【完結】ファイアーエムブレム 烈火の剣~軍師と剣士~ 作:からんBit
上陸から五日目
石畳で作られた道を辿り、彼らはその終点を目の前にしていた。
木々の隙間から空を見上げれば、そこには巨大な建築物が見え隠れしていた。到底、人の手に負えるものでは無いほどに巨大なもの。いや、巨大という形容すら陳腐に聞こえる程に圧倒的な古代遺跡がエリウッド達の目の前へと迫ってきていた。
否応無しに高まる緊張。
ここに父がいると気負うエリウッド。
レイラの仇がいると打ち震えるヘクトル。
だが、それ以上に昂ぶっている者がいた。
「・・・・・」
ハングはその目に鋭い光を宿して歩き続けていた。その姿はハングの内に巣食う怨嗟の念が周囲に漏れ出ているかのようだった。海賊船の上でハングがリンに語った過去。それを知るならば、ハングの情動は理解できないものではない。
そんなハングの背中に全力で平手打ちをする奴がいた。
「ハング!」
「ってぇ!」
ウィルだった。
「てめぇ、何すんんだ!」
「ほらほら、そう怒んなって。俺のおやつの干物やるから」
「んなもんいるか!!」
「いらないのか?じゃあ、この干しブドウは?」
「いらねぇっつってんだろ!なんなんださっきから!」
殺気立つハングと能天気な笑顔のウィル。そこにエルクも顔をのぞかせる。
周囲の面々は三人のやりとりを遠巻きに見ていた。
「ハングさんが怖い顔してるからですよ」
「あぁ?」
「ハングさんのそんな顔見てたらそりゃ苛立っているのがわかりますからね。ウィルなりの気遣いですよ。そうですよね?」
「そ、そんなんじゃねぇって!俺はただ腹減ってんのかなぁって思っただけだ」
ウィルは慌てた様子で否定する。だが、ハングはその物言いが理解できない。
「なんで俺が腹減ってるって思ったんだよ」
「そりゃあそうでしょ。人間なんだから」
あっけらかんと言い放つウィルにハングとエルクは目を細めた。
「ウィル、それは説明になってないと思いますよ」
「そんなことはないぞ!腹が減っては集中力が落ちる。集中力が落ちると失敗が増える。失敗が増えると苛立つ。見ろ!やっぱりごはんは大事だ!」
ハングはウィルの理屈に呆れて溜息を吐き出した。
「誰だよ、そんな三段論法吹き込んだのは」
「ロウエンさんです。ロウエンさん曰く『腹満たされずして心また満たされず』です!」
ロウエンが食事に並々ならぬ情熱を持っているのは軍内でも有名な話だ。
確かに彼ならばそんな格言を放ってもおかしくはない。
だが、ハングとしてはその理屈を自分に当てはめては欲しくなかった。
「だからといって俺をそんな基準で判断すんな。そんな理屈が通るのは他の連中だ」
「例えば?」
「セーラとか」
エルクがほぼ反射的に眉間を抑え込んだ。最近、セーラの世話係が板についてきたことをプリシラに指摘され、エルクは頭痛が絶えない日々を送っている。
「ったく・・・」
ハングは自分の身体の力を抜く。
すると、自分が思っていた以上に肩の位置が下がった。今まで肩肘を張って歩いていた証拠である。
ハングは自分の頭を数度叩いた。
自分の中の憎しみはなくならない。体内で燃え盛る仄暗い炎は決して消えない。
だが、それを冷静な頭と同居させるのは不可能ではない。
今のハングは多くの命を預かる軍師だ。自分の感情をむき出しにするわけにはいかない。
ウィルとエルクとの会話は気持ちを切り替える良い機会となった。
ハングが放っていた不可視の圧力が消えたことを感じ、エルクとウィルは改めてハングに笑いかけた。
「ありがとな・・・エルク、ウィル」
「へへ、礼なんて言うなよ」
「はい、僕らは友人なんですから」
二人を前にハングは気合を入れるためには頬を叩いた。
「よし!!」
ハングは気を取り直して歩き出す。
ウィルとエルクの視線を背中に受け、エリウッドとヘクトルに肩を並べる。
「もういいのかい?」
「ああ・・・大丈夫だ」
そのハングの背中に気負いは一切なかった。
その少し後ろにいたリン。
彼女はぼそりと呟いた。
「・・・いいな、男の子って」
「リンディス様?」
「あ、なんでもないの。行きましょフロリーナ」
決戦の時は近い。彼等の行軍の足音が【魔の島】に響いていく。
それから程なくして、ハング達は【竜の門】と称される遺跡へとたどり着いた。
長い間打ち捨てられているはずなのに、建物はまだ形を保っており、入り組んだ形状の地形をつくっていた。【竜の門】の周囲に点在する建物群は『町』というよりも戦争に備えた『城下町』のような雰囲気があった。
その建物群の入り口付近でハング達は周囲を警戒していた。
ここまでの樹海の中では罠や奇襲はなかった。
それはハング達を舐めているのではなく、相手方が戦力を一極集中させているとみて間違いない。
ハングは高い位置から大まかな建物の配置を頭に叩き込み、全体像を組み立てる。
ハングは頭を野戦から市街戦へと切り替えた。
そんな中、エリウッドがニニアンの異変に気が付いた。
「どうしたんだ、ニニアン。震えているのかい?」
「・・・ここ・・・とても、怖いです・・・何か・・・大きな力が・・・」
ハングは手早く周囲の人たちに警戒態勢を命じた。
ニニアンの直感は信用にたる。それは一年前の旅で経験済みだった。
ハングはニニアンの背中をさするリンに目配せを送った。
「”特別な力”ね」
「なんだそりゃ?」
そういえば、ヘクトルとエリウッドには詳しく話をしていなかった。
リンが二人に説明する。
「ニニアンが持っている危険を少し前に察知する力のことよ。記憶を失っても力は健在みたいね」
ハングは震えて膝をついてしまったニニアンの前にしゃがみ込む。
「ニニアン、何か感じるか?」
「ひっ・・・・」
だが、ニニアンはハングと目があった途端に目を伏せてしまった。
ハングはそのニニアンの反応に怪訝な顔をしたが、彼女の後ろにいるリンの表情で全てを察した。
「・・・・・エリウッド、頼む」
「あ、ああ・・・ニニアン、大丈夫かい?」
「エリウッドさま・・・」
エリウッドを前にしてニニアンが顔をあげる。
ハングは自分の頬をもみほぐした。その肩をヘクトルが慰めるように叩いた。
「おめぇはそろそろ自分の人相の悪さを自覚したほうがいいぞ」
「山賊と勘違いされるヘクトルに言われたくはねぇな」
ハングは自分の真顔が人にどんな印象を与えるかを理解している。
ネルガルを目の前にして気がたっている自覚もあった。
だからといって、この反応はあんまりだろう。
ニニアンの露骨な反応にハングは胸を抉られる思いだった。
だが、落ち込んでいる時間はなかった。
「ニニアン・・・何を震えているんだい?」
エリウッドの質問にニニアンの白い肌が更に色を失う。
死人のように青白くなったニニアンは震える声で言った。
「・・・ここに・・・来ては・・・いけなかった・・・わたしが、ここにいると大変なことが・・・・ああっ!!」
そして、ニニアンがいきなり天を仰いだ。
次の瞬間にはニニアンの身体は糸の切れた傀儡のように地面に倒れた。
「ニニアン!?しっかりするんだ!」
「ニニアン!!」
エリウッドとリンが二人で彼女を抱き起す。
「ここはダメ・・・わたしは・・・わたしは・・・」
彼女はうわごとのようにそう繰り返す。目の焦点は合わず、唇まで真っ青だ。
「錯乱してるわ!ここから離れましょう」
「ヘクトル!手を貸してくれ!!」
二人が周囲に手助けを求めたその刹那、聞きなれない声がした
「・・・そうはいかない。二度逃げ出した小鳥が再び戻ってきた・・・今度こそ逃がしません」
「転移魔法だ!!」
ハングが叫ぶのと、警戒態勢にある皆の中心に誰かが出現するのは同時だった。
現れたのは死人のように白い肌を持った男だった。黒い髪を後ろで束ね、黒いローブを着ている。
だが、彼を特に象徴づけているのはその瞳だった。生気を持たない体躯に対しそこだけが別の生き物のように光を放っていた。
「お前は誰だっ!?」
エリウッドが剣を抜きながら叫ぶ。
「お初にお目にかかります。私はエフィデルという、とるにたらぬ者。どうか、お見知りおきを」
周囲を警戒していた他の皆が武器を突き付けている中で、エフィデルは平然と会釈をした。
ハングも剣を引き抜きながら、その男を睨みつける。
「てめぇがエフィデルか・・・とるにたらねぇと自称するなら記憶に残す必要はねぇなぁ!今すぐこの世からご退場願おうか?」
「なるほど、あなたがこの軍の軍師ですか?お噂はかねがね。サンタルス、ラウス、キアラン、そして海上戦、この魔の島でもことごとくこちらの軍隊を破っていただいたようで」
「ぬかせ!」
ハングは奥歯をかみしめた。
確かに軍を用いた局所的な戦術においてはハングは勝利を続けてきた。
だが、戦略的な観点から言えばハングは常に後手に回っていた。
それはサンタルス侯爵の暗殺から始まり、ラウスでは侯爵であるダーレンを取り逃がすことになった。キアランへの進行に至ってはハングは完全に裏をかかれ、海上戦ではファーガス海賊団の船を潰されたせいでハング達は補給が制限されて【魔の島】を歩くことになった。【魔の島】で起きた戦闘もイレギュラーな事態に救われただけだ。
それらの戦略を操ってきたのがこのエフィデルだ。
ハングは彼を目の前にして言い知れぬ不快感が湧きあがるのを感じていた。
エフィデルはハング達の軍のど真ん中で平然と立っている。それを見てハングは顔をしかめた。
「随分とまぁ・・・染まってるじゃねぇか」
彼が纏う闇魔法を使う者特融の闇に触れた空気。
ハングはそれを読み取り、背中に嫌な汗が流れるのを感じた。
エフィデルの闇はあまりにも濃かった。
否、濃すぎる。
それは人間で成し遂げられる限界をはるかに超えた闇の臭いだった。
ハングがエフィデルの空気に飲まれている隣でヘクトルが気焔を上げていた。
「エフィデル・・・てめぇに会いたかったぜ!」
「・・・勇ましいことで。貴方のことは、もちろん存じておりますよ。オスティア侯弟、ヘクトル殿」
エフィデルの瞳がゆるやかに動きニニアンのそばに佇むリンに向けられる。
「そしてそちらはキアランの姫、リンディス様」
リンは答えない。
そしてエフィデルは世間話でもするかのように唐突に話しだした。
「そういえば、森に置いておいた贈り物・・・お気に召しましたか?赤毛の薄汚い女狐の死体・・・」
ハングの目が強く見開かれる。ヘクトルは全身の毛が逆立つのを自覚した。
「・・・てめぇ!!」
ヘクトルが吠える。
「なるほど、オスティアの間者でしたか。ご安心なさい、苦しまずに逝きましたよ」
エフィデルの口角がつりあがった。笑っていた。
「なにせ・・・たった一撃で片付くような弱輩でしたので」
ハングとヘクトルが同時に動いた。
ヘクトルの斧が上段から、ハングの剣が下段から迫った。
二人は完全に先手をとったと確信した。そのはずなのに、二人の武器は空を切る。
「消えた!?」
ヘクトルは動揺したがハングはエフィデルの次の行動を瞬時に読み切った。
「リン!!後ろだぁ!!」
「え!?」
リンが振り返るのとエフィデルの握った短刀が突き出されるのはほぼ同時だった。
だが、エフィデルはリンを甘く見過ぎていた。
甲高い金属音が響く。エフィデルの手から短刀が飛び、リンの剣が振り切られていた。
リンの扱うサカ式抜刀術。その剣速は他の剣術の追随を許さない。
エフィデルは一瞬だけ驚いたような顔になったものの、すぐさま余裕の表情を見せる。
リンは剣を持ち替え、追撃に移る。だが、それは再び空を切った。
リンとニニアンの距離がわずかに空いた瞬間をエフィデルは見逃さない。ニニアンの隣にエフィデルの姿が霞のように映ったかと思ったその時には、エフィデルはニニアンの手を取り、素早くその場から掻き消えた。
そして、次の瞬間にはエフィデルとニニアンは近くの建物の屋上へと移動していた。
「ニニアン!!」
エフィデルの腕の中にとらえられたニニアン。彼女は暴れるも、その細い体では抵抗らしいこともできない。
「この娘は我が主の儀式に必要なのです。それではご縁があればまたお会いしましょう」
すぐさま駆け寄ろうとするエリウッド。それを見つけ彼に向かって手を伸ばすニニアン。
「ニニアン!!」
「エリウッドさまっ!!」
しかし、二人の距離はあまりにも遠い。
エフィデルが転移魔法で再度消える。エリウッドが伸ばした手は空を掴むばかりだった。
「畜生!!」
ヘクトルの罵声だけが、むなしく響いた。
――――――― ※ ――――――― ※ ―――――――
【竜の門】へと続く遺跡の入り口。
「エフィデル殿!娘は、戻りましたかな!?」
そう声をかけたのはラウス侯ダーレンであった。
彼の前にはエフィデルと気を失ったニニアンがいた。
「このとおり・・・」
「おおっ!ではとうとう儀式が!!」
「ええ。ただし、例のネズミどもがそこまで来ています・・・間もなくこの遺跡の中に進入してくるでしょう。儀式までに奴らの始末を・・・お願いできますか?」
エフィデルの声にはもはや感情はない。
先ほど、エリウッド達と邂逅した時のほうがまだ人らしさがあった。
だが、それを知る術はダーレンにはない。例え知りえたとしても今のダーレンが正常な判断をできるとは思えなかった。
「もちろんだ。わしを誰だと思っておる!ラウス侯ダーレンだ!この世界を支配する者だ!!」
「では、おまかせします」
ただ淡々とエフィデルはそう言い残し、遺跡の奥へと消えていく。
「わしは世界の・・・フハハハハハ」
ダーレンの耳障りな笑い声を背中に受けながら、エフィデルは退屈そうにつぶやいた。
「・・・人とはもろいものだな」
エフィデルは遺跡の最奥へと足を進めた。
彼が奥に進めば進む程、周囲の石壁の様子が徐々に変化を見せた。
手前の壁は廃墟のような風化した石だったものであったが、奥の方へ進めむ程に切り出したばかりのような滑らかな石に変わっていく。
それは、まるで時を遡ってるような感覚であった。
だが、エフィデルにとってはそんなものは無価値でしかない。
彼にとって大事なのことはこの先に自分の主がおり、この場所が主にとって重要な場所であるということだけであった。
エフィデルは最深部へとたどり着く。
そこにはあまりにも巨大な門があった。
閉ざされた扉に描かれた装飾は美しく。調和のとれた造形が見ているだけで畏怖を与えるようであった。
それこそが【竜の門】だった。
「ふっ よくやったぞ、エフィデル」
その前に1人の男が立っていた。
頭と右目をターバンのようなもので覆い、重厚なローブに身を包んでいる男。
彼こそがネルガルであった。
「では、儀式の用意にかかるか。エフィデル、準備を」
エフィデルは何も言うことなく、ニニアンを抱えて暗がりへと身を溶かしていった。
この場に残されたのはネルガル。そして、その隣にはもう一人の客人がいた。
「ネルガル・・・!!」
「悔しいか?フェレ侯爵よ」
冷たい石畳の上に横たわるエルバート。
「だが運命とは、あらかじめ結末が定められたもの。どれだけ悪あがきをしようとも、この娘は、我が手に戻るよう定められておるのだよ」
「・・・息子は・・・エリウッドはどうした!?」
上体を起こすこともままならいエルバート。だが、その声は決して死んではいなかった。
「まだ生きている。【黒い牙】の手にかかるのは時間の問題だとしてもな」
ニヤリと顔をゆがめるネルガル。その時、エルバートの体に力がこもった。
「・・・ネルガル!覚悟っ!!」
「!?」
突然の急襲。これにはさすがのネルガルも対応できない。エルバートの持つ短刀がネルガルに突き刺さる。
その、はずだった。
「グ・・・グ・・・ハ・・・!!」
だが、倒れたのはエルバートの方だった。
「・・・これは驚いたな。いつの間にいましめを?くくく、人の忠告は素直に聞いてはどうだフェレ侯よ。運命に抗うことはできん。無駄なことはやめておくがいい」
ネルガルは何もしていない。だが、エルバートは確かに自分の脇腹に殴打を受けたような衝撃を感じていた。
「・・・グ・・・ググ」
その衝撃の重みにエルバートは呼吸もままならならず、再び石畳へと横たわってしまった。その背後には一人の男が立っていた。
「ジャファルよ、このままフェレ侯を奥の間へ連れて行け」
『ジャファル』と呼ばれた男。
血のように赤い髪、羽織った黒いマント。その立ち振る舞いに一切の隙はなかった。
その双眸は視力こそあるものの、既に光はなく、何かを見ているようで、何も捉えてはいない。
その男は濃厚な血の臭い、そして死の臭いをまとっていた。
彼は【死神】
【死神】のジャファル
【黒い牙】の有する最強の暗殺者の一人。
レイラを一撃で屠ったのもこの男だった。