【完結】ファイアーエムブレム 烈火の剣~軍師と剣士~ 作:からんBit
船の甲板では小舟の引き上げが行われていた。ロープで小舟を固定し、滑車で小舟ごと甲板に引き上げる。なぜかバアトルとドルカスもそこで働いていたがハングは放っておくことにした。
それよりも、ハングにとっては隣にいるリンとのなんともいえない距離感の方が重要だった。確実に泣いていたであろう彼女の顔はハングの気分を落ち込ませるのに十分だった。
「どうしたんだい、ヘクトル?リンディスが今にも泣きそうな顔になってるんだが」
「いや、あの野郎が悪いのがよくわかってな」
エリウッドとヘクトルが話している内容も今のハングにとっては耳が痛い。ハングは助けを求めるような視線を送ったが、ヘクトルの冷たい一睨みで迎え撃たれた。
ハングは息をつくのも忘れるぐらいの緊張感のもと、小舟が甲板に降ろされのを見ていた。
「・・・ん?」
だが、その小舟が甲板に降ろされた時、ハングはそんな状況さえも忘れそうになった。
人ごみの隙間から小舟の中がわずかに見えたものがあったのだ。それは淡緑色の長い髪だった。
「女の子?」
ハングの疑問は甲板の騒ぎの中でもよく聞こえた。その声を聞きつけ、ダーツが振り返った。
「おい、そこの嬢ちゃん!」
「私?」
リンが自分のことを指さすとダーツが何度も首肯する。
ハングはリンの横顔を盗み見る。そして、目が合いそうになり、慌てて視線をダーツに向けた。
「ちょっと手伝ってくれねーか?どこを持ったもんか・・・困る」
ダーツと同じように周りの海賊も弱り切った顔をしている。
男ばかりの船で女性に耐性がなくなるってのも海賊としてどうかと思うハングである。
リンは存外紳士的な海賊の頼みに少々驚いていた。海賊とはいえ無法者にも色々といるらしい。リンは自分の隣にいる『海賊』の横顔を見た。
そして、目が合いそうになり、慌てて視線をダーツに向ける。
「何やってんだ、あの二人」
「見ていて飽きないのは確かだね」
エリウッドとヘクトルの小声の会話に言いたいことがいくつかあるリンだったが、後回しにすることにした。
「・・・いいわ」
リンはぶっきらぼうにそう言って小舟に歩み寄った。
「意外と紳士な奴らだな。誰かと違って」
少し棘があるヘクトルの声は明らかにハングに向けられていた。ハングは返事はしなかった。
その時だった。
「ニニアン!?」
甲板を切り裂くようにリンの声が轟いた。
「・・・は?」
「・・・え?」
エリウッドとハングの表情が固まる。
そして、二人は周りの海賊を押しのけて小舟の側へと駆け寄った。
その中を覗き込むと、確かにそこには見知った顔があった。
淡緑色の髪、透けるような白い肌、薄幸そうな顔。
そこにいたのはハング達が一年前に出会った旅芸人の姉弟の一人、ニニアンだった。
「ちょっと!しっかりして!ニニアン!!」
小舟の中に入り込み、ニニアンを抱き起こすリン。
だが、ニニアンはその腕の中で微動だにしない。
ハングも小舟の中に入り込む。
「リン、動かすな!」
ハングの指示にほぼ反射的に従い、リンは揺すっていた手を止めた。
ハングはニニアンの脈、心音、呼吸などを確かめて唇に触れた。
口の表面は乾いているが口の中の粘膜は湿っている。
海の上で最も危険なのは脱水である。
真水を得られる機会が少ない上に海水は容易に体の中の水の均衡を崩し、その体の中に塩分を刷り込んでしまう。
それが露骨に出るのが口の中だ。そこが湿っているなら緊急性は薄い。
その他の命の危険性もないと判断したハングはようやく一息ついた。
「大丈夫、命に別状はない。気を失ってるだけだ」
「そう、よかった・・・」
「・・・お前ら、知ってんのか?」
話題に乗り遅れているヘクトルが小舟の側のエリウッドにそう尋ねた。
「一年前、リン達と出会った時に助けた女の子の話をしたろ?それが、彼女だ・・・でも、なんでこんなところに」
エリウッドが再び目を向けるのと、ニニアンが薄っすらとその瞼を持ち上げようとしていた。
「・・・・あ・・・・」
「ニニアン!気がついた?」
彼女の瞼の裏側から現れた紅色の瞳。
それも一年前と変わりはない。
だが・・・
「・・・・・・?・・・・あの・・・・わたし・・・?」
「大丈夫?どうして小舟に乗ってたの?ニルスは一緒じゃないの?」
「・・・・・・・・・あ・・・・あ・・・・」
「ニニアン?」
彼女の瞳の焦点が定まらない。霧の中にでもいるように、彼女の視線はあちこちに泳いでいた。
「リンディス、彼女・・・様子が変だ・・・」
エリウッドも小舟の中に入り込み、ニニアンの側に膝をつく。
「ニニアン、僕だ。わかるかい?」
「いや、エリウッド・・・お前は一年前に会った時をよく思い出せ」
エリウッドとニニアンは直接会ってはいない。あの時、ニニアンは意識を失ったままであった。冷静に見えて、完全に動揺しているエリウッドの頭をハングは叩きかけた。
そうしなかったのは、さらに状況が動いたからだ
「お頭!4時の方向に海賊船発見!こちらに近づいてきます!!旗は・・・見たことねぇ柄です!」
マストの上から降ってくる見張りの声。ハングは立ち上がって、マストへと続くロープを駆け上がった。マストの上の見張りから引ったくるように望遠鏡を奪い取り、ハングはその船をとらえた。
「おかしい・・・」
ハングは正面から受ける風を感じながら、独白をくりだす。
「ここはファーガス海賊団の縄張りだぞ・・・そう易々と知らねぇ船が出入りできる場所じゃねぇ・・・」
ハングは望遠鏡から目を離した。その船は肉眼でももう十分に確認できる距離にいた。ハングは背筋に粟が立つのを感じた。相手の船足が早すぎる。
「おい!野郎共!迎え撃つぞ、取り舵一杯だ!」
下からお頭の怒鳴り声がして、海賊達から返事の怒声があがる。
「違う!!お頭!!舵を切るな!!」
ハングはマストから身を乗り出して下に向かって叫んだ。
だが、遅かった。海賊船の船先が変わる。
その瞬間を狙ったかのように敵の船の左右から幾本もの櫂が伸び、水面を叩き始めたのだ。風力に人力が加わり、敵船が加速する。
「来るぞぉぉ!!」
ハングがマストに括り付けられたロープを握ったのと、ファーガスの船に敵船が突っ込んできたのがほぼ同時だった。
船に横向きの衝撃が走る。激しく揺れる船。
「くっそぉお!」
ハングはマストの上から投げ出されそうになる体をなんとか押さえつけた。
敵船はこちらの船の横っ腹にぶつかり、そのまま向きを変えた。
敵船は並走するように船をつけ、接舷してきた。
刹那、更に衝撃が走った。
油断していたハングはマストの上から完全に投げ出された。
「ハング!!」
下から誰かが金切声をあげていた。
だが、ハングは冷静に最初から握っていたロープにつかまって下を観察していた。
「くっそ・・・いつの間に・・・もう一隻・・・どこから湧いて出やがった」
「ハング!大丈夫かい!?」
エリウッドが下から見上げてきている。
「おう、平気だ!」
ハングは体を揺らして勢いをつけて別のロープに飛び移る。そのまま、いくつかのロープを渡って、ハングは甲板へと辿り着いた。
「お頭!船底に水が入ってきた!」
ハングは舌打ちをした。先程の敵船の動きから、奴らの船の海面下に巨大な杭が設置されていることは予想できていた。おそらく、その杭でこの船の船底を切りさいたのだ。
「お頭!かなりひでぇ!全員でかからねぇと船が沈んじまう!」
「てめぇらだけでなんとかしろ!俺はこいつらのどたまかち割ってやらねぇと気がすまねぇんだ!」
「無理ですって!食料庫にまで水がまわってる!おりてきてくだせぇ!」
ハングがファーガスに駆け寄った。
「お頭!奴らの相手は俺らがする!船を頼む!今船が沈んだら全員海の藻屑だ!」
「っち・・・なま言うようになったじゃねぇかハング!いいだろう、任せたぞ」
ファーガスは不敵に笑い、ハングもまた不敵に笑ってみせた。
ファーガスは下へと降りて行く。
「・・・お前はもう、そっち側なんだな」
ハングはファーガスがそう呟いたのを聞いた気がした。
ハングは急いでニニアンの傍にいるエリウッド達のところに戻る。
「エリウッド、ニニアンを下の甲板へ!リン、ヘクトル!敵が船板を渡してくる。そいつを外すことに集中しろ」
「おう!」
「わ、わかったわ」
喧嘩していてもハングの言うことには従うリン。戦場ではそれが一番信頼できる指示であるのは身体がわかっていた。
ハングはエリウッドと共に一度甲板の下におり、たむろしている連中に向けて指示を放った。
「船上じゃ馬はつかえねぇ!騎士の連中はここで待機!甲板から降りてくる奴らの迎撃に当たれ!船底にいるお頭のところに敵を1人でも行かせてみろ!頭かち割られるのは俺達だぞ!!フロリーナは俺が合図するまで出てくるな!それ以外の奴らは上へあがれ!」
ハングの指示に従い、仲間が次々と甲板に上がっていく。
「うっぷ・・・ハング・・・俺もたたか・・・」
「邪魔だバカ野郎!」
登ろうとしていたギィをハングは蹴り落とす。
「ロウエン!そいつとレベッカは頼むぞ!船上に出すな、邪魔くさい!」
「了解しました」
「マーカス、ニニアンを頼む」
「任されました。この命に代えても御守りいたします」
「エリウッド、行くぞ!」
「うん」
二人が甲板にあがる。
ハングは船上を見渡した。
右側の船からは剣士や弓兵。
左側の船からは独特の嫌な気配が流れてきていた。
「左の船は闇魔道士か・・・」
ハングのつぶやきが聞こえたわけではないだろうが、隣にカナスがいた。
「随分と濃い気です。私よりも深く闇に足を踏み入れいるようですね」
「だろうな・・・濃い臭いだ」
ハングは手のひらで覆うようにして口元を隠した。
「ですが、海での戦いに向いてるとは思いませんがね」
「そいつは同感だ。もちろんカナスさんも例外ではないでしょ?」
「そこはそこ、ハングさんがうまく指示をください」
そう言って微笑を浮かべるカナス。
いい度胸をしている。
ハングは口の端で笑った。そして、ハングは潮の香りのする空気を体に大きく吸い込んだ。
「ルセア!カナス!バカ傭兵は俺と共に来い!それ以外は右の船を防げ!こっちの船に乗られると面倒だ!敵船を制圧する気でいけ!細かい指示はエリウッドに一任する!行くぞ!」
ハングは後ろを振り返ることなく、剣を引き抜いた。
船と船をつなぐために渡された船板。横幅は人一人がようやく渡れる程度のもの。ハングはその一枚に足をかける。下は海。だが、ハングにとってはこの船板はまだ渡り易い部類だった。ファーガス海賊団が敵戦に接弦するときに使う船板はもっと細い。
ハングは揺れる船板の上を突っ走り、渡ろうとしていた闇魔道士に突っ込んだ。
一気に間合いをつめて前蹴りを放つ。そして、相手の態勢が揺らいだところを素早く切り捨てる。
その時、別の船板を渡ろうとしている闇魔道士がハングに気づき、横から攻撃を加えてくる。
「遅いんだよ・・・」
ハングはそう呟き、その船板に一気に飛び移った。
ハングが着地した勢いで激しく揺れる船板。足場を揺らされて闇魔道士の動きが鈍る。
「どけぇ!」
「なっ!」
ハングはそのまま回し蹴りで闇魔道士を海へと叩き落とした。
その時、ハングは自分の周りに不可思議な幾何学模様が浮かび上がったのに気づいた。
相手の船にいる魔道士が闇魔法を放とうとしていた。
「・・・ったく・・・」
ハングは船板の端を掴んで、船板の裏へと回り込んで魔法を回避する。そして、その勢いで別の船板に乗り移る。
ハングは不安定な足場を次から次に飛んでいき、渡ろうとしている魔道士達を海へと叩き落としていった。
その間にルセア、カナス、レイヴァンの3人が敵船に乗り込んだ。
それを確認したハングもすぐさま船板を渡って敵船の甲板を踏みしめる。
「さて、ファーガス海賊団に喧嘩を売ったこと・・・後悔させてやるよ!」
ハングは揺れる船の上で暴れるように戦いだした。
ここにいるのは貧弱な軍師ではない。
闇魔法の動きを把握し、不安定な足場で戦い慣れた『海賊』だ。
ハングの死角はレイヴァンが埋め、ルセアやカナスの魔法の援護もあって、ハングの周りには次々と屍がつみあがっていく。
「うおっと!」
そのハングが立ち止まった。
「傭兵ね・・・混じってはいたか・・・」
ハングは切られた胸元に指を添わせる。その目の前には大剣を携えた傭兵。
「ハングさん!」
「クソ軍師!」
カナスとレイヴァンも助けに来れる位置ではない。ルセアは別の闇魔道士と交戦中だ。
まずいかな。
敵が動いた。ハングは剣を体を開いてかわす。更に上段から追撃がくる。回避が不可能だと判断したハングは左腕で大剣を受け止めた。
だが、体格差でハングが押し込まれる。
「死ねぇぇぇえ!」
その傭兵が短刀を取り出した。刃先が脇腹に迫る。
「ああ・・・くそっ・・・」
ハングは体を捻り、腰に差した剣の鞘で短刀を受け止めた。紙一重の防御だったが、今回は運がよかった。短剣が鞘に刺さり、抜けなくなる。傭兵は短剣を捨てて、拳を振りぬいた。ハングは鼻っ柱に一撃を見舞われて後方に飛ぶ。仰向けに倒れつつも腕で跳ね上がってなんとか態勢を整える。
鼻を伝い生温かい感触が口元へと流れ落ちた。ハングは鼻血を拭って剣を構える。
背を向けるわけにはいかない。
今度はハングから仕掛けた。
横薙ぎに剣を振るう。傭兵は大剣を盾のように使い、易々と防ぐ。ハングは更に接近して鍔迫り合いに持ち込もうとしたが、大剣を振られて吹き飛ばされた。
「・・・っくそ!」
力も技も敵が上回っていた。唯一勝っている剣の速度も決定打になるとは思えない。必殺の一撃のある左腕も敵に届く間合いまで踏み込めなければ意味がない。
「うらぁぁ!」
敵が再び前に出てきた。ハングの反応が遅れる。
その時、ハングの顔に返り血がかかった。
「え?」
目の前の男の首から上がずれる。首を切断された男の体が仰向けに倒れていった。ハングは自分の命がまだあることに感謝しつつ息を吐き出した。
「まったく・・・無茶をするな」
「悪いなバカ傭兵」
ハングはレイヴァンに感謝述べる。
「これで貸し一つだ」
「何言ってやがる、お前にはまだ貸しがある。そういうことはそれを返してから言え」
ハングは不敵に笑ってみせた。
そこにカナスとルセアも合流する。
「ハングさん。無事ですか!?」
「ああ、なんとかね」
ルセアの傷薬を分けてもらい、ハングは船先を見据える。
「カナスさん、こっから先は特に援護がいります。お願いしますよ」
「わかりました」
船の先には一際大きな気配がある。闇に深く呑まれた者の気配だ。
傍からみたら少しちぐはぐな四人組。彼らは一気に船上を蹂躙していった。
――――――― ※ ――――――― ※ ―――――――
「なんだ?もう片付いてんのか?」
「悪いですね、お頭。獲物は全部刈り取っちゃいました」
甲板にあがってきたファーガスにそう返し、ハングは不敵に笑ってみせる。
特に被害を出すでもなく、戦闘は終了を迎えた。途中、ペガサスナイトの部隊が奇襲をしかけてきたがフロリーナとウィルの気転で大事には至らずにすんだ。
もう間もなく日が暮れる。
夜の上陸は危険だと判断し、ファーガス海賊団はこの場所に錨をおろしたのだった。
海賊達はそこらに転がる死体を海に投げ込む作業中。他の仲間は敵の船から使えそうな物がないか探す手伝いに行った。
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・」
だが、なぜかリンディス、エリウッド、ヘクトルの三人はこの場に残っていた。
気まずい沈黙の中、ハングは出そうになる溜息をぐっとこらえた。これ以上状況を悪化させることだけは避けなければならない。
そんな中、甲板の下からふらふらと彷徨い出るかのように細い影が姿を見せた。
「・・・・・・あ」
「ニニアン!まだ出てきちゃだめ!そこらじゅう血まみれなんだから!」
「血・・・?」
ニニアンが足元の赤い血だまりを見る。
ニニアンはわずかに首を傾げ、そのまま足を踏み出した。
「あぶない!」
当然、彼女は足を滑らせる。いち早く反応していたエリウッドがなんとか彼女を抱きとめた。
「あ・・・ごめん・・・なさい」
彼女を受け止めたエリウッドは何事もなかったかのように微笑む。
こういうことは自分にはできないな、などとハングは場違いなことを思った。
「大丈夫かい?ニニアン」
「・・・ニニアン?」
「あれ?」とハングは眉間に皺を寄せた。彼女の名前を呼んだはずなのに、反応がにぶい。
「ニニアン?」
「ニニアン・・・・・・それは私の・・・名前・・・ですか?」
一同に衝撃が走った。
「ニニアン・・・あなた記憶が・・・」
そんな周りの様子をどう見たのか、ニニアンは少し怯えたように言葉を紡いだ。
「・・・わたし・・・頭が・・・はっきりしなくて・・・わたし・・・海に?」
ニニアンの不安をリンは素早く見抜いた。リンは肩の力を抜いて、優しい表情をつくる。
ニニアンはそんな彼女を見て、ほっと一息ついた。
「ニニアン、あなたは小舟でこの近くを漂っていたの。覚えてない?」
穏やかな口調で話しかけるリン。
こういったところの気遣いがリンは上手い。年がら年中怯え続けているフロリーナの親友をやっているわけではなさそうだ。
ニニアンがリンに心を開いている後ろでは男三人が額を突き合わせいた。
「さっきのやつら、どうもあの娘を狙ってたようだな。どうする、連れていくのか?」
そう言ったのはヘクトルだ。
「ニニアンを置いていくというのか?」
わずかに難色を示したのはエリウッドだ。
「・・・さすがに、一緒には連れていけねーだろ?俺たちの行き先は、【魔の島】なんだぜ」
「だからといって、ここに残しておくわけにもいかないだろう」
「それはここが海賊船だからか?」
二人の会話にハングが不機嫌そうに割り込んだ。
「あ、いや、ハングの昔の仲間が信用できないというわけではなくて・・・」
「冗談だ」
ハングは軽く笑ってから真剣な顔になる。
「それはさておき、俺も連れて行くことに賛成だ」
「理由は?」
「・・・以前、ニニアンに会った時・・・彼女とその弟は、黒衣の一団に追われていた。そいつらは一応同じ組織の名前を口にしていた」
「【黒い牙】か」
「そうだ・・・」
ハングは足元の死体から黒のマントをはぎ取った。
「奴らの裏にはただの暗殺組織では手に余るでかいことが隠れてる。奴らの手の内がわからない以上、彼女から目を離すべきじゃない」
「ハング・・・」
少し鋭さを帯びた口調のエリウッド。
「ハングは彼女を・・・ニニアンのことを疑っているのかい?」
「さすがにそこまでは言わねぇけどな、関わりがあるのは確かだろう。それに、ニニアンが【黒い牙】の内部の人間である可能性も否定できない」
護衛と監視が必要である。それは、少なくとも海賊に任せにくいことであることは確かだった。
エリウッドはそんなハングに向かって微笑を浮かべた。
「でも、結局のところ。不安定な彼女を放っておくのは気が引けるだけなんだろ?軍師があまり感情論で語るわけにはいかないから建前を言ってるようにしか僕には聞こえないけど」
「うるせぇな、この狸貴族・・・そういうのは言わぬが花だろうが」
ハングのことを見透かしてくるエリウッド。
最近、苦笑いを通り過ぎて睨みつけるようになってきているハングである。
「せっかく、こっちが軍師らしくしてんだから皆まで言うことないだろ」
「あぁ、それもそうかな。ごめんね」
挑発するような謝罪。ハングは少し苛立ちを覚えた。
「なんだよ。俺が何かしたのかよ」
「何もしてないのが問題なんだろ」
ヘクトルにそう言われてハングはようやく何の話が始まろうとしているのかを悟った。
「ハング、どうして彼女を一晩放っておいたんだい?時間ならあっただろう?」
「それは・・・そうなんだけど・・・」
ハングが船の仕事にかりだされたからと言って、不眠不休で働いていたわけではない。リンと膝を合わせる時間ぐらいなら作れた。
それはハングの落ち度と言えた。
そこにハングの反論の余地はない。だが、言い訳の余地はあった。
「お前らなら・・・」
「ん?」
「なんだい?」
「お前らなら・・・平気か?」
ハングは二人と目を合わせないようにしながら、静かに語りだした。
「お前らは・・・その・・・あ、相手に・・・その・・・『裏切った』とか『騙してた』とか言われて・・・・それでも・・・」
「俺は平気だ」
「僕も平気だよ」
ハングは無性に目の前の友人を殴りたくなった。
「自分がその人を思うなら、その程度の痛みは乗り越えるべきだ」
「多少の傷を受け入れてこその男だぜ」
「・・・・お前らなぁ・・・他人事だと思って適当なこと・・・」
ハングは先程までこらえていたため息を吐きだした。
「話は終わった?」
その時、リンがニニアンと共に男の輪に入ってきた。
更に気分が滅入っていくハングを横目にエリウッドはニニアンに話しかけた。
「僕らは、今からあの島に行くけれど・・・君も来るかい?」
「はい・・・どうか、いっしょにお連れください・・・」
ニニアンは少しも悩む素振りもみせずそう言った。その目にはリンやエリウッドに対する信頼が見てとれた。
「僕はエリウッド、何か困ったことがあったら何でも言ってくれ」
「はい・・・ありがとうございます・・・エリウッド様」
もう一度自己紹介のやり直しである。ハングは一歩前に出た。
「俺はハングだ。一応一年前に会ってるんだけど・・・」
「・・・あ、すみません・・・」
「無理しなくていいさ。そのうち思い出すだろう」
「・・・はい・・・わかりました・・・ハングさま」
「『ハングさま』はやめてくれ・・・なんかこそばゆい」
身悶えるハング、クスリと笑うニニアン。
「わかりました・・・『ハングさん』でいいですか?」
「ああ・・・そうだな・・・」
それはハングが一年前の出会いを再現した形だったのだが、彼女の様子に変化はない。
ハングは頭をかいた。
順に自己紹介をすました四人はひとまず下の甲板にいくことにした。
「・・・なぁ、ハング」
その途中でヘクトルはハングにだけ聞こえるような声量で喋りだす。
「実は俺、国を出るとき謎の一団に襲われたんだが・・・」
「あぁ、マシューから聞いてる」
「なら話は早い。俺はそいつらも・・・」
「【黒い牙】・・・か・・・可能性は高いだろうな・・・」
ハングは少し考え込む。
この時期にオスティア候弟を狙う理由。いくつか考えられるものはあるが、どれもこれも筋が通らない。
ハングには【黒い牙】の動きの全容がまるで見えていなかった。まるで、あまりに巨大な岩の前に立っているような気分だった。
「なぁ、ハング・・・リキアになにが起きているんだ?」
「・・・俺にもわからん」
甲板の下へと降りて行くと、そこには慌てた顔のマーカスがいた。
「申し訳ありませんエリウッド様、少し油断しておりニニアン殿を上の甲板に・・・このマーカス、一生の不覚!」
「いいよマーカス、そんな思いつめなくても」
「いえ!自分の主君の将来の伴侶も見守れぬようでは騎士としてあってはならないこと!」
「マ、マーカス!何を言ってるんだ!!」
エリウッドの面白い反応に表情を緩めつつ、ハングは頭の中の複雑な事象を追い出した。
「あ、そうだ。ハング、とりあえず一発殴らせろ」
今は目の前の案件のほうが面倒だ。
ハングは頬にヘクトルの拳を受けながら、リンのことをどうしようか真剣に考えていた。