女優・神楽坂恵が語る「私が号泣したときのこと」
映画『希望の国』(2012年)で夏八木勲さんと共演しました。
夏八木さんと大谷直子さんが酪農家の夫婦を演じ、村上淳さんが息子、私はその嫁という設定です。
夏八木さんと私が電話で話をするシーンがあります。私たちの暮らす村が巨大地震と原発事故に見舞われ、夏八木さん夫婦は住み慣れた家にとどまることを決意しますが、私が身ごもったため、夏八木さんは私たち夫婦が安全な場所に移り住めるように奔走します。そのときの会話です。
夏八木さんの「元気か?」という問いかけに、私がこう答えます。
「義父さんがきちんと私たちのこと考えてくれたこと、すごく嬉しい。いい子、産むね。私たち、元気だよ。幸せだよ。幸せです」
夏八木さんが言います。
「よかったな。あっちに行ったら、いい子を産めよ」
私の目から自然と涙が溢れ、とめどなく流れ落ちていきました。夏八木さんの優しく包み込むようなセリフ回しに、演技だとわかっていながら、私は心を揺さぶられたのです。
それは夏八木さんのことが、本当の父親のように思えたからでした。
夏八木さんはふだんも演技をしているときも変わるところがなく、つねに夏八木勲としてそこにいる、と感じさせる人でした。穏やかで、まわりの人たちのことをいつも気にかけ、優しく見守ってくれる父親のような存在、と言ったらいいでしょうか。
そんなふだんの姿と、演じているときが地続きになっているから、私は演技しながら夏八木さんのことが本当の父親のように思えたのでしょう。
この映画の撮影が終わったあとの2012年2月、私は監督の園子温と結婚式を挙げました。
式に、夏八木さんは都合がつかず出席できなかったけれど、自筆の手紙と贈りものをいただきました。
本当に嬉しかった。その手紙はいまも大切にとってあります。