【完結】ファイアーエムブレム 烈火の剣~軍師と剣士~   作:からんBit

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17章外伝~港町バドン(中編)~

「なるほど、ロウエンさんは従騎士なのですか」

「はい!ケントさんとセインさんはもう騎士なのですね。ご指導ご鞭撻よろしくお願いします」

 

キアラン城ではあまり話す機会が無かった若い騎士三人。

ロウエン、ケント、セインの初の共闘を前にして馬を並べて軽く自己紹介を済ませていた。

 

「自分も一日でも早くケントさん達に肩を並べられるように努力します!」

「ロウエンさんの槍の腕は十分自分たちに並ぶかと思いますが」

「槍だけの話ではありません。騎士としての立ち振る舞いや信念のあり方。自分はまだまだ未熟なのです」

 

熱く語るロウエン。それにケントは少し納得したように笑う。

 

「それは・・・まだ、私も会得してるわけではありません。未だによく悩みます」

「そうなんですか!?でも、ケントさんは隊長にまでなったと・・・」

「それは、単なる努力の結果と幸運によるものです。あとは・・・そうですね、ハング殿のお陰でもありますね」

「あぁ・・・ハング殿ですか」

 

彼なら何をしても不思議ではない。

 

「ハング殿は昔から『ああ』なのですか?」

「ええ『ああ』いう感じです。決して悪い人ではありませんが、どこまでも掴めない人です」

 

ケントはそう言って苦笑いを浮かべた。

 

「ロウエン殿はハング殿と良好な関係を築けているようですね」

「はい。しかし、まだ私はハング殿に認められているわけではないようです。この間も少し程お叱りを受けましたし」

 

『槍の素振りに意図がありすぎる』

 

そう言われたのはつい先日である。

 

「それはハング殿なりの激励ですよ。伸び代の無いものにハング殿が手を貸すとは思えません。しかし、『素振りの意図』ですか」

「はい。『素振りは動きを身体に染み込ませてこそ意味がある。頭を使うな』とのことでした」

「なるほど・・・」

 

槍を突き出す基本の動きを身体に覚えさせるのは初歩の初歩。その基本が出来て始めて槍の派生技が生きてくる。確かに『頭を使わずとも出来るようになる』というのは大事なことかもしれない。

 

ケントはハングが言わんとしていることをケントも読み取り、納得したように頷いた。

 

そんな若い騎士二人の雑談を少し離れたところで見ていたマーカス。

彼はわずかに目元を緩めた。

 

「嬉しそうですなマーカス殿」

 

オズインにそう言われ、マーカスは顔を引き締める。

 

「この旅でロウエンにはもっと成長してもらわなければなりません。共に切磋琢磨できる存在は必要ですからね、この出会いには感謝すべきかもしれません」

 

それは『部下思い』と言うより『父性』に近い感情などだろうとオズインは思ったが、口には出さなかった。

 

「では、ケントさんは素振りは日に五千回ですか?」

「翌日が非番であれば、槍が握れなくなるまで追い込むこともあります。セインは・・・」

 

真面目に語り合う二人はセインの姿を追った。

だが、彼の姿は馬の上から忽然と消えていた。

 

「おお!プリシラ姫!ここで出会えたのも何かの運命です、私が御守り致しましょう!」

「運命・・・ですか?」

「そうです!我々は運命によってここで出会うことが決められていたのです!」

 

ケントは何も言わずにこめかみを抑えた。

 

「え、えと・・・」

 

無言で握りこぶしを固めて馬から降りるケント。ロウエンは隊長というのも大変なのだな、と思わざるおえなかった。セインが殴り倒され、馬の傍まで引きずられてくる。それとほぼ同時にヘクトルが斧を肩に担いだ。

 

「おい、遊んでねぇでそろそろいくぞ」

 

指揮官であるヘクトルに騎士達は短い返事をして馬にまたがり、戦士は手に斧をとった。

 

「がははは!腕がなるなドルカス!」

 

バアトルが斧を振り回しながら顔を赤らめていた。

 

「・・・そうか」

「そうだとも!海賊となればその腕一つで海を駆け抜けると聞いた!あの広大な海を泳いで渡る猛者共だ!戦えるとは楽しみではないか」

 

説明するのが面倒なので、ドルカスは黙っておくことにしたのだった。

 

「いくぞぉぉお!」

 

ヘクトルが斧を振りかぶって先陣を切る。そして、町の中央で力比べが始まったのだった。

 

対する北側を迂回する陽動部隊。

 

「向こうは激しいね。よかった~俺こっちで」

 

ウィルはそう言って胸をなでおろした。

 

「なんだウィル、情けねぇぞ」

「ギィは剣があるからいいだろうけど、俺は弓しか無いんだよ。ガンガン突っ込んでくる奴は苦手だ」

 

ギィとウィルがうだうだ言いながら町の外を警戒しながら先行していく。

それにわずかに遅れてエリウッドとレベッカが後に続いている。

 

「エリウッド様、本当にこれだけの人数でよかったのですか?」

「僕らの目的は陽動だ。一撃離脱できて、逃げたり隠れたりできる人数の方が都合がいいんだよ」

 

わずか四名。しかも前線に立てるのは二名。そんな部隊ではレベッカが不安に思うのも仕方ないとも思う。

 

「大丈夫だってレベッカ。何かあったら俺が守ってやるからさ」

「・・・ウィルに守ってもらわなくても結構です!」

「それじゃあ、俺も守ってやるよ!なーに、弓兵の一人や二人守るぐらい簡単だ!」

「・・・・・・」

 

ウィルとギィという能天気な二人組。

 

レベッカは少し遠い目をした。

 

自分に厳しく、常に上を目指し、地道な努力を積み重ねる頼りがいのある従騎士との会話が懐かしかった。

 

「どうして、男の子ってこうなのかしら・・・」

 

部隊を分けてからまだ一刻もたたないうちにそう思うレベッカであった。

 

その時である。

 

「お、本当に来た。あいつの読みはいつも冴えてるな」

「なっ!?」

 

エリウッドが驚嘆の声をあげる。突如、海賊達が姿を見せたのだ。その数八人。

 

「うおぁ!なんでこんなに手勢がいるんだ!?」

 

ギィが慌てて剣を引き抜くも海賊達は余裕の笑みを崩さない。

 

「悪りぃがここは通行止めだ。さっさと回れ右してもらうぜ」

 

海賊達はそれぞれが剣や斧を構えて道に立ち塞がっている。

 

「そ、そうはいくか!このサカ一の剣士!ギィが相手だ!」

「あれ?ギィっていつの間にそんなに強くなったの?」

「き、気分だ!気分!いいじゃねぇか!名乗りぐらい気持ちよくやって!」

 

二人の間の抜けたやりとりを冷静に聞き流し、エリウッドは剣を抜いた。

 

「レベッカ、ウィル!援護してくれ。状況が悪い。戦いながら一度引く」

「了解!」

「わかりました」

「ギィ、君と僕でなんとか堪えるよ!」

「おぅ!任された!」

 

突剣を体の前に構え、エリウッドは海賊の台詞を考えた。

 

『あいつの読みはいつも冴えてるな』

 

向こうには頭の切れる策士でもいるのだろうか。

 

エリウッドはハングがいないことに唇を噛み締めざるおえなかった。

 

そして、町の中央でもまたヘクトルが同じことを考えていた。

 

「ヘクトル様!」

「わかってる!海賊達の様子がおかしい!」

 

一番突破を狙われやすい中央がやけに手薄だ。それなのに、なぜか突破できない。狭い町の通路を有効に活用して、敵が入れ替わり立ち代わり相手をしてくる。

 

「くっそ!なんなんだこいつら!軍隊みたいな動きしやがって・・・こんな時にハングいれば・・・」

 

ヘクトルは苛立ちを抑えきれずに再び前に出た。

 

 

――――――― ※ ――――――― ※ ―――――――

 

 

「ふふふ、焦ってる様子が手に取るようにわかるな」

 

樽に腰掛けているハングは楽しそうに笑う。

 

「ったく、相変わらず性格が悪りぃな」

「軍師ってのはそれぐらいがちょうどいいんだよ、お頭」

 

ハングは一度伸びをして周りを見渡す。

 

予想通り、北のエリウッドは後退を始めている。

このままヘクトルと合流してくれたら後はリンだけを気にしてればいい。

 

中央に人数を増やしつつ後は闘技場を警戒すればいい。

 

ハングは町の南側に目を向けた。

 

「・・・・・・なぁ、お頭」

「どうした?」

 

不意にハングの声の調子が一段階落ちた。

今までの楽しそうな雰囲気から一転、冷たく尖った氷のような声に変わる。

 

「ファーガス海賊団に騎馬部隊なんか作ったのか?」

「はぁ?んなわけねぇだろ。馬なんざ船の上でどう使うんだ?」

「だよなぁ・・・」

 

ハングは闘技場方面の一点を見つめたまま動かない。

ファーガスもハングの態度の変化に気づき、町の南側に視線を送った。

 

そこには明らかに戦闘準備を終えた騎馬部隊が殺気をみなぎらせて町中へと入っていくところだった。

 

「なんだ、部外者か?」

「まぁ、そんなとこなんだけどさ・・・ったく、興がさめちった」

 

ハングは自分の後頭部の髪の中に手を突っ込んだ。

 

「お頭、何人か借りていいっすか?野次馬は蹴散らしとかねぇと」

「別にかまわねぇが、おまえが出張る必要はあんのか?」

「まぁ、もともとあっち側は俺が迎え撃つ気だったしな」

 

ハングは剣を腰にさし、誰を連れ行くかを思案する。

 

「そろそろ、ケジメつけとこうかと思ってな」

「ケジメ・・・か」

「ああ」

 

ファーガスにはハングの考える戦術やらなんやらはまったく理解できない。

だが、ハングの心の内は手に取るようにわかる。

 

「惚れた女でもできたか?」

「・・・俺ってわかりやすいんですかね?」

「ガハハハ、男がマジな顔でケジメなんて口にしたら、それは『一生に一度の女』か『人生を賭けた男との対決』かのどっちかだ」

 

ハングは少し肩の力を抜く。

 

「お頭にはかなわねぇや」

「俺に勝つやなんざ二十年はえぇ」

 

ハングは声を張り上げて笑った。

 

「さて、ダーツ!ボルグ!デコメ!ついて来い!闘技場へ向かう!」

 

野太い返事を聞き、ハングは闘技場に向けて駆け出した。

 

 

 

――――――― ※ ――――――― ※ ―――――――

 

 

「エリウッド!どうした!?」

「街の外には兵が伏せていた。この人数じゃ突破できない」

「くっそぉ!どうなってやがる、まるでハングを相手にしてるみたいだぜ」

「・・・・・・」

「・・・・・・まさかな?」

 

ヘクトルとエリウッドは顔を見合わせて、眉間に皺を寄せる。

北は封鎖されている状況、残る選択肢は中央突破で時間を稼ぎ、リンの部隊に期待をかけるのみとなっていた。

 

エリウッドの指揮によりギィとウィルも前線に参加する。

 

「この俺が撤退なんて、チクショウ!海賊共!かかってこいやぁ!」

「ギィ!無闇に突っ込むと・・・」

「うわあ!やべぇ!魔道士がいる!こ、ここは一旦後ろに前進する」

「そういうの後退っていうんだぞ」

「うるへぇ!後ろ向きに前進なんだよ!」

 

長引く戦闘は最前線で戦う者達にも苦戦を強いていた。

特に魔道士の出現は前に出ていたバアトルやドルカスにとって大きな負担となっていたー。

 

「・・・バアトル、おまえも下がれ」

「熱!熱い!う、うぉぉ!俺も後ろ向きに後退するぞ!」

「・・・それは前進だろうが」

 

戦士と入れ替わるように騎士部隊が前に出る。

 

「セイン!無理するなよ!」

「大丈夫だ相棒!まだいける!おらぁ!プリシラ姫を後ろに置いてる俺は最強だぞぉぉお!」

 

海賊達は優勢の流れに乗り、突撃の構えを見せるがセインとケントがなんとかその場に踏みとどまって前線の崩壊を防いだ。

 

「私もご助力します!」

「感謝する!ロウエン殿!」

 

そこに更に弓の援護が飛び、ようやく陣形を立て直す。

 

エリウッドは眉間に皺を寄せる。このままでは押し切られるのも時間の問題だった。

 

それほどまでにこの海賊達は厄介だった。

 

「エリウッド様、リンディス様の方へ増援を送った方が良いのでは?」

 

マーカスの助言に対してエリウッドは静かに首を横に降る。

 

「いや、人数がここにかけられてるのは好都合なんだ。向こうに注意を引きたく無い。このままでいく」

「承知しました。では私も前線に行くとしましょう」

「僕も出る。マーカス、背中は任せる」

「はっ!」

 

エリウッドが剣を引き抜き、その隣にヘクトルも並ぶ。

 

「オズイン!俺らも前に出る。後方の奴らの回復する時間を稼ぐ」

「わかりました」

 

エリウッドとヘクトルは肩を並べて前に出た。

 

「ったく!ハングの野郎、あとでとっちめてやる!」

「ヘクトル、いまは目の前に集中しよう」

「ああ、わかってるよ!」

 

 

戦闘は加熱していく。

 

その頃、リンの部隊がようやく動きを見せだした。

 

「リンディス様、どうやら中央での戦闘が激化してるみたいですよ」

「そろそろかしらね」

 

町の南側で飛び出す頃合いを見計らっていた、リンディスの部隊。

マシューが耳をそばだてている側にフロリーナが着地した。

 

「フロリーナ。周りはどう?」

「敵も見方もほとんどいないわ・・・でも、なんだか変な騎士みたいな人たちがいたの」

「変な騎士?」

「うん・・・紫の鎧のへんな人たち」

 

リンはマシューに視線を送る。

 

「うーん、確かにちょっとヤバめの奴らがいそうだな」

「気配がするの?」

「むしろ逆ですね、気配がなさすぎる。半端な連中じゃなさそうだ」

 

マシューのその言葉が終わらぬうちにレイヴァンが部隊の前に出た。

 

どうやら切り込み隊長を担ってくれるらしい。

 

少し躊躇いがちにリンがルセアを見ると、柔らかな微笑みが帰ってきた。

 

「大丈夫ですよ。無愛想なだけで、いい人ですから」

「ルセア、余計なことは言うな!」

 

強い言葉にフロリーナが身を竦ませる隣で、リンはレイヴァンに笑ってみせた。

 

「・・・なんだ?」

「いいえ、なんでもないわ」

 

リンはレイヴァンの言葉に甘える形で歩き出す。

だが、突然その足が止まった。

 

「・・・・?」

 

リンは町の中の音に耳を澄ます。

遠くから聞こえる戦いの喧騒。こんな時でも歓声のあがっている闘技場。海賊達の喧嘩騒ぎに沸き立つ野次馬。

 

様々な音が入り乱れる中でリンの耳に残るものがあった。

 

「リンディス様?どうかしましたか?」

 

ルセアが尋ねるもリンはそちらに返事をしない。

そして、マシューやレイヴァンもまた周囲の気配に注意を張り巡らせていた。

 

「なに?なに?どうしたの?エルク、わかる?」

「・・・セーラ、少し黙っててくれないか?周りの音が聞こえない」

 

エルクも魔導書に手をかけた。周りの人間が徐々に戦闘体制をとっていく。

そして、一番最初に気が付いたのはレイヴァンだった。

 

「あいつ・・・何をやっている」

 

レイヴァンが剣を引き抜いて走り出す。

 

「これって・・・まさか!!」

 

次いでマシューも何かを察してレイヴァンの後を追った。

 

「おい、マシューだったな」

「はいはい、俺ですか?」

「戦えるか?」

「えーと・・・正直やりたくないなぁ・・・でも、やるしかなさそうですね・・・」

 

後方に置き去りにしてきた人達のことはこの際、後回しだった。

今は他にもっと重要な出来事がこの町で起きていたのだ。

 

「ちょっと、マシュー!どこいくの!?」

 

リンが遅れて走り出す。草原で培われた耳や目や勘も町中の喧騒の中では鈍ってしまう。

リンは今だ状況をつかめぬまま、レイヴァンとマシューを追った。

 

頭の片隅でハングに教えてもらった軍略の話を引っ張り出し、走りながら次の行動を考える。

 

前を行く二人の行動は褒められたものではないが、あの二人が何の意味もなくこんな行動を取るとは思えない。

リンディスは現在起こりうる状況を必死に考える。

 

【黒い牙】からの刺客。他の部隊の危機。海賊が市民に暴行を加えている。

 

様々な可能性を考慮しつつ、リンは後ろについてくる仲間に最悪を想定した指示を出す。

 

「セーラ、怪我人がいるかもしれないから準備してて!フロリーナ、不用意に高い位置に出ない!エルク、ルセア、左右の道を警戒しながら後方からついてきて!!」

 

リンは必死に前の背中を追う。

 

「・・・何が・・・起きてるの?」

 

リンは服の上から胸元を握り、かきむしる。たいした距離を走ったわけでもないのになぜか息があがる。

 

リンは自分がなぜか苛立ちを覚えていることに気づいていた。

 

「・・・どういうこと?」

 

 

 

――――――― ※ ――――――― ※ ―――――――

 

 

 

闘技場の裏口付近。人気のない路地裏にハングを含めた海賊が四人。

そこには黒い鎧を着こんだ人達が周囲を警戒するかのように佇んでいた。

ハングは海賊達と雑談をしながらその道を歩いていく。

 

「だから言ってるだろ。海で獲物を探すより、航海で商売を繰り返す方が断然儲かるんだよ」

「いや・・・でも・・・それって『海賊』なんですかね?」

「あのな。この辺の海を航海する連中から『用心棒代』とか言って、金を集めてる時点で俺達は十分海賊だ」

「はぁ・・・」

「まぁ、シノギのことなんざ下っ端は気にすんなっての。お前は肉体労働しとけばいいんだ」

 

ハングはまだわかってなさそうなダーツの肩を気楽に叩いた。

そんなハング達の一団に路地の入り口を警戒していた兵士が槍向けた。

 

「おい、貴様らここは今通行禁止だ。海賊はさっさと消えろ」

「おや。そうかい・・・」

 

ハングはそう言いつつ、素早く槍の下に潜り込んだ。

 

「なっ!」

 

ハングは低い姿勢から剣の柄に手をかける。そして、兵士の手元目掛け、自身の持ちうる最速の抜刀の一撃を叩き込んだ。

 

確かな手応え。手首が飛び、血飛沫が舞う。

 

ハングは剣を捨て、落ちてくる槍を手に取って振り回した。

槍の柄で側頭部に一撃、そのままの勢いで身体を回し、槍の切っ先を首筋に叩きつけた。

鎧の隙間への正確無比な一閃。ハングは兵士の首をものの見事に吹き飛ばした。

 

ハングは何事もなかったかのように剣を拾って鞘にしまう。目指す先は騎馬部隊の隊長。

 

「ダミアン様、部下が一人やられました」

「見ていたとも」

「いかがいたしましょう?」

 

敵の騎馬部隊は目の前で仲間が倒れたというのに随分と平然としていた。

余裕を感じる程に自分達の実力が高いと思っているのだろう。

相手は十分な装備を持った騎馬部隊。ハング達はほとんど着の身着のままの海賊連中。

 

ハングは唇の端を舐め、不適に笑った。

 

騎馬部隊の隊長は厚顔不遜な態度を崩さない。

 

「ふぅむ、我々の姿を見られたからな・・・皆殺しでよいだろう」

「わかりました。そのようにいたしましょう」

 

ハングの歩幅が少し大きくなる。歩きが駆け足に変わり、更に加速していく。

 

「では、始めよう。叫びたまえ、死を前にした絶望を」

 

馬を操り、馬首をこちらに向ける騎馬部隊。

ハングは槍を持ちながら更に加速。全力疾走にまで達する。

 

「構えろ、突進してくるぞ」

 

騎馬部隊が武器を構える。ハングは走りながら腹の底から気合いの裂帛を絞り出す。

 

「うおおおぉおおぉお!!!」

「来るか、いいだろう。その身に恐怖を刻み込んで死ぬがいい」

 

騎馬部隊が殺気をみなぎらせる。それはハングがこの旅で時々垣間見た、暗殺者特融の殺気だった。

 

ハングは姿勢を落とす。お互いの間合いまであと5歩の距離だった。

 

突進の姿勢のままハングは間合いに入ろうと構えた。

 

「なんてな・・・」

 

ハングはいきなり立ち止まる。敵の間合いギリギリの線で踏みとどまる。

 

そして、加速した力で地面を勢いよく踏みつけてそこに力の起点を作った。そこを軸に今までの瞬発力に筋力のしなりを乗せ、左腕の一点に集中させる。

 

「おらぁぁっ!」

 

ハングは手に持った槍をその場からぶん投げた。この槍は投擲に適した手槍ではない。普通の槍をハングは左腕の『竜の腕』の馬鹿げた腕力で強引に投擲したのだ。

 

槍が風を切る。切っ先が鎧を貫く。胸板を貫かれた身体が硬直する。そして、ダミアンと呼ばれた隊長格の男の表情が固まった。

 

「悪りぃな、俺は荒事には向いてないんだ。正面衝突なんてやるわけねぇだろ」

 

ダミアンは一度自分の胸を見下ろす。彼の脳が現実に追いつく。

自分の鎧から突き出る槍の柄を見つめ、次いでハングに視線を送る。

 

「くたばれよ、ホモ野郎」

 

ダミアンは茫然とした表情のまま馬の上から転がり落ちていった。

 

「今だ、兄弟!皆殺しだあぁぁぁ!」

 

ハングの叫びに続いて海賊達の高らかな吠え声が響き渡る。それに呼応するかのように、隣の闘技場から歓声が上がったのだった。

 


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