【完結】ファイアーエムブレム 烈火の剣~軍師と剣士~ 作:からんBit
樹海とは木が天を覆うがために日の光が森の中には届かない。その為、下草などは十分な日光を得られずに育つことができない。木の根にさえ注意しておけば人が進むのはさほど苦労はない。
だが、馬はそうもいかないこともある。
「うぉぉぉ!」
急な岩場を登るために一頭ずつ馬の尻を押しあげるダーツ。
敵がどこに潜んでるかわからないので、できれば叫ばないで欲しいのがハングの本音だったが、あえて言及はしなかった。
そもそも、馬の嗎がうるさいので同じことだった。
「よし、もうひと頑張りだ。押せぇ!」
ハングの掛け声と共にダーツが力を振り絞り、最後の一頭を押し上げる。
「ふぅ・・・やっと終わった」
ハングは額に滴る汗を拭ってその場に座り込んだ。その隣にダーツがまだ余裕そうな顔で座る。
「いやぁ・・・馬の扱いってこんな大変なんだな兄弟」
「海賊やってたら、なかなか知らねぇことだろ?」
「だな!だが、力仕事には変わらねぇ、それなら俺の得意分野だ!」
「んじゃ、あの荷物担いで前の部隊に合流してくれるか?」
「よっしゃ!」
ダーツはハングの指示に従い、大きな樽を肩に担いで走っていった。
その身のこなしは流石に半端な鍛え方ではなかった。伊達にファーガス海賊団の切り込み隊長を勤めているわけではないようだ。
走っていくダーツの背中が見えなくなる。そのダーツと入れ違いにマシューが前から駆けてきた。ハングは休憩もそこそこにして立ち上がる。
「ハングさん、お疲れ様です」
「マシュー、みんなは?」
周囲では坂を登り切った馬達に皆が一休みをいれさせていた。
ここにいるのは馬の扱いに長けたリン、フロリーナ、フィオーラだ。
三人は手綱を引いて馬を一列に並べていた。遊牧民のリンはもちろん、天馬騎士二人の手際もよい。ペガサスは普通の馬より神経を使う。この程度なら天馬騎士にとっては朝飯前であった。
ハングは喉の渇きを覚えたが、水を飲むのは控えた。ここは慣れない土地であり、しかも水源を確保しにくい森の中だ。水は貴重品なのだ。
マシューはハングに報告を行う。
「斥候に三組。レベッカとロウエン、レイヴァンとルセア、ギィとウィルの組です。そろそろ戻ってくるはずですけど」
ハング達はウハイの言葉に従って歩き始めて二日目になる。慣れない樹海での行軍速度としては上々であった。
「後ろの人達は周囲の警戒をしてます。前軍にエリウッド様とヘクトル様、後軍はマーカス様が受け持っています」
ハングは今部隊を三つに分けている。視界の悪い森で少しでも早く危険を察知する為に、人の目を届く箇所を広げているのだ。
追いつくのは造作もない距離ではあるが、この森の中では前も後ろも他の人の姿は見えない。その為、密な連絡を欠かすことができず、マシューは伝令役として走り回っていた。
そのマシューはいつもと変わらぬ軽薄な笑みを浮かべていた。
「それにしても、あれから襲ってきませんね」
「だな」
ハング達はこの【魔の島】に上陸した直後にウハイに襲撃を受けてからここまで、敵の気配を一度も感じることはなかった。視界の悪い場所で襲撃してこないということがハングには納得いかない。
「考えられるとしたら、広範囲魔法で待ち構えてる場合だな・・・重装歩兵と魔法部隊の大部隊でもどこかで展開しているのかね。もしくは騎馬部隊・・・いや、この島でそれはねぇか」
「それでも、夜襲もないってのはおかしくないですか?こっちが行軍で疲れることぐらい、向こうも理解しているでしょうし」
「ナメられてるか、誘われてるか・・・それとも・・・」
「ニニアンさんを誤って殺してしまうことを恐れているとか?」
「多分、それが大きいだろうな・・・」
正直なところ、ハングはニニアンを連れてきたのは間違いだったかもしれないと今更ながらに思い始めていた。ハングは彼女を危険の真ん中に連れ込んでいるかのような胸騒ぎを覚えていた。
今更、遅いのも事実ではあるが。
「・・・だが、襲撃が無いからってだからって警戒を解くわけにもいかないだろう。しばらくは慎重に進まないとな」
ハングはマシューに二、三指示を出しておく。マシューはそれを受けて前方へと駆けていった。
ハング汗をもう一度ぬぐい、馬の管理を手伝う。
「ハング!そっちお願い!」
「って、うお!」
そしていきなり、解けかけた荷物の相手をさせられた。
ハングはそれを何とか受け止めて馬の背に押し戻す。やけに重いと思ったら、水樽だった。
「あぶねぇな・・・」
「ありがとうございます。女手だけでは限界がありまして」
律儀に頭を下げるフィオーラ。
「いや、たいしたことはしてないですよ」
「そうですよフィオーラ姉さん。ハングは普段は肉体労働しないんですから、こういう時に働かせないと」
リンの物言いにいくらか言いたいことはあるハングだった。
ついでに、その隣で猛烈に頷いているフロリーナにも言いたいことがあった。
だが、その百万語を飲み込んでハングは別の疑問を口にした。
「リンが『姉さん』って単語使うのはなんか違和感があんな」
「そうかしら?」
首をひねるリン。それを見てフィオーラがクスリと笑った。
その瞬間だけ、彼女の『傭兵』としての顔が剥がれ、『姉』としての顔が垣間見える。
「フロリーナが度々お世話になりましたので、それがいつのまにかリンにも移ってましたね」
「へぇ・・・」
フロリーナとリンが親友同士ならその関係も不思議はないのだろう。
「あっ、今は『リンディス様』ですね・・・申し訳ありません」
すぐさま『傭兵』の顔に戻るフィオーラ。リンの寂しそうな苦笑いに、ハングもまた苦笑いだった。
そこでハングには新たな疑問が湧いた。
「ん?リンとフロリーナっていつから知り合いなんだ?」
ハングは二人の関係については聞いたことがなかった。
「え~と・・・いつだったかしら?」
リンもフロリーナも同じように首をかしげた。
「そんなに昔じゃないわよね。あっ!そうそう!最初に会った時は確かフロリーナがペガサスから、んぐ!」
リンの声が突然くぐもった。フロリーナがその両手で、リンの口を塞いでいた。
「り、リンディス様!そ、その話はし、しないでください!」
珍しいフロリーナの必死な姿だった。フロリーナは余程聞かれたくないらしい。そんなフロリーナにリンは目元だけで笑いかけた。
そして、二人は目だけで会話をし、フロリーナはその手をどけた。
「ぷは、そうね、あの話は二人だけの秘密だもんね」
何度もうなずくフロリーナ。
「なんだよ、教えてくれないのかよ」
「私も少し興味がありますね」
どうやら、姉も知らないことらしい。ハングとフィオーラは二人でリンに詰め寄った。
「だめよ。フロリーナが嫌って言ってるんだから私は口を割らないからね」
だが、リンの決意は固そうだ。ハングはすぐに諦めて矛先を変えてみた。
「フィオーラさん」
「はい」
彼女の顔から固さが消えて、また姉の顔になっていた。
「天馬騎士にとって一番恥ずかしいことってなんですか?」
フロリーナがあからさまに身体を強張らせた。
ハングは満足そうに頷く。
「姉さん!それは・・・」
「お姉ちゃん・・・」
リンも動揺してるので間違いないだろう。
そんな二人にフィオーラは優しく微笑んでから、ハングの質問に答える。
「さぁ・・・いろいろありますので、どれとは言えませんね」
「そうですか。それは残念」
リンとフロリーナが同時に安堵の息を吐き出した。
これ以上追及するのは酷というものだろう。
ハングは追求をやめ、とある荷物を縛り付けている馬の背を叩いた。
「ん・・・あれ?ここは?」
「よう、セイン。気分はどうだ?」
馬の背に縛り付けられたセインがキョロキョロと周囲を見渡していた、
「それで、覚えてるか?自分が何したか?」
「えーとですね・・・そうです!自分の愛を伝えようとしました!」
ハングは容赦なく無抵抗のセインに一撃を叩き込んだ。
「ぐはっ!」
「ハング!やりすぎないでよ!また気絶されたら大変なんだから!」
「安心しろ、加減はしてる」
ハングは苦笑する女性陣を背にして、再びセインに一撃を見舞った。
「ぐはっ!こ、今度はなんです!?」
「いや、気絶してたから殴って起こしてやろうかと」
「今は意識ありましたよ!!」
フィオーラはそれを見ながら、『意識を取り戻させる方法として、殴りつけるというのはいかがなものか』と思ったが何も言いはしなかった。
「で、お前は反省したか?」
「いやですね、ハングさん。俺は常に前を向いて生きる男ですよ!過去にはこだわらなイタイイタイイタイイタイ!痛いです!!」
ハングはセインを縛り付けているロープをより強く締め上げていた。
どうやら、懲りてないらしい。
「セイン、お前が周囲に愛を振りまくのはもう諦めた」
「にしては、毎回容赦無く折檻されてる気がしますけど・・・」
「それはそれだ。だが、相手が逃げ出すまでやるのはこっちとしても許容しかねるわけだ」
ハングの後ろで、フィオーラがわずかに頬を赤らめて目を瞑った。
彼女が今回の被害者である。
『おー!あなたがあのフィオーラさん!お噂はかねがね!ですが、その噂程度ではあなたの美しさは収まりきれていないようだ!』
『どうして、私の名前を?』
『それはもう!軍内の女性の名前は暗記ずみですとも!』
『私はフィオーラ。イリア傭兵騎士団の所属です。どうかよろしく』
『俺はキアランに仕える蒼き情熱の騎士セイン。セ・イ・ンです!どうかお見知り置きを!』
『はい、どうかよろしく・・・』
『フィオーラ殿!あなたはこのセインが熱烈にお守り致します!どうかご安心を!さぁ、遠慮せずもっと近くに!!』
『遠慮しておきます。私は一人でも戦えますから』
『ああっ!フィオーラさん、空を飛んで逃げてしまうなんて・・・そんなに照れなくてもいいのに・・・ハッ!殺気!』
そこで後頭部に一撃をくらい、セインの意識は途切れる。
そして、気絶したセインを放置していくわけにもいかず、荷物の一つとして今まで扱われていたのだった。
そのセインは縛り付けられたまま、声を落としてハングに話しかけた。
「でも、フィオーラさんに声をかけるよう言ったのはハングさんですよ?」
「・・・まぁな」
ハングも声を落とす。フィオーラ本人には聞かれたくない話題になっていた。
「お前のフィオーラさんの第一印象は?」
「イリアに咲いた美しき白椿!」
ハングは無言でセインの頭頂部を殴りつけた。
「あいった!!」
「第二印象は?」
「そんな言葉あるんですか?あぐぅ!な、殴らないでくださいよ!!」
「いいから言え」
「えーとですね・・・あぁ、相棒に似てると思いました」
「それだ」
フィオーラは本当にケントによく似ている。
「で、お前の相棒が部下を全滅させたとしたらその後でどうなるかなんてだいたいわかるだろ?」
「あぁ・・・確かに・・・」
きっと、誰にも何も悟らせず、ただひたすらに背負い込んむ。
それでも前を向き続けて次に進むのだ。その重石を一生手放さない覚悟で。
「そんなんだから、少しでも彼女の肩の力を抜けるようにと思ったんだが・・・見事に撃沈しやがって」
「何言ってるんですか、ハングさん?彼女は間違いなくこのセインを意識しだしてます!この作戦は成功でテテテテテテ!痛いです!!」
ハングがセインの腕を捻りあげていたら、前方からマシューが再び駆けてきた。
「どうした?」
「ハングさん!ウハイが言ってた『倒れた巨木』が見つかりました。エリウッド様が一旦全部隊を合流させたいそうです」
「わかった」
そのままマシューは後続へ伝える為に走っていく。
ハングはセインに最後の一発を加えて、リンを振り返った。
「聞いてたか?」
「うん」
「それじゃ出発するか」
ハングはリンの指示に従って馬の手綱を握り、歩き出した。
「あ、あの~ハング殿・・・俺は降ろしてくれないのでしょうか~・・・」
セインはもうしばらく馬の背に乗っててもらう予定であった。
――――――― ※ ――――――― ※ ―――――――
「ハング、来たか」
「おう」
先行していたエリウッド達の部隊は巨木のかげで小休止を入れていた。ありがたいことに近くに小川も見つかり、水の補給もできているようだった。斥候から帰ってきたレベッカとロウエンが昼食の準備を始めているので、少し腹に何か入れられるらしい。
「ハング、とにかく来てくれ。見せたいものがある」
エリウッドはハングを手招きし、樹海の奥へと誘う。
「リンディスも来てくれ、意見を聞きたい」
「わかったわ」
エリウッドに連れられ、ハングとリンは巨木から西へと向かった。
「ここから先、樹海を抜けて視界の開けた平原になる。注意してくれ」
「了解」
エリウッドにそう言われる前にハングとリンは森の外の明るい平原をとらえていた。
そして、不意に森が途切れた。
ハングは目の前の平原を眺め、そして納得したように頷いた。
「・・・なるほど」
そこではヘクトルが既にハングを待っていた。
「よぉ、ハング」
「これは、さすがに予想外だったな・・・」
「ここまで予見してたら、俺はハングをここでぶった斬ってたよ。流石に気持ち悪い」
ハングは唇の端で笑い、ヘクトルの傍に膝をついた。
「それで、どう思う?」
「随分古い・・・100年かそこらじゃなさそうだ。」
ハングは指で地面をなぞる。
ただ、『地面』という表現が正確であるかどうかは意見が分かれるところであろう。
「石畳・・・これは道だろうな」
ハングは滑らかな石の表面を指先でこすった。
この平原の真ん中を突っ切るかのように森から石畳が続いていた。
「これがウハイの言ってた【竜の門】に続く道に間違いないな・・・」
石畳は西に見える山を迂回し、そのまま北へと向かっている。
こんな未開の地にある石畳。さすがにネルガルが作ったものとはハングには思えなかった。
何せ、その石の摩耗は百年二百年じゃ出来ないものだ。これはもっと古くより続く文明の跡であろうとハングは予想した。
「どうやら、この島はただの秘境ってわけじゃないらしいな。【竜の門】って名前もこけおどしじゃなさそうだ」
ハングは石畳の継ぎ目の構造や、石の切り口などを観察していく。
「ハング、この道から何かわからないかい?」
エリウッドとヘクトルの目が向けられる。
二人はこの石畳からこの島の情報を得られないか期待してハングを呼んだのだ。
「正直、考古学は専門外だ。専門家を連れてこよう」
「専門家?」
「闇魔法は別名『古代魔法』。闇魔導士の中には単なる闇ではなく、古代の研究の末に魔法の領域に足を踏み込んだ輩も少なくない。運の良いことに、ちょうどこの部隊にいるだろ?」
ハングはリンに目配せをした。いち早くそれを受け取った彼女は皆のいる方角へと駆け出した。
しばらくして、彼女が連れて来たのはカナスだ。
彼は石畳を見るや否や興奮した足取りで調査を始めた。
手頃な石をひっくり返し、震える手で砂を払っていく。
「うわぁ!これはすごい。皆さん、ここを見てください!ここ、わずかに字が彫られてます・・・ヴァル・・・ロー・・・なるほど・・・これは・・・ルー・・・ルー・・・ルーランかな」
「おーい、カナスさーん。わかるように説明してくれ」
「あ、すみません。つい夢中になってしまいまして」
ハングはそんなカナスの様子に苦笑を浮かべた。カナスは魔導士というよりも学者気質の方が強いようだ。
「えーと、ですね。ここに彫られている文字は古代文字・・・つまり【竜】が使っていた文字です」
「つまり、この道は千年以上前のものってことなのか?」
ハングの質問にカナスはモノクルの位置を少し直してから答えた。もはや学者というより教師だ。
「彼らが去った後の時代にもしばらくこの文字はしばらく使われてました。ですが、ここに書かれているのは道の工事で使われてる程度の雑記です。その程度の部分にこの文字が使われていることをみると、やはり【人竜戦役】の前に作られたものかと思います」
『人竜戦役』
人と竜がこの大陸の覇権をかけて戦った遥か昔の一大戦争。今では神話並みの扱いの出来事であった。
「マジかよ・・・」
「はい、間違いないと思います」
人竜戦役が単なる神話ではなく実在の出来事であったことは近年の学者が証明した。その程度、今では子供でも常識の範囲で知っている。だが、その証拠をいざ目の前にするとやはり感慨深いものがあった。
「これが、千年前の・・・」
ハングはしゃがみ込んで石畳に触れる。
これはただの石だ。だが、その歴史の重みを知った今ではそのただの石を踏みつける気がどうしても起きなくなってくる。
「はい、貴重ですよ。ここまで保存状態の良い遺跡はなかなかありません」
「それで、この道はなんの為に作られたと思う?」
「森に続いてることから、木材の搬送路では?」
「ってことは、ここから先には何らかの居住区があると考えていいのか」
「いえ、それはどうでしょう・・・これだけの石の加工技術です。わざわざ木材を建築に使う必要は無いと思います・・・となれば、木材は建築用ではなく儀式用ではないでしょうか?」
「燃料って可能性は?」
「この道がどこまで続いているかはわかりませんが、燃料用にしてはいくらなんでも遠すぎるかと」
カナスとハングがああだこうだ意見を交換する。
最初の方は良かったが、いつの間にかエリウッド達には理解できない内容になってきた。
「・・・と、なると少なくともこの森に対する何かの信仰か・・・竜の文献では確か自然の中に霊的なものを見出す宗教概念があったとか・・・」
「いえ、それは近年別の意見がありまして。むしろイリアに見られる宗教様式に酷似した文献が・・・」
ハングとカナスに置いて行かれ、エリウッド達は手持ち無沙汰になってしまう。
熱中して話し合う二人に悪いので三人はこっそりとその場を後にしようと背を向けた。
ハングはそんなエリウッド達に気付いていたが、カナスとの話が異様に盛り上がっていたため、素直に甘えることにした。人竜戦役は戦術戦略の基礎が築かれた時代だ。矮小な存在である人が多大な力を持つ竜に立ち向かう為に様々な学問が発展していった。その為に人竜戦役に関してはハングとしても並々ならぬ関心があった。
そのことについて意見を交換できることはなかなか出会えない。
しかも、その時代の遺跡を目の前にしての検討なのだ。それが今は楽しくてしかたなかった。
だが、エリウッド達の背中が森に消えかけようとしたその時、その空気は不意に変異を遂げた。
「ん?」
「・・・なんでしょう?」
ハングとカナスが同時に口を閉ざした。
二人は示し合せたかのように北西の方向へと視線を向けた。
その方向から不思議な気配を感じていた。
「妙ですね・・・」
「ああ」
二人は周囲を漂う空気にわずかな違和感を感じていた。
それは『生ぬるい風』とでも形容されそうな、人に不快感を与える空気。
それが山脈を越えた北西の方角から流れてきていた。
カナスとハングはその空気を捉えようと意識をこらす。
だが、二人は顔をすぐさま顔をしかめる。自分達の感覚がその空気に捕らわれ、狂わされているような気がしていた。
「ハングさん・・・戻りましょうか・・・」
「・・・ああ」
二人はその場から逃げるように背を向けた。
二人は森を目指して歩き出した。
最初は早歩きだった彼らの足取りはすぐさま小走りに変わり、いつの間にか駆け足になっていた。
だが、いくら急ごうとも周りの空気から逃れられるわけではない。二人はそれがわかっていながらも走らざるおえなかった。
身体の奥底にある本能が逃げることを欲してやまなかった。