【完結】ファイアーエムブレム 烈火の剣~軍師と剣士~ 作:からんBit
樹海の中
木剣が力強くぶつかる甲高い音が響き渡る。
その音は警戒を続ける日々の嫌気を霧散させるかのごとく周囲に溶けていく。リズム良く打ち鳴らされる音が張り詰めた空気を弛緩させるように心地のよい韻を刻んでいた。
「がんばれ~」
「が、がんばってください~」
そこに気の抜けた応援も重なり、音は更に加速をみせる。
その音はしばらく続いていたが、それも遂に止まった。
「ほぅ・・・」
ヘクトルが驚いたように声を漏らした。
「ま、そうなるわな」
ハングは肩をすくめて結果に納得していた。
「終わり・・・ましたね」
ニニアンは興奮で少し頬を赤らめていた。
三人の視線の先。
鞘のついた剣の先がリンディスの首元で止まっていた。
「・・・勝負ありかな?」
エリウッドはそう言って剣を引く。
「ええ、そのようね」
なんでもないようにリンは言っているがその表情は憎々しげだ。
「これで一勝一敗ってことだな」
リンとエリウッドの手合わせ。先日行った時はリンの勝利であった。そして今日の手合わせは見ての通りエリウッドの勝利となった。
前回の手合わせはハングは用事で見ていなかったので、今回の手合わせが初見学だった。
ハングは軽く拍手をして、両者に賞賛を送る。二人の剣技はハングが三十年は稽古を続けないとにたどり着けないであろう領域であった。
ハングの拍手につられたようにヘクトルとニニアンも手を叩く。
今は昼の小休止。
ハング達が見つけた古い道を歩き続け、彼らは森の中へと再び踏み込んでいた。
周囲数里に渡り、警戒を行っていたが敵影はなし。ハング達は安全を確認して、駐屯地から少し離れた場所で手合わせをしていたのだった。
ハングは腰掛けていた木の根から腰をあげた。
「エリウッドは今日はレイピアじゃないんだな」
エリウッドはハングと手合わせをする時は常にレイピアだったが、今日は普通の剣を使っていた。
「前回、レイピアで見事に負かされてしまってね」
「それもそうか」
リンはサカの古き良き剣技にリキア騎士の用いる技を織り交ぜている。
その剣を相手に間合いが命のレイピアは少しやりにくいだろう。
その為、エリウッドは突の動きに斬を含ませた攻めと、剣を盾として扱う守りで勝機を生み出そうと考えた。
結果は見事な勝利。エリウッドは自分の選択を上々の出来だと評価していた。
だが、安全に勝ちを拾ったというわけではなかった。
「あと少しだったのに」
リンが悔しさを隠そうともせずに呟く。確かにハングから見てもあと一息といった感じだった。
「俺も昔からそんな感じだ。エリウッドに負ける時はいつも紙一重の差で負けた気がするんだよな」
昔からよく手合わせしてるヘクトルもそう言う。
実のところ、二人がそう感じる理由はハングにはわかっていた。
「つまり『あと一手足りない』って感じなんだろ?」
「そうそう!それそれ!!」
ヘクトルは的確な表現を見つけたかのように頷いた。
「エリウッドは常に相手の攻撃の先の先を読んで間合いを計ってるんだよ。自分の攻撃による間合いの変化、相手が踏み込んでくる位置の予測・・・エリウッドはその辺の駆け引きがやけに上手い。一瞬でも隙があれば打ち込めるけど、その一瞬を決して許さない間合いの保持・・・エリウッドってチェス得意だろ?」
「よくわかったね」
「そりゃわかるっての」
つまるところ、エリウッドは読み合いが上手いのだ。敵の剣の一手二手先を読んで先手を打ち、布石を打つ。
ハングも盤面を見ながらならできるが、それを1対1の剣技の中でやりこなす自信はなかった。
打ち合いを終えたリンにニニアンが手ぬぐいを渡していた。
「あ、あの・・・どうぞ」
「ありがと、ニニアン」
そのまま、ニニアンはもう一枚の手ぬぐいをエリウッドにも持っていく。
「エリウッドさまもどうぞ」
「ありがとう」
ニニアンに笑顔を向けるエリウッド。ニニアンも嬉しそうに笑顔を返した。
「ニニアンから見て、僕たちの剣はどうだった?」
「え・・・わたしですか?」
「うん、君の率直な感想が聞きたい」
「えと・・・」
ニニアンは戸惑うように一度視線を泳がせて、エリウッドの目に視線戻す。エリウッドはそんな彼女にもう一度優しく微笑んだ。
「あ・・・あの・・・リンディスさまは綺麗でした」
「へ?」
間抜けな声をあげたのはリン本人だった。
「はい、流れる風みたいで・・・舞を見てるようでした・・・」
「あ、剣のこと・・・ね・・・そうよね・・・」
リンの声はほとんど消え入りそうだった。隣にいたハングにも聞こえるかどうかという程度の声。ハングは何も言わずに彼女の頭に手を置いた。
「なに?」
「いや、別に・・・」
何か気の利いたことを言おうかとハングは思ったが、言葉が口から出る前にどこかに消えてしまった。
「それで・・・エリウッドさまは、少し・・・危うい気が・・・しました・・・」
「危うい?僕の剣がかい?」
「・・・はい・・・すみません・・・」
「ニニアンが謝ることはないさ、素直な意見が聞きたかったのは僕なんだから。それにしても・・・危うい、か」
「あ、あの・・・わたしの言うことなど気になさらないでください」
あたふたとするニニアンの隣でエリウッドはハングに視線を送った。
「いや、俺に意見を求められても困るんだが・・・」
「あ、すまない。つい・・・ね」
はっきり言って剣に関してはハングは門外漢だ。人間に対する観察力には自信もあるが、剣そのものに関しては素人に近い。
それに、ハングにはエリウッドの剣が危ういと思ったことは無かった。ニニアンが何をどう見てその判断を下したのかハングにはわからなかった。
「ふぅん、危うい・・・ねぇ」
「ヘクトルは思いあたる節があんのか?」
「んー・・・どうかな。なんかこうしっくりこないんだけどな。『危うい』じゃねぇんだよな・・・こぅ・・・なんつうか・・・なぁ?」
「わかんねぇよ」
ヘクトルは自分の語彙の乏しさに少し反省する。こういう時に学問所でもっと真面目にやっとけばよかったと思うのだ。
「まぁ、だが、そうだな・・・少なくともエリウッドの剣は悪くはねぇと思うぜ」
「随分、ざっくりした意見だな」
「うるせぇよ」
少し拗ねるヘクトルの周りで皆が笑う。
「そういや、ヘクトルとリンは手合わせしてないのか?」
ハングがそう尋ねた。リンは少し考えるような顔をしたが、すぐさまやる気になったようだった。
「そうね・・・ヘクトル、やってくれない」
リンが意気揚々と剣の柄に手をかけた。
だが、ヘクトルの方はそれ程乗り気ではなさそうだった。
「お前と?やめといた方がいいぜ。お前の細腕じゃ俺に傷はつけられねーよ」
その時、空気が音をたてて固まった気がした。ついでに、ハングの手が置いてある彼女の頭の方から変な音がした。
あ、やばいかもしんねぇ・・・
ハングは慌てて手を引っ込めた。
その直後、リンの口から放たれた声音は明らかに低いものになっていた。
「女だからって力が無いって言う気」
「違うって、男だの女だのは関係ねぇ。ただ、俺の鎧は重騎士並なんだぜ。剣士のお前じゃ相手にならねーよ」
なぜ、お前は竜の逆鱗をゴリゴリと削りたがる。
ハングは胸の中でヘクトルに盛大に危険信号を送っていた。口に出さないのは矛先がこちらに向くのが怖いからだ。
「そう、そういうこと・・・」
ハングは遠い目をした。
俺も似たようなこと言って怒らせたことがあったな・・・
あれは、まだエルクにも出会って無かった時だった。
あの時は確か朝から晩までリンは不機嫌なままで、寝る前にひたすら謝って許してもらったのだ。それも今となっては良い思い出だ。
そんなハングの現実逃避を妨げるように、リンの地を這うような声が聞こえてくる。
「へぇ・・・ヘクトルは私の力量をそう判断してるわけね」
「だから、意味が違うって言ってんだろう!オズインの奴から昔訓練中に教わったんだが、重騎士と剣士ってのはどうしたって相性が・・・」
もう手遅れだろう。ハングは諦めて目を閉じた。
「決闘を申し込むわ!ヘクトル!!見てなさい!その言葉後悔させてあげる!」
「おい・・・」
ハングは素早くリンとヘクトルから距離を取った。その隣にエリウッドとニニアンが並ぶ。
「止めなくていいのかい?」
「ああなったら、俺には止められねぇよ」
ハングとしては抜き身の剣で決闘を始めたリンの前に立つ気は無かった。
「ま、心配なのはむしろこの後だけどな」
「・・・・そうなんですか?」
「見てればわかるよ」
ハングの言葉にニニアンが視線を二人に戻す。ちょうどその時、二人が動きだし一合目が鳴り響いたところだった。
――――――― ※ ――――――― ※ ―――――――
自分たちの拠点に戻る途中。
「おい・・・」
ハングの左側からヘクトルが小突いた。
「ハング・・・」
右側のエリウッドもハングを小突いた。
「ハングさん」
右後ろの方向からニニアンがハングのマントの裾を引っ張った。
ハングはため息が出そうだった。
ハングは意を決して首だけで後ろを振り返る。
「・・・なに?」
そこには不機嫌真っ只中のリンがお出迎えしてくれた。
『やはり』と言うか『予想通り』と言うか、リンとヘクトルの一戦はヘクトルの勝利に終わった。そのせいでリンの機嫌は過去最悪にまで落ち込んでいた。
ここで下手に声をかければ噛み付かれるのは間違いない。できることなら彼女の血の気が下がるまで知らぬ存ぜぬを通したい。
そんなハングの願いは周りの三人が許してくれなかった。
「いや・・・その・・・」
「慰めならけっこうよ」
「そんなつもりはねぇよ」
「だったらなに?」
それが思いつかないから困ってる。
さすがにそのことを口にする勇気は無かった。
「あー・・・機嫌なおせ」
そして、ハングにしては随分と直接的のことを言ってしまっていた。
周囲からため息が聞こえた。普段の交渉術はどうした、と声が聞こえてきそうだった。
ため息をつきたいのはこっちだ。だいたい、原因であるヘクトルが何もしないのはおかしいだろ
そんな憤りを胸の内に留めている間にも、リンとの会話は続く。
「別に私はいつもと変わらないわ」
「いやいや、明らかに機嫌が悪いだろ。ってか、拗ねてるだろ」
「・・・・なんですって?」
矛先がハングの方に向きそうだった。言い方が悪いのは認めるが、他になんと言えばいいのかハングにもわからない。
「お前のことだから仲間に負けるのも我慢ならないんだろうけど・・・おい、目が据わってるぞ」
「ハングと一緒に一人前になるって約束は当分無理そう。本当にごめんなさいね」
「話を聞け、コラ」
リンは拗ねた子供のようにそっぽを向いてしまう。
そんな彼女にハングはなおも言いつつのろうとした。
ハングの頭の中では気性の野生動物を手懐ける方法が色々と浮かんでいた。
「あのな、リン・・・」
「わかってるわよ」
ハングはそのリンの声音に「おや?」と思った。
「わかってる・・・だから放っといて」
そう言ったリンの声からはわずかに険が取れていた。
「ったく・・・」
どうやらハングが考えていた様々な方法を実行に移す必要はなさそうだった。
リン自身も自分が聞き分けがないことぐらいわかっているようだ。
それでも、一度拳を振り上げた手前、降ろしどころがわからなくなっていた。
ハングに苛立ちをぶつけたことが良い落としどころだったのだろう。
ハングはこれなら爆発することはないと判断し、リンに軽く釘を刺すにとどめることにした。
「あんま、気を詰めるなよ。こんな島で余計な疲労を抱え込むと死ぬぞ」
「わかってる。そのうち自分で折り合いつけるからしばらく放っておいて」
「わかったよ」
リンは目を逸らしてあらぬ方向に目を向けたままだ。硬い表情は変わらないが、こうして苛立ちを露わにすることが彼女なりの甘え方なのだろうとハングは結論付けることにした。
ハングはため息を吐いて前を向く。そこには少し残念そうな顔が二つあった。
「なんだその顔は」
「いや、喧嘩にならなかったな・・・なんて」
エリウッドがそう言った。ハングは渋面を浮かべる。
「お前らは俺らが喧嘩するのを望んでいたのか?」
「まぁ、それが気持ちの抜きどころになればいいかなって」
「・・・・・」
エリウッドに向けてハングは喉奥に迫った百万語ぶつけるところだった。
だが、エリウッドの考え方は決して間違ってはいなかった。
ハングはなんとか言葉を飲み込んだが、今度はヘクトルが軽い口調で言った。
「それに、お前らの痴話喧嘩は見てて楽しいからな。機会があればけしかけてみたいってのもある」
ハングは目の前のこの二人を殴れば全てが解決するような気がしてきた。
実際、ハングが拳を固めるまであと一歩だった。
それを止めたのは後ろからのリンの声だった。
「エリウッド。ニニアンは?」
「え?」
ハングはすぐさま後ろを振り返る。ニニアンはさっきまでエリウッドの三歩程後ろを歩いていたはずだった。だが、そこには誰もいない。
ハング達は慌てて周囲を見渡した。
「あっ、いた!あっちだ!」
ハングが指さした先。ニニアンは森の中をふらふらと歩いていた。
それを視認した直後、エリウッドはすぐさま駆け出した。
「ニニアン!」
「ちょっ!待て!エリウッド。あぁくそ・・・軍主がすぐさま脇道に逸れるんじゃねぇよ!!」
「とんでもない速度ですっ飛んでったな」
エリウッドはニニアンを追って森の中を走っていく。
その背中をハングは睨みつけていた。
「あの野郎・・・」
リンとヘクトルはハング顔を見て、エリウッドの背中に両手を合わせた。後でハングの雷が間違いなくエリウッドに向けて放たれるだろうと思われた。
「放っておくわけにもいかねぇしな・・・マシュー!」
「なんすか?」
「お前がどこから湧いて出てきたかはもう聞かないからな」
「人をボウフラみたいに言わないでくださいよ」
「とにかく、皆を連れてきてくれ。どうせそろそろ出発だ。エリウッドとニニアンを追いかけつつ進んでく」
「了解しました」
マシューが森の中へ消えていく。
それを見ながらヘクトルが呟いた。
「あいつって俺の部下だった気がするんだがな・・・」
「余計なこと言ってないで二人を追うぞ」
「へーへー」
ハング達はエリウッドの後を追い、森の中へと進んで行った。