東洋経済オンライン / 2022年12月6日 17時0分
「アメリカ株に投資すれば誰でも儲かる」「まだアメリカ株やってないの?」 そんな言葉が頻繁に聞こえた2021年から一転、今年は世界中で下落が目立つ展開に。含み損を抱えた結果、投資をやめてしまう人も出てきていることでしょう。
しかし、株式投資において、複利の恩恵を享受するためにも投資の継続は重要。大切なのは暴落時でもコツコツ投資を続けることと、暴落に負けないマインド作りです。
日本株専門のサラリーマン投資家であり、『オートモードで月に18.5万円が入ってくる「高配当」株投資』が大ヒット中の長期株式投資さんが全5回で送る短期集中連載。第4回となる今回は、「投資家が知っておくべき、人間の3つの心理特徴」をテーマに解説してもらいます。
暴落に対処するために行動経済学の基礎を学ぶ
株価が下落している時に限って株価を気にしてしまう。暴落した時には、株価が気になって仕事が手につかなくなってしまう。そんな経験をしたことはないでしょうか。
長期的な視点で投資をしていれば、また、信用取引でもしていなければ、株価が上昇している時にこのような感情を抱くことはあまりないと思います。
しかし、株価が下落している時には、心理的な影響を大きく受けることは避けられません。一般的に、同じ金額であったとしても、失うことと得ることでは「2倍程度」感情の振れ幅に差があると言われています。人間は負けることを嫌う生き物なのです。
例えば、10万円の利益を得たケースと10万円を失ったケースを想像してみましょう。金額はおなじ10万円ですが、10万円を失った時の嫌な思いを打ち消す喜びを得るには20万円の利益が必要になります。つまり、心理的な振れ幅は2倍程度となっているのです。
リアルにイメージできるようにもう少し想像を膨らませてみましょう。コツコツと数年間節約して貯めた貯金が300万円あり、将来のために資産形成をおこなおうと考え株式へ投資を決意したとします。
仮に株価が50%上昇して450万円になると大きな喜びがあるかもしれませんが、投資方針を左右するようなインパクトはないでしょう。しかし、逆に50%下落し150万円になったとします。今度はどうでしょうか。苦労して貯めたお金が半分の価値になってしまったのです。株式投資などやめてしまおうと思わせるくらいの影響があるのではないでしょうか。
このような心理的な影響を理解せずに株式投資を続けていると、その値動きの大きさから相場に翻弄されることも多々あるでしょう。最悪の場合、精神的負荷に耐えられなくなって、株式投資をやめてしまうということもあり得ます。
その一方で、損失時には心理的な影響を大きく受けることを知っていれば、大きな武器になります。暴落が発生した時に、他の投資家が相場に翻弄されている中で、冷静に対処でき、それは将来のリターンを高めてくれるでしょう。
ここでは、そのような「行動経済学」と呼ばれる、相場で生き残るための大きな武器を学んでいきましょう。
ダニエル・カーネマンの「プロスペクト理論」
行動経済学は、伝統的な経済学に心理学的な要素を取り入れて考察する学問です。なかでも、株式投資について情報発信しているTwitterやブログでよく取り上げられているのが「プロスペクト理論」です。
プロスペクト理論はダニエル・カーネマンとエイモス・トヴェルスキーによって展開された理論で、この研究成果により、ダニエル・カーネマンは心理学者でありがなら、ノーベル経済学賞を受賞しています。
このプロスペクト理論について、カーネマンの著書『ファスト&スロー』(村井章子訳、早川書房 2012年)では、次の3つの特徴があるとされています。
1.参照点依存性
2.感応度逓減性
3.損失回避性
一つひとつ確認していきましょう。
特徴その1:参照点依存性
参照点依存性とは、評価が、自分の基準としている参照点と、比較しておこなわれることです。『ファスト&スロー』では次のように説明されています。
「金銭的結果の場合には、通常の参照点は現状すなわち手持ちの財産だが、期待する結果でもありうるし、自分に権利があると感じる結果でもありうる。たとえば、同僚が受け取ったボーナスの額が参照点となることは、大いにありうるだろう。参照点を上回る結果は利得、下回る結果は損失になる」
具体的な例で考えてみましょう。
【例1】まず、皆さんが10万円をもらったとします。その上で、以下の選択肢があった場合、どちらを選択するでしょうか。
①50%の確率で10万円をもらえる
②5万円を確実にもらえる
【例2】次に、皆さんが20万円をもらったとします。その上で、以下の選択肢があった場合、どちらを選択するでしょうか。
③50%の確率で10万円を失う
④確実に5万円を失う
深く考えずに直観的に判断すれば、他の多くの方と同じように【例1】では確実にお金をもらえる選択肢②を、【例2】では損失を出さない可能性が残っている③を選択する読者が多いのではないでしょうか。
実はこの例では、結果が確実な選択肢である②と④を選ぶと手元には15万円が残ります。また、不確実性が残る①と③を選択すれば、いずれも50%の確率で10万円が手元に残ります(または50%の確率で手元に20万円が残ります)。
手元に残る金額が選択肢①・③と選択肢②・④が同じであるにもかかわらず、選択肢②・③を選択する方が多いのは、参照点が【例1】では10万円、【例2】では20万円となっているためです。
参照点からは【例1】で選択肢②を選ぶと5万円のプラス、【例2】で選択肢④を選ぶと5万円のマイナスとなります。人は損失を嫌うため、【例2】では損失を回避できる可能性が残っている選択肢③を選好する傾向にあります。(※外部配信先では図や表などの画像を全部閲覧できない場合があります。その際は東洋経済オンライン内でお読みください)
株式投資においても同じようなことが起こっており、自分が投資した時の株価が参照点となりがちです。
本来であれば、自分がいくら投資したかという要素は今後の投資判断に影響を与えてはならず、その本質的価値を基準に投資判断をおこなわなくてはなりません。
しかし、多くの場合、買値を参照点としてしまい、その参照点をベースに投資判断をおこなっていることも少なくありません。
私が失敗した投資のひとつを紹介すると、JTへ投資する際に妥当な株価の判断を見誤ったため、株価が下落し続けていく中で、買い増しすることにより含み損を拡大させてしまったことがあります。
JTはリーマンショック後に投資して、株価が2倍程度となったところで売却したことがあります。その後に株価が上昇したことから、売却して後悔したという経験がありました。株価がピークアウトし下落を続けていく中で、以前に売却した株価に近づいたこともあり、再び投資します。その後も、ズルズルと株価が下げ続けていく中で、ナンピン(平均取得単価を下げるために買い増しすること)を繰り返してしまいました。
ここでは、参照点となっていた買値を基準にして投資を続けたことで、憂き目にあっています。この経験からは、下落トレンドにある株へ投資する際は細心の注意を払わなくてはならないこと、買値(プロスペクト理論で言う「参照点」ですね)をベースに意思決定してはならないこと、株価が底値を付けて反転してから買っても決して遅くはないことを学びました。
特徴その2:感応度逓減性
次に、感応度逓減性です。これは、取り扱う金額が大きくなるにつれて、金額の増減に対して心理的な振れ幅が小さくなっていくということを意味します。
例えば、住宅を購入する時には大きな金額を支払います。オプションでカーポートやキッチン等をグレードアップすると、全体に対する割合は少ないことから、深く考えずについつい追加してしまうこともあるのではないでしょうか。
仮に住宅価格が3000万円、追加オプションが30万円とすれば、追加の支払いは1%程度と考えてしまいがちです。しかし、契約を終えてふと冷静になった時には、30万円の重みがずっしりとのしかかってきます。
なんとなく追加してしまった場合、本当に必要だったのか、30万円の価値が本当にあったのかと後悔することも少なくないのではないでしょうか。
レバレッジをかけた金融商品へ投資して、急速に損失が膨らんでいく状況をSNSで報告している個人投資家をたまに見かけます。数百万円単位の損失を報告しつつも危機感のない様子に戦慄が走りますが、これも金額が大きくなるにつれて心理的なインパクトは逓減していく「感応度逓減性」の具体例のひとつなのかもしれません。
このような状態になったら、一度取引を中断して冷静になる必要があります。損失が拡大している現状に身を任せるのではなく、参照点を現時点として、あらためて現状からどのようにしていくかを考えていくことが重要でしょう。
特徴その3:損失回避性
損失回避性とは、損失と利益を比較した場合に、損失の方が利益よりも精神的な振れ幅が大きくなる人間心理のことを言います。その振れ幅については、損失は利益の2倍程度と言われています。
つまり、冒頭で紹介したように、10万円の利益を得たケースと10万円を失ったケースを想定すると、金額は同じ10万円ですが、10万円を失った時の嫌な思いを打ち消す喜びを得るには20万円の利益が必要になることを意味しています。
株価が暴落した時に精神的なダメージを大きく受けたり、含み損を抱え続けたまま投資を続けることが、精神的にこたえたりするのはこのためです。
非合理的な感情ではありますが、人間の感情とはそのようなものだと割り切って対処していく必要があります。
最初から大きな金額を投資して、暴落により大きな含み損を抱えてしまっては投資を続ける気力がなくなってしまいます。
したがって、最初は少額ずつ投資していくことで学びつつ、株式市場に慣れていった方がいいでしょう。焦らずとも長く相場にいれば自ずとリターンはついてくるものです。
まとめ
・参照点依存性により、自分が投資した時の株価に意識がアンカリングされること知っておこう
・感応度逓減性により、損失が大きくなりすぎると金銭感覚が麻痺してくることを知っておこう
・損失回避性により、損失は利益の2倍程度、心理的な影響を受けることを知っておこう
長期株式投資:サラリーマン投資家