【完結】ファイアーエムブレム 烈火の剣~軍師と剣士~   作:からんBit

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19章~魔の島(後編)~

「あらかた片付いたかな」

 

ハングは剣についた血を拭いながらそう言った。

 

「こちらの動きが気付かれたと思うかい?」

「別に今は気付かれてもかまわねぇさ。問題はここからだ」

 

エリウッドとリンも同じように剣の血を払い、剣を鞘に納める。

そんな時、リンがエリウッドに声をかけた。

 

「さっきから見てたけどエリウッドのその剣技って相当なものね。私知らなかったわ、エリウッドがそんなに強いなんて」

「あの戦闘の中で観察する余裕があったのかよ・・・」

 

ハングの驚いた個所はそこであった。

だが、ハングの反応は二人に黙殺された。

 

「それなりに訓練は積んできたよ。ただし、実戦で役立つかは少し不安なとこがあったけどね」

「その剣、どこで学んだの?」

「基礎は、父上に教わった。後は、マーカスから訓練を受け、ヘクトルとも、ふた月に一度手合わせをしている。ハングと一緒に旅するようになってからは彼とも時々手合せしてるよ」

「へぇ・・・それで、戦績は?」

 

リンがハングの顔を覗き込む。

ハングは自信満々に鼻を鳴らした。

 

「今のところ俺の26連敗中だ」

 

情けないが事実だ。というか、情けない事実だ。

 

「ハングは相変わらずね」

「うるせぇよ」

 

ハング自身も自分が弱いことは十分に自覚していた。

軍師だからそれほどの剣技はいらないのも事実だが、リンの手前あまり弱すぎるとハングの矜持に関わるのだ。

 

「それじゃあエリウッド。今度は私と手合わせしてみない?」

「リンディスと?もちろん、構わないよ」

 

そんな約束を交わすエリウッドにハングが釘を刺す。

 

「言っておくが、手加減しようなんて思うなよ。こいつ、常に本気でくるからな。気を抜いたら、ひどい目に合うぞ」

「知ってるよ。ハングは一年前の相当煮え湯を飲まされたらしいね」

「誰に聞いた?」

「セーラだ」

「やっぱりか・・・」

 

あのお喋りシスターの口はそのうち縫い閉じた方がいいと思うハングであった。

 

「おっと、そろそろフロリーナから連絡が来るはずなんだが・・・」

 

ハングは新しい松明を地面に差し込んで霧に包まれた空を見上げた。

 

「遅いね」

「まさか、何かあったんじゃ!」

「それは否定できんが、多分大丈夫だ」

 

ハングは再び目を閉じて聴覚を研ぎ澄ませる。その耳に羽音が飛び込んできた。

 

「ん?羽音が二対あるな・・・」

「あ、私も聞こえた・・・ペガサスが二羽?敵かしら?」

 

リンとエリウッドが再び警戒態勢に入る。

その直後、霧の中からフロリーナの声が降ってきた

 

「エリウッド様!リンディス様!」

 

霧の中から現れた姿はまさしくフロリーナのものだ。

だが、ハング達が聞きつけてた音の通り、フロリーナの隣にはもう一騎天馬騎士がいた。

 

ハング達の傍に危なげに着地したフロリーナ。それに続いてもう一人の天馬騎士も着地する。

 

見るからに真面目そうな顔立ちと肩までかかるぐらいで揃えられた髪。

彼女はその髪が視界の邪魔にならないように額のあたりを細い紐で縛っていた。

 

その顔を見て、リンが声をあげた。

 

「あっ・・・フィオーラお姉さん!!」

「え?リン、お前姉妹がいたのか?」

 

リンが思わずといった感じでこぼした一言。それに目の前の女性は眉一つ動かさずに答えた。

 

「フロリーナの姉のフィオーラと申します。以後、お見知りおきを」

 

その挨拶はハングというよりエリウッドに向けられていた。軍主にまず挨拶する礼儀をわきまえているようだ。

それに加え、彼女の頭の下げ方にハングは思い当たる節があった。

 

「フィオーラさんは・・・傭兵部隊ですか?」

「はい・・・もう・・・部隊はおりませんが」

 

ハングの顔が真剣味を帯びる。

 

「・・・・・・詳しく話を聞かせてもらえますか」

 

フィオーラは感情を見せることなく静かに頷いた。

 

「私は・・・ある人の依頼で【魔の島】の調査をしていました。ですが、島の者達からの攻撃を受けて部隊が全滅してしまい・・・今は私一人です」

 

淡々と語る彼女の声音は無理やり自分を抑えつけている響きがあった。

だが、それでも彼女の目は死んではいない。

 

それは復讐や怨嗟ではなく、今もなお自分の仕事に取り組もうとする責任感の輝きだった。

 

強い人だ・・・

 

ハングはそう思わざるおえない。

 

復讐に走る俺やマシューなんかより、この人はずっと強い。

 

「なるほどな。ってことはここに来たのは、自分一人で任務はこなせないから、俺達の軍で調査を続けようという狙いですか?」

「はい。その通りです。その為に私を貴軍に雇っていだたきたいのです」

 

悪びれた様子もなく言い放つフィオーラ。

その態度は清々しい程に真っすぐだった。

 

「もちろん、自分が傭兵であることに変わりはありません。この部隊に参加させていただけるなら、戦闘には全力で取り組みます」

「なるほど・・・」

 

ハングはフィオーラの武器をやペガサスの毛並みを眺めた。

 

「ちなみに、フィオーラさんは部隊長でしたか?」

「はい」

「部隊長としてこの島に入り、部下を全滅させたと」

「返す言葉もありません」

 

その時、ハングは自分の後ろから強烈な殺気が放たれるのを感じた。

おそらく、リンのものだ。

 

フロリーナの親友である彼女なら、その姉であるこの人とも関わりが深いのだろう。『姉さん』と呼んでいたことからもその辺は明らかだった。ハングはそのフィオーラを追い詰めるような発言をしているのだ。リンの剣が抜かれてないだけ御の字なのかもしれない。

 

ハングは嫌な汗がうなじから流れ落ちるのを感じていた。

だが、そんなことをおくびにも出さず不敵な笑みを浮かべていた。

 

「なるほど・・・随分な申し出だ」

「はい。私もそう思います」

 

彼女は一言も言い訳をしなかった。バカが付くほど真面目で愚直。

 

ハングはなんとなくその態度からケントのことを思い出していた。

多分、ケントが女性として生まれていたらこんな感じだったのだろう。

 

そして、二人のやり取りを聞いていたエリウッドがたまらずに口を挟んだ。

 

「ハング、今はどんな戦力でも欲しい。彼女を雇ってもいいんじゃないかい?」

「エリウッドがこの軍の主だってのはわかってるが、結論はちょっと待って欲しいね」

「・・・わかった」

 

ハングは自分とほぼ同じ身長のフィオーラと目を合わせた。

 

「それで、フィオーラさんのお値段は?」

「はい、部隊内では契約ごとに6000です」

 

妥当な値段だが、フィオーラの今の現状を見れば値切るのことはできそうだ。

 

そこまで考え、ハングは自嘲するように笑った。

 

「フィオーラさん・・・」

「はい」

「とりあえず・・・なんというか・・・あなたの堅物加減はよくわかりました」

 

ハングはそう言って弾けたような笑みを彼女に向けた。それは先程までの不敵な笑顔とは違う、親しみのある笑顔だった。

 

「それで、あなたの堅物さを踏まえて言うんですが。どうです、しばらく私達の部隊に来ませんか?その間の食事等は保障します」

「契約内容はどうなりますか?」

 

ハングはため息を吐きそうになった。本当にどこまでも真っ直ぐな人のようだ。

 

「とりあえず、今後どれだけ戦闘が行われるかわかりません。一戦毎ではなく期間契約ということで、その間の戦闘回数と状況で金額を決めるのはどうでしょう。今は戦闘中なので、細かい契約の内容は後回しということで」

「・・・わかりました」

 

終始、フィオーラの表情は変わらない。まさに『傭兵』だった。

ハングは諦めたように笑い、フィオーラに手を差し出した。

 

「と、固い挨拶はここまでですかね・・・俺はこの軍の軍師を預からせてもらってるハングです。以後、よろしく」

「こちらこそ」

「フロリーナには随分と世話になってます。その辺りの礼も今度させてください」

「・・・そう・・・ですか。それは良かったです」

 

フロリーナの話題を出し、フィオーラはようやく笑顔を見せた。

数年かけて育った花がようやく花開いたかのような笑顔だった。

 

ハングは後ろを振り返ってフロリーナに声をかけた。

 

「フロリーナ!いい姉を持ったな」

「は、はい!」

 

挨拶が終わり、ハングは気を引き締めて軍師の顔に戻った。

 

「フロリーナ。向こうの状況は?」

「え、あ、はい!ヘクトル様が指揮をとっていて、順調に進んでいます!」

「フィオーラさん。さっそくで悪いんだけど、一緒に来てくれ。できれば霧で視認できない程の上空にいてほしいんだが」

「わかりました」

 

ハングはリンとエリウッドに目配せをした。

 

「さてと・・・」

 

ハングは川を挟んだ向こう側の平原へと視線を向ける。

霧の中でもわかる程の軍勢がゆっくりと前進してきていた。

 

 

 

――――――― ※ ――――――― ※ ―――――――

 

 

 

道中での奇襲をことごとく撃破してきたヘクトルの部隊

ウハイはこれ以上の戦力分散は愚策と考え、本隊に戦力を集めていた。

 

だが、ウハイは全軍による正面からの攻撃に踏み切れずにいた。

 

それは別動隊の動きだった。

 

戦場全体の動きが読み取れないのはハング達に限ったことではない。

ウハイもまた、ハング達の行動の全てを読み取れるわけではなかった。

 

しかし、普段であればこの程度の霧でも敵の動きを読み取れるだけの訓練をウハイは部下にしていた。

【黒い牙】という暗殺集団であれば視野の悪い戦闘などそれこそ十八番であった。

 

「・・・敵のかく乱にまんまと乗ってしまったな・・・」

 

ウハイはそう呟いた。

 

ハングは要所要所に松明を設置していた。半端な光があると人は視力に頼ってしまう。完全な霧の中である方が逆に五感が研ぎ澄まされて、敵を把握しやすいのだ。そのせいでウハイは敵の別動隊の正確な位置や軍隊の規模が計れずにいた。

 

それがズルズルと全軍突撃のタイミングを逃してしまう原因になっている。ウハイは姿の見えぬ軍師の掌の上に乗せられているような錯覚を覚えていた。

 

「ウハイ様・・・もうこれ以上引き込んでしまえば・・・敵の有利な戦場で戦うことに・・・」

「ああ、わかっている」

 

だが、これ以上はもう限界だった。敵の本隊は今にもこちらに突撃をしかけようとしている。

 

霧の中で奇襲を警戒しながらだからこそ、牛の歩みで進んできているヘクトルの部隊。

だが、一度敵本陣を目前にしてしまえば、『槍衾』にこだわる必要はない。

騎兵と重装歩兵による正面衝突では暗殺部隊である【黒い牙】に勝ち目はなかった。

 

ウハイの選択肢は敵がこちらを認識する前に先制攻撃を加えて混乱状態に陥れるしかなかった。

 

「仕方あるまい・・・全軍、突撃!!」

 

ウハイは自分の周囲にいる部隊に命令を下した。

 

そして、動き出す敵兵を霧の中から見つめる視線が一つ。

その瞳はウハイの部隊が黒い影のように霧の中で動く様を追いかけていた。

ウハイの部隊がヘクトルの部隊と衝突する。

 

だが、霧の中からの大部隊による奇襲にも関わらず、ヘクトルの部隊は微動だにしなかった。

 

その瞬間、1本の矢が空に上がった。矢の先端につけた笛の音が霧の中を木霊する。それが最後の合図だった。

 

「今だ!行くぞ」

 

ハングが手を振り下ろすと同時に周囲の霧の中から二羽のペガサスが飛び出した。

フロリーナとフィオーラのペガサスがそれぞれリンとエリウッドを後ろに乗せて戦場を駆け抜けていく。

目標はヘクトルの部隊に食いついたウハイの背後だった。

 

ハングはその戦場を安全な場所から眺めていた。

 

「伏兵か、そんなとこにいたか・・・」

 

ウハイの声が聞こえてくる。

この戦場の中だというのに、ウハイの弓が絞られる音が聞こえてきそうだった。

長距離に攻撃を可能とする巨大な弓、長弓を構えているのだろう。

 

「だが、空を飛んできたのは迂闊だったな!!」

 

ハングは口元でニヤリと笑った。

 

「そんなわけねぇだろ・・・」

 

ウハイの弓が放たれる直前、突如二羽のペガサスナイトが忽然と姿を消した。

 

「なにっ!!」

 

ウハイが気付いたときにはペガサスナイトは一気に急上昇し、霧の中に消えていた。

そして、二羽はウハイの頭上を通り越して、前線の兵士へと襲い掛かる。

 

「な!?後方からだと!!」

「うわぁあああ!」

「くそっ!『ランスバスター』を使え!!槍を止めろ!」

「違う!弓だ!弓持ってこい!!」

 

フロリーナとフィオーラは幾度となく一撃離脱を繰り返す。

後方への退路を防がれた、兵士達が活路を見出すのは当然『前』だ。そして、その場の混乱に乗じるようにヘクトルが部隊を『引いた』

 

集結していたはずのウハイの部隊が次第に縦長になっていき、そしてついに前と後ろに分断される。

 

「今だ・・・」

 

ハングの呟きが聞こえたわけではないだろう。

だが、リンとエリウッドはハングが期待した絶妙のタイミングでペガサスから飛び降り、敵兵をさらに攪乱していく。そして、その動揺に付けこむように今度はヘクトルが部隊を『押し上げ』た。

 

伸びきった部隊に今更連携など取れるはずがない。

 

ヘクトル達はウハイの部隊の前衛を完全に揉みつぶした。こうなれば残るのはウハイ達を含めた後方支援部隊のみ。

 

既に勝敗は決していた。

 

ハング達は潰走した部隊は追わず、全員でウハイとその親衛隊を取り囲んだ。

いくら強くても数の暴力には決して勝てない。それでも、ウハイは毅然として包囲網の中心で武器を構えていた。

 

「ふ、ここまで強いとはな」

「こっちだって、戦術戦略を駆使してやっとあんたにたどり着いてんだ。弱いわけがないだろ」

 

戦線に再び参加したハングがそう言い放つ。

 

ウハイはやけに静かだった。

 

絶体絶命でも、慌てず動じず。いい指揮官だとハングは思う。

 

そのウハイは静かに周囲の親衛隊に向けて言った。

 

「皆、逃げろ」

「ですが!ウハイ様!」

「ここでその命を無駄にする必要は無い。後方で再び勝機を見いだせ。隙は私が作る」

 

だが、ウハイのその言葉に従う者はその場に誰もいなかった

 

「嫌です!自分達はこの命、ウハイ様に捧げます!」

「私達の上司はあなただ!ネルガル共じゃない!!」

「ここまで付いて来たんだ!地獄まで付き従うさ!」

 

ウハイの部下は誰一人として武器を降ろすこともせずにハング達を睨みつけていた。

 

「ウハイ・・・いい部下を持ったな」

「今はそれが残念でならない」

 

ウハイは馬上で剣を構えた。

ハングは小さく首を振ってため息を吐きだした。

 

「最後に一つ。どうして誇り高きサカの民が【黒い牙】にいる?」

「・・・ブレンダン・リーダスの思想に共感したからだ。首領は、弱き者を助けおごれる者をくじく・・・首領はもちろん、その志を受け継ぐ彼の息子たちと技をみがき、理想を語り合い・・・【黒い牙】は、俺にとって初めての・・・やすらげる居場所だった」

 

そう語るウハイの目はどこか遠くを眺めているかのようだった。それは、彼の周りにいる部下達も同じだった。彼らは過去の美しい夕焼けを思い出すかのような表情をしていた。

 

「『だった』ねぇ・・・今はそうじゃないってことか?」

「・・・【黒い牙】は変わった。ネルガルがあの女と【モルフ】を・・・いや、もはやどうにもならないことだ」

 

女?【モルフ】?

 

ハングは聞きなれない情報に目を細める。だが、ハングの思考を遮るようにウハイの殺気が伝わってきた。

 

「我が名はウハイ【飛鷹】のウハイ・・・いざ!!」

 

向かってくるウハイ。迎撃するハング達。制圧はあっけないほどに容易だった。

 

それは、本当に何の感慨も残さない程に容易だった。

ハングはウハイの身体に幾本の矢や槍が突き立つ姿から決して目を逸らしはしなかった。

 

 

――――――― ※ ――――――― ※ ―――――――

 

 

 

『南に行き朽ちた大木の横を西に進む。【竜の門】へ続く道はそこにある 』

 

死に際に残したウハイの台詞。ハングは彼らを簡単に弔いながらその言葉を反芻していた。

サカの手法をよく知るリンとギィが祈りを捧げている隣でハングはウハイの剣を墓石代わりに塚に突き立た。

 

「ハング、準備がすんだよ」

「おう」

 

エリウッドに呼ばれ、ハングは最後にウハイの墓をもう一度みつめた。

その様子を見ていたエリウッドもハングの隣に並ぶ。

 

「ウハイ・・・できれば敵としてではなく会いたい男だったな・・・」

「だな・・・俺もそう思うよ」

 

ハング達はウハイの遺言を信じることに決めた。

 

彼が草原の民ならばその誇りにかけ、嘘はつかない。少なくともハングはそう判断したのだった。

 

「【黒い牙】にも・・・こんな人がいるんだな」

「ウハイが特殊なのか・・・それとも・・・」

 

ハングはレイラからもらった情報を頭の中で繰り返す。

 

『一年程前にブレンダンが後妻を迎えたことをきっかけにその活動は少しずつ変わってきたようです。金を払えばどんな難しい暗殺もやってのける。その標的は悪人から無差別なものへと・・・』

 

先程、ウハイが言っていた『女』とは後妻のことだろうか?

ネルガルはその後妻を利用し【黒い牙】を動かしている?

 

「ウハイのように義賊と呼ばれていた時代の人間が【黒い牙】にはまだ残っている。【黒い牙】も一枚岩じゃないってことかもな・・・」

 

ハングは祈りを終えたリンを見て、呟くように言った。その隣からエリウッドの喉を詰めたような呼吸が聞こえてきていた。

 

「戦うのは苦しいか?」

 

ハングはエリウッドのことを横目で見ながらそう尋ねた。

だが、エリウッドはハングの予想に反して随分と静かな顔をしていた。

 

「いや・・・・そうでもない・・・」

 

その表情はやせ我慢などではなさそうだった。エリウッドは力強く続けた。

 

「父の居所を見つけるためなら、僕は全てを全力で払いのける。例え相手が・・・どんな相手でも」

 

いい覚悟だ。

 

ハングはエリウッドの肩を軽く叩き、ウハイの墓に背を向ける。

ハングに続き、エリウッドもまたその場から離れていく

 

ハング達はもうウハイの墓を振り返ることはしなかった。

 

 

 

――――――― ※ ――――――― ※ ―――――――

 

 

 

その頃、【魔の島】内の【竜の門】にて

 

「・・・あの姉弟を逃がすとは、やってくれたなフェレ侯爵よ・・・」

 

赤い髪とフェレによく見かける精悍な顔立ち。

 

フェレ侯爵、エルバート。

 

彼はある男にきつい一撃をもらい。冷たい石畳みに膝をついていた。

 

エルバートを跪かせた男は頭と右目をターバンのようなもので覆い、重厚なローブに身を包んでいた。

 

彼の放つ声音は深い水底から響くような冷たさを持ち、彼の細かな所作一つ一つが不安感を駆り立てる。

そして、なによりも、彼の瞳に映る深淵こそがそれを見る者に底知れぬ畏怖を与えていた。

 

それは闇に深入りしすぎた者に特融の空気。

 

彼こそが、ネルガル。

 

そんなネルガルをエルバートは肩で息をしながらも、気圧されることなく睨み返す。

 

「・・・おまえたちの好きにはさせん!」

 

ネルガルの口元が忌々しげに歪んだ。

そして、その隣ではダウス侯ダーレンが額に玉の汗をかいていた。

 

「ど、どうするのだ・・・ネルガル殿っ!あの姉弟を逃がしてしまったのでは例の儀式がおこなえんのではないか?」

 

取り乱すダーレンにエルバートは一喝を放つ。

 

「何度言えばわかるのだダーレン殿っ!!貴殿は、この男に利用されているだけだ!!この世界に【竜】を呼び戻す手伝いをするなど、人を滅亡に導く行為だとなぜわからんのだ!!!」

 

だが、ダーレンはその警告さえも一笑にふす。

 

「ふ・・・ははは・・・人が滅亡・・・滅亡・・・か!はるか昔【竜】は人にとって脅威だったかもしれん。だが、このネルガル殿がいれば何も恐れることはない!ネルガル殿は、竜を操ることができるのだから・・・はは・・・はは・・・」

 

狂ったように笑いを続けるダーレン。

 

「ダーレン殿・・・もはや正気ではないのか?」

 

そんなダーレンを見ながらネルガルは退屈そうに口を開いた。

 

「・・・リキア全土に戦いを起こさせ、一度に大量の【エーギル】を手に入れる計画・・・この程度の男では不足だったか。まぁ、他にもあてがないわけでもない」

 

エルバートの目が見開かれる。

 

「貴様・・・っ!」

 

だが、ネルガルは機先を制して軽めの魔法をエルバートの腹に叩き込んだ。

 

「・・・おとなしくしろ。おまえには、まだ役立ってもらわねばならん」

 

意識を手放し、石畳に横たわるエルバート。それを一瞥しながら、ネルガルは薄暗い【竜の門】の深部に向かって声を張った。

 

「エフィデル!リムステラ!」

 

はせ参じる二人。

 

フードをとったエフィデルとその隣に現れた女性。

二人は兄妹でもあるかのように同じ容姿をしていた。

 

黒い髪、金色の瞳、青白い肌、赤い唇。顔の均整があまりにも整っているのでまるで絵画にでも直面しているような印象を受ける。

 

「・・・可愛い【モルフ】、私の芸術品たちよ・・・おまえたちに、新しい仕事を与えよう。まず、リムステラ。おまえは、ベルンへ行きソーニャと連絡をとるのだ・・・国王と会合できるよう手配させろ。いいな?」

「御意」

 

短い返事と共にリムステラと呼ばれた女性は姿を消した。高位の闇魔法である転移魔法であった。

 

「エフィデル、おまえはこの男・・・ラウス侯を連れて行け。この島に上陸したネズミどもを始末させるんだ」

「はい」

 

そしてエフィデルもまた姿を消す。いつのまにかダーレンの姿もない。

 

ネルガルとエルバートのみとなった【竜の門】。ネルガルがエルバートを見ると、驚いたことにまだ意識があった。ネルガルとしては嬉しい誤算だった。

 

ネルガルは余興を楽しむかのようにエルバートに話しかける。

 

「さて、フェレ侯爵よ。おまえの血筋はどうやら、しぶといのが特徴らしい」

 

自分の血筋。

 

その言葉にエルバートが思い当たる人物は一人しかいない。

 

「・・・リキア攻略を邪魔したネズミの名はエリウッド。この島にまで来るとは、さすがと言ったところか?」

 

エリウッドの名前がネルガルの口から出る。

 

それだけでエルバートの体に力が入った。

 

「エリウッドが!?息子が来ているというのかっ?やめろ!わしはどうなってもいい。息子には手をだすなっ!!」

 

激しい音がして、エルバートの背中に闇の魔力による一撃が襲った。今度こそ立ち上がる力を奪われ、床に叩きつけられたエルバートを見ながら、ネルガルは喉の奥で笑う。

 

「くっくっくっ、おまえが逃がした姉弟・・・その姉の方も、今、エリウッドと一緒にいるという・・・運命というものは、なんと気が利いていることか」

「・・・そんな、ばかな・・・!!」

「・・・この森でエリウッドは死ぬ。そして、あの娘を連れ戻し次第儀式を始めるとしよう。長い責め苦にも屈することのない強い肉体と精神・・・おまえは最高の生贄だ、フェレ侯爵・・・くっくっく」

 

ネルガルはエルバートの身体に更にもう一撃魔法を叩き込む。

さすがのエルバートの肉体も限界だった。

 

エルバートの意識が闇に落ちていく。

 

その最中、彼は胸の内で叫んだ

 

『エリウッド・・・ここに来るんじゃない・・・娘を連れ、逃げるのだ・・・神よ・・・・・・!!』

 

声に出した願いすら神は聞き届けない。

口に出ない願いなどなおさらであった。

 

【竜の門】にネルガルの高笑いが吸い込まれていった。

 


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