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ネット空間の海賊のユートピアをつくったひろゆき氏の厚顔無恥な「才覚」

Qアノンと日本発の匿名掲示板カルチャー【10】

清義明 ルポライター

札幌2ちゃんねる人脈の中心人物

 話を中尾氏に戻そう。私は、北海道大学出身というネット情報は本当かと聞いた。北大出身は正しいとのこと。北大の縁から札幌の2ちゃんねる人脈のビジネスが始まったのだろう。中尾氏の周辺には、北海道で小さな会社を経営する一匹狼のような人物が多い。

 大学卒業後、中国に留学していたこともあるという。中国がどんな国かわかり、幻滅して帰ってきたとのことだ。そのせいか、「FOX」の名での書きこみには、右派的な発言もチラホラとある。

 中尾氏の最初の会社であるZ社は1991年に登記されているが、役員構成は何度もかわっている。このZ社ともうひとつT社が、札幌の2ちゃんねる関係者を網羅しており、やはり中尾氏が中心人物だったことがわかる。

 ただ、ここに関連する会社は、どこも役員が目まぐるしくかわり、しかもそれが複雑に絡まりあっている。内紛めいたことも事欠かなかったと推察できる。西村氏やジム氏、そして東京の西村人脈の名前も、そのなかには見受けられる。

 中尾氏も、自ら立ち上げたZ社(2ちゃんねるのサーバー業務と課金システムを請け負っていた)の役員を2011年に退任しており、2013年には課金システムの業務もT社に移管された。

 T社は、2ちゃんねるが開設される以前にT氏が創設。水とりマットや傘乾燥機などの事業を行っていた。ネットとは縁遠かったT氏を、おそらく中尾氏が札幌人脈で引き入れたのだろう。2008年から西村博之氏と西村氏の個人会社である東京プラスのU氏が役員に就任しており、それからほどなく課金システムがT社に移管されている。このころ、中尾氏は一時的に表面から姿を消している。中尾氏が再び2ちゃんねるの仕事に姿を表すようになったのは、ジム・ワトキンス氏が、西村氏から2ちゃんねるを乗っとり、経営権を掌握した後のことだ。

 中尾氏にこのT社のことを聞くと、意外なことを聞くという顔をした。そこで、社長のT氏が退任し、その後、この会社が2ちゃんねる専用ブラウザーの開発・運営元であるJ社と緊密な関係になっていることを話すと、ひとこと「因果応報だな」と言う。やはり何かあったようだ。

「俺がいたから、二人の関係が成り立っていた」

拡大「FOX」こと中尾嘉宏氏=2021年4月8日(撮影:清義明)

 最後に、ジム氏と西村氏の裁判について聞いた。例によって、詳しくは知らないと言うが、一方でもこうも言った。

 「俺がいたから、あの二人の関係が成り立っていた。それをよくよく考えてみるべきだな。あの二人がうまくやれるわけがないんだよ」

 これはウソでないだろう。私もそう思う。ジム氏と西村氏の諍(いさか)いが始まったのは、確かに中尾氏がいなくなってからだからだ。中尾氏からすれば、2ちゃんねるの所有権をめぐる裁判がジム氏の勝訴になってよかったのではと聞くと、「いや、まだ終わってないぞ」と呟(つぶや)いた。

 実はこの時、私はこの言葉の意味がよく分からなかった。だがその後、私はいわゆる「2ちゃんねる乗っ取り裁判」と、もうひとつの裁判が進行しているのを知る。つまり、ジム氏と西村氏の裁判について詳しく知らないと言った中尾氏は私と会った時、とぼけていただけなのである。

「圧の強さ」は往年のFOX“そのまま”

 当時は新型コロナウイルスが猛威をふるっていた。万が一を考えて、私は1時間程度で話を終えた。横浜から来たので、お礼にシュウマイでも送ります、というと、ことのほか喜んでくれた。

 マンションにある事務所では数人が働いていたようで、奥に向かって「おーい、シュウマイだってよ」と呼びかけていた。「新型コロナウイルスがおさまったら、また話を聞かせてほしい」と言うと、「おう!」と返され、部屋をあとにした。

 約束どおりシュウマイを送ると、丁寧なお礼のメールが最初に中尾氏のオフィスのドアをあけてくれたS氏から送られてきた。も現5ちゃんねるがらみの仕事をしているようである。中尾はどのような経緯があったのかはわからないが、ジム氏と再び手をとって自身の会社で運営を手掛けているのだ。

 体調が悪い中尾のマネージャー役もしていると思われるS氏は、「ああいう中尾の姿は見たことがなかったので新鮮でした」とメールをしてきた。若い人なので、昔、中尾氏が2ちゃんねるユーザーの間で知られていた存在だということも知らないだろう。

 「中尾の圧が強いのに驚かれたかもしれません」とメールには書いてあるが、もちろん往年のFOXの頃を多少なりとも知っている私にとって、“そのまま”であった。再訪の打診にも、快い返事だった。宅配便業者を装って闖入(ちんにゅう)してきた、どこの馬の骨か分からない輩である身としては、嬉しいばかりである。

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筆者

清義明

清義明(せい・よしあき) ルポライター

1967年生まれ。株式会社オン・ザ・コーナー代表取締役CEO。著書『サッカーと愛国』(イースト・プレス)でミズノスポーツライター賞優秀賞、サッカー本大賞優秀作品受賞。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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