【完結】ファイアーエムブレム 烈火の剣~軍師と剣士~ 作:からんBit
「ば、馬鹿な・・・バウカーまでもが」
キアラン城最奥にある王の居室。そこで伝令の話を聞くラウス候ダーレン。度重なる敗北の報告を受けて、彼はもはや憔悴を隠すことすらできなくなってきた。
そのダーレンに軟禁されているキアラン候ハウゼン。
彼もまたその部屋にいた。
「ダーレン殿。もはやここまでじゃ、あきらめられよ。これ以上の抵抗は無意味・・・」
ハウゼンは滔々と語る。
「そなたのやったことは決して許されることではないが、まだ間に合う・・・すべてをエリウッドに打ち明け、オスティア侯へとりなしてもらえば悪いようにはせんだろう」
「わしの・・・負け・・・か」
精鋭部隊はラウスに置き去りにしている。城の外に散会させた兵達は散り散りなって潰走。既に城を保つだけの兵も残ってはいない。逆転は不可能。それは火を見るよりも明らかな事柄であった。
「さぁ、間もなくエリウッドたちがここに来る」
ハウゼンはそう言ってうなだれるダーレンの肩をたたく。
「わしからも口添えを・・・」
だが・・・
「グフッ・・・!!!」
突如として、ハウゼンか口から血をしたたらせた。
背中に刺さる一本の短刀。 それは内腑にまで達する傷だった。
「困りますね。ラウス侯につまらぬ入れ知恵などされては」
血を吐きながら倒れるハウゼン。その背後から現れた黒衣の男。
「エ、エフィデル殿っ!?」
【黒い牙】のエフィデル。エフィデルはフードの下から光るその目を少しだけ細めた。
「今さら何をしようとも、ダーレン殿は後戻りなどできないはずですよ。なにしろ・・・」
彼は笑っていた。
「サンタルス侯爵に続き・・・キアラン侯爵まで手にかけられたのですから」
始めて見せるエフィデルの笑み。それはこの世で最も冷たい吐息を吐き出しているかのような笑顔だった。悪魔の微笑みの方がまだ愛嬌がありそうだった。
「な!?どちらもそなたがやったことではないか!!わ、わしが望んだのではない」
「ええ。私が・・・あなたのために」
ダーレンは顔面蒼白になって、声を震わす。
「わしを・・・はめたのか?」
その言葉にエフィデルは目から笑みを隠す。残ったのは別の生き物のような金の瞳だった。
「滅相もない。私は、我が主の命に従いあなたの野望をかなえて差し上げようとしているのです。あなたを統一リキアの国王に・・・そしていずれは、この大陸を支配する王に・・・そうでしょう?」
エフィデルの甘言。ダーレンはその言葉に含まれる毒を受け、思考することを放棄したかのように呟く。
「・・・そうだ。そのために、多少の犠牲は仕方ない。そうだな?」
もはや、ダーレン本人に意思は無い。
他者から見ればそう思ってしまうであろう程に、ダーレンはエフィデルの言葉を肯定してしまう。
「そのとおりです。・・・予定は大幅に狂いましたが、我が主の力があるかぎり・・・我々に、敗北はありえません。さ、うるさい虫どもが来る前に脱出しましょうラウスから連れてきた兵は全てここでお捨てなさい。やつらの足止めに使うのです」
兵を全て捨てる。さすがにそれにはダーレンも躊躇いを覚えた。
「兵を全て・・・置いて?」
本来王というのは土地と民、そしてそれらを守る為の兵を携えての王である。
時には王たる印である玉座や玉璽が重要とされることもあるが、その本質は変わらない。王は人を従えてこその王なのだ。
「では、わしの身は・・・誰が守るのだ?」
だが、ダーレンが先んじて心配したのは保身の話。
もはや、彼には王たる自覚すら欠落していた。
「私と【黒い牙】がいればことは足ります。もはやなにも必要ありません」
「う、うむ、わかった。それで・・・次はどこへ行くのだ?」
「【竜の門】へ・・・あそこには、我が主がおられる。主からの知らせによれば、この間、捕えたあの男・・・うまくいけば、あやつ一人でも『儀式』ができるかもしれません」
「おお!そうか。ならば、もう何の心配もいらんな」
わかっているのだろうか?
国を捨て、土地と民を失い。
今も兵という武力を捨てようとしている。
それが一体何を意味するのか。
「そのとおりです。では、一足先にお逃げ下さい。私はここで、二、三指示をだしすぐに追いつきます」
「うむ。そうしろ、フフフ・・・これで・・・わしが・・・世界の・・・」
ダーレンは一人で笑いながら玉座の間を去っていく。
黒衣の暗殺者に囲まれながら・・・
「・・・おろかな男だ」
瀕死のハウゼンを残し、エフィデルもその場を離れる。
「レイラ、いるか?」
エフィデルは辺りを少しだけ見渡しながら呼びかけた。
「ここに」
現れたのは赤毛の女性。長い前髪で片目を隠している彼女はその身から暗殺者独特の重い空気をこぼしていた。
「エリウッドたちが城内の敵と戦っている間にキアラン侯にとどめをさし、死体を隠すのだ。二重の足止めになろう・・・」
「仰せのままに」
跪き、頭を垂れたままレイラは答える。
その上からエフィデルが声をかける。
「・・・おまえは、【黒い牙】に入って日が浅い。だが、その手際はなかなかのものだ・・・これからの働き期待しているぞ」
「はっ」
短い返事にエフィデルは少し頷き、マントを翻す。
目指す先は【竜の門】
エフィデルの主の待つ場所である。
――――――― ※ ――――――― ※ ―――――――
キアラン城の城門。どんな手品を使ったのかわからないが、ハングはいとも簡単に開門させてしまった。
「以前、ここの補修工事を手伝ったからな」
ハングはそう言ってニヤリと笑ってみせたが、それがたった一人で城門を開ける理由にはならない。
だが、そのことを尋ねている余裕は無かった。既に城内に残っていたラウス兵達が殺到しつつあった。
「キアラン城の玉座まではここから一直線よ」
リンがそう言って剣を抜く。
「ハング、なんか策はあるか?」
ヘクトルがそう言って斧を手に軽く肩を回す。
「狭い廊下の一本道で戦術も戦略もあるかよ。こっから先は単なる力勝負だ」
ハングも剣を抜く、戦力としては微々たるものだが、今はいないよりはましである。
その隣でエリウッドもレイピアを構えた。
「それは単純でいいね」
「へぇ・・・エリウッドがそう言うか。俺はその台詞はヘクトルの専売だと思ったんだがな」
「なるほど、否定はしないね」
エリウッドは随分と落ち着いている。
気負いのない、良い状態であった。
「リン、地下牢への入り口は変わってないよな?」
「ええ、大幅な改修はしてないわ」
城の状況から考えてキアラン兵の約半数は殺されたとみていい。残りはリンのように外に出て逃げのびたり、投降してどこかに捕らわれていると思われる。もし、彼らが捕虜となっているのなら閉じ込められる場所は地下牢しかない。
「戦力にはならないだろうが、助けない理由にはならねぇ」
ハングはそう呟き、唇を舐める。
城の人達の中にはハングが前に世話になった人間もいる。ラウス侯爵も文官や使用人まで手は出していないとは思うが、心配ではあることには変わりがなかった。
もし手を出してたら、ハングとしては文字通りの八つ裂きにしてやるつもりだった。
ハング達の見据える廊下の先からラウス兵達が槍や剣を持って突っ込んでくる。
「あいつら!どうやって城門を!!」
「とにかく迎え撃て!!」
真正面に現れた敵兵にハングは少し身震いした。それに目ざとく気づいたのは隣にたエリウッドだった。
「ハング、震えてるよ?」
「武者震いだこのやろう」
「珍しいね、ハングが気負うなんて」
「俺だって人間だ。そういうこともあるんだよ」
ハングがぼやく隣でヘクトルも少し身震いしていた。
「どうしたんだいヘクトル?」
「ああ・・・いや、なんか悪寒がしてな。な~んか、俺を狙ってる濃厚な殺気を感じる」
まるで動物並みの勘だな。
ハングは心の中でそう呟いた。
「ハング、今失礼なこと思わなかったか?」
「気のせいだろ」
ハングは眉一つ動かさずに言い切った。
ハングは少し後ろを振り返って皆の顔を確認し、不敵に微笑んだ。
「さぁて!戦闘開始だ!」
――――――― ※ ――――――― ※ ―――――――
所変わり、キアラン城の地下牢。そこはハングの予想通り、キアラン兵の生き残りが数人ごとに地下牢に放り込まれていた。負傷兵として寝かされている者、名誉の死より生への希望にかけた者。様々な理由で降り兵となった彼らの中にはキアランに雇われていた傭兵もいた。
「おい、お前。俺をここから出せ」
その傭兵の一人。茶色に近い赤毛と鋭い目元。その体は無駄な肉をそぎ落とし、必要な筋肉のみで構成されていた。彼は牢の外にいたラウス兵に声をかけた。
「な、何だと?」
「お前らの敵の中にオスティア侯の弟がいるな?お前らに力を貸してやるからその侯弟をやらせろ・・・オスティアに恨みがある」
その声は深く、暗い。そこには深い怨嗟の塊が巣食っていた。
「バ、バカを言うな!お前はキアラン侯に雇われたのだろうが!!そんな言葉が信用できるはずが・・・!」
「・・・ならば、ここで扉を破りお前を倒して出るまでだ。お前らが人質にしたルセアは今、こちら側にいるしな・・・」
「う・・・」
ルセア
そう『彼』である。
「い、いけませんレイヴァンさま!ご恩のあるキアラン侯を裏切るなんて・・・」
長い金髪と柔らかな物腰。高めの声と上品な顔のせいで女性に間違われることの多い修道士。一年前にハング達と旅をしたルセアだ。
「黙れ、ルセア」
レイヴァンと呼ばれた傭兵はルセアを制し、牢屋の外にいるラウス兵と会話を続ける。
「こちらは無駄な戦いはしたくないのだが・・・・・・どうする?」
「・・・よ、よしいいだろう。お前出ろ!ただし、妙な真似をしたらお前の連れの命はないと思え」
「ああ・・・だが、その時はお前の命もないだろうがな」
衛兵はレイヴァンの眼光に押されるようにして、彼の要求をのんだ。
門を開ける衛兵。そこから出ようとするレイヴァンにルセアはすがるように手を伸ばした。
「ま、待ってください!お一人では危険です!!」
「ルセア、お前はそこでおとなしくしてろ・・・後で迎えに戻る」
「レイヴァンさまっ!!」
だが、その手は再び閉じられた門にさえぎられてしまう。
去り行くレイヴァンの足音を聞きながら、ルセアはエリミーヌへと祈りを捧げることしかできなかった。