【完結】ファイアーエムブレム 烈火の剣~軍師と剣士~ 作:からんBit
縁とは不思議なものだ。レベッカはそう思わざるおえなかった。
「おい!レベッカ?レベッカじゃないか!?」
自分の名前を呼ばれているが、レベッカは振り返らない。
そして、遅れて現れたのはその声の主だ。
「・・・どちらさまでしたっけ?」
自分の隣に並んだのは短髪の弓使いであった。
「なに言ってんだよ。おれおれ、隣ん家のウィル!」
元気満点、喜色満面。レベッカはあえて冷たい態度をとる。
「・・・さぁ?そんな人知りません」
ずっと笑顔だったウィル。その表情が初めて曇った。
「本当に?」
「・・・・」
レベッカは返事をしない。
元気だったウィルは急に萎れるようにしてうなだれてしまった。
なんだか、自分が悪者のようだ。
レベッカはそう思ったが今更態度を変えるつもりは無かった。
「・・・ええ。勝手に田舎を飛び出して何年も連絡を寄越さないウィルなんて人。私は知りません」
「あは!知ってんじゃん」
つくづく自分は甘いと思った。
「やっぱりレベッカだ。久しぶりだな!あ、おれなキアランに仕官したんだ」
レベッカは立ち止まった。
「仕官?ウィルが??」
それはあまりにもレベッカが知っているウィルには不釣合いな姿だった。空を飛べる魚の方がまだ信じられる。だが、ウィルはそれが当たり前かのように話を続けた。
「旅先でいろいろあってさ~ハングを敵と勘違いしたりしたのが始まりで、結局今はリン様の直属なんだ」
あのハングさんを敵に回してなぜウィルが仕官なんてことになるのだろうか・・・
だんだんレベッカは頭が痛くなってきた。
「リン様・・・って、もしかしてリンディス様?」
「そうそう。って、いけね。もうリン様じゃないんだ。俺ももうキアラン騎士団の一員なんだからちゃんとお呼びしないと」
勝手に村を飛び出して、勝手に面倒に巻き込まれて、今は騎士団の一人。
レベッカは体の奥底から熱が湧き上がってくるのを自覚した。
「でもな~・・・ハングも帰ってきたし昔みたいに呼びたいよな・・・ハングは『リン』って呼んでるし。しかもエリウッド様とまで普通にしゃべってるし・・・あれ?レベッカ、どうしたんだ?腹でも痛いのか?」
レベッカの中で何かが切れた。
レベッカは足を一歩前に出した。
足の指先まで力を込め、地面を掴むようにして重心を移動させる。
そして、片足で溜め込んだ力をもう片足に移しながら痛烈な足刀を無防備な腹に叩き込んだ。
もちろん加減など一切しない。
「バカっ!!」
呼吸困難に陥った幼馴染に背を向けてレベッカはずんずんと歩いていった。
「ウィル!どうしたんだい!?誰にやられたんだ!!」
エルクの声が聞こえた気がしたが今のレベッカには聞こえなかった。
そのままレベッカは目的の場所まで大股で歩いていった。
「あ、レベッカさ・・ん・・・」
「なんですか!?」
「な、なんでもありません!」
レベッカがやって来たのは陣内に設置された簡易竈である。
そこではロウエンが兎の皮を剥いで下処理をしていた。
ハングの指示で食糧の殆どをラウスに置いてきたので現地調達するしかなかったのだ。
「ロウエン様!」
「は、はい!なんでありましょう!」
「手伝います!何をしたらいいですか!?」
「そ、それでは。さ、山菜を刻んでください!」
触らぬ神に祟りは無い。なら、向こうが勝手に近づいてくる場合はどうするか?
ひたすら平伏するしか無い。
物凄い勢いで山菜を刻んでいくレベッカを見ながらロウエンはそんなことを考えていた。
「ロウエン様!」
「な、なんでしょう」
「手が止まってます!やることはまだまだあるんです!」
「は、はいぃ!」
――――――― ※ ――――――― ※ ―――――――
エリウッドは陣の片隅で一冊の本を読んでいた。
「エリウッド様、ここでしたか」
「マーカス・・・マリナスさんも」
エリウッドは本に栞を挟み込んで閉じた。
「申し訳ありません。エリウッド様、少しお時間をいただきます」
「構わないよ。たいした読み物じゃないからね」
エリウッドが脇に置いたその本。それは古い本であったが、皮表紙に鋲まで打ってあり、一目で高級品だとわかる代物であった。そんな本に商人のマリナスが反応を示した。
「ややや、これはなかなかの一品ですなエリウッド様」
「そうなのかい?」
「ええ。本の皮も紙も擦り切れておりますので良い値はつかないとは思いますが、元々は素晴らしい物であったと思いますよ」
エリウッドは改めてその本を眺める。
題目は剥げ落ちて既に解読不可。所々が手垢や染みで汚れており、鋲は一本残らず錆び付いている。
確かにこれが高級品と言われてもピンとはくるまい。
「はて、エリウッド様。このような本をお持ちでしたかな?準備した荷物には無かったように思われますが」
「ああ、これは僕のじゃないんだ」
エリウッドはその本を開いてみせた。
マーカスとマリナスはその本の中身を見て、これは本では無く雑記帳かと思った。開いたページは癖のある字が縦横無尽に埋め尽くしていたのだ。
だが、よくよく見ればその本の中には規則正しい別の字がある。
この本は余白部分に誰かが大量に書き込みをしている本だった。
「これはハングの本なんだ」
エリウッドはその中の一部を読み上げた。
「『敵を追い詰める時は必ず逃げ道を用意しろ。逃げ場を失った相手は死に物狂いで向かってくる』」
これは元々は戦史書であった。様々な場所で起きた戦を時系列でまとめた物だ。ハングはそこに大量に書き込みをして、戦術書にしてしまっていた。
「ハングに戦術を教えてくれと言ったらこれを渡されてね。『エリウッドは多分こっちで学ぶ方がやり易いはずだ』だってさ」
エリウッドは手遊びのように本をめくる。
どの箇所もやはり書き込みで真っ黒である。中には何度も書き込みをしたからなのか、本文が読めなくなってる箇所もあった。
「ふむ、少し見ただけでもなかなかに学ぶことが多そうですな」
マーカスに向けてエリウッドは驚いた顔を作った。
「マーカスがハングを褒めるなんて珍しいね」
「私はハング殿のことを嫌っているわけでも敵視しているわけでもありません。評価すべきところは評価します」
ついこの間までハングがエリウッドに声をかけただけで殺気を漏らしていた男が言う台詞では無い。
だが、エリウッドは微笑んだだけで何も言いはしなかった。
「さて、それで僕に用があったんじゃないのかい?」
「おお!そうでした!エリウッド様、現在所持している武器の類のことなんですが」
エリウッドとマリナスが話し込む隣でマーカスはハングの本をペラペラとめくっていた。
書いてあることは戦術戦略の基本的な事柄ばかりである。だが、その基本が歴史でどのように使われてきたかが実にわかりやすく書かれていた。読みやすいかどうかは別ではあるが。
そして、マーカスは最後のページをめくった。
そこには印が二つ押してあった。一つは署名の印。そして、もう一つはというと・・・
「っ!!これは・・・」
マーカスは瞠目した。そして少なからず動揺した。
「マーカス?どうしたんだい?」
「いえ・・・なんでもありません・・・」
マーカスは本を閉じる。それは今見たものを隠すような仕草だった。
「エリウッド様、続きをよろしいでしょうか?」
「あ、ああ。続けてくれ」
「では」
マリナスが咳払いと共にキアラン城内戦に向けた装備を確認していくのを傍目に見ながらマーカスはもう一度ハングの本の最後のページをめくる。
そこにはやはり先ほどと同じ印が押してあった。
円形に複雑な幾何学模様。
これはベルン王国の印。
この印が押されたものは全てベルン王国の持ち物であることを示している。
それを持ち出し、あまつさえ書き込みまでしているハング。そんなことができるのはベルンの中心部にいる者だけだ。
まさか・・・ハング殿は・・・
マーカスはそこまで考えて息を吐き出した。
やめよう・・・
私はつい先日ハング殿を信用に足ると決めたばかりではないか・・・
マーカスは頭の中から何かを追い出すかのように自分の側頭部を小突く。
「わかった。それじゃあさっきの通りに手配を頼むよ」
「お任せあれ」
マリナスとエリウッドの話は終わったようだ。
ならば、長居は無用。
マーカスは何も言わずにマリナスと共に陣の中心へと戻って行った。