【完結】ファイアーエムブレム 烈火の剣~軍師と剣士~   作:からんBit

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間章~向かい風(前編)~

ヴァロール島からの帰り道。修理をすませたファーガス海賊団の船に乗り込み、ハング達は港町バトンを目指していた。

 

だが、この海域の風は女神のキスより気まぐれだ。

あいにくの向かい風の中、海賊船は少し長い船旅としゃれ込んでいた。

 

「ふぅ~・・・」

 

そんな船のマストのてっぺんの見張り台。

 

訪れるのはカモメと甲板の喧騒だけというその場所でハングは口から煙を吐き出した。

見張り台の中に座り込み、古い友人から借りたキセルを咥え、慣れないタバコの煙を体の中に入れながらハングは青空を仰ぎ見た。

 

平和な海域での見張りという仕事をくれたのは、他ならぬファーガス船長だった。

今は、忙しい甲板も仲間のいる船室もハングにとっては苦痛であった。

ハングは【竜の門】からここまでほとんど仲間達と顔を突き合わせていなかった。

 

キセルの放つ甘い匂いに鼻をくすぐらせながら、ハングはもう一度溜息を吐き出した。

 

『思い出したぞ。確か貴様の村を消したのだったか?』

 

ネルガルのしゃがれた声が脳裏から離れない。

 

ハングは目を伏せた。視界が空から自分の靴に移る。

 

【魔の島】で起きた諸々が頭の中を駆け巡っていた。

 

果たせなかった復讐。失わせてしまった家族。

そして、竜の門から現れた火炎を纏った巨大な容姿。

 

後悔ばかりが身体を巡る。

 

ハングは震える体をいなすようにキセルをもう一度ふかした。

 

染み渡る煙に肺を燻す。

 

「ふぅ~・・・」

 

喉の奥からこぼれ落ちた吐息は煙なのかため息なのかはわからない。

ハングの頭の中も煙の中だった。

 

「おや、ハング。あんた、ここにいたのか」

 

見張り台に姿を見せたのは飄々とした盗賊。ラガルトだった。

 

「勝手にマスト登ってくんな。甲板より上は船乗りの聖域だぞ」

「御挨拶だな」

「無礼を詫びる仲でもねぇだろうが」

「そりゃ、そうだ。でも、一応許可はもらったんだ。そうつっけんどんにしなさんな」

 

ラガルトは堪えた様子もなく、そう言って懐から皮の水筒と干し肉を差し出した。

 

「俺が来たのはこいつを届けにきたってわけ。サカの恰好した御嬢さんからのお気持ちだそうです」

 

ハングは顎でそれを置いておくように指示する。

 

「こらこら、あんな美人からの贈り物だぞ。ぞんざいにしてやるなよ」

 

そう言いつつラガルトは布を床にしき、その上に干し肉を置いた。

 

「そんなの俺の勝手だろうが」

「おまえさん・・・わかってないね」

 

ラガルトは芝居がかった仕草を交えながら続ける。

 

「あんな美人で器量も礼儀も兼ね備えてる上に剣の腕もたつ、しかも良家の姫さんなのに特にしがらみも無し。ちょっと直線的な考え方が傷だがそれでも余りある誠実さがある」

 

ハングはだんだん苛立ってきた。

 

こいつは一体何しに来たんだ?

 

ハングは口からキセルを離し、中身を足元の水たまりに捨てる。

 

「そんな人を散々心配させてるんだぞ。少しはあんたの良心ってのは痛まないのか?」

「裏切り者の盗賊に説教くらうとは俺は夢でも見てんのか?」

「だったら、あんたは寝てるんだね。寝言だと聞き流すことにしよう」

 

ハングは舌打ちをした。

 

誰かから一本取られたのは久しぶりな気がする。

 

「わかった、わかった!!」

 

ハングは声を荒げた。

 

「わかったよ!で、なんか伝言でも受け取ってんのか?」

「ん~・・・受け取りかけたんだけど、断った。お前さんを呼んでくる方が手間がなさそうだったからな」

 

この野郎・・・

 

ここから突き落としてやろうかとハングは本気で考えた。

 

だが、すんでの所で思い直すことにした。

 

「そういや・・・」

「なんだい?」

 

ハングはラガルトに聞いておきたいことが一つあったのを思い出した。

 

「ラガルト、どうしてお前。俺の左腕のこと知ってた?」

 

ハングは自分の記憶のどこをどう探してもこの男のことを思い出すことができなかった。ハングは産まれてからこれまでこの左腕を晒したことはほとんどない。

 

ラガルトを突き落とす前にそれを聞いておいてもいいと、ハングは思ったのだった。

 

「え?ああ、そりゃ見たことがあるからだ」

「いつ?」

「ん~と、一年前だったかな。うち捨てられた城で旅人と貴族が可憐な女性を助けようとした事件があってな。俺はそこにたまたま居合わせたんだ」

 

1年前、リンとの旅の中でニニアンを助けた時のことだ。

確かにあの時はエリウッドと二人で共闘するときに腕を晒していた。

 

ハングの視線が剣呑さを帯びる。

 

「おいおい、そんな目でにらむなよ。俺はあの姉弟をどうこうするつもりはねぇんだから」

「だったらなんであそこにいた?」

 

ラガルトは両手をあげて無抵抗を示しながら軽々しい口調でこう言った。

 

「裏切り者をね・・・始末するためさ」

 

ハングの目が見開かれた。

 

そして、脳裏に浮かんだ記憶。

 

確かあの時、逃げ出していた連中が何人かいたのを思い出した。

 

「まさか・・・」

「失敗には死を・・・【黒い牙】の掟でね。ドジを踏んだ連中は制裁を恐れて逃げ出した。その後始末をしてたってわけだ」

 

ハングはラガルトの目をまじまじと見る。

だが、その眼から返答はなかった。

 

「お前は・・・仲間を・・・暗殺する仕事を・・・」

「まぁ簡単に言うと」

 

あくまでラガルトの返答は飄々としていた。

 

「そんな神妙な顔もしてほしくないな。同情が欲しいわけじゃないんだ」

「だったら、何が欲しい?」

「『友情』ってのは少し綺麗すぎて性に合わない。と、いうわけで『信頼』ってのはどうだろうか?」

 

どっちも綺麗事だろうが

 

ハングはそう言いかけてやめた。こいつの手のひらで踊るのはこっちの矜持に関わる。

 

だから、ハングはこう言った。

 

「『友情』『信頼』もくれてやるわけにはいかねぇ。だが、『礼儀』は改めてやるよ」

 

ラガルトは「なるほど、そうきたか」と言った。

 

ハングはその段になってようやく、ラガルトの持ってきた干し肉に手を伸ばしたのだった。

 

 

 

 

――――――― ※ ――――――― ※ ―――――――

 

 

 

ハングが甲板に降りてくると、相変わらずドルカスとバアトルが船の上での仕事を手伝っていた。今回はその間にマシューも挟まっている。

 

「おや、ハングさん」

「なんでマシューまでここにいるんだ?」

 

力仕事は向かないであろう、マシューがここで働いている理由がハングにはわからなかった。

 

「そりゃ、俺も体を鍛えたくなる時だってあります」

「で、本音は?」

「本音ですとも」

 

密偵って人種はどいつもこいつも扱いにくい。

 

「うん!いつものハングさんだ」

「なんだよそれ」

 

マシューはハングの顔を見てなんだか納得したように頷いた。

 

「今のハングさん、いい顔してますよ」

「そうなのか?」

「ええ」

「人相と中身がようやく合った。そんな感じです」

 

ハングは眉間に皺を寄せた。

 

「そいつのどこが『いい顔』なんだ?」

「そりゃ、芸術的に絵になるって意味です。人の心を動かすのはいつの世も直線的な感情ですから」

 

ハングは疲れた溜息を吐き出した。

 

「あれ?ハングさん、タバコ吸うんですか?」

「まだ臭い残ってたか」

「へぇ~意外ですね」

「そうか?人相が悪いならちょうどいいだろ?」

「ああ、それもそうか」

 

この野郎、ラガルト共々前線に送ってやろうか。

だが、こいつらならのらりくらりと生き残りそうだ。

 

ここはいっそこの船上で屠るってのも・・・

 

「ハングさん、ハングさん、顔がのっぴきならないくらい怖くなってきましたよ。何考えてますか?」

「何のことだ?」

「いやいや・・・わかってるでしょうに」

 

ハングは後頭部を掻く。その仕草にマシューは口を閉ざした。

 

なんだかんだでハングとは付き合いの長いマシュー。

ハングの仕草で彼がこれから話そうとしてることの想像はついた。

 

「エフィデルは・・・死んだ・・・」

「ええ、聞きました」

「レイラの仇はあれだと思うか?」

 

マシューが肺の中の空気を一気に吐き出した。

ハングはマシューの溜息を初めて聞いた気がした。

 

「わからない・・・と言いたいとこなんですけどね・・・ハングさんにはお見通しなんでしょ?」

 

マシューが竜の門にいた【黒い牙】の残党を拷問していたという話は既にオズインから聞かされていた。

 

「それで・・・わかったことは?」

「あれ、俺っていつからハングさんの専属になりましたっけ?ハングさんに伝える義務は・・・・そんなに睨まないでくださいよ。話しますよ、話します」

 

マシューは今やっていた船上の仕事を別の人に任せ、船の縁へと移動した。

聞かれて困る話題ではないが、聞かせたくない話題だった。

 

「レイラを直接やったのは【黒い牙】の中でも凄腕の暗殺者。【四牙】と呼ばれる連中の中の一人だそうです」

 

前置きはなし。マシューらしかった。

 

「【四牙】・・・」

 

【黒い牙】を知ろうとすれば、必ずと言っていい程に知ることのできる情報だ。

多数の暗殺者を抱える【黒い牙】の頂点に君臨する四人。

 

ハングが【黒い牙】を調べる段階で知りえたのはその中の二人だけだった。

 

最も古くから在籍するリーダス兄弟。

 

兄の【白狼】のロイド。

弟の【狂犬】のライナス。

 

そして、おそらく・・・

 

ハングは竜の門で出会ったあの男を思い出した。

死そのものを纏っていたようなあの男。

 

奴も【四牙】の一人だろう。

 

と、いうよりあれ以上に強烈な暗殺者が他にいるとは考えにくい。

 

あいつはそれほどの男だった。

 

「心あたりがあるんですか?」

 

ハングの長考をマシューは敏感に感じた。

 

「ないことは無いさ。【黒い牙】の話はあらかた調べたんだ」

「そうですか・・・」

 

だが、ハングはその男の情報を口にはしなかった。

 

ハングは喋らない。マシューは聞かない。

ハングは言いたいとも思わない。マシューも聞きたいとは思っていなかった。

 

ここでハングが喋らなくてもいつかは分わかることだ。

 

だったら、自分の手で掴み取りたいだろう。

復讐を考える者の考え方をハングは知り尽くしているほどに、知っていた。

 

ハングはネルガルのことを思い出し、拳を握りしめた。

 

「そういや、ハングさんはどっかに向かってたんじゃないんですか?」

「あ、ああ。リンをちょっとな」

「なんですか?ついに告白ですか?」

 

マシューの表情に火が灯る。こっちの元気な顔がマシューにはあっている気がした。

 

「こんな命の擦り切れる旅、伝えられる思いは今のうちに伝えておこうというその気概。しかも、今回はハングさんが傷心気味。そこに漬け込ませて距離を向こうからつめさせて一気に」

「お前、最近セーラに似てきたな」

 

マシューの顔に言いようのない衝撃が走ったのを見れてハングは満足であった。

 

「そんな・・・バカな・・・」

「三文芝居はいい。んで、聞きたいことはなんだ?」

「告白するんですか?」

「しねぇよ」

 

あっという間に平常心を取り戻したマシューにハングは平然と返した。

最近は経験値が増えたお蔭で、この程度では動じなくなってきたハングである。

 

「なんだ、つまんねぇ」

「人を娯楽に使うなよ。そんじゃな」

「ほ~い、あ!そうだ、ドルカスさん達がこの船で働いた分の給金はハングさんが受け取る手はずになってますんで。よろしく」

「はいはい」

 

ハングは甲板の下の船室に向かいながら、手を振ってマシューに別れを告げた。

甲板を降りると、行きとは打って変わり元気一杯のレベッカに遭遇した。

 

「わぁ!!ハングさん」

「なんでそんなに驚くんだよ」

「暗がりから急に出てくるんですもん、驚きもしますって」

 

ハングはそんなもんかとも思う。

ハングにとっては甲板の一階層下というのは慣れた明るさではあるが、他の人ではそうもいかないのだろう。

 

「あ、そうだハングさん。あのダーツって人ですけど」

「あいつがどうした?まさか・・・」

「大丈夫ですよ。何もされてません」

「ならいいんだが」

 

今もファーガス海賊団に所属しているハングにとってダーツは弟分にあたる。

何かしたとあれば、筋を通させるのはハングの役目だ。

 

「あの人、まだしばらく私達に同行したいそうです」

「そりゃまた・・・随分な物好きだな」

 

海賊船の上で墓まで暮らす海賊も多い中、陸にあがりたがるのは随分な変わり者の部類に入る。つまりはハングも海賊としては十分変わり者だが、それはいい。

 

「それでですね。あのダーツさん、私に似てません?」

「は?ダーツとレベッカが?」

 

ハングは二人の顔を頭に浮かべる。

 

「似てるか?」

「あれ、やっぱり違います?みんなにもそう言われたんですが」

「ふぅん、気になるのか?」

 

レベッカにはもう思い人がいるものとばかり思っていたが、女心と秋の空ってやつなのか。

 

「あ、違うんですよ。そうじゃなくて・・・ん~・・・なんて言うんでしょ?」

「俺に聞かれてもな」

「ですよね」

 

レベッカはそう言って笑った。少し疲れたように笑顔だ。実際疲れているのだろう。

 

【魔の島】での帰り道はできるだけ【竜の門】から早く距離をとりたくて、随分な強行軍になってしまった。

 

ハングのように旅慣れしてる連中でも随分堪えていたのだ。レベッカには酷だったのだろう。

 

だが、彼女は持前の明るさでむしろ周囲を温めてくれていた。

 

「ロウエンに忠告しとくか」

「え?何か言いました?」

「いいや。それよか、その桶は?」

「ギィさんが・・・またですね・・・」

「あいつ、本当に船に弱いな・・・」

 

またこの船のどっかでオロオロと吐き出しまくってるのだろう。情けない野郎だ。

 

「それと、ニニアンさんの看護です」

「・・・ニニアンはまだ目を覚まさないのか?」

「はい・・・」

 

ニニアンは【竜の門】からこっち、気を失ったままだ。

ハングは彼女の世話をプリシラとセーラに丸投げしてしまっていた。ここ数日はそこにレベッカとルセアもついていると話だけは聞いていた。

 

そもそも、ハングはここ最近仲間とほとんど接触していなかった。

 

「ニルスは?」

「ニルス君は元気ですけど・・・元気がないです・・・」

 

体に問題は無い。それでも心に傷を負っている。

 

そういったところだろう。

 

ハングは頻度の随分と増えてしまった溜息をまた吐き出して、話題と自分の感情を切り替えた。

 

「レベッカ、リンを見なかったか?」

「リンディス様ですか?」

「ああ、なんか言いたいことがあるらしくな」

「お説教でしょうか?」

「会いに行く気がなくなるようなこと言うなよ」

「す、すみません。リンディス様なら、前の方に・・・」

「厩か?」

「はい、多分」

「ありがとう」

 

ハングはそのまま、船首の方へと向かった。

 

「レベッカさん。桶の替えはまだですか~」

「あ、は~い!今行きます!!」

 

ルセアの声に引っ張られるようにレベッカはギィの寝るハンモックへと向かった。

 

 

 


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