【完結】ファイアーエムブレム 烈火の剣~軍師と剣士~ 作:からんBit
皆がいる場所戻ってきたハング達。そこでは未だに出発の準備が行われていた。戻ってきた四人の空気を感じ取ったのか、全員の口数はさっきより減っている。
「・・・エリウッド様・・・なにか・・・あったのですか?」
「いや、ニニアンは気にしなくていい」
記憶を失っても彼女の優しさは損なわれてはいないようだ。おぼつかない足取りでも、彼女は真っ先に近づいてきた。
「それよりも、嫌な森だな」
ハングは自分の気持ちを切り替えるためにも、努めて明るい声をだした。
「薄暗いし、湿度も高そうだ。季節がいいからあまり暑さを感じないのが救いだな」
「ん?この島は普段は暑いのか?」
ヘクトルもまた自分の中の何かを振り払うかのように妙に元気の良い声を出していた。
「多分な。木の種類と下草の状態でその土地の気候はだいたいわかる」
「へぇ、軍師ってのはそんなことまでわかんのか」
「まぁな、気候が変われば人の体調も変化する。不慣れな土地の気候がすぐわかるってのは大事なことなんだ」
少しの雑談で何かを忘れられるわけではない。だが、それでも少しでも気が紛れる。
今はそれが必要だった。
だが、ここは【魔の島】
休息の時間は与えてもらえなかった。
「!!・・・何か、来ます!!」
ニニアンが叫んだ。
「は?」
「構えろ!ヘクトル!」
ハングは素早く剣を引き抜いた。
それはニニアンの『力』だ。自分達に迫る危機を少し前に知る能力。
だが、今回は彼女の警告はあまりにも遅すぎた。
ハング達が構えた直後、突如として霧の中から騎兵が躍り出てきた。
「ぐおっ!」
騎馬の進行方向にいたハングが弾き飛ばされる。
その騎兵は芸術的なほどの手綱さばきでエリウッド達の間を駆け抜けていく。
そして、ハングが頭を抑えながら体を起こした時、既に事は終わっていた。
「リンディス!」
エリウッドがレイピアを構え、その騎兵と向き合っていた。騎兵の腕の中にリンがいた。
彼女の首に太い腕が回され、更に刃の幅の大きな剣があてられいる。それは、サカの遊牧民がよく使う青龍刀に似た剣だ。
リンを人質にとられ、武器を構えた者たちの動きが止まる。
全員の動きが止まったのを確認して、その騎兵は馬上から厳かな声を放つ。
「この女の命が惜しくば・・・」
その言葉を遮るかのように風を切る音がした。ハングは突如として奇襲をしかけていた。
交渉が始まる前なら何をしても文句は無いだろうと言わんばかりの先制攻撃だった。
『竜の腕』の跳躍で背後に一気に飛び込み、頭上から切りつける。だが、振ろうとしたハングの剣は騎兵の迎撃に簡単に弾き飛ばされてしまった。
「ってぇ!」
「ハング!!」
ハングは頭を抑えながら地面に転がる。リンが騎兵の腕の中で暴れようとするが、再び突きつけられた剣に動きを封じられた。
「・・・・・・・・」
騎兵は今しがた奇襲をしかけてきたハングと腕の中のリンを見比べた。
だが、結局何も言わずにエリウッド達へと再度向き合った。
「この女の命が惜しいなら、その娘をこちらに渡せ」
騎兵が見ていたのはエリウッドの隣に佇むニニアンだった。
エリウッドがその視線からニニアンを守るように一歩前に出た。
「君は・・・草原の民か・・・」
霧の中に佇む騎兵。独特の幾何学模様の折り込まれた服装と光加減で深草色に見える髪はサカの民族の特徴だ。
「そうだ・・・俺は【黒い牙】のウハイ。その娘の身柄捕獲と・・・おまえたちの命を奪うよう命令を受けた。だが、もしも・・・その娘をおとなしく引き渡しこの島から立ち去るのであれば見逃してやってもいい」
「そんなこと・・・私たちが従うとでも?」
腕の中のリンがかすかに笑いながらそういった。
彼女が気丈に振る舞えるのは肝が据わっているからなのか、それともウハイが同郷だと知ったからか。
ウハイはリンの首を少し締めながら抑揚のない声でしゃべる。
「おまえたちは無知だ。ネルガルの恐ろしさも・・・なにも知らないから、立ち向かおうとなどと思うのだ」
ネルガルの名前にハングの眉が跳ねる。だが、ハングはそれ以上の行動を見せない。
「おまえたちが動いたところで事態は何も変わらん。悪いことは言わんここから立ち去れ!!」
ウハイが声を張り上げる。
剣先がわずかにリンの首筋からずれる。
そのわずかな変化をハングは見逃さなかい。
そして、エリウッドもまたその隙を見定めていた。
エリウッドはハングと目配せをして間合いを計る。
ハングは剣に寄り掛かるようにして足に力を込めて立ち上がった。
エリウッドは自分に注目を集めるかのように剣を身体の前で構えた。
「・・・確かに僕たちは何も知らないかもしれない・・・」
ウハイの死角でハングが剣を再び構える。
「だが、ここで逃げても何も変わらない・・・だったら、どこまでもあがけるだけ、あがいてみせる!」
エリウッドはウハイを睨み付ける。その気迫にウハイの視線が固定される。
「・・・愚かな」
今だ!
ハングはその場から一気に加速した。
「って!うおっ!!」
だが、その直後、ハングの腕の中に馬上からリンが投げ込まれた。
ハングが彼女を受け止めるそのわずかな間にウハイは馬を駆けさせて間合いを取ってしまった。
「リン!大丈夫か?」
「うん」
リンはハングの腕から離れウハイの方に向き直る。
「・・・どうして、私を解放するの?」
「女を人質にとったまま戦うなど、恥だ」
リンが解放されたことにより、仲間たちが一様に殺気立った。
「リンディス様!お怪我は!?」
「貴様ぁぁ!美しい花に素手で触れるとはいい度胸じゃねぇか!」
ケントとセインが前に出る。それを一瞥して、ウハイは馬首をめぐらした。
「よかろう。では、せめてもの情けだ・・・ここで全滅させてやる。この先の地獄を、見なくて済むようにな!」
ウハイの言葉にセインが鼻の下をこすって啖呵を切った。
「なめるなよ!こちとら毎日地獄を見てるんだからな!!」
高らかに宣言するセインに仲間たちが冷たい目を向けた。
「それは貴様が原因だろ」と、ケントが冷静に突っ込む。
「ケントの言う通りね」と、リンも冷たく言い放つ
「同意だ」と、ハングがとどめを刺した。
もはやどっちが味方だかわかったものではない。
そセインが精神的に打ち砕かれている間にウハイは霧の中に紛れて消えてしまった。
「さて・・・冗談はさておき、ちょいと面倒なことになりそうだ・・・」
ハングは周囲に敵兵の気配を感じながらそう呟いた。
奇襲なら地の理がある向こうが圧倒的に有利だ。しかも、周囲の視界が霧に覆われているこの状況では警戒を続けるだけで精神的消耗を強いられる。戦闘が長期化すればジリ貧になっていくのは目に見えていた。
「・・・・・・あの」
「ニニアン、君は隠れているんだ。迎え撃つぞっ!!マーカス!彼女は任せたぞ!」
「お任せあれ!」
「・・・・あの・・・エリウッド様!」
マーカスに連れられて後方に消えていくニニアン。
そのエリウッドにヘクトルがわずかに笑みを浮かべて肩を並べた。
「・・・・お姫様を後方に下げたか。エリウッド」
「ああ、彼らが彼女を狙ってるのは間違いない」
エリウッドは他意など何も無いと言わんばかりにレイピアを引き抜いた。
「なるほど、あのお嬢さんが『私が向こうに行きます』とか自己犠牲を言い出す前に自分の声の届かぬ場所へと下げたってわけだ」
エリウッドは決してヘクトルの顔を見ないようにしていた。
「あの娘からの頼みは断れなさそうだもんな、エリウッド」
「ヘクトル、そろそろ戦いに集中しないか」
エリウッドは顔色一つ変えずにそう言い放った。親友のその態度にヘクトルは肩をすくめ、我が軍の軍師の方へと顔を向けた。
「そんで、ハング。策は?」
今のやり取りを見ながら策を張り巡らせていたハング。既に結論は出ていた。
「奇襲には奇襲・・・と、言いたいところだがそうもいかなさそうだ。かといってこの霧に突っ込むのも自殺行為だ。槍衾と、いくか」
「は?槍衾?」
頭に疑問符を浮かべたヘクトルと納得したエリウッド。ハングは二人に策の内容を話す。
「ヘクトル、今回はお前が指揮を取れ、俺は遊撃部隊を率いる」
「わかった。任せろ」
「念を押しとくが、お前が指揮官だからな・・・無暗に前線に立つんじゃねぇぞ」
「わ、わかってるよ・・・」
少し自信のなさそうなヘクトル。
ハングは不敵に笑って部隊の編成を始める。
そんな時、どこからともなくマシューが姿を見せた。
「ハングさん。戦闘ですか?」
「・・・マシュー・・・もう、いいのか?」
「ええ・・・こう霧が深くて、なんだか薄気味悪い場所こそおれの出番なんですからそうそう落ち込んでもいられませんよ」
「でも・・・」
「・・・自分のことで任務さぼったって知ったらそれこそレイラの奴が許しちゃくれませんって。おれは、大丈夫です」
ハングは自分がいつの間にか拳を握りしめていることに気が付く。
ハングは小さく息を吐いて、その拳を緩める。
「・・・わかった。こきつかってやるから覚悟しろよ」
「それは勘弁してください。できれば楽で命のかからない仕事がいいです」
「んじゃ、セーラを任せる」
「いやー、難しい仕事最高!面倒事でもなんでもどんどん来てください!なんなら前線だって張っちゃいますよ!」
そう言って笑ってみせるマシューの顔からは何の感情も読み取れない
嘆くことも、悲しむことも、憎むこともしていない
ただ、ハングの目は誤魔化せない。
ハングはマシューの瞳の中に一つの決意が宿っているのを見抜いていた。
『どうして・・・俺のまわりには復讐を求める奴ばかり増えていくのだろうか』
周囲を全力で警戒しているマシューを見ながらハングはそう思わざるおえなかった。
――――――― ※ ――――――― ※ ―――――――
「ハング、遊撃隊って言ったよね」
エリウッドがハングの隣で眉をひそめていた。
「ああ、そうだけど」
「これって遊撃隊なのかい?」
「そりゃそうだろ。少人数による機動力を生かして戦場を駆ける遊撃隊だ」
「それにしても、人数が少なすぎないかい?」
「いいんだよ別に・・・今回はむしろそれがいいんだ」
ここにいるのは、ハングとエリウッド。そして、周囲の警戒にあたっているリンの三人だけだ。軍の主要人物の三人による遊撃隊。だが、これはある程度の理にはかなっていた。ここにいるこの二人は軍内部でもバランスのとれた足と技を持っている。
「エリウッド、ハング、向こうが始まったみたいよ」
リンにそう言われ、ハングとエリウッドは耳を澄ませた。
確かに、霧の中からくぐもった戦闘音が聞こえてきていた。
「始まったわね」
「ああ・・・」
ハング達もそろそろ行動を開始すべきだ。
「だけど、やはりこちらにこの三人がいるのは問題があるんじゃないかい?」
「まだ言うか」
疑問があったら、それを惜しみなく質問にぶつける態度は立派ではある。ハングとしてもその方が教えがいがある。だが、戦闘が始まってからもその態度が続くのはあまりよろしくはなかった。
「ヘクトルの部隊の指揮官が一人だ・・・これだとヘクトル一人に負担が・・・・」
そこまで言って、エリウッドは何かに気が付いたかのように押し黙った。
「そうか・・・それで、こういう配置か・・・」
エリウッドは納得したように頷く。
「今のヘクトルは・・・前線には立たせられないから・・・か」
「そうだ。今は・・・な」
ハングは疲労を帯びた声でそう言った。
今のヘクトルは前線に出すよりも指揮を取らせた方がいい。そして、できるだけ指揮に忙殺されるぐらいでちょうどいいのだ。
なんとか態度を誤魔化してはいるが、ヘクトルの内心はレイラの死でかなり不安定だ。斧を持って前線に出ようものなら、血の滾りが抑えきれないだろう。そんな時にハングやエリウッドが傍にいるのはこの場合逆効果だ。
『自分が我を失っても指揮は大丈夫』
ヘクトルにそんな保険すらかけさせまいと、ハングは遊撃隊として軍から離れたのだ。
「ハングもヘクトルの扱い方を随分と心得てきたね・・・」
「あんまり嬉しくないやり方だがな・・・」
ハングは頬を軽く叩いて気持ちを切り替えた。
「さて、こっちも行くぞ。目標は敵背後。二人とも、松明は持ったな」
ハングの問いに二人は松明を取り出して火をつけ、適当な木の棒にくくりつけて手近な場所に差していく。
これが今回の作戦の肝であった。
ハング達は周囲を警戒しながら、松明を放置して進んでいく。当然、霧の中で松明の明かりは目立つ。光に誘われる虫のようにハング達の方にも敵が寄りだしていた。
「おっと、お出ましだ」
ハングがその気配にいち早く気が付いた。
ハングがリンより先に敵の気配を察知できたのは理由があった。相手が闇魔道士だったのだ。闇魔法の独特の気配をハングは肌で感じ、霧の中に突っ込んだ。魔法陣が完成してから魔法が発動までのわずかな時間差。そのわずかな間でハングは敵の攻撃の当たらぬ位置に飛び込み、闇魔道士の懐に潜り込んだ。
「じゃあな・・・」
ハングは下から切り上げるような一撃を見舞う。手応えを十分に感じた。
その後ろで、リンとエリウッドが周囲に注意を向けている。
「ハング、羽の音がする!敵に天馬部隊がいるみたい!」
「さすがに、ただで後ろは取らせてくれないか」
視界が悪い中で目に頼るのは逆に危険だ。ハングは聴覚に神経を集中する。
聞こえてくるのは鳥にしては大きな羽音。そして、遠くから聞こえる戦いの喧騒と闇魔道士の気配。様々な情報の中からハングは必要なものを取り出した。
「エリウッド、天馬騎士を頼む!リン、向こうの橋を陣取れ!遠隔攻撃は気にすんな。目の前の敵に集中しろ!」
「了解」
「わかったわ」
ハングは一度剣を振って血を払い、この霧の中でもはっきりとわかる闇魔道士の空気をたどって走り出した。
自分ができることをこなす。
ハングは胸の奥に潜む怨嗟の熱さをなんとか忘れようと、ただ剣を振り抜いた。
――――――― ※ ――――――― ※ ―――――――
『槍衾』
ハングが提示したその言葉の真意は四方八方の迎撃に特化した防御陣形のことである。
「前方より、騎馬の突撃!来ます!」
「オズイン!ロウエン!守りを固めろ!」
「任されました」
「はい!」
四角く作った陣形を切り替えながら、霧の中からの襲撃に対する迎撃を繰り返す。
この陣形は一見すると指揮を取るのは簡単そうに見える。確かに、これは方陣の応用であり、軍術の基礎さえ学んでいれば構築するのは容易だ。だが、問題はこの陣形を維持することの方にあった。
「左翼の森から弓です!」
「エルク!ちょっと!それ雷の魔道書じゃない!」
「エルク、威嚇で一発!ウィルとレベッカが援護にまわれ!ドルカス!あとは任せた!」
雷が轟き、一瞬世界白く染まった。
この陣形、方陣と同じく押しても引いても形が崩れる。統制を失った陣は隙を産み、そこに敵の攻撃を受けようものならすぐに潰走に繋がる。『槍衾』を維持したまま迎撃と移動を続けるのは相当に神経を張り詰めるのだ。
ヘクトルは戦況を全神経を使って見極めながら指示を出し続ける。一応、オズインを始めとした騎士達が補佐をしてくれているとはいえ、その精神的疲労はバカにならない。
ヘクトルは戦ってもいないのに玉の汗をかいていた。
だが、そのおかげで余計なことを考える暇もなく、本人としては多少気が楽ではあった。
「敵の第三波が見えます・・・でも、距離が遠いです」
「よし、前進だ」
フロリーナの助言を元に指揮を執るヘクトル。この霧の中では高所からの情報収集も大した役には立たないが、全方位を見渡せる視野というのは極めて大事だった。フロリーナは周囲に気を配りながら、指揮を執るヘクトルの背中を見ていた。
声を張り、汗を飛び散らせるヘクトル。傍目には戦場に忙殺されているだけのように見えるが、フロリーナにはその背中がなぜか泣いているように見えていた。
それはフロリーナの親友がサカの草原で時折見せていた背中によく似ていた。
そのヘクトルが突如フロリーナを見上げた。
「おい!オメェ!?」
「ひゃ、ひゃい!!」
ヘクトルの鋭い声に変な声を出してしまうフロリーナ。それでも、逃げなかったのは彼女なりの成長の証であろう。
「そろそろ頃合いだ!エリウッドと情報共有に行って来い!」
「は、はい!」
フロリーナは素早く反転、霧の中を飛んで行く。
ヘクトルは彼女が霧の中に消えて行くのを待たず、すぐさま指揮を執る。
今のヘクトルに何かを察する余裕は欠片も無かった。
一方、霧に紛れて空を飛ぶフロリーナ。
その途中で彼女に問題が生じていた。フロリーナの愛馬が鼻をひくつかせて止まってしまったのだ。
「ヒューイ?どうしたの?」
ヒューイはわずかに嘶き、背中に乗るフロリーナの目を見た。
フロリーナはヒューイの澄んだ眼の中に少しばかりの懐古と喜びの色が含まれているのを読み取った。
「え?どうしたの?こんな場所で・・・」
フロリーナは必死に視線を巡らす。
そして、フロリーナの耳がその羽音を捉えた。
「え・・・・」
霧の中から姿を見せる一人の天馬騎士。
それはとても、とても懐かし姿だった。