【完結】ファイアーエムブレム 烈火の剣~軍師と剣士~ 作:からんBit
「つかれた・・・」
日が天に昇り切ったあたり、城壁の上で壁にもたれかかる人物が一人。
本日はどの仕事場にいっても同じ話題を振られ続けて、さすがに喉が枯れだしてきていた。
「おろ、ここにいましたか」
「おう、マシュー・・・」
「疲れてますね」
「理由はわかんだろうが」
「まぁ、同情はしますけどね」
マシューはそう言って笑う。
「んで、なんか用か?」
「とりあえずご報告。例の人は港町バドンにいました」
「そっか」
ハングは淡泊に返事をする。今はそれ以上の反応を返す気力が残ってなかった。
「で、ハングさん」
「なんだよ、まだいたのか?」
「ひどいですよ。俺だってここに休憩に来てるんですから」
「まあ、そういうことにしてやる」
マシューは本日は明け方に情報収集に出ただけで残り時間は非番のはずだ。休憩もへったくれもない。
「しかし、ハングさんも大変ですね。でも、これが恋人ができるってことですよ。からかわれるのも通過儀礼みたいなもんですって」
「あのな・・・別に俺とリンはそういう関係じゃない」
「こういうのは本人がどうこうじゃないんですよ。若い男女が同じ部屋で、しかも同じソファで寝たんですよ。周りからどう見られるかぐらいわかるでしょ?」
「否定はしねぇけどさ・・・」
そのせいでハングは本当に馬鹿なことをしてしまったと一日中後悔にさいなまれているのだ。自分はともかく、リンにまで迷惑をかけてしまった。
本来なら同意したリンにも責任があるのだろうが、言い出したのはハングである。
やはり、自分でもどうかしていたとしか思えなかった。
「しかし、お前はずいぶん理解してるな」
「へ?なんのことですか?」
ハングは言葉を足す。
「男女についてだ。経験豊富なのか?」
「豊富・・・とまではいかないですけど、ハングさんよりかはあると思いますよ」
ハングは少し体を起こして、マシューの横顔を眺める。いつも通りの読めない笑顔だ。
「確か・・・レイラだったか?あの密偵」
「あれ、やっぱりわかりました?」
図星をついたはずなのに、平然と返される。
経験の差・・・というやつか
ハングはなんとなく敗北感を味わってしまう。
「やっぱりあれですか?軍師の勘というやつですか?」
「そんなもんじゃない。ただ、まぁ・・・なんとなくそう思っただけだ」
色恋沙汰にも多少の目利きはできるハングだが、あまり自信があったわけではない。
「付き合ってるのか?」
「いやいや、実はですね。この一件が片付いたらあいつを家族に紹介するつもりなんですよ!」
実質の結婚宣言みたいなものだ。しかし、あのマシューがよく喋る。
ハングはこれが恋というものなのかと漠然と感じた。
自分の中にも芽生えてるはずだが、今のところ態度には出てない
少なくとも自分ではそう思っている。
「ほら、レイラも最終目標はエルバート様の救出でしょ。上手くいけば俺らと一緒にオスティアに帰れるし。ちょうどいいかなって」
ハングの方に身を乗り出してまで喋るマシューは心底嬉しそうだ。
「結婚式にはちゃんとハングさんも呼びますからね!」
「密偵同士の結婚式を盛大にやっていいのか?」
「神様の前では皆平等に迷える子羊ですって。まぁ、神様は貴族には特に祝福を与えちゃうんでヘクトル様とかは呼べないですけどね。あくまで一般市民の結婚式です。あ、でもオズイン様は呼んでもいいかな・・・セーラは・・・」
「そりゃ、呼んどかないと後が面倒だろ」
「ですね。あぁ、でもレイラっていつもは結構地味な服着てるからな~・・・あいつ、着飾ったら綺麗なんだろうな・・・」
惚気るマシューを横目にハングも少し考えてみる。
花嫁姿ってことは白いドレスだ。
薄いベールを被り、いつもは縛ってる髪をおろしたリン。
「って!ちげぇだろうが!!!」
「うわ、どうしたんですかいきなり・・・」
「い、いや・・・すまん・・・」
驚いた。自分が自然と彼女を想像していたことに心底驚いた。
「さては、ハングさん。リンディス様のことでも頭に浮かびましたか?」
「・・・なんのことだ」
マシューはケラケラと笑う。
「図星をつかれても、笑って受け流せたら一人前ですよ」
ハングは小さく舌打ちを繰り出す。
「ところで、最初の質問に戻るんですけど・・・」
マシューが少し声を落とす。
「バドンにいた例の人。ハングさんと関わりがあるんですか?」
ハングは惚気た頭を振り払うように髪をかき上げ、軍師の顔となって頷く。
「ああ、ヴァロール島に行くには絶対に交渉が必要な相手だ。一応、信が置けるぐらいにはあの人のことは知ってってる」
「それって、リンディス様には?」
「言ってねぇよ。聞かれてねぇからな」
マシューは鼻から呆れたように息を吐き出した。
「それは・・・喧嘩ですまないですよ」
「わかってはいるんだがな。まぁ、そん時はそん時だ。俺はあの人との関係を恥じたことはない」
マシューは頭頂部をぽりぽりとかいた。
「ハングさんも変に強情ですから、説得しようとは思わないですけどね」
マシューはそう言ってハングに背を向けた。
「でも、からかう余地を残してくれると嬉しいですね」
「うっせぇ!」
再び赤くなるハングに手のひらを振って去るマシュー。
ハングは大きくため息をついて城壁から離れる。
ハングもまた仕事へと戻っていった。
冷やかしが飛び交う仕事場に戻ったハング。
そのハングの仕事が一区切りついたのは日が沈んだ直後に近い時間だった。
昨日に比べればかなり早い時間だった。
既に明日の朝一で近くの港町に移動することが決まり、皆がハングは早く休むべきだと言い張ったのだ。
だが、完全に目が笑っていたので本音は『早くリンディス様のところに帰ってあげたら』といったところだろう。
ハングは追い出されるようにして出てきた執務室に後ろ髪を引かれる思いを抱えていた。
正直、いまだハングはリンの顔をまともに見れない。
彼女は一日祖父の看病についていたのでずっとハングの部屋にいる。
ハングは自分の部屋の前で立ち往生していた。
「ん?クソ軍師か、こんなところで何してる?」
ハングのことをそう呼ぶ奴は一人しかいない。
「うるせぇな、関係無いだろうがバカ傭兵」
悪態と共に声のした方をみれば、やはりレイヴァンだった。
「れ、レイヴァン様!失礼です!も、申し訳ありません、ハングさん!」
さが、その隣にルセアもいたのはハングとしては少し意外だった。
「ふん、ルセアはこんな奴の肩を持つのか?こいつは薄暗い部屋で育ったような、もやし野郎だぞ」
「なんだよ、男の嫉妬は見苦しいぞ。ま、顔が見苦しいからしょうがねぇか」
ハングとレイヴァンの間で火花が散る。
男2人に美人1人。何も知らない第三者がこの場に居合わせたら、間違いなく修羅場だと思っただろう。
残念なのは、この場に女性が一人もいないことである。
「二人とも、やめてください!今はもう同じ部隊じゃないですか!」
止めようとするルセアの説得は綺麗に流された。
「聞いたぞ、何でも女にうつつを抜かしてるらしいな?頼むからそれで頭が一杯で編成が思いつかないとかはやめてくれよ」
ハングのこめかみに青筋がたつ。常人なら絶対に逃げ出すであろう顔になっていた。
「はん、復讐そっちのけで妹に声かけた軟派な野郎に言われたくはねぇな。そんなんだから、捨て身でもヘクトルに勝てねぇんじゃねぇのか?」
レイヴァンが自らの剣に手をかけた。もはや、顔も殺気に溢れている。
「やめてください!!二人ともおかしいですよ!!」
二人は間に立つルセアに視線を向ける。もちろん、その顔は殺意を抱いたままだ。ルセアはその二つの顔に挟まれ、ほぼ無意識に足を引いてしまった。
そして、二人はまた視線をお互いに戻す。
「復讐の話は持ち出すな・・・クソ軍師」
「だったらてめぇも、女の話は持ち出すなバカ傭兵」
それだけを言い、ハングは青筋を引っ込め、レイヴァンも剣から手を離した。
そして、二人は落ち着いた顔でルセアの方を見る。
それでもルセアは反射的に足を下げてしまう。
それほどに先程の二人の顔は恐かった。
トラウマになりそうな気がするルセアに二人は労うように声をかける。
「止めなくていいですよ、ルセアさん。だいたい、本気でお互いを挑発したら間違いなく俺が死ぬじゃないですか。加減はわかってます」
「全くだ。こいつを殺すのは造作もないが、そんなことをして俺に何の得がある」
確かにそうなのだろうが、そんなことを度外視せざるおえないほどに感情剥き出しだった二人である。
「あ、あの・・・だったら、どうして最初から悪態をつくんですか?」
ルセアの質問はもっともだ。二人は一度お互いの顔を見て目を細めた。
「このクソ軍師が嫌いだからだ」
「このバカ傭兵が嫌いだからだ」
その台詞を聞き、ルセアは唐突に理解した。
あぁ、この人たち似てるんだ。
同族嫌悪という奴だろう。
似てるからこそいがみ合う。似ているから認めている。
相反する二つが同居して、こんなちぐはぐな二人は仲が悪く見える。ルセアは自分がいらぬ心配をしていたことを理解した。
「・・・クソ軍師。くだらないことで悩んでないで、さっさと部屋で休め」
「うるせぇなバカ傭兵。お前も剣の手入れしてさっさと寝ろ、明日は早いんだ」
最後まで悪態をつく二人。
「私達はこれで失礼します」
「ああ、そうだな・・・またなクソ軍師」
「おう、バカ傭兵」
レイヴァンとルセアが廊下から去りハングは再び自分の部屋の扉と向き合う。
その扉が小さく開いた。
「あ、ハング」
「・・・おう」
中から顔を出したのは当然リンである。
「やっぱり騒がしかったか?」
小さく頷くリン。お互いに気まずいのは一緒だ。
「・・・仕事は?」
「終わった」
短いやりとりを終えて、リンは扉を開ける。
「おかえり」
「ただいま」
そして、ようやくハングは自室に入ったのだった。
部屋の中はハングが今朝出かけた時と変わりない。
寝台にはハウゼンが寝ており、調度品も何も変わっていない。
当たり前のことのはずだが、ハングはそんなことが気になってしまっていた。
ハングはすることがなく手持ち無沙汰な感じで自分の机に座る。さすがにソファに座る気にはなれなかった。
「お茶いれるね」
「ああ」
お茶を淹れるために背を向けるリン。
ハングはその背中に声をかけた。
「リン・・・」
「な、なに?」
リンの背中が強張ったように揺れた。ハングは一度深呼吸をする。
「昨日は・・・ごめん」
ハングは少しぶっきらぼうにそう言った。
「私こそ、ごめんなさい」
控えめな返事が聞こえ、ハングはもう一度大きく息をつく。
「迷惑、かけた・・・よな?」
「私は平気。ほとんどこの部屋にいたから。ただ・・・」
ハングが盗み見るようにリンを見ると、同じようにこっそりとこっちを伺ったリンと目が合う。
慌ててお互い目を逸らした。
「た、ただ、ど、どうした?」
「え、えっと」
なんだ、この気恥ずかしさは!
ハングは心の中で叫ぶ。自分の心臓の鼓動がやけに大きく聞こえていた。
「じ、実は・・・昨日の口喧嘩なんだけど・・・」
リンの声もわずかに震えている。
「おじいさまに聞かれてたの・・・」
「は?」
ハングの思考が止まる。ついでに心臓も止まるかと思った。
「昨日の口喧嘩って・・・どこで寝るかって・・・やつだよな?」
恥ずかしさも、気まずさも、全て吹き飛んでハングはリンの顔を見た。
「・・・うん、一部始終を全部聞いてたって」
「最後まで・・・か?」
「私達が横になるところまで全部」
ハングは頭を抱えて悶えたい自分をなんとか抑え込む。本当にこの城の中で2人のやりとりを知らない人などいない気がしてきた。
「ハング・・・その・・・おじいさまが『ほどほどに』って・・・」
そう言ったリンの顔は赤い。ハングは我慢できず、自分の机に突っ伏した。
周りの連中が冷やかしてくるのは別にいい。それは半ば冗談のようなものだからだ。
だが、それがお互いの近しい身内からだと意味合いは大きく変わってくる。
ハングは自分から城の外堀を埋めた気分を味わっていた。
「ハング・・・私達って・・・そう見えるのかな?」
「まぁ・・・そうなんだろうな・・・今日も散々言われたし」
ハングは体を起こしてリンの目を見た。今度はお互い逸らしはしなかった。
「迷惑・・・か?」
噛みしめるようにハングはそう言った。それは、今朝からずっと思っていることだった。
問われたリンは少し目を伏せる。
ハングはリンの返事を待つ。その時間がやけに長い。自分の視界が回転しそうになるのを抑えて、ハングは浅い呼吸を繰り返した。
そして・・・
「・・・そこまででも・・・ない・・・かも」
それがリンの返事だった。
「・・・そっか・・・」
「・・・うん」
ハングは沈み込むように椅子に体重を預ける。
「・・・そっか」
「うん」
目の前に差し出されてくるお茶。
ハングはそれに口をつけた。
苦味と香りがハングの心音を正常なものに戻していった。
ハングはようやくいつもの自分に戻ってこれたような気がしていた。
「少し早いけど・・・寝るか」
「うん、そうね。今日は二人で床に寝ましょう。そのほうが楽だし」
「いろいろな意味でな」
ハングとリンは寝具を床に並べる。昨晩は狭い場所で横になったせいでろくに眠っていない。
睡眠不足による疲労が重なっている今日はゆっくり眠れそうだった。
「おやすみ」
「おやすみ」
お互いに背を向けつつ、二人は適度な距離で眠りについたのだった。
「ねぇ、今のって」
「はい・・・多分・・・」
「本当ならそうなんでしょうけど・・・」
「でも、ハングだしな~」
「ハングだしね」
「ハング殿ですしね」
昨日の面々が今日も部屋の外で覗いたことは中の人の知る由もない。