【完結】ファイアーエムブレム 烈火の剣~軍師と剣士~   作:からんBit

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17章外伝~港町バドン(後編)~

レイヴァン達が戦闘音を頼りに闘技場を回り込んで裏路地にたどり着いた時、すでに騎士部隊は全滅。

今はハングが連れてきた海賊三人が金になりそうなものを死体から漁っているところだった。

 

「おう、予想よりも遅かったな」

 

ハングは隊長格の男の持ち物を漁っていた手を止めて、レイヴァンとマシューに向き直る。

 

「・・・何をしている。クソ軍師」

「何って・・・お前らがここに来るだろうなと思って待ってたんだよ」

 

レイヴァンは溜息をついて剣をしまった。同じように武器を構えていたマシューも短剣を服の内側にいれる。

彼らは戦闘の音とハングの声を聴きつけて駆け付けたのだ。敵対勢力が全滅している今、武器を構える意味は無かった。

 

「いいのかよ?武器しまっちって。今、お前らの目の前には海賊がいるんだぜ?」

「ん?あれ!!もしかして、敵か!?やべっ!兄弟!いつまでも漁ってねぇで、戦え!」

「うおっ!」

「わ、わかった!」

 

慌てて斧を構える海賊達。ハングはその会話を聞きながら喉の奥で笑う。

 

「ずいぶん楽しそうですね。ハングさん」

 

マシューはそう言って、腕を組んでハングを睥睨した。不躾な視線を受けてもハングは不敵な笑みを崩さない。

 

「そりゃ、俺の想像通りにことが進んでるんだ。楽しくないわけないだろ?」

「成程、エリウッド様や若様が苦戦するわけだ」

 

ハングとレイヴァン達は約二十歩分の間合いをあけて対峙していた。詰めようと思えばつめられる距離だ。だが、その絶妙な距離がお互いが内包する緊張感そのものだった。

 

ハングが海賊側にいる。

 

その意味がわからない程に二人は馬鹿ではなかった。

 

「で、クソ軍師一つ聞きたいことがある」

「まぁ、そう焦んなバカ傭兵。お前の質問を一番にしたい奴がいるんだからよ・・・」

 

ハングはそう言って顎でレイヴァン達の後方を示した。

 

「ようみんな。戦いは順調か?」

 

レイヴァン達が振り返ると、リン達がようやく追いついてきていたところだった。

 

「ちょっとマシュー!いきなり走り出さないでよ!!ほら、エルク!あなたも何か言いなさい!」

「セーラ・・・少し黙っていた方がいいよ」

「え?なに?・・・ん?あれ?ハング、なんであんたがここにいるのよ?」

 

間抜けに口を開けるセーラ。その隣ではエルクが何かを察したかのようにため息を吐いた。その後ろではルセアが息を切らしており、フロリーナが付き添っていた。

 

そして、彼らの前には茫然と現状を見ているリンがいた。

 

「・・・ハング・・・」

 

ハングはリン達に向かって少し歩きながら口を開いた。

 

「なんだよ、リン。化け物でも見たような顔だな。それにしてもお粗末な作戦だったな、思ってた通りの・・・」

「ハング!!!」

 

強い声がハングの言葉を遮る。ハングは口を閉じ、足を止め、リンの言葉を待った。

 

「・・・どうして・・・どうして・・・そっち側にいるの?」

 

ハングはわざとらしく自分の背後を振り返る。

 

そこには殺気の行き場をなくしたダーツ達が曖昧な顔で突っ立っていた。

その表情がなんとも愛嬌があり、ハングは小さく吹き出してしまう。

 

ハングは咳払いをして、再びリンのいる方へ首を向けた。

 

「俺がファーガス海賊団の一員だからだ。他に理由があるのかよ?」

 

ハングは悠然とそう言い放った。

 

「え・・・」

 

リンの目が強く見開かれ、顔が青ざめる。

遠目からでもよくわかるほどに彼女の顔に動揺が浮かび上がった。

 

「どういう・・・どういうことよ!!」

「どうもこうもねぇさ。俺はお頭と杯を交わした。まだ、杯は返してねぇから俺はファーガス海賊団の一員だ」

 

微笑を浮かべて語るハング。

それを前にして、リンはふらつく足取りでハングに歩み寄ろうとしていた。

 

「じ、じゃあ・・・ずっと・・・」

「そうだな、お頭に世話になったのがだいたい五年前だからな。お前と会ったときも例外じゃない」

 

リンの唇が震えていた。その後ろでは場の雰囲気に呑まれたフロリーナが泣きそうになっていた。

 

「リ、リン・・・」

 

立場を忘れてフロリーナが昔の呼び名で後ろから声をかける。

だが、そんなか細い声など今のリンには届かない。

 

「ずっと・・・海賊だったっていうの・・・う、嘘よね・・・いつもの・・・冗談でしょ?」

「俺がお前に嘘ついたことがあったかよ?」

 

リンが彷徨い出るように前に出る。ハングは微笑を浮かべたままそれを見ていた。

 

「それじゃあ・・・ハングは・・・海賊なの?間違い・・・ないの?」

「ああ」

 

リンが立ち止まる。

ハングは笑いをひっこめた。

リンの拳が強く固まる。

ハングは目を閉じた。

 

「私を・・・私を騙してたの!!?」

 

ハングは静かに息を吐き出す。閉じた視界の向こう側からリンの叫びが木霊した。

彼女の痛みを乗せた声を胸の内で反芻しながら、ハングは口の中だけで独りごちる。

 

『やっぱ・・・そうなるか・・・そうだよな・・・』

 

覚悟していたとはいえ、ハングは奇妙な喪失感を覚えていた。

暗闇の向こうからリンの言葉が飛んでくる。

 

「私やエリウッドを騙してどうするつもりなの!?一年前の旅も、今回の旅も、何が目的なのよ!!ファーガス海賊団との今回の追いかけっこもあなたが仕組んだんでしょ!!」

 

リンは声を張り続ける。

 

「私は・・・私はハングを信じてた!エリウッドも!ヘクトルも!みんなもハングを信じてた!!なのに、なのに・・・ハングが海賊ってどういうことよ!今までいくつの村を襲ったの?いくつの船を沈めたの?あなたは・・・どれだけの人を苦しめたの!?そんな人だったなんて思わなかった!!ずっと、私たちを嘲笑ってたんでしょ!『バカな奴らだ』って・・・ふざけないでよ!」

 

ハングにはリンの表情が手に取るようにわかっていた。彼女からの殺気と熱がハングの全身に伝わってくる。

 

「あなたみたいな海賊が・・・こんなクズみたいな海賊団なんかがあるから、今もこの世界には苦しんでる人がたくさんいる!どうせこの町でも略奪や殺人を繰り返してるんでしょ!そんな人に助けられてたなんて・・・吐き気がするわ!剣を抜きなさい!海賊!」

 

剣が引き抜かれる音が聞こえる。リンが抜刀したのだろう。

ハングは目を閉じたまま頭をかいた。

そして、気怠そうに下を向いた。

 

「どうしたの!怖気づいたの!!」

「・・・リン・・・」

 

ハングが口を開いた。

 

ハングは心臓が左肩の付け根で強く拍動しているのを感じていた。

自分の全身に走り抜ける鳥肌が体内の熱量を発散しようとしていた。

 

自分が悪いことをしたのは理解している。リンを傷つけることになることは予想ができていた。

 

それでも、彼女は言ってはならないことを言った。

 

ハングは自分を自制している枷が外れていく音を聞いた気がした。

 

「まぁ・・・なんだ・・・言いたいことが二つ三つあるんだけどさ・・・まぁ、それはあとでいいや・・・ただ・・・」

 

ハングが目を開ける。ハングの目の奥に炎が燃えていた。

 

「一つだけは・・・言っておく」

 

ハングの声は無理に感情を殺しているかのように平坦なものであった。だが、その内面から溢れかえる怒気は抑えきれない。リンはハングの後ろから陽炎が立ち上っているかのような錯覚を受けた。

 

リンは反射的に足をさげる。

 

「俺のことはどうでもいい。ただ、ファーガス海賊団に対する発言は・・・取り消してもらおうか」

 

冷たい声と共にハングが発する威圧感。

物理的な圧力こそ感じないが、それでも周囲の温度が急激に上がっていく感覚が確かにあった。

 

リンはその激しい熱量に全身の鳥肌を抑えきれなかった。

 

リンだけではない。

レイヴァン達やファーガス海賊団の一員まで、ハングに対し腰がひけていた。

 

「リン・・・お前は言ったな『クズみたいな海賊団』だと・・・ふざけてんのはてめぇだ・・・」

 

ハングは自分の剣に手をかける。

 

「お前がこの海賊団の何を知ってる?無法者とみりゃ、ところかまわず喚きやがって・・・」

「何よ・・・」

 

わずかに震えていたリンの剣が再び定まった。

 

「何よ偉そうに!あなたが私の何を知ってるのよ!」

「お前が俺の何を知ってんだ!!!」

 

ハングが吠える。空気が震える程の大音量が周囲に響き渡った。

 

「お前にこの海賊団のなにがわかる!?お前に俺の何がわかる!」

 

ハングが抜いた剣がハングの体から伝わる震えでカタカタと小刻みに揺れていた。

 

「お前にわかんのか!?生まれた村を失い!孤独の中で出会った仲間に裏切られ!最愛の相棒の死体にしがみついて、もう死ぬしかないと絶望しながら海を漂っていた俺の気持ちが!!こいつらはそんな俺を掬い上げてくれた大恩人だ!!」

 

ハングの瞳が黄色の炎のように強くきらめく。

 

「お前が俺を憎いなら切られてやる!俺に償いを求めるなら死んでやる!だが、俺の恩人を侮辱するってんなら、もうお前は知り合いでもなんでもねぇ!剣を構えろ!例え首一つになってもてめぇの喉笛噛み千切ってやらぁ!」

「なによ・・・何よ!!海賊はしょせん海賊でしょ!」

「そうかよ・・・そうかよ!!!」

 

剣を構える二人。

 

「おめぇら!この女に手ぇ出すな!こいつは俺の喧嘩だ!」

「みんなも・・・ここは私がやる。私がハングを切る!!」

 

二人の殺気があたりに満ちていく。

 

「私と戦って勝てると思ってるの!?」

「知るか!命の恩人をけなされて黙ってられるほど、俺は腑抜けじゃねぇんだ!!」

 

二人はほぼ同時に駆け出した。

 

一合、二合と剣がぶつかりあい、すぐに数えきれない程の剣戟が二人の間に舞い始めた。

金属同士が切り結ぶ甲高い音と二人の気合の裂帛が街中に響き渡る。

 

それを周囲の人達は黙って見守っていた。

 

「・・・あ、あの!と、止めなくていいんですか?」

 

フロリーナが泣きそうな顔で周囲に尋ねる。それにセーラはあっけらかんとした顔で答えた。

 

「え?いいんじゃないの?たまには喧嘩するぐらいがちょうどいいのよ」

「セーラ・・・君だってそんなに男女経験があるわけじゃないだろ?」

「失礼ね!エルクよりはあるわよ!」

「はいはい・・・あ、フロリーナさん、心配しなくても大丈夫だと思いますよ」

「あ!こら!無視しないでよ!」

 

エルクはため息を吐いてセーラを諫める仕事に戻る。

 

その間にも二人の打ち合いは続いている。

 

だが、フロリーナを除く周りの人達は皆気楽にかまえていた。

それを信じられない気持ちで見ながら、フロリーナは自分にできることがないか探そうとする。

 

そして『強引に仲裁する』という結論に至ったのか、フロリーナは手槍を手に取った。

 

「私が・・・止めます!」

「いやいやいや、大丈夫ですよ」

 

それを慌てて止めたのはマシューだった。

 

「で、でも・・・」

「大丈夫ですって。少なくとも、ハングさんはリンディス様を傷つけたりはしないでしょうからね」

 

マシューの言葉に同意するようにエルクとセーラが頷いた。

 

「で、でも・・・それじゃあ、ハングさんが・・・リンに殺され・・・」

 

フロリーナはその先を言いかけて口を閉じた。

自分の言った未来が実現するか、疑問が湧いたのだ。

 

自分の知っているリンは確かに怒ると怖い。

部族を失ってからは時々本当に暗い目をすることもあった。

 

でも、本質的には彼女は心優しい人だ。

 

自分の親友がハングを殺してしまう姿など、フロリーナには想像できなかった。

 

「・・・まぁ、そういうわけですよ」

 

フロリーナの胸の内を正確に読み取り、マシューはそう言ってこの場をまとめた。

 

そうこうしてる間にも、二人の戦いは優劣が確実に出現しだしていた。

 

「ハァ・・・ハァ・・・くそがぁぁ!」

「はぁぁっ!」

 

確実にハングが押されだしている。リンの剣を無理やり受け流し、強引に回避しているもののハングの体にはあちこちに切り傷が生じ始めていた。そのどれもが浅いものの、ハングは痛みで動きが鈍りだしている。

 

次第に防戦一方になるハング。既に彼の息があがっていた。

 

そして、リンの剣先がハングの左の大腿を切り裂いた。

 

「ぐっ!」

 

ハングが痛みに膝をつく。そこにリンがさらに剣を振る。

ハングの右手を剣の峰で打ち、彼の武器を叩き落とす。そして、そのまま右足を切りつける。

 

ハングは遂に立っていることができずに、腰から石畳みに崩れ落ちた。

仰向けに倒れるハング。

 

「ハァ・・・ハァ・・・ハァ」

 

ハングの呼吸器官はもう限界だった。息切れによる倦怠感と全身の疲労でハングにはもう立ち上がる体力が残っていない。

 

そんなハングの隣にリンが立つ。

ハングはその顔を見上げて、笑った。

 

「ハァ・・・ハァ・・・なんて顔してんだよ・・・バカ」

 

それはいつもの弾けたような楽しげな笑みだった。

ハングの目からはさっきまでの激しい光は消えていた。

 

「ハング・・・」

 

対するリンもまた勝者とは思えない顔をしていた。

彼女の瞳はその端に涙を蓄え、顔は水滴をこぼすまいとくしゃくしゃに歪んでいた。

 

「ハング・・・本当に・・・あなたは・・・」

「海賊団の一員さ・・・否定はしねぇよ・・・」

 

ハングの体からの出血はまだ止まらない。だが、死に至る量ではない。それがリンの殺意の低さを何よりも物語っていた。

 

「・・・・くそっ・・・」

 

ハングは小さく悪態をついた。

 

心臓が一際強い拍動を始めたのだ。

 

それは、ハングの中に流れる青い血が治癒を始めようとしている前兆だった。

間もなく、ハングの身体は激痛を伴いながら傷を治しはじめる。

 

そうなる前にはっきりさせておきたいことがあった。

 

ハングは自分を見下ろしてくるリンの目を正面から見つめた。

 

「お前は・・・俺が憎いか?」

 

リンの顔が更に歪む。

 

「・・・ずるい・・・」

 

リンにそう言われるであろうことはわかっていたが、ハングにはそれを聞かずにはいられなかった。

 

わずかの間を置いて、リンが答える。

 

「・・・そんなわけ・・・ないじゃない・・・」

 

ハングが目を閉じる。

 

「・・・そんなわけない・・・そんなわけないのに・・・どうして・・・どうして・・・」

「ははは・・・悪いな・・・」

 

ハングは自分の心臓が暴れ出すのを感じた。

 

「悪いけどな・・・現実だよ」

「私からも一つ・・・聞いていい?」

「なんだよ?」

「ハングは・・・私達を裏切って・・・」

 

その質問にハングは喉の奥で笑ってしまった。

 

「くっくっくっ・・・」

「な、何がおかしいのよ!?」

「泣きそうな顔で何聞こうとしてんだよ?」

 

全身血管が脈打つ音を聞きながら、ハングは笑う。

 

「んなわけねぇだろ。バァカ」

 

ハングは笑う。楽しそうに笑う。

 

「俺はお前達の軍師だ・・・お前らを勝利に導く旅の軍師だ」

 

リンの顔が一段とくしゃくしゃに歪んだ。

 

「ぐっ!やべ・・・」

 

だが、そこでハングの身体は限界に達した。

 

「くそ・・・もう来たか・・・ぐぅううううう!ああぁああああ!!」

 

全身に走る激痛。ハングは歯を食いしばって身もだえる。

ハングの『竜の腕』が作る青い血が傷の治癒を始めていた。

 

「ハング!!ハング!どうしたの!?セーラ!」

 

セーラを呼ぼうとするリンの手をハングは掴んだ。

 

「いい・・・大丈夫・・・だっ!ぐぅっ!あぁ、くそったれ!ぐううううううう!」

 

ハングは体をよじらせるようにしてのたうった。意思の力で抑えきれない程の痛みが全身を支配していた。

 

「あぁぁぁあああ・・・うぁぁぁああ!!」

 

ここまでの激痛は久々だった。

過去にも太い血管を矢に貫かれたとか、剣で足を深く切られた経験なら何度かある。だが、全身を十何か所も切り付けられた経験はハングには少ない。

 

それの治癒がこれ程の激痛になるとはハングも予想できなかった。

 

ハングは身体を治そうとする痛みにのたうちまわる。

その様子は外から見れば明らかにただ事では無い。

 

「ちょっとリン!ハングに何したの!?」

「わ、私は・・・私は・・・」

「兄弟!どうすれば良い!?薬か?杖か?」

 

痛みで耳鳴りがして、眩暈もする。

 

それでもハングは周りの声をしっかり聴いていた。皆がどんな顔をしているかも見えていた。

 

ハングには集まってきた仲間たちに輪の外に弾き出されて、オロオロしているリンの姿がよく見えていた。

 

『あぁ、そんな顔すんな・・・お前は何も悪くねぇ』

 

そう口にしたいが、それより先に自分の唸り声が出てくる。

 

「ううぁ・・・あぁぁぁ!!」

 

そして、自分の身体に一際大きな波が来た。

 

「ハングさん!」

「クソ軍師!!死ぬなよ!死ぬんじゃねぇぞ!!」

 

傷薬の軟膏が既に治りかけているハングの傷口に塗られていく。

既に瘡蓋だけとなりかけている傷跡にセーラの杖が当てられる。

 

『ったく・・・縁起でもねぇこと言うなバカ傭兵。それとリン、マジに受けてんじゃねぇよ。フロリーナに縋るな、彼女も困ってんだろ』

 

安心させときたい、そんな思いでハングはリンに震える手を伸ばした。

 

「・・・どうした?兄弟?」

「リンディス様!ハングさんが」

 

ルセアの声に呼ばれてリンとハングの間の人垣が割れた。

ハングの視線の先には本当に泣いているリンがいた。

 

『ああ、もう・・・本当に・・・絶対にリンを責めたセーラと大げさに言ったバカ傭兵のせいだ』

 

ハングは震える体を押しとどめ、なんとかリンに笑いかけた。

 

「あぁ・・・あぁ・・・ハング、私・・・私・・・」

 

痛みを堪えた疲れた笑顔は完全に逆効果だったらしい。リンの涙腺が完全に崩壊してしまった。

 

「私・・・私・・・」

 

リンはよろよろとハングの側に膝をつき、手を取った。

その手を大事そうに握りしめ、手の甲に大粒の涙こぼしている。

 

「私は・・・こんな・・・つもりじゃ・・・あなたを・・・殺すつもりなんて・・・」

『死なねぇよ・・・』

 

そう言ってやりたかったが、まだ痛みが引かない。

口からこぼれるのは泡となった吐息とわずかな呻き声だけだ。

 

「いやよ・・・いやよ・・・ハング・・・お願い・・・もう・・・一人は嫌なの・・・」

『わかってるっての・・・』

 

ハングは痛みの山を既に越えていた。次第に静かになっていく心臓の音を聞きながら、ハングはこれからのことを考える。

 

『どうするよ・・・この状況・・・』

 

全身の傷の大半が治った状況なのに、まだハングを治療しようとする面々。

ハングの手を握り、必死に精霊に祈りと懺悔を続けるリン。

 

『・・・・・・・・どうしよう』

 

ハングとしてはかつてない難題であった。

 

 

 

――――――― ※ ――――――― ※ ―――――――

 

 

 

「まったく・・・紛らわしい」

「お前らが勝手に勘違いしたんだろうが!だいたい、あの程度の傷で人が死ぬか!バカ傭兵!」

 

そう言われてみれば当然のこと。だが、ハングの苦しみ方も異様ではあったので一概には言えない気もするレイヴァンだった。

ハングとレイヴァンの後ろでは無駄に杖を使うことになったセーラが気炎をあげていた。

 

「だったら最初から言っときなさいよ!意味のない時間を過ごしたわ」

「あのな・・・セーラなら言いたいか?こんな身体・・・明らかに人間離れした異常だ。気味悪がられるのがオチだろ」

「私なら言うわよ。それは間違いなく神の奇跡。天からの贈り物に違いないわ」

 

ハングはため息を吐いてエルクとルセアに視線を送る。

2人は困ったような笑みを返すだけだった。

 

結局、痛みの引いたハングは自分の体のことを素直に説明した。

皆が口を半開きにしてこちらを見つめる顔は生涯忘れられそうになかった。

 

「だいたいな!ダーツはともかくお前らは知ってるだろ」

 

ハングは仲良く同行している海賊仲間にそう言った。

 

「あぁ・・・その、流れで・・・な?」

「ああ、なんか。お前死にそうに見えちった」

「ったく・・・」

 

ハング達は今更戦いをするような気分になどなれず、全員揃って船着き場へと向かっていた。

 

「・・・・・・」

 

ハングはエルク達の後ろに視線を一瞬だけ送った。

そこではペガサスを連れて歩くフロリーナと俯くリンの姿があった。

 

喧嘩を中途半端に終えた手前、ハングは気まずい気持ちを抱えたまま前を向いた。

その隣からマシューが苦笑いを向けてくる

 

「ハングさんって、変なところで間が悪いですよね」

「うるせぇな・・・わかってるよ」

 

そうこうしているうちに船着き場についた。

 

「おう、帰ったかバカ息子」

 

ファーガスが片手をあげてこちらに挨拶する。その周囲にはエリウッド達が疲労困憊の様子で膝をついていた。

 

「エリウッド、おつかれさま」

「疲れたよ。まさかハングが敵にまわってるなんて・・・」

「思いもしなかったか?」

「いや、途中からなんとなく予想はついてた」

 

さすがエリウッドだ。どっかのヘクトルとはわけが違う。

 

「ハング!お前、今なんか失礼なこと考えたろ!」

「気のせいだろ。それにしてもよく突破できたな。絶対無理になるように戦力を配置したのに」

「それは・・・ああ、ちょうどいいところに」

「ん?」

 

ハングはエリウッドが手招きする方角に視線をやった。

そこにはローブをまとい、モノクルをつけた男性が会釈をしていた。

齢は若くはなさそうだが、中年と呼ぶには少し早い感じだった。

 

「ほう・・・闇魔道士か」

「なんでもヴァロールに渡りたいそうだよ」

 

ハングは訳あって闇魔道士に詳しい。気配だけで闇魔道士を判別できる。

その男性はゆっくりと歩み寄り、どこかのんびりとした口調で自己紹介を始めた。

 

「私はカナスといいます。古代魔法・・・闇魔法の研究をしていまして、戦いに協力する代わりにヴァロールに渡る船に便乗させてもらうことになりました」

「そうか・・・まぁ、エリウッドが許可したんなら俺から言うことはあまりない・・・って、どうしました?俺の顔をじっと見て?」

「え?あ、すみません。なんというか・・・不思議な空気の方だと思いまして」

「空気?」

 

リンが時々口にする、その人の周りに吹く風のようなものだろうか?

 

ハングは首をひねる。

 

魔道士の中でも闇魔道士は他の人間と少し違うものを見ていることをハングは知っていた。彼らには彼らの法則があり、規則がある。

 

多少、不可思議な物言いをしてくる人間もいるだろう。

 

ハングはそう結論付けて、特に気にすることもなく手を差し出した。

 

「まぁ、なにはともあれ、お仲間は歓迎します。ちょうど魔道士が不足してたんです。これからよろしくお願いします」

「あ、はい!こちらこそ」

 

お互いに握手をかわした後、ハングは改めてファーガスに視線を移した。

 

「んで、出航はどうなります?」

「急いでんだろ?今すぐ出してやる。なに、二日後にはお前らは【魔の島】に上陸だ」

 

それからファーガスは立ち上がり、部下達に指示を送り出す。

 

「おい、ハング!メインマストにつけ!」

「は!?俺も手伝うのか?」

「おめぇはうちの一員だろうが、だったら働け!」

「うえ~・・・まじか・・・」

 

ハングは後ろを振り返り、エリウッドに苦笑いを向けた。

 

「ってなわけで、俺はこっちを手伝う。後の処理は任せる。あ、そうそうマリナスさんが昼頃に食料抱えてやってくるはずだから忘れるなよ」

「ああ、わかった」

 

そうして、甲板へとあがっていくハング

ハングは船の縁から港を見下ろした。

 

「リンディス様、私はずっと傍にいますからね」

「ありがと、フロリーナ」

 

二人の会話を唇の動きで読み取ったハング。

ハングは一度溜息をついて、船の仕事にとりかかった。

 

『なにがケジメだ・・・臆病者が・・・』

 

ハングは酷い自己嫌悪に浸りながら、船の上で仕事にとりかかった。


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