【完結】ファイアーエムブレム 烈火の剣~軍師と剣士~ 作:からんBit
リンの祈りがひと段落するのを待ち、ヘクトルがまず話を切り出した。
「で、なんでお前がここにいるんだ?」
その問いはこの部屋にいた女性に向けられていた。
「誰なんだ?」
「ああ、こいつはレイラ・・・うちで雇ってる密偵だ」
彼女はほんのりと微笑む。他人から警戒心を解くような優しい笑みだった。
それは、まさに密偵らしい笑みであると言えた。
「フェレ侯公子エリウッド様、キアラン侯公女リンディス様ですね?レイラと申します。お見知り置きを」
頭を下げる所作まで滑らかで淀みがない。自然と人の輪に溶け込む術を心得ているようだった。
ハングはこのわずかな動作だけで彼女が密偵として凄腕なのを悟った。
どんな場であろうと素早くその風景に溶け込むことこそが密偵の本分である。
「マシューはまだ下手だもんな」
「ハングさん、レイラと比べないでください・・・・・・自覚してますんで」
本気で落ち込んでるようなので、ハングは話を戻した。
「それでレイラさん」
「レイラで構いません。お話は伺ってます」
ハングは情報源はマシューだろうと当たりをつける。
どう伝わってるのか聞きてみたかったが、今は好奇心より優先すべき事柄があった。
「それで、オスティアの密偵がどうしてここに?」
「・・・私はウーゼル様の命によりフェレ侯失踪の謎について単身で調べておりました」
フェレ侯失踪。そのことを聞き、エリウッドの顔に緊張が走る。
「父上の!?何かわかったのか?」
「はい、詳しくお話ししますが・・・よろしいですか?」
レイラは問う。だが、エリウッドは答えない。
わずかに息を吸い込んだまま、彼の時間が停止していた。
「おいコラ!」
その背中をハングは平手で軽く張った。
「・・・痛いじゃないか」
「悩んでても変わらんだろうが。さっさと腹決めろ」
エリウッドは少し笑う。
「さっきのリンディスの時と随分態度が違うね」
「男を抱き留めて優しい言葉をかけてやる趣味はねぇ」
とりあえず、ハングの顔が瞬時に真っ赤になったのを確認できたのでエリウッドは満足だった。
「ありがとう、ハング」
「・・・なんの礼だ、それは?」
「さぁ?」
ハングは憎々しげにエリウッドを睨みつける。『狸貴族め』という心の声が聞こえてきそうだった。
エリウッドは一度深呼吸をした。そして、彼はレイラの方を向く。
「・・・教えてくれ」
「はい・・・では、まず結論から報告させていただきますと・・・」
ヘクトルの唾を飲み込む音が大きく聞こえた。
「フェレ侯爵は生きております」
その情報に一同から安堵の声があがった。
「やったな!エリウッド!」
「よかったわ!」
「・・・ふぅ・・・これを聞くだけで随分苦労したな」
各々が勝手な感想を述べる中、エリウッドは放心したようにレイラに再度問う。
「間違いないのか?」
「はい。私はこの数ヶ月【黒い牙】の一員になりすましております。そこで入手した情報ですので間違いないかと・・・」
「【黒い牙】・・・エリックが言っていた暗殺集団のことか」
エリウッドは自分の視界の隅でハングの拳が強く握られるのを見やる。
エリウッドはあえて気づかないふりをした。
「はい、その存在自体は以前から確認されてました。【黒い牙】はブレンダン・リーダスという男が作り出した暗殺組織です。その活動はベルンを本拠地として十年以上も前から始まり、次第に各国へと広がっていきました。・・・【黒い牙】の思想は、弱者を食い物にする貴族のみを狙うというものだったので民衆からは義賊と目され、活動の指示は高かったようです」
「義賊、ねぇ」
ヘクトルがなんだか呆れたようにその言葉を繰り返す。
確かに、今の現状を見る限り【黒い牙】とは程遠い言葉だ。
レイラの説明は続く。
「一年程前にブレンダンが後妻を迎えたことをきっかけにその活動は少しずつ変わってきたようです。金を払えばどんな難しい暗殺もやってのける。その標的は悪人から無差別なものへと・・・」
その最たる例は目の前にあった。
キアラン侯ハウゼンの善政は内外に広く知れ渡っている。それにもかかわらず、ハウゼンは【黒い牙】の凶刃に倒れた。
「おじいさまをこんな目に合わせたのも【黒い牙】の連中なのね?」
リンの声はなだらかだ。だが、それ故にそこに含まれる憤りがよく伝わってくる。
レイラは首肯する。
「そのとおりです・・・後妻の影にはネルガルという謎の男がいるのがわかっています」
「ネルガル・・・っ!」
ハングは痛みを庇うかのように左腕の付け根を握りしめる。
「続けてもよろしいですか?」
「・・・ああ」
ハングは務めて表情を保とうとした。だが、その身体から湧き出ている衝動は全く抑えられていない。
その燃えたぎる気に当てられないようにレイラは一度深呼吸をして続けた。
「【黒い牙】はネルガルの指令によりリキアで暗躍しているようです。ネルガルの腹心であるエフィデルはラウス侯をそそのかし、オスティアの反乱を企てさせました。ラウス侯の反乱の呼びかけにまず動いたのはサンタルス侯爵ヘルマン様でした」
少し重い沈黙が流れた。
「・・・ヘルマン様・・・」
エリウッドの小さな声がやけに大きく聞こえた。
「・・・そして、次がフェレ侯爵エルバート様です」
やはり・・・そうなのか・・・
「やはり父は反乱に賛同したというのか?」
「・・・それは・・・わかりません」
レイラはそれだけを言い、口を閉ざす。
確かに、ここまで状況が進んでいてエルバート様が賛同していないとは思えないのも事実なのだ。
だが、エリウッドはどうしてもそれだけは信じることはできなかった。
苦しそうな表情を浮かべるエリウッドにハングは努めて普通の声音を保った。
「・・・まぁ、それは会えばわかるだろう。で、居場所は?」
「今、ラウス侯達と共におられることは確かです。場所はヴァロール島、【竜の門】と呼ばれる場所です」
その情報を聞き、ハングの眉間の皺が一層深くなる。
「ヴァロール島・・・」
「くっそ!よりにもよってあそこかよ!」
顔をしかめるエリウッドとヘクトル。
「どこなの?」
唯一知らないリンディスはハングに質問を向ける。
「リキアの南の海に浮かぶ島だ。一年を通して深い霧に覆われる海域の中にあり、樹海に閉ざされた島さ。一度上陸した奴が二度と戻ってこないことから別名【魔の島】とも呼ばれている」
ハングはそう言いながらも自分の言葉に納得していた。
言われてみれば、ネルガルが隠れるにはうってつけではないか。
「もちろん、行くだろ?」
ハングはエリウッドに水を向ける。
「ああ、父上がおられるなら僕は必ず辿り着き、探し出してみせる!」
「そう言ってくれると思ってたよ」
目を合わせ、何かを企む子供のように笑ってみせる二人。
当然空元気だ。だが、こんなことでへこたれるようならこんな苦労はしていない。
そんな二人の肩をヘクトルがその大きな手で叩いた。
「俺も行くぜ。言っとくが、止めても無駄だからな」
「まぁ、ヘクトルは止めないよ。というより僕には止められない」
「突進が猪並みだもんな。今度捕まえてきてやるから勝負してみてくれ」
「あのなぁ!」
悪友二人に声を荒げるヘクトル。
「私も行くわ」
「リンディス、君の気持ちは嬉しいけどキアラン侯についていなくていいのかい?」
「・・・ラウス侯たちをなんとかしないと、またおじいさまの命が狙われるかもしれないわ。それに・・・」
リンは胸の前で少し手を握りしめた。
「それに、エリウッドのお父さんも助けたいの。親を失うのは・・・堪え難い痛みだから・・・」
「でも・・・」
「やめとけエリウッド。こいつはこうなったらテコでも動かねぇよ」
「な?」とハングが問いかけるとリンは曖昧に笑った。
「・・・ご馳走さん」
「ヘクトル、それは何に対する礼だ?」
ハングとヘクトルの掛け合いに空気が弛緩していく。
「リンディス、ハング、ヘクトル・・・ありがとう・・・」
「よせよ、友達だろうが」
「そうよ、気にしないで」
「こうすんのが当然だっての」
三人にそう言われてエリウッドは目を閉じる。
エリウッドはハングが以前言っていた言葉を思い出していた。
『自分は人の縁には恵まれている』
それは本当エリウッドの台詞なのでは無いだろうか。
エリウッドは心の底から彼らとの出会いに感謝していた。