません。 ドナー問題で家族や親族、夫婦の関係が悪化どころか崩壊・離婚になったケースに何度も接しています。 ドナーを断るのは言い難いことですが、早目に意思表示してあげるのが本当の親切であり、思いやりであると思います。一般的には角が立たない様に主治医を通じて「ドナーに腫瘍らしき影が認められる・・経過観察の必要がある」など、ドナー側の体調を理由にした偽りの説明で断るケースが見受けられます。 いずれは自分がドナーになろうと考えている方は、病状が悪化する前に早めに手をあげてください。術後の回復も良好ですし、何よりも本人が一番喜びます。 最も良くない事は、態度を曖昧にして優しい声を掛け続け、最後は断る(逃げる)人です。本人は先々の覚悟、計画、治療(渡航移植)の選択ができません。 土壇場で逃げれば家族の側にも終生、心の傷として残ります。 ドナーになる事を承諾する人は3%以下で97%親族は拒否されます。それが現実です。 私達は、渡航を引き受けたからには健康を取り戻し、日本へ帰国させたいとの強い意志で臨んでいます。 病状が末期になってから相談されると、渡航のリスクは高まり手術の成功率も低下します。 早いタイミングから余裕を持った渡航計画の立案が良い結果をもたらすことは言うまでもありません。
令和3年2月10日
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