【完結】ファイアーエムブレム 烈火の剣~軍師と剣士~ 作:からんBit
まだ朝靄の残るうちに城を出れば、荷揚げ市の賑わいが少し収まった頃に港町にたどり着ける。
『その時間は船主と船が共にいる時間であるので交渉をしやすい』とはハングの談である。
だが、交渉そのものが上手くいきやすいかというとそれは違う。
「だからよぅ!ヴァロールに渡る船を出してくれって!」
いくつかの船が並ぶ港にヘクトルの苛立つ声が響き渡る。
普通の農民なら無条件で首を縦に振りそうなものだが、相手は漁師。
竜の羽ばたきと比喩される巨大な嵐にさえ立ち向かう者たちにはその手の脅しは通用しなかった。
「【魔の島】に渡ろうなんてお前さんたち、正気か!?ムダじゃ、ムダ!あの島へ船を出す者なんて奴はこの町には一人おらんぞ」
今朝方から片っ端から声をかけてきているヘクトルを含めた軍の上層部。
ハング、リン、エリウッド、ヘクトルの四人はその台詞を何度も聞いていた。
リンは諦め半分でもう一度尋ねた。
「私たち、すごく急いでるんです。お願いですから船を出してくれませんか?」
エリウッドも加勢する。
「あなかだダメなら他の船を紹介してくださるだけでもいいんです。お願いします」
ついにはエリウッドは頭まで下げた。
それに倣いハング達も頭を下げる。
「お願いします!」
一つ、ため息が聞こえた。
「おまえさんたち・・・余程の事情があるようじゃな・・・」
皆が顔をあげれば、困ったような悩んだような曖昧な顔が出迎えてくれた。
「・・・一つだけ。手がないこともない」
「なんですか!?教えてください!」
「・・・海賊じゃよ」
「か、海賊!?」
驚いた声はリンのもの。ハングはそれを横目に見ながら港に視線を滑らせる。
「そうじゃ、恐れ知らずの海賊どもなら金を出せば【魔の島】へおまえさんがたを送るぐらいのことはしてくれるかもしれん」
ヘクトルとエリウッドは一度お互いの顔を見て、肩から力を抜いた。
「海賊か・・・ま、仕方ないか」
「本気で言ってるの!ヘクトル!海賊に頼るなんて・・・信じられないわ!」
わずかに殺気立つリン。ヘクトルは気づかない。
「本気も本気。なぁ?エリウッド」
「・・・他に道がないのなら。それしかないだろう」
「エリウッドまで!見損なったわ・・・私は絶対に嫌よ!他の船を探してくる!」
リンはそう言って町の中へと駆け込んで行った。
ハングはその背中を見送りながら頭をかく。
そして、小さく呟いた。
「・・・やっぱダメか・・・」
その声は少し憂鬱そうだった。
「なんだ、あいつ?」
ハングはリンの消えた先から目を逸らしてヘクトルの問いに答える。
「あいつは両親を含めた部族の仲間を山賊に殺されてるんだよ。海か山かの差だけじゃ無法者の存在を許せないってことだ」
ほぼ、無感動にそう言ってのけたハング。そこに二対の視線が突き刺さった。
「な、なんだよ」
妙に冷たいエリウッドとヘクトルの視線。
ヘクトルが先に口を開いた。
「お前はリンディスを追いかけなくていいのかよ?」
「なんで俺が追う必要がある。あれはただのあいつの我儘だ。憎む気持ちは理解できるが、清濁併せのむ時も必要ってわけだ。潔癖だけじゃ、生きていけねぇってことを学ぶいい機会だろ」
そう返事をしても二人の視線は変わらない。居心地の悪いことこのうえないハングである。
「なんだよ?」
「だったら余計に追いかけて叱ってやりゃいいだろ?例みたく鬼のような顔して、悪魔のような声で、血に飢えた獣のような目で睨みながら・・・」
「俺、ヘクトルになんか悪いことしたか?」
ハングはそう言って頭をかく。
ヘクトルは友人の罪を咎めるかのように話を続ける。
「まぁ、とにかく。いつもみたく圧倒的な威圧感で叱ってやれよ」
「だから、あいつが賊を嫌うのは根が深くてだな・・・」
身振り手振りまで交えて話すハング。その肩をエリウッドが叩いた。
「エリウッド・・・」
「とりあえず、惚れた女性を泣かせたままにしとくのは男としてどうかと思うよ」
「エリウッドおぉぉ!」
突然の爆弾発言にハングは全てを投げ捨ててエリウッドに掴みかかった。
「取り込んでるとこ悪いが・・・」
そんな中で、声をかけたのは置いてきぼりをくっていたさっきの漁師だ。
「お前さんがたは海賊に会うんじゃないのかい?」
「あ、そうでした。海賊に会います。彼らはどこにいますか?」
「海賊なら、いつもそこの酒場にたまっとる。彼らは何ごとも金と遊びじゃ。心していくがよい」
「離せヘクトル!こうも毎日のようにからかわれてもう黙ってられるか!あの狸貴族のツラァ一発殴らせろぉぉぉ!」
物騒なことを言う軍師をヘクトルは肩に担いで動きを封じる。
そんなハングのことなどまるで気にかけずにエリウッドはヘクトルに声をかけた。
「とりあえず、会いに行こう」
「だな」
「ちきしょう!おろせヘクトル!人を布袋みたくかついでんじゃねぇ!」
ハングは酒場の前までにヘクトルに担がれたまま頭を冷やす羽目になった。
漁師に教えられた酒場は朝方というのに騒がしい声が聞こえてくる。
猥雑な怒鳴り声と、陽気な音楽が漏れるなんの変哲もない酒場。
エリウッド達はそれを前に気を引き締めた。
「ヘクトル、降ろせ」
「もう、暴れねぇな?」
「ああ・・・」
極めて不服そうなハングだが、これから無法者との交渉である。
それは貴族を相手取るのとは別の緊張感を孕んでいた。
貴族相手の交渉での失敗は社会的地位など、計り知れない資産価値を失うことになる。
だが、無法者との交渉の失敗はそのまま死を招く。
命が無ければ、失敗を挽回するために金を数えることも、理を説くこともできない。
3人は意を決して酒場へと入っていった。
途端、むせ返るような酒の臭いが鼻をつき、怒声のような耳障りな笑い声が鼓膜に響いた。酒場の中はいくつもの丸テーブルが置かれ、その周りを筋肉の盛り上がった連中が固めていた。
あちこちで、酒のジョッキを飲み干され、ポーカーで小銭が移動していた。
雑然としたこの場所で、最初はこの場違いな侵入者に誰も気づかなかった。
だが、一人が入り口を指差し、一人が呆気に取られたように黙り、一人が目を大きく見開くうちに酒場の中は静まりかえっていった。
「おう、ガキども!お前たちか、俺に会いたいってのは?」
酒場の奥。一際大きなテーブルの上に大量の空の酒瓶を置いて、その男はいた。
老齢とまでは言えないながらも少し髪に白いものが混じった大男。全身で放つような威圧感はその男の修羅場の数を物語っていた。
三人は一度顔を見合わせ、酒場の奥へと歩いていった。
彼等の動きを追い、酒場にいる連中の視線が動く。
その監視の目に臆することなく、三人は店の奥にまで進んだ。
「あなたが、海賊団の船長殿ですか?」
エリウッドが代表してそう聞く。
「ガッハッハッハッ!『船長殿』かいかした呼び方だな」
船長は笑ったが、周囲の海賊達は笑わない。固唾を飲んでその成り行きを見ていた。
「ぼうず!お前は余程の世間知らずかそれともバカかどっちだ?ああ?」
「なんだとっ!?」
「ダメだ!ヘクトル!」
エリウッドが止め、ハングが強めにヘクトルの脇を殴りつけた。
「ぐおっ!てめ・・・」
ハングは素知らぬ顔を決め込む。さっきのことを根に持っているらしい。
「・・・僕の言葉遣いがおかしいのなら改めます。なんとお呼びすれば?」
エリウッドが再度船長に話しかける。
その一連のやり取りを視界に収め、その男はつまらなそうに酒を一度あおる。
「ふん・・・怒りもヒビリもしねぇか、少なくともバカではないようだな」
男は酒を置き、そして名乗る。
「『かしら』だ、ぼうず。俺はファーガス海賊団の『頭』ファーガスだ」
「ファーガス・・・さん?それとも『お頭』とお呼びしたほうがいいですか?」
「お前はオレの手下じゃねぇ、ファーガスでいいだろう。で?用はなんだ?」
「僕らをヴァロール島に連れて行って欲しいんです」
ファーガスは少し目を細めた。
断られるか・・・
そうエリウッドが覚悟した時、ファーガスは考えるようにこう言った。
「・・・いくら出す」
「相場がわかりませんので、あなたの望む額をお聞かせください」
「10万だ。金貨10万枚」
「じゅ、10万だと!?ふざけんなこのオヤジ!」
ヘクトルが憤慨する。金貨10万枚など、下手すれば小さな砦ぐらいなら作れる額だ。当然、そんな手持ちなど彼らには無い。
「どうする?やめるか?」
「・・・わかりました。手持ちでは足りませんので、お金を用意してすぐ戻ります。行こう、ヘクトル」
「お、おいっ!エリウッド!」
そして、足早に酒場を後にするエリウッド、それに付き従うようにヘクトルも酒場の外に出て行ってしまった。
残ったのは海賊団とハング一人。
いまだ静まり返る酒場。
ハングはエリウッド達を見送り、緩慢な仕草でファーガス船長を見据えた。
ゆっくとした動きで椅子を引き寄せ、ファーガスの目の前に座る。浅く腰かけ、背もたれに背中を預けるハング。
そして、あろうことかハングは足を振り上げて、ファーガスのテーブルの上に足を載せた。
テーブルが揺れ、料理が飛び散り、酒が揺れる。
「・・・どういうつもりだ?」
ハングは答えない。薄ら笑いを浮かべたまま、更に足を組む。
「ったく、相変わらず食えねぇ奴だ。ハング」
その一言を皮切りにハングは堪えきれないように笑い、足を下ろした。
「・・・なんで一度も顔出さなかった?バカ野郎」
「ははっ!お久しぶりです、お頭!お元気そうでなにより」
ハングは満面の笑みでファーガスの手を握りしめた。
刹那、酒場に大歓声が巻き起こった。
「うおぉぉぉ!久しぶりだなこの野郎!」
「なんだよなんだよ!近くにいるなら一報寄越せや!」
「会いたかったぜぇぇ!」
「ったく、相変わらず下品な連中だな!おい!」
「ハッハッハッ!それが俺らのいいところじゃねぇか!」
「ちげぇねぇ!そうだハング!こいつ、ついに結婚したんだぜ!」
「マジか!ってことは・・・アンナさん!!」
「ハァイ、久しぶりねハング!」
「相変わらずのここの看板娘ですか?」
「ええ、サービスしちゃうわよ」
和気藹々とした空気が酒場を満たしていく。
「誰っすか?あの人?」
「そっか、ダーツは知らねぇのか。お前が入ってくる少し前までこの海賊団の一員だった奴だ」
「今も一員だっての!俺はハング!あんたは?」
「ダーツだ」
そう、ハングはここにいたことがある。この輪の中にいたことがある。
酒場がいつもの活気を取り戻したところを見計らい、ファーガスは声をかけた。
「ったく、ハング。お前のおかげでこちとら日々商人の真似事だ。腕がなまって仕方ねぇや」
「でも、海の上で見知らぬ船を追いかけるよりは儲かってるでしょ?」
「まぁな・・・」
ファーガスはハングに酒を差し出す。ハングはそれを受けとって、口に付ける。
『お頭』から渡された酒は必ず飲み干すのが『ファーガス海賊団』のしきたりだ。
「で、どうしたんだ、いきなりヴァロール島に行きてぇなんて。しかも、見るからに貴族のぼうず共と一緒ときた」
「ぷは・・・俺の旅の目的、覚えてますか?」
ハングは口元を拭いながらそう言った。
「確か、村を焼き払った奴への仇討ち・・・だったか」
「ええ」
「ってことは・・・そいつがいるのか?」
「おそらくは」
「ふん、なるほどな・・・お前の仇ってことは俺らの仇みてぇなもんだ。お前をヴァロールに運ぶのは別にやぶさかじゃぁねぇ」
ハングは笑みを少し引っ込めた。これからがハングにとっての交渉である。
ファーガスは続ける。
「・・・だが、あいつらを連れて行くのには即断できねぇ。お前が連れて来た連中だ。信用できる奴らなのはわかるが、俺は俺の基準でしか判断しねぇ」
「それでさっきの額ですか?」
「ん?額?あぁ、10万ってやつか。あれはただの口実だ。あいつらを追い出したかった」
「なるほど。で、どうすればあいつらを乗せてくれるんですか?」
ファーガスはニヤリと笑う。傷だらけの顔にひび割れるようにして皺ができた。
「まずはお前が提案してみろ。それがお前の役目だったろうが」
ハングは考える仕草を見せた後、わずかに微笑みながら話出す。
「ここにいる海賊団であいつらを襲う。奴らのうち一人でも港にいるお頭のとこに辿り着ければ奴らの勝ち、ってのは?」
ファーガスの目が据わる。
「面白ぇ、それじゃあこっちからも条件だ。ハング、お前はこっち側で戦え」
「最初からそのつもりだったんですけどね」
ファーガスとハングは交渉成立の意味を込めて手を握り合う。
そしてハングは不敵な笑みを浮かべて酒場を振り返った。
「うぉし!野郎ども!いっちょ暴れるか!」
酒場から男達の歓声があがる。ハングは頭に手拭いを巻きつけてマントを放り投げた。
少し海賊らしくなったハング。彼は大雑把に海賊団に指示を送りはじめる。その顔は心底楽しそうであった。
――――――― ※ ――――――― ※ ―――――――
「エリウッド!待てって!」
酒場から飛び出して一直線にどこかに向かう親友の背中をヘクトルは怒鳴りつけた。
「エリウッド!」
「なんだい?」
ようやく歩を緩めてくれたエリウッドにヘクトルは並び、質問をする。
「おまえ、10万なんて大金をどうする気だ?」
「この町には確か闘技場があったはずだ。そこでなんとしても稼ぐ」
「はぁっ!?マジかよ!」
「他に手段はないだろ?」
確かに闘技場で勝てれば金は入る。だが、相手の強さもわからぬ上に命の保証は無い。しかも、その稼ぎの割合は決して高くは無いのだ。賭博にしてはあまりにも分が悪い行為。そんなことはエリウッドも百も承知だが、短時間で稼ぐにはこれしか無いのもまた事実。
繊細なように見えて、存外大胆なエリウッド。ヘクトルはこの親友に今までも散々度肝を抜かれてきたことを思い出した。
「まったく、お前には時々驚かされるぜ」
「ヘクトル、何か言ったかい?」
「いや、なんでもねぇよ。んじゃいっちょ稼ぐとするか。ちょうどうちの軍には腕を磨きたくてたまらない奴が何人かいるしな」
エリウッドの軍にはギィやバアトルなど何も言わなくても闘技場に参加しそうな人達がいる。頭数を揃えるだけならそう苦労はなさそうだ。
そして、二人が闘技場へと足を向けた時だった。
「おい!ちょい待ちなガキども!」
不意に後ろから声をかけられた。振り返れば海賊によく見かける楽な服装の青年がいた。ファーガス海賊団の一員だというのはすぐにわかった。
「なんだ?まだ金はねーぞ」
「バカ野郎!そんなこたぁ、わかってんだよ!!」
彼の声は必要以上に大きい。だがそれは悪意や敵意の表れではなく、海賊にとっては常識内の声量であった。
「それよりも、うちのお頭から伝言がある」
「伝言?」
「この町にいるファーガス海賊団全員がお前らを襲ってくる。それを全て倒し、無事に船まで辿り着けたら乗せてやる・・・だとよ」
「お金は・・・いいんですか?」
エリウッドの疑問ももっともだ。それに海賊は困ったように笑う。
「うちのお頭はかわりものでね・・・ついでに航海士も変わってる。金よりもお前らと遊びたいんだとさ。ま、がんばんな」
ポン、と肩を叩きその海賊は港の方へと走っていった。
そして、街中に鳴り響く甲高い笛の音。
「おーい!!兄弟たち!こっちだこっちにいるぞ!!」
それが合図だったかのようにわらわらと斧を持った奴らが港への道を塞ぎ出す。
「マジかよ」
ヘクトルが呟くより速く、エリウッドが鐘を鳴らした。街中に散っていった仲間への集合の合図だ。
「エリウッド様、いかがいたしましたか?」
「マーカス、実は・・・」
逸早く駆け付けてきたマーカスいエリウッドが状況を説明しようと口を開いた時、再び大声がした。
「おーい!!船着場までいったらお頭がいる!頭に話しかけたらお前らの勝ちだかんなー!!間違っても攻撃すんなよーー!!お頭を怒らせたら取り返しつかねぇからなーーー!」
「なるほど、大体の状況はわかりました。海賊船でヴァロールに渡る、ということですかな?」
さすがのマーカス。状況把握が早い。
「そういうことだ。マーカス、皆への説明を頼んでいいかい?」
「承知致しました」
続々と仲間が集まってくる中にはリンの姿もあった。少し意気消沈気味のリンにヘクトルが声をかけた。
「リン、船は見つかったかよ?」
「あったら、言ってるわよ。海賊船でも我慢して乗るしかなさそうね」
「嫌なら無理して来なくてもいいんだぜ?」
「それこそ、我慢ならないわ。自分の親友に背を向ける気は無いからね。それで、船着場まで行けばいいのよね」
「ああ、そういうことだ」
「わかったわ」
そして、リンは少し集まっている仲間の顔を見渡す。
「あら?ねぇ、ヘクトル。ハングは?」
「は?その辺に・・・いねぇな・・・エリウッド!ハング知らねぇか?」
「え?あれ?そういえば姿が無いね」
「ったく、ヴァロールに渡れるかどうかの瀬戸際だってのに。どこ行きやがった」
エリウッド達が眉間に皺を寄せる中、ハングは港に浮かぶ海賊船の前にいた。
そこに繋がる桟橋の前にファーガスは陣取っていた。その周囲に護衛はおらず、巨大な斧をその傍に控えさせているだけである。
「奴らはどう動くと思う?」
そのファーガスが問いかけたのは隣の樽に座るハング。
ハングは誰が指揮を取るかを考える。
あの中で指揮が取れるのは何人かいるが、ハングがいない中でそれを分担するとしたらどうなるか?
ハングは内心ほくそ笑む。
指揮を執るならエリウッドかリン。
彼らの動きは予想が立てやすい。
なぜなら、彼等に軍略を叩き込んだのはハングなのだ。
「あいつらなら、部隊を三つに分けてくるかな。一つは正面で時間稼ぎ。もう一つは町の外からの迂回路を通ってくるだろう」
「迂回してくるってんなら北か。それが奴らが本命か?」
「いや、それは陽動。本命は・・・」
ハングは南の方角に楽しそうな視線を向ける。
「『木を隠すなら森の中、人を隠すなら町の中・・・』」
――――――― ※ ――――――― ※ ―――――――
「『・・・騒ぎを隠したい時はより大きな騒ぎの中へ』というわ。この町で一番騒がしい闘技場の方面の部隊が奇襲をかけて、船着場まで一気に制圧する。こんな感じでどうかしら?」
「いいじゃねぇか。ってか、ハングがいなくてもなんとかなるもんだな」
リンの提示する策に大喜びで賛同するヘクトル。リンも満更でもないように微笑む。
「一年前はハングの講義を毎日受けてたからね。これぐらいなら朝飯前よ」
「いいな。僕なんか本を渡されてそれっきりだよ」
「本?それってもしかして、大量の書き込みがある歴史書!?」
「そうだよ、今は宿に預けてるけど・・・どうしたんだいリン?」
「・・・私には触らせてもくれなかったのに・・・」
ハングの本は古く脆い。ハングがリンに何と言ったのかを想像するのは容易だった。
「さぁ、それじゃあ始めようぜ」
ヘクトルの率いる部隊。オズインやドルカスなど、機動力はないが打撃力のある人達と騎兵などの突進力のある連中が正面を担当。
エリウッドが率いるギィ、ウィル等の身軽な歩兵隊が町の北側を迂回して陽動。あわよくばここで船着場まで駆け抜ける。
そして本命のリンの部隊。索敵能力の高いマシューとフロリーナや魔法による牽制が可能なエルクとルセア、護衛の為のレイヴァンとついでのセーラ。入り組んだ街中から奇襲を狙う。
そして、これらの動きは全てハングの予想を越えることは無かった。